第 49 夜 『デート シミュレーション』
語り部 : 大平慎
お相手 : 溝口郁子
盛立役 : 中町清矢
浅木映華
彼女を好きになって、もうじき一年を迎える。
特に仲良しというわけでもなく、話しかけられることすらほとんど無いまま、違うクラスになった。
今日こそは今日こそはと思っても、なかなか想いを伝えるには至らない。
第 49 夜
『デート シミュレーション』
今日こそは浅木映華さんに告白を!
「そんなことを、拳を握って言っているうちはダメだよな」
そりゃあ毎日言ってるからね。
そう言われてもしかたないけど、これは決意表明だから。
「結局お前って、本当に浅木と付き合いたいの?」
「うん、そうだよ」
「いまいちそうは見えないんだよな。女が欲しいヤツってもっと真剣って言うか、死に物狂いでさぁ」
「そんながっついたりはしないけど、あの人の特別になれたらって、本当に毎日考えてるから」
こういうやり取りもほぼ毎日、清矢くんは言葉にすることで、僕をたきつけてくれているみたいなんだけど、それが難しいことなんだよ。
「慎、俺考えたんだけど、ちょっとシミュレーションしてみないか?」
「シミュレーションって、告白の?」
それならずっと続けているけど、これと言った決め手が見つからずに、ここに至ってるんだよね。
「そうじゃなくって、ちょっと女の子に慣れて、雰囲気が出せるようになれたらって思ってさ」
「女の子に慣れてって、一体何をする気なの?」
「デートだよ」
「デート!? だ、誰と?」
「それなら俺に当てがあるから、そうだな、当日のサプライズって事で、一応今度の日曜で調整してみるよ」
僕一人じゃあ何もできずに終わるだけ、と言うことで、今度の日曜は空いていると言う清矢くんにあわせて、僕も空けておくことに。
相手の女の子って言うのにもメールで確認。OKをもらったそうだ。
「それじゃあ日曜、俺が迎えに行ってやる。そんで服も決めてやっから、ある程度絞っておくように」
デートかぁ、生まれて初めての経験だ。
と言っても清矢くんもいることだし、緊張しちゃいけないんだよね。
……って緊張するなって言う方が、ムリな話だ。
日曜日は朝から快晴! 天気予報では降水確率0%。
清矢くんが見立ててくれるという服だけど、僕はあまり物持ちのいい方ではないから、選ぶも何も、タンス丸ごと見てもらっても、そんなに時間は掛からないだろう。
とまぁ、やっぱり心配することもないほど、あっさりと決まりました。
「ここにあるものじゃあ、この辺が無難かな? 本当ならもう少しコーディネートに懲りたかったんだけどな」
高校生らしいスッキリとしたジャケット姿じゃないか、別に問題ないでしょう。
今日の目的地は街、ショッピングを楽しもうと言う事。
待ち合わせ時間までは後40分、だけど相手を待たせるような事はNGと言う事で、現地には20分前に着くように家を出る。
「あれ、もう待ってるじゃないか」
清矢くんは約束の場所に人影を見つけて歩み寄っていく。
「おっす」
「あ、おはよう中町くん」
「って、あれ? 溝口さん」
溝口郁子さん、今年から同じクラスになった、僕と同じ放送部の女の子。
「おはよう大平くん、今日はよろしくね」
そうか、僕が面識のある人なら少しは緊張もほぐれると思って、彼女に頼んでくれたんだね。
それでも極度の緊張感はもてるように、当日まで相手は伏せておいたんだろう。
「そんじゃあま、今日のエスコート役は慎、お前な」
「えーっ? そんなのどうすればいいのか分からないよ。……、溝口さん、何かしたい事とかある?」
「こら慎! 今日はデートだぞ。彼女の事は下の名前で呼べよ」
そんないきなり……。
「そんなの溝口さんも困るよね」
「私は別にいいよ。慎くん♪」
そうだよね。こんな事に協力してくれるんだもの、それくらいは簡単にOKしてくれるよね。
「それじゃあ、あ、い、う、ぅう、い、郁子さん」
「堅い堅い」
清矢くんうるさい。
「い、郁子ちゃん」
「イッコでいいよ。友達はみんなそう言うし」
「じゃあ、……イッちゃんは何がしたい?」
「今日は慎くんのトレーニングだよね。それじゃあ全てお任せで」
イッちゃんって、こんな感じの子だったっけ?
