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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
50/102

第 50 夜   『読もう!』

語り部 : 大河原充オオガワラミツル

お相手 : 弓形瀬奈ユミナリセナ

 思いも寄らないところで、思いも寄らない人と出会った。


 なんだろう、今まで特に気になった事なんてなかった。


 なのに、ちょっとした事で興味が湧いてきて、これってどういう感情なのかな?



   第 50 夜

    『読もう!』


 いつもと違う道を選んで散策。


 一見古本屋さんかと思えば、歴とした新刊を扱う本屋さんに出くわした。


「こういうお店なら、もしかしたらあるかな?」


 趣あるお店の引き戸を開いて中へ。


 中は思ったよりも広い。新刊に軽く目を通しながら奥に。


 私の探し物は自分で探すよりお店の人に聞いた方が早い代物。


「すみませ~ん」

「はい?」


「……なんでこんな所にいるの? バイト? アルバイトは校則で禁止なんだよ」


「なんでって、自分の家にいて何が悪い? それにバイトじゃあなくって手伝いだよ。駄賃はもらうけど」


 いやこれは驚き、クラスメイトの男の子がレジの前に座っているんだもの。


「へぇ、ここ弓形くんとこのお店なんだ」


「厳密には婆ちゃんのだな。うちの親がやってるのは、隣の喫茶店だよ」


 ほう、これは興味深い、教室では物静かで、他の男子達が騒いでいても、一人黙々と本を読んでいる男の子。


 元々本が好きなんだろうとは思っていたけど、なるほどね。


「もしかして、外から俺を見つけて声を掛けに来たのか?」


「ああ、違う違う、本を探してるの」


 私は昔買おうと思って、買いそびれていた本を探している事を告げた。


「もう絶版で取り寄せもできないって言われて、どこかに無いかなぁって思って、それらしいお店見つけたら入るようにしてるんだけど。


「タイトルは?」


 私は財布の中から、メモを取り出して彼に見せた。


「ああ、これならあるよ」

「本当?」


「ちょっと待ってろ」


 そう言うと、彼は店内ではなく奥に入っていく。


「ほい、これだろ?」

「あ、うん! そうそう」


 おお、もうかなり諦めモードだったんだけど、あるところにはあるもんだ。


「歩き回った甲斐があったよ。嬉しいなぁ。この人の本、これから後のはみんな持ってるんだけど、この処女作だけ持ってなかったんだよね」


「そう、それ上げるよ。売り物じゃないし」


「えっ? 本当にいいの? でも売り物じゃないとしたら、弓形くんの私物じゃないの?」


 金額は1200円、ただのクラスメイトからもらうには、ちょっと気が引ける金額だったりするんだけど。


「いいって、それ2冊持ってるから、一冊上げるよ」


 この金額の本を2冊? もしかして保存用とかだったりするんじゃないのかな?


「この人のファンなの?」


「いや、実際それ以外の本は持ってないし、それ自体貰いもんだし」


 へぇ、もらったんだぁ。いいなタダで本がもらえるなんて。


「あれ、これってサイン本?」


「その人、出身がこの町なんだよ。で、それは生まれた町でサイン会を開くって言うイベントで、うちの本屋を使った時にもらったんだよ」


 そんな事があったんだぁ。いいなぁ~。


 でもそれってすごい思い出の品なんじゃあないの?


「こんなのもらえないよ。大事なもんでしょ? 絶対に」


「いいって、もう何回も読んだし、十分楽しんだからね」


 ほぅ、それは期待大だね。


「そっか、それじゃあ遠慮無くもらおうかな。でもお礼はしたいなぁ。何か欲しい物とかある?」


「そうだな、それじゃあ、その人の他の本貸してもらったりできる? 

