第 48 夜 『想い人はお調子者?』
語り部 : 相下美柚
お相手 : 辻本康大
盛立役 : 七瀬杏
兵藤優子
学年に一人はいるひょうきん者で人気者。
いつも一人で静かに本を読んでいる私の事なんて、絶対知らない。そう思っていた。
でも彼はこんな私にも、みんなと同じように接してくれた。
いつもおかしな話題で笑わせてくれる。
私が笑うのがおかしいんだろうね。
彼もあどけない顔で笑う。
気がついたら恋に落ちていた。
第 48 夜
『想い人はお調子者?』
今日の話題は近所のわんこ、変な癖があって、ちょっと太ったトイープードルが、人間のおじさんみたいな、低く響くイビキをかくのだと言う。
辻本くんはそのモノマネをして見せる。
「ふふふっ、そんな声なの? 絶対脚色してるでしょ?」
「本当だって、なんなら一緒に見に行こうか? 今日の放課後空いてる?」
えっ? もしかして誘われているの?
「う、うん今日は何も予定ないよ」
「それなら……」
「康大、今日の約束ちゃんと覚えてるぅ?」
タイミングよく、割って入ってきたのは、確か隣のクラスの女の子。
「あれ、今日だったっけ? ……ゴメンね美柚ちゃん、また今度でもいいかな」
「あ、う、うんいいよ」
残念、先約があるんじゃあしょうがないよね。
私は親友と連れだって、下校することにした。
「美柚って、あいつのどこがいいの?」
「内緒」
毎度聞かれる理由については、いつものように濁してしまい、私は今日も七瀬杏ちゃんと帰ります。
「あいつ、今年度だけでも、もう4人フッてるんでしょ?」
「へぇ、でもしょうがないよ。人気者だからね」
「顔はいいのは認めるけど、あとかなりお調子者で八方美人で」
随分な言われようだなぁ。みんな合ってるけど。
そうか、もう4人かぁ~、なんで彼女作らないんだろ?
「誰か好きな子がいるらしいよ」
「それって誰なの?」
「あんたじゃないの? 美柚」
「それはないって、私みたいな目立たない子」
「でもしょっちゅう、あんたに引っかかってんじゃん」
私の反応がナチュラルにバカっぽいから、面白がってるんじゃないかな?
いつも笑わせに来ては、自分も笑ってるし。
「一体どれだけの数、仲のいい女がいるんだろうね?」
「うーん、同じ学年だけじゃなく、上級生にも下級生にも人気あるからねぇ」
「あんたもその中の一人だしね。でもあんたは辻本のこと独り占めしたいとかって思わないの?」
独り占めって言うのは大げさだけど、出来たら他の女の子に愛想振り撒くのって、して欲しくない。
でも私もその愛想ばらまいてもらっている一人だもんな。
それは凄く嬉しいことだし、だから同じように他の子にも、笑顔を配り歩いたとしても、文句言えないよね。
やばいぃぃぃ!?
今日は日直の日だ。
朝から花瓶のお水替えたり、日誌を職員室に取りに行かないといけないのに、いつものように起きて、いつものように朝の準備をしていて、朝ご飯を食べようと思った時に思い出し、ご飯も食べずに飛び出してきた。
学校に着いたのは8時を回った頃、よかった! 予定していた時間に間に合った。
教室に入ろうとする私は、男女の声が聞こえて動きを止めた。
「辻本くん? それとあれは……」
窓からこっそり中を覗きこむ。
誰だっけ? 同い年だよね。体育の時一緒になる人だから、隣の組だ。
確か……、兵藤優子さん。
「ごめんね。俺、君とちゃんと交際することは出来ないよ。友達としてたまに遊びに行くのはいいけど、二人っきりでデートって言うのはできない」
そう、辻本くんはいろんな子と約束して遊びに行ったりしているけど、決して二人っきりで出かけたりしない。
「今まで通りじゃあダメなのかな」
思わず隠れてしまったけど、立ち聞きなんてよくないよね。
「そうやって誰からの告白も断ってきてるんでしょ? ねぇ本当なの? 好きな子がいるって言うの」
盗み聞きをやめようと思って、移動しようと思ったんだけど、この質問が耳に入ってきて、私は動けなくなった。
「いる」
「なんでその子に言わないの? あんたが好きだって言ったら、喜んでくれるでしょ? もしかして彼氏持ちの子なの?」
「たぶん恋人はいないと思う。だけど告白はできない。俺にとっては本当に癒しの空間なんだ。それを間違っても失いたくないから」
辻本くんにそこまで言わせる女の子って、どんな人なんだろう? 辻本くんにも負けないくらい饒舌で、知的な人なんだろうなぁ。
「それであんたは今まで通り、いろんな子と交友を重ねて、その本命の子にも気持ちがばれないように、のらりくらりと過ごしていくのね」
そんな言い方ひどいよ。
確かにいろんな子に声掛けしているのは、私もその中の一人に過ぎないけど、どうにか私だけにならないかって思ったりもするけど。
「うん、じゃあ私が手伝ってあげる。フラれたけど、それくらいはしてあげるわよ」
相手が辻本くんのことをどう思っているのか、それが分かれば告白もできるだろうと言う提案。