放送部の活動ではあまり接点ある方じゃないけど、一緒に活動する時なんかは、いろいろ気を遣ってくれる人って、イメージしかなかったもんな。
「じゃ、じゃあ遠慮なく」
僕は少しばかり、絵を描く趣味を持っている。
美術部にも所属していて、油絵を描いているんだけど、ちょっと少なくなった画材を買い足しておきたい。
「うわぁ~、こんな所初めて。なんか独特の匂いだね」
こんなところで本当によかったのか心配だったけど、イッちゃんは興味津々にあちこち眺めている。
物珍しい様子であれこれと質問してくる彼女に、一つ一つ丁寧に説明する。
必要な物も集まりレジに並ぶ。
袋を片手に戻ると、あれ何かさっきまでと違う。
「清矢くん、どうしたの?」
「中町くん、ちょっと用事思い出したからまた後で落ち合おうって」
携帯に連絡くれるのかな? 用事があるんじゃあ、しょうがないか。
「それじゃあ次は?」
「ああ、やっぱり一緒に考えようよ。イッちゃん本当にやりたい事とかない?」
「えっ? そうねぇ、それじゃあカラオケ行こ」
無難なチョイスだけど、あまり遊び慣れていない僕にも、それならどうにかなる。
日曜日のカラオケ店は、お客さんの数もほどほどで、僕たちみたいな二人連れもチラホラ。
通された部屋は二人連れにちょうどいいサイズ。
最初2曲ずつ交互に歌い、その後はお話をする。
イッちゃんは将来美容師になりたいらしい。
進路ももう決まっていて、この町にある美容学校に行く予定だそうだ。
「慎くんは?」
「僕は芸大、絵描きになるってのはムリにしても、絵を描く仕事を何かできたらいいなぁって」
「絵を描く仕事って?」
「イラストなんて描けたらいいなって。それに専念出来なくっても、時々ポップとか描く必要がある時なんかに、任されるような」
「そう言えば、去年の学園祭、放送部での模擬店の飾り描いたの、慎くんだったもんね」
本当に他愛ない話だけど、楽しい時間が過ぎていく。
けど、いつまでもお喋りで時間潰すのも勿体ない。
僕たちはまたマイクを手に持った。
二人で2時間カラオケをし、場所を移して、ファーストフード店に入った。
そこでもずっとお喋り。
イッちゃんとの会話は楽しくて、あっと言う間に時間は過ぎていった。
「よっ、お二人さん」
「ああ清矢くん、用事済んだの?」
「おう、悪かったな急で」
清矢くんは注文のために再び退場し、今度はすぐに戻ってきた。
3人になった座談会は、さらに時間の経過を早く感じさせる。
「あっと、それじゃあ私はこの辺で、今日は楽しかったよ」
駅まで送りに行く僕たちも、残っていたバーガーを食べ尽くし、席を後にした。
「うん、もうここでいいよ」
「そんじゃあ今日の仕上げに慎、彼女にキスしてやれよ」
んな!? それはあり得ないよ。
それこそイッちゃんに協力を求めたりできないよ。
「この壁をクリアできたら、告白ぐらいなんてことないだろ?」
理屈は分かるけど、それっていろんなところで、問題抱えてるんじゃあないか。
「私は……、いいよ」
えーっ!? なんでそこまで力を貸してくれるの?
だって僕は他の子をイメージして、今日に挑んできたのに。
他の子のイメージで……、イメージで?
僕、今日一日、浅木さんのことを忘れていた。
イッちゃんとの時間が楽しかったんだ。もしかして……僕?
思うより早く、僕はイッちゃんの肩に手を置いていた。
距離も縮まり、もうちょっと寄ればキスができるところまで。
「や、やっぱりダメだよ。も、もう十分だから、あ、ありがとう溝口さん、ま、また学校で」
たまらなくなって逃げ出した。
追ってきたのは清矢くんだけ、イッちゃんはもう、帰りのホームに向かったと言う。
「で、実際どうだったんよ今日」
「うん、すごくいい感じで、すごく楽しめたよ。清矢くんの思惑通り、大分と女の子との接し方も分かった気がする」
「そっか、それじゃあこっち来い。今から行くところあるから」
「って、どこに?」
「ナンパだよナンパ」
「そ、そこまでしなくていいよ。今日の経験を活かして、明日こそは……」
それもこれも清矢くんとイッちゃんのお陰だ。
「……、でも彼女、どうしてあそこまでしてくれたんだろう?」
最後のキス未遂は一歩間違えば、本当にしてしまっていたかもしれない。
「その理由、聞きたいか?」
「えっ? う、うん!」
「お前の性格だと、それ聞いたら後悔する事になるかも知れないぞ」
そう言われても、こんな言われ方して、気にするなって方がどうかしてる。
「知ってるんなら教えて」
たとえどんな理由でも、後悔する事になったとしても、僕にはそれを知らなければならない義務がある気がしていた。
「大平くんおはよう」
「おはよう、溝口さん昨日はありがとう」
「どういたしまして、私もすごく楽しかったし」
それなら何よりだ。っと、そんなことより。
「ちょ、ちょっとだけいいかな? ちょっと屋上まで」
「うん? いいよ」
僕たちは連れだって階段を登り、屋上に繋がる踊り場で、話しをする事にした。
「昨日あれだけ協力してもらっていてなんだけど、最後にもう一度、告白の練習させて貰っていいかな?」
「う、うん、私でよければ。……そ、それじゃあ私は浅木さん役だね」
僕は大きく深呼吸した。
鼓動が激しい。彼女に心臓の音が聞こえたりしないかと心配になるほどだ。
「僕って本当にダメだよね。こんな事も、誰かが後ろから強く押し出してくれないと、何にもできないし、僕の事を大事に思ってくれている人の想いにも、気づけないでいるし」
「大平君?」
「イッちゃん、君の事好きになってもいいかな?」
「ちょ、ちょっと、私の名前じゃあなくって、浅木さんの……」
「昨日、清矢くんから聞いたんだ。君があそこまで、僕のためにしてくれた理由」
「え、えぇーっ!? も、もう中町くん絶対黙っていてくれるって言ったのに」
「黙っていなきゃいけないって、それじゃあ僕が聞いた事は嘘だったの?」
「ぶー、その聞き方反則だよ。それじゃあ私絶対に否定出来ないじゃない。……で、でもこの話しの流れって?」
ようやく理解出来たみたいで、イッちゃんは一気に紅潮してしまう。
「僕ももしかしたら、ずっと君の事が好きだったのかもしれない。自分の気持ちにも気付かずに」
「でも絶対これは譲れない。私の方が先にあなたの事を好きになった」
「今度はどこに行こうか?」
「くすっ、エスコートは男の子の役目よ」
「そんな事言わないでさ、今度も二人で考えようよ」
生まれて初めての愛の告白は、僕が思っていたほど緊張するものでもなかった。
もしかしたら死に物狂いになった心が、緊張している場合じゃあないと言ってるのかもしれないな。
僕は後悔なんて一つもしなかった。
きっとこれが決定していた、本当の気持ちだったんだろう。
ありがとう二人とも!