その人いつも発刊数少ないから、うちみたいな小さい店には、なかなか入ってこないんだよね。

でも婆ちゃんに言って入れてもらうほどでもないし、いつかどっかの図書館ででも見つけたら、その時に読もうとは思っていたんだ」


 そんな事でいいのならお安いご用だ。


 それから暫く、私はお客さんの全く来ない店内で座り込み、弓形くんがどんな本に興味があるのか、色々聞かせてもらった。


 お礼に本を貸す約束をしておきながら、逆にいろんな本を貸して貰い、私はついでに借りたカバンいっぱいの本を抱えて、家路についた。






「おはよう大河原さん」


「あっ、おはよう弓形くん、持ってきたよう、本」


「ああ、ありがとう。って、一度に? 重かっただろ?」


 持ってきた本は全部で6冊、ハードカバーの本ばかりだから、確かに大きくて重くはなっちゃったけど。


「順番に持ってくる方が大変だと思って、それに弓形くんなら一冊なんて、すぐに読んじゃうでしょ?」


「いや、読み終わって読む物がないんなら、自分の持ってきている他の物を読むから」


 それもそうか、でも早く読んでもらって、その内容についてお喋りがしたいって、勝手に思っちゃってるんだけど。


「それじゃあ借りるよ」


「うん、ゆっくり読んでね」


 って会話をしたのが3日前。


 そろそろ2冊目くらいは読み終えたかなくらいに思っていたのに。


「面白かったよ。君がはまったって言うのも理解出来るね」

「って嘘、本当に?」


「ああ、俺の読み方って速読だから、ちょっと早く感じるかもしれないけど、ちゃんとみんな読んだよ」


 たまにテレビでも聞く事のある速読術、身近にそれができる人がいたなんて。


「ちょっと、どんな風に読むのか見せてもらってもいい?」


 私は自分が今読んでいる本を渡して、読んでもらった。


 本当に早いんだ。あっと言う間に20ページまできた。


 もうすぐ始業のチャイムがなるけど、このペースなら後10ページくらいいけるんじゃない?

 あれ? 動きが止まった。


「どうしたの?」


「いや、ここの表現がどうにもかみ合わなくて」


「ああ、そこ? 気になるよね。でもそのまま読み続けてみて、そのうちなるほどって場面に出会えるから」


「そうか、これは前振りなのか、……ねぇ、帰りまでに読んじゃうから、先に読ませてもらってもいいかな?」


「別にいいよ。私ももうすぐ読み終わるところまで来てるから、帰りに返してもらえるんなら、今日中に読み終えられるし」


 それにしても、あのスピードでそこまで読み込んでいるんだ。


 すごいなぁ。そしてズルイな。


 私はそこまで本が好きって事もないけど、あのペースで読み続けられるんなら、もっと時間を上手に使う事ができそうだ。


 一限目の授業が終わり、ちらっと見れば、彼は私の本に没頭している。


「なに見てんの?」


 大の仲良しで、同じクラスの及川由子が声を掛けてきた。


「ゆっこか? ふふん、まぁね」


「答えになってないじゃん。何? ご機嫌だね」


 ご機嫌? 私が? ……そう、なんだ。


「何かいい事でもあったの?」


「いい事かぁ、うん! 今、気が付いた」


「だからそれ答えになってないよ」


 自分のすごい発見に驚きながら、そしてそれをどうやって形にしようか、私はたぶん彼に貸しているあの本を、今日は読み切る事ができないだろう。






 暫く考えたんだけど、なかなかいい案が思い浮かばない。


 弓形くんから借りている本を読みながら、心は別の所にある。


「お店に行ったら、また店番してるかな?」


 借りた本も半分は読み終えた。


 一度に持って行くのは大変そうだから、分けて持って行くのもいいか。


 そう思った休みの日、返す本を持って家を出たんだけど、お店には彼の姿はなかった。


「えっ、お使いですか?」


「ええ、近くの小学校への納品を頼んだんだけど、あの子一冊入れ忘れてて、携帯電話にも出ないし、なにやってるんだか」


 弓形くんのお祖母さんに、彼から借りていた本を受け取ってもらい、帰ろうかと思っていた私に、そんな事を言った。


 これはもしかしてフリなんだろうか?


