第 44 夜 『変のキューピッド』
語り部 : 神崎美里
お相手 : 橘勇気
盛立役 : 音貞千香奈
江島佳代子
樺島菊花
友達なら男女問わずそこそこいる。
別に問題解決が得意なわけじゃないけど、多分話しやすいんだと思う。
でも人の身にもなってよね。いつも愚痴ばっかりこぼされる人の身にも。
第 44 夜
『変のキューピッド』
「美里ぃ、聞いてよぉ……」
今日の相談者第一号は樺島菊花、この子の愚痴はもうしょっちゅうで、酷い時には一週間に4回も話をしに来る。
「なんで何度も何度も、同じ事続けるのか分かんないよ」
浮気性の男を彼氏にしているから、同じ事が繰り返されるんじゃないの?
だいたいそんなに腹が立つんなら、見限ればいいのに。
「ふー、ごめんね。いつも嫌な話ばっかり聞かせちゃって」
「あ、うぅうん、私に話すことで少しでも気が楽になるんなら、いつでもどうぞ」
「はは、それって嫌なことばっかりになりそうでやだよ」
「ああ、ごめんごめん、もちろんそんなつもりじゃないよ」
「分かってるって、それじゃあ、ありがとね」
ふぅ、少しは気分が晴れたみたいだね。
「今日もお勤めご苦労様」
「チャラ、見てたの?」
音貞千香奈ことチャラ(命名私)は、今のをずっと陰から見ていたようだ。
「趣味悪いよ、立ち聞き?」
「たまたまよ。それよりミリィ、こんなことばっかりしてないで自分のことも考えなさいよ。あんたが真剣に相談できる相手って、どれだけいるの?」
「そんなの何人もいらないよ、男でも女でも信用できる人なんて一握りいればさ」
「男も女もって、あんたの言う信用ある人間って、そんなにいるの?」
「あんた」
「だけ?」
「十分でしょ」
「それは光栄ではあるけど、橘は? あいつだってあんたの親友でしょ?」
橘勇気とは、もう何日も話をしていない。
チャラの言うとおり、私はあいつのことも信用していた。
けれど人間通しの繋がりなんてもろいもんだ。
たったそれだけでって、人は言うかも知れないけど、私にはあれだけで十分、あいつを見限る理由になったのた。
「ミリィ、私のことならもういいから……」
「もうあいつの話はよそう、それより何か用があったんじゃないの?」
「ああ、えっと、自分のこと考えろって、言っておきながら悪いんだけど、お客さん」
チャラの後ろから顔を出した女の子は、確か一年生だったと思うけど。
「江島佳代子といいます。神崎先輩の噂を聞いて、相談に乗っていただければと思ってきました」
一年三組、出席番号23番、江島佳代子さんの相談は好きになった男の子への告白の橋渡し。
「それで相手は?」
「2、2年の橘勇気さん、です」
またあいつかよ。
野球部エース、確かに人当たりは良いし、こういったファンの対応も優しいヤツだけど、みんな安易にあのルックスに騙されすぎだよ。
私と橘の仲がいいことは、みんなが知っている。
お互いを親友と呼ぶ間柄は、周りから見れば、恋人同士にも感じられたのだろう。
遠巻きに見守り、噂し、直接聞いてきた子もいた。
私が「そんなんじゃないよ、あいつとはいい友達だから」と言ったら、今度はあいつとの仲を取り持つように頼んでくる子が出てきた。
別にあいつとの仲介をしたからって、何の問題もない。
そう思っていた私は、橘に会わせてあげた。
なんて事はない。そう思って気軽に話を持って行ったんだ。
橘は二つ返事でOKを出した。
その成功を耳にした他の子達は、その他の男の子達との間も私なら上手く取り持ってくれると思いこみ、恋愛相談所は大々的にスタートした。
「いいの、あの子? もう嫌だったんでしょ? 橘との仲介役」
「だって、他の子の間は取り持ってるんだよ? 橘のことだけダメって言えないわよ」
「どうするの? 最近のあいつのこと知ってるの?」
「ああ、また別れたんでしょ? 人がせっかく新しい相手を連れて行ってあげたのに」
橘はすぐに交際を了解するくせに、全然長持ちしない。
付き合いだしてはすぐ別れて、そしたら次は新しい子と。
「それはミリィがすぐに、新しい子を連れて行くからでしょ?」
「だってあいつ別れたら別れたって公言するから、次々来るんだもん懲りない連中が」
少し前は、告白を断ってばかりの頃もあったのに、今はまたすぐにOKを出すからさ。
「だから、あいつはあんたのことが好きなんだって」
「それ、別に橘に言われた訳じゃないでしょ?」
「分かるわよ。あいつが告白を断った第一号って私だよ」
そうだね。それも私が間に入ったんだもん、知ってるよ。
「私とチャラの間柄知っていて、初めて断ったんだよ」
「だからそれは私だったからだよ。それまでの子となら、橘もどうって事はなかったんだろうけどさ。ミリィが間に入って、私が好きだって言ったから、本当の事言わないとまずい。って思ったんでしょ?」
「その話は何度も聞いた。でもそれって理解できないよ。私が誰かを連れて行くのが気に入らないなら、最初っからそう言えばいいじゃない」
「それは……そうだけど」
「はいはい、この話はこれで終わり! 何度同じ話するのよ。そんなことよりあの子のことだけど」
出来たらあいつの顔なんて見たくもないけど、約束は守らないとね。
橘を呼び出して、江島さんと待つ時間、誰とでもそうだけど、この時間って喋ることもないし、気まずいんだよね。
「ミリィ、来たぞぉ」
「ああ、悪いね。またまた、えっと早速本題ね。この子、一年の江島佳代子さん。この子ね……」
「ごめん、江島さん、俺もう今までみたいに、無責任な交際しないって決めたから」
私の紹介を遮っていきなりのNG。
「なんで!? なんでそんないきなり」
いきなり断る気になったって、チャラの時でもそうだったけど、なんでそんないい加減なことするの? 相手見て選んでるの?