もし相手にその気がないなら、今まで通りの友達同士でいればいいというわけだ。
彼女は雰囲気を出して詰め寄り、辻本くんの口元に耳をもっていく。
肝心なところが聞こえない。
私がもっと聞こえる場所はと、辺りを見回していると、教室から出てくる辻本くんの姿が目に入って、慌てて隣の教室に入った。
彼の靴音が遠ざかっていく。
「あなた、ずっと聞き耳立ててたでしょ」
あまりの驚きに、心臓が止まるかと思った。
「あうあうあう……」
「別に誰にも喋ったりしないから、落ち着きなさいよ」
別に立ち聞きがばれたから、慌てている訳じゃあないんですけど……。
「あんた!? ふぅ~ん……、さっきのやり取り見てたんだよね。彼の意中の人が誰だったかも聞こえた?」
「あ、いえそれは……、と言うか立ち聞きも本当はする気もなかったので、あくまでたまたま出くわしただけで、結果として聞いちゃったけど……」
「教えて欲しい? 彼が誰を好きなのか」
それは……。
「なんて、これを教えたら彼との約束、破っちゃうことになっちゃうからね」
約束は辻本くんの意中の相手の気持ちを確かめること。
それを言えないって事は、やっぱりその相手は私ではないって事だね。
「あ、あの私、日直の仕事あるから」
逃げるようにして、私は自分の教室に戻った。
やっぱりそうだよね。
私なんかが選ばれるわけがない。分かっていたことなのに、だめ押しをされたら泣き出しそうになる。
「おはよう美柚ちゃん」
「あっ! おは、よう」
「どうかしたの? 元気ないんじゃない」
「そんなこと、ないよ。……私、日直の、職員室いってくるから」
めちゃくちゃ動揺しているの、絶対伝わっているよね。
だけどもう少し落ち着かないと、普通ではいられないから。
結局今日は、彼とはほとんど喋らずに過ごすこととなった。
こんな事ではいけない。
もう放課後だけど、今からでもちゃんとしなきゃ。
「辻本くん、きょ、今日はイビキ犬に会いに行けるかな?」
「……、そんなにムリしなくてもいいよ」
「えっ?」
「今日一日変だったから、気になってたんだけど、今朝の俺達の会話聞いていたんだってな」
それを誰から!? ってあの人……。
「俺のこと避けるくらいだから、あいつの言ってたことも本当なんだろうな。ごめんね、今までムリに合わせてもらっていて」
いやちょっと、なんだか話が見えてこない。
「俺、君が喜んでくれていると思って調子に乗りすぎていた。でももうあまり五月蝿くしないから、今まで通り友達でいてもらっていいかな?」
調子に乗ってって、そんなこと私言ってない。
思ったこともない。
いつも本当に嬉しかったのに。
「他に俺に腹立っていることある? 治した方がいいところあるなら遠慮無く言って」
「ちょ、ちょっと待って、なんでそんな話になってるの? 全然見えてこないよ」
「だって、あいつにそう言ったんだろ? クラスメイトとして話を合わせているけど、本当は辟易しているって」
「そんな、そんなこと思ったこともない。いつもいつも楽しかったし、辻本くんが声を掛けてくれるのも、本当に嬉しかったし、だって私は!」
何がどうなっているのか分からない。
でも分かるのは辻本くんが、何か誤解をしているって事。
それも私にとって一番望まない方向への歪曲。
そして勢いで言ってしまった心の叫び。
「だって私はあなたのことが好きだから」
まだ数人かが残る教室の中、みんなに聞こえるほどの大きな声で。
我に返った時にはもう遅い。
周りの視線が熱い。
「あ、あの私……」
「それ、本当?」
さっきまでの険しい顔の彼ではなく、いつもの、いやいつも以上に優しい表情になった辻本くんが、まっすぐ私の目を見つめてくる。
「うん……」
恥ずかしい、ギャラリーの目が痛い。
どうにかここから消えてしまいたい。
「俺、好きな子がいるんだ。その子といるとすんごく癒されて、落ち着いた気分になれるんだ」
私の告白に返してくれようとする言葉、あの子からも聞いた、私以外の誰かの話。
「好きなんだ美柚ちゃん、君のことが、俺いい加減で意気地なしだから、ずっと言えなかった。もし断られて、今まで通りに仲良くやれなくなるかもと思うと、どうしても」
彼の表情は嘘を言っている風でもない。
でもそれじゃあなんで、あの子は私にあんなことを?
「腹いせなんじゃないのか、俺あいつに本気の気持ち打ち明けて、その直後に君に出くわしたから、当の当人に対しての嫌がらせ」
「そう、なのかな?」
こうして私たちは、公然の場でお互いの気持ちを打ち明け合った。
もちろんお互いOKを出して、これからはあまり、他の女の子達と出かけたりしないことを約束してくれた。
イビキ犬にも会った。
初デートも私好みの映画をチョイスしてくれた。
誰にでも分け隔て無く、でも私だけは特別に思ってくれて、いつも私を笑わせてくれる。
他の誰にも見せない、私が恋に落ちる切っ掛けとなったヒーリングスマイル。
それを独り占めして、これからも私は彼にとっての、癒しのアイテムでいられるよう努力しよう。