「あの、よかったら、私が持って行きましょうか?」


「えっ? ああ、いやねぇ、そんなつもりで言ったんじゃあないんですよ」


 そう言いながらも「頼めるのなら」と言い、袋を一つ渡された。


 学校までの道のりは、地図をもらったので迷う事はない。


 納品入り口もすぐに分かった。


 だけど担当の先生との連絡が付かず、私は待たされる事となった。


 しばらくして用務員さんが戻ってきて、「悪いんですけど、図書室まで、持って行ってもらってもいいですか」と言われた。


 他にも来客があって、私の相手をしていられないようだった。


 小学校の校舎内なんて、自分が学校を卒業して以来だ。


 覗いた窓の中、勉強机も椅子も背が低い。


「二年生の教室かぁ、かわいい」


 お休みの日の学校は静かで、空気も冷たく感じる。


 目的の図書室を見つけて、戸を開ける。


 ギギーっと、きしむ音を響かせながら開いた扉を潜る。


「ああ、こんな所にいた」


「……なんで君がここにいるのか、聞いてもいいかな?」


 小学生用の低いテーブルで、ノートを広げている弓形くんが顔を上げる。


 私は経緯を説明し、彼からの謝罪を受けて、彼の正面の椅子に腰を下ろした。


「何してたの?」


「あ、いや……、見なかった事にしてもらえないかな」


 慌ててノートをしまおうとする彼。


 その態度と言い方は危険だぞぉ~、私の興味はご近所の噂好きのおばさん並みに、ピンとアンテナが立ってしまっている。


「教えてくれないなら、こっちにも考えがあるよう」


 私はレーヨンのカーディガンを脱いだ。


「な、なにするつもりだよ」


「服を脱いで大声を出す」


「……分かったよ」


 私がもう一枚に手をかけるのを見て、一瞬黙り込む彼だったが、観念してノートを私に差し出してくれた。


「これ、もしかして弓形くんが書いたの?」


「誰がどう見たって、そう言う結論に行き着くだろ」


 へぇ、自作小説かぁ。


 また新たな彼の一面を見せてもらった。


「冒険活劇? どんなお話なの?」


 完全に白旗を揚げた彼は、私の質問に懇切丁寧に答えてくれる。


「おぉ! 面白そうだね。これはもう、読者第一号に名乗りを上げさせてもらいましょう」


「いつできるか分からないぞ」


「えぇ、でももうこんだけ書けてるわけでしょ?」


 ノートに書き綴られたお話は、一冊分がビッシリと埋まりつつある。

 しかし今どき手書きとは。


「詰まってるんだよ、今。ここを抜けないと佳境に迎えないんだ」


 いろんな方向から考えてみるんだけど、なかなか上手くいかないらしい。その場面は……。


「ラブシーン?」


「いろんな話を読んでるし、それっくらい簡単だろうと思ってたんだけどな、いまいち描写が思い浮かばなくてっさ」


「自分の経験談とか、活用出来ないの」


 あ、止まった。


 どうもこの人は思いも寄らない事があると、思考が完全停止する性質らしい。


「活用も何も、俺は今まで女の子と付き合った事もないし、小説もそんなシーンは単に読むだけで、深く考えた事も無かったから、いざ自分が書こうと思っても、まとめられないんだよ」


「そっかぁ~、だったらさぁ。私が手伝ってあげるから、一緒にこのラブシーン完成させようよ」


「なに、それって恋人のフリして真似てみようって事?」


 これはもう千載一遇のチャンスだろう。


 私が最近気付いた自分の気持ちを、今こそ打ち明ける時だ。


「私としてはゴッコじゃあなく、本当におつき合いしたいんだけどな。それで弓形くんの役にも立てるんなら、これはもう目的の一致と言っていいんじゃあない?」


 また止まった……。


 今度の停止は割と長かった。数十秒後、彼の口が大きく開いた。


「ま、先ずはどうすればいいのかな? お互いをよく知る事からかな、相手の趣味を知る事から?」


 頭のいい人はたったの一言から、拡がる展開が大きすぎて、ホント可笑しくなっちゃう。


「それじゃあね」


 当分新しい本を読む時間はないかもしれない。


 でも今一番読みたいのは、彼の書いたお話の結末。


 その為にも二人でいろんな事を試そうね。

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