「ああ、えーっと、わ、分かりました。あ、あり……がとう、ございま……」
「あっ、江島さん!?」
彼女は走り去った。
涙をいっぱいこぼして、私は追いかけることが出来なかった。
橘も黙って彼女の後ろ姿を見送っている。
「なんなのよいったい!? 理由は何?」
「もう、いい加減なことをして、関係ない人を巻き込むのはやめようと思って」
「何を今さら!」
「そうだな、本当にいろんな子に迷惑かけたよ。悪いことしたとも思っている。だけどこれは言い訳なんかじゃなく、今まで俺がフッた子達もちゃんと理解してくれたから、後腐れなく別れることが出来たんだと思う」
確かに後から私がアフターケアに行った子達はみんな、「残念」という言葉は口にしても、恨み言を言う人は誰もいなかった。
「と言うことはみんなにはちゃんと理由を教えてるんでしょ? 私にも教えてよ。それが解っていたら、あんたとの間をもったりなんて、もうしないから」
ここいらでハッキリしておかないと、私が橘に紹介したら付き合ってはくれるって思っている子達にも、ちゃんと解ってもらわないといけないし。
「教えても良いけど、一つ約束しろ。最後まで黙って聞くって」
「約束? ……うん、分かった」
「俺が本当に好きなのは、ずっと前からお前なんだよ」
「へっ? ちょ、ちょっと待って!?」
「最後まで聞けよ」
あ、約束約束……。
「確かに正式に申し込んだことはなかったけど、お前も俺のこと想っていてくれているはずだって言う自信と、でも本当はそうじゃなくて、ギクシャクするのも嫌だから何も言えない自分、そんな悩みを抱えている所に、お前は仲介した女の子を連れてきて」
橘は私がそんなことをしたのがかなりショックだったらしい。
それで勢いでOKをしていたんだとか。
でもやっぱりそんなことはよくないと思って、一度目のデートの中で正直に、誠意を持って説明して理解してもらって別れる。
それを繰り返してきたんだと。
「今度こそ本心をお前にと思っても、お前は次々と新しい子を連れてきて」
もう私には全く脈がないと思い、今度は真剣に付き合おうとするけど、どうしてもできなかったのだとか。
「じゃあチャラの時は?」
「彼女のことは本当に驚いたよ。まさかチャラまで俺のことを? って、でもそれよりも、お前が間に入って親友の応援をしているってことが辛抱たまらなかった。断るしかなかったんだ」
それを切っ掛けに、その後も断り続けることにしたそうな。
「でもまたOKするようになって……」
「お前の悪口を言うヤツが出てきたんだよ。お前は俺にその気がないことを知っているのに、仲介役を続けて独りよがりしているって」
そんなことがあったの?
別にそんなこと言われたからって気にもしないけど……、もしかして聞いていたけど、右から左にスルーしちゃってたのかな?
「お前はそう言うヤツだもんな。けど俺は堪え切れなくって、それなら一度OK出して、時間もらって説明する方がいいと思って」
それでまた元に戻って。
「それじゃあ今回はなんで?」
「私がそうしろって言ったのよ」
「チャラ!?」
「もうあんた達いつまでも見てらんないのよ。そりゃあ江島って子をあんたの所に連れて行ったのは私だけど、まさかまた橘狙いだとは思わなかったからね」
そう言うことだったんだ。全部、私の知らないところで……。
「橘!!」
「はい!」
「あんたが悪い、いくら前に同じ事したからって、ミリィに気を遣いすぎなのよ」
「どういう事? 橘が同じ事したって?」
「あ、いや、昔先輩に頼まれて紹介したことあるだろ? お前、俺に気を遣ってOKしたけど、数ヶ月で破局してさ。俺、紹介したのは自分なのに、受け入れたお前に腹立ててさ。それと同じ事が今度はそっちからあって、俺かなりショック受けたんだよ」
「橘、格好悪いよ」
「お前が言うかよ」
「ああ、でもそうか、私あの時かなりビックリして、悲しくなって、もしかして私もずっと橘のこと……、それでどっかで腹いせみたいな事思ってたのかな? 私も格好悪いね」
「俺、本当はお前としか付き合いたくないんだ。何人も悲しませておいて言えた義理じゃないけど、ここまで来て言えないんじゃあ終わりだもんな」
「そうだね、私も仕事みたいに話を運んできたけど、やっぱり気分悪かったんだと思う。本当の心に気づけなかった自分に」
こんな気分で橘とまたお話しできるなんて、とっても嬉しい。
もうこの気分を忘れたくない。
「それじゃあ後は二人でやってね。私はあの江島って子に話してくるから」
「チャラ、ありがとう」
「それが親友ってもんでしょ? 好きになったことのある人のためだと思えば、悪い役割でもないしね」
私たちはあまりに親友しすぎていたんだね。
だからその距離が恋だって気づかずに周りまで巻き込んで。
みんなに悪いからこれからは、もっともっと仲が良い所を見せつけていこう。
これで私の恋愛相談所は閉鎖、そう思っていたけど、自分の恋を実らせた私の元には、今まで以上の相談が舞い込むことになる。
これからは橘と二人で解決していく事にしよう。