第 47 夜 『チャイルドぷれー』
語り部 : 正岡邦夫
お相手 : 野上若菜
子供の頃の思い出は、ほとんどが苦い経験の物ばかり。
楽しかったこともあったはずなのに、思い出せたとしても、ほんの断片的な物。
それでもたぐり寄せれば浮かんでくる。
少し甘い記憶。それは小学校5年生の頃だった……。
第 47 夜
『チャイルドぷれー』
「お前なんか大っ嫌いだ!!」
いきなりこいつは何を言い出すんだ。
力の限り大声で言ったもんだから、プルプル震えてるじゃないか。
理由に思い当たらないもんだから、言葉が出てこない。
「思い当たる節がないって顔じゃないか、怒ってるんだぞ。本気で怒ってるんだぞ」
それは見ていれば分かる。
だけどその向けられた矛先が俺だっていうのが理解できない。
「つまり、俺がお前を怒らせているって事だよな」
「それも分かってないの?」
もう何もかもが気に入らない! って顔してるなぁ。
「それじゃあ教えてくれよ」
「そんな簡単に教えてもらえると思ってんの? 人を本気で怒らせたんだからね。ここはゲームで私に勝てたら教えてあげる」
野上若菜、こいつは事ある毎に俺にゲームを挑んでくる勝負好きだ。
「まぁいいか、それで今日は何で対決するんだ?」
「よし! それじゃあ1on1からだ」
から? まあいいや。
野上が指定したのはバスケットボールのゲームの一つ、一対一の得点ゲーム。
「はい、俺の勝利な」
この手のゲームで、こいつが俺に勝てた試しはない。
「さて次いくぞ」
俺、勝ったじゃん。教えてくれるんじゃなかったのかよ。
「それじゃあ卓球勝負だ」
うちの小学校は土日の校庭開放の時は、体育館にある物も自由に使っていいことになっている。
卓球、竹馬、一輪車。
将棋に五目並べ、トランプゲーム。
「まさかの全敗……」
だってお前スポーツ苦手じゃん。それに将棋はルール知らないし、五目並べは人の手ちゃんと見てないし、神経衰弱は注意力の足りないヤツには、向いてないってのがよく分かった。
「そ、それじゃあね」
「いい加減教えろよ。俺が悪いってんならちゃんと謝るからさ」
正直飽きてきた。
このまま付き合っていたら、夕方のバラエティー番組に間に合わなくなる。
「……本当に思い出せないの?」
「思い当たる節がまったくない」
「……この間の水曜日、どうしてたの?」
水曜日と言えば確か……。
「お前の誕生日? プレゼントはおばちゃんに渡してくれるように頼んだけど、まだもらってないのか?」
「それはもらった。じゃあなくてお誕生日会、今年もやったし、やったの知ってるでしょ?」
「ああ、小学生の間は開くってあれ? 毎年聞いてるんだから忘れたりしないぞ」
「それじゃあそれじゃあ、何で来てくれなかったんだよ」
毎年招待を受けているから、毎年参加している。
いつも主役以上にケーキを食っちまうから毎年喧嘩になる行事。
「電話して言ったじゃん、俺風邪引いちゃったからいけないって。学校も休んだし」
「風邪?」
「だから木曜日も休んでたろ? 昨日の朝に言ったぜ」
「そんなの私、聞いてない」
「嘘だろ、絶対言ったって。俺風邪で喉がらがらだったけど、ちゃんと言ったよ」
実のところ今もまだイガイガしている。
「聞こえなかった……」
そんなことだと思った。
聞こえなかったのなら聞き直せばいいのに、あんなに怒るくらいならさ。
「だけど約束守れなかったのは謝るけど、なんでそんなに怒ってるんだ?」
理由は分かったけど、あれだけ大きな声上げるほどの理由には思えない。
「だって、正岡くんが祝ってくれるの楽しみにしてたから」
「なんで? 他の奴らも行かなかったの?」
「来たよう、だからそうじゃなくて、私は誰よりも正岡邦夫くんにお祝いして欲しかったの」
だからなんで俺なんだよ。
他のみんなが居たんなら寂しくなんかないじゃん。
「だから……、私は2年生の時から正岡のことが好きだったんだよ」
そう、だったんだ。
「その、だから正岡くんと一緒にいろんな事がしたくって」
いろんな競技を思いついては突っかかってきてたのか。
これが愛の告白ってやつかぁ~。
「それで正岡くんは、私の事どう思っているの?」
上目遣いで俺の返事を期待して待っている。
確かに学校でも他の女子とはあまりお喋りもしないけど、野上とは遊びに行ったりもしてるからなぁ。一番仲のいい女子であるのは間違いない。けど。
「ああ、えっと……ごめん、そんな風には考えられないや」
俺は思ったままを口にした。
あの後また「勝負だぁ~」って言い出したんだよな。
「うぅ~ん、はぅあ~あ、……おはよう」
「おはよう」
「早いねぇ……、眠れないの?」
まさかあの時のあいつが、俺の目覚めの時に、隣にいることになるなんて、あの頃は思いもしていなかった。
「なに?」
「あ、イヤなんでもない」
籍を入れたのは先月のこと、その日から一緒に生活をしている。
結婚式はまだ終わっていない。
今日がその日だ。
一日忙しくなりそうだが、まだ起きるには早い。
でもなんだろう、緊張したり高揚したりして、眠れないわけでもないのに、短時間睡眠の割にスッキリしている。
「小学生の頃のことを思い出していたんだ」
「ああ、あの頃は楽しかったよね。毎日が」
楽しかった? 女の人ってそんな風に感じるのか?
楽しいことはあったけど、楽しかったことだけを思い出すのは難しい。
思い出そうとすれば、その倍以上の数、喧嘩したことが甦る。
「何言ってんのよ。邦夫さん、結局中学2年生になるまで、私の告白、受け止めてくれなかったくせに」
確かに周りと比べても、俺の思春期の到来は遅かったのかも知れない。
「でもよくそれだけ一途でいられたもんだよね。俺、今さらだけど気持ちが落ち着くの時間かかったもんな」
「それはひとえに愛の力ですよ」
「俺が全然靡かないから、意地でもつかみ取る。とか言ってなかったっけ?」
「そう、それが私の愛なのです」
完全に目が覚めたのだろう。
若菜はベッドから起き出して、着替えを始める。
俺も着替えてキッチンに入り、二人分の食事を用意する。
「それにしても今日なんだよね、もう」
「ああ、そうだな」
「小学生の頃からずっと、そう考えたらなんだか夢みたいね」
こんな俺だからハッキリと分かる。
友達から恋人に変わった瞬間。
あの時のことを忘れなければ、俺達はきっと、ずっといい夫婦としてやっていける。
「それじゃあ後片付けの一勝負、何にする?」
こいつの勝負癖もあの時のまんま。
そうだな。そう思えば、昔の記憶もまんざら捨てたもんじゃあないな。