第 43 夜 『コンプレックスキャンパス』
語り部 : 相沢宗助
お相手 : 竹建優美
出会ったのは中学生の頃だった。
その頃は身長差もほとんどなかったのに、今や彼女は見上げる存在。
いや、彼女が大きくなり過ぎたばかりじゃないな、俺の身長が151cmで止まったことが、一番の問題だったんだよ。
第 43 夜
『コンプレックスキャンパス』
もうじき学祭が開かれようとしている。
大学のキャンパス内は、もうとっくにお祭り騒ぎなのだが、
俺はどこのサークルにも参加していないし、どこの研究室にも出入りしていないので、
祭は当日楽しむだけの物でしかない。
「宗助ぇ」
今日も元気いっぱいだな、そう言えば優美って四六時中フルパワーだなぁ。
もの凄く遠くから、人の名前を呼んで、全力疾走してくる。
「お待たせ、ちょっと4限の講習が延びちゃってね」
あれだけ全速で走ってきたのに、息一つ乱れていねぇよ。
「優って、なんでサークルに参加したりしないの?」
高校卒業までは女子サッカー部で活躍してたのに、別にサッカーでなくても、色んなスポーツサークルもあれば、
何だったら自分でまだない女子サッカー部を起ち上げたっていいだろう。
「やだよ。そうしたら宗助、一人でさっさと帰っちゃうでしょ?」
「そりゃあ、まあな」
「せっかく同じ大学選んだのに、そんなんじゃあ意味無いよ。頑張って勉強したのにさ。だいたい3回生にもなって今さらそれはないよ」
学部も選択も別々だし、授業はほとんど別々だからな。
確かに優の言うとおり、俺が先に帰ったら、二人の時間は少なくなってしまうだろうけど。
「宗助って無趣味だもんねぇ。成長期にちゃんとスポーツでもしていれば、もう少し育ってたかもね」
ことある毎にこれだ。
だけど不思議なことに、他のヤツに言われたら腹立つのに、こいつに言われても、全く怒る気が起きないんだよなぁ。
「そうか、成長期に暴れすぎて、そんな178cmまでデカくなっちまったんだな」
「なにおー! あんたなんて、私の胸までしか頭来ないくせに」
なんて言いながら、頭を抱え込みやがった。
「だから人前で、そう言う事をするんじゃないって!?」
「あはは、いいじゃない。もうみんな私たちの仲は知ってるんだし」
そう言う問題じゃない。倫理的な事を言ってるんだ。
優の腕から逃れた俺は、リアクションもせずに、正門に向かって歩き出す。
「あ~ん、待ってよ」
周りの目線が痛いんだよ。
どうせまた仲のいい姉弟のスキンシップとかって、思ってるんだからさ。
「もうすぐだね学祭」
「ああ、去年はなかなかの力の入れようだったからな。今年は運営部の予算も大幅に上がったって言うから、更に盛り上がるんだろうな」
「ねぇ、今年はなにかに参加しない? 来年は就職活動で、それどころじゃないもんね」
最後になにか思い出に残ることをしたい。というのだけれど。
「俺はいいや、当日楽しめれば、それで」
「もう、またそう言って宗助はぁ」
なんでこんなに意欲的なのに、俺みたいな無気力なヤツと一緒にいたがるんだろうな。
そんな日常が当たり前すぎて、彼女が側にいない数日なんて、想像もしていなかった。
今日で4日目、俺は一人帰り道をダラダラ歩いていた。
いつも隣にいるはずの優の姿がない。
友人のサークルの催し物の手伝いをすることになったとかで、今も大学内にいるはずだ。
何もしない派の俺だったけど、あいつが何かするなら手伝ってもいいかなと思って、一応申しではしたんだけど。
「それじゃあ当日ちょっとだけ手伝ってね」
だと。内容も知らないで何をしろと言うつもりだろうか。
「本番になれば分かるんだろうけどな、もう明日じゃん、一体どうなるんだろうな?」
「宗助おかえりぃ」
「うん? ああ母さん」
家の近所まで来た辺りで、買い物帰りのお袋と遭遇、俺より低い149cm、ちなみに親父は俺より少しだけ背が高く、それでも153cmしかない。
完全に遺伝なんだよな。
「今帰り? あれ優美ちゃんは一緒じゃないの?」
両家公認のお付き合いだからな。お袋の疑問も分かるけど、そうか最近一人で帰っていたこと、家では話題に出したりしないからな。
「もしかしてあんたフラれたの?」
「フッたのかとは聞かないんだな」
「ははは、それだけはあり得ないよ。あんたあの子にベタ惚れじゃない」
母親に言われるほど恥ずかしいことはないな……。
「あいつは学祭で何かやるらしくって、その準備で居残ってんだよ」
「あんたは手伝わないの?」
「当日何かあるらしい。まだ内容も教えてもらってないけど……」
「ふーん」
今さらだけど、俺もサークル活動すればよかったかな。アルバイトもしてないのに毎日ダラダラしちゃってさ。
「あんた、勉強以外はからっきしだからね」
俺の志望は教師になること、課題も多く、実習も多いから、他のことしてる暇ないんだよ。
学祭当日、今朝も優は先に行ってしまった。
お昼前11時過ぎにA棟の前の特設ステージに来るように言われている。
それまでは何の予定もないし、一人であちこち回るのも気乗りしない。
優の出番は今日の午前中だけらしいので、その後は一緒に回れるって言ってたから、朝はまったりお茶でもしているか。
あと一時間半くらいだもんな。
俺はこんな日にも持ってきているテキストを開いて、カフェでお茶していた。
「もう、宗助! やっぱり時間忘れてる」
「おう、優! 久しぶりって感じだな。ここんところ朝も早かったしな」
「呑気に世間話してないで、もうすぐ出番だよ」
ああ、もうそんな時間か? って打ち合わせも受けていないのにもう出番!?
A棟のとある部屋に連れてこられた俺の前に、女子が数人現れた。
「それじゃあ相沢くんはこれに着替えてね。竹建さんはこっちへ」
デザイン学科の学生に指示されて、俺は用意された衣装に着替える。
「って、なんで燕尾服!?」
見渡せば、みんな忙しそうに動き回っている。
仕方なく俺は、その衣装に袖を通した。
優が手伝っていたのは、芸術学部のデザイン学科が手掛けるファッションショーだった。
おそらくあの長身を買われたのだろう。
そのモデルのために、数日間かけて衣装あわせをしていた。
俺は事前になにもしていないが、数日前に俺のサイズが知りたいと、寸法を書いたメモを、お袋が優に渡していたらしく、
男物の燕尾服なんて、肩幅と裾と裾の長ささえあっていれば、後はどうとでもなるからな。
だから直前までナイショに出来ていたってわけだ。
「トんだサプライズだよ」
この衣装から推測される答えはただ一つ、優はウエディングドレスを着るのだろう。
あいつの身長なら、さぞかし映えることだろう。
「しかし相手が俺じゃあ、締まるものも締まらなくならないか?」
「えっ? ああ! でも彼女、相手があなたでないと出てくれないって言うし、このキャンパスであなた達のこと知らない人はいないから、大丈夫ですよ」
押し切られた感じか。
悩んでいる時間はない。すぐに出番が回ってくる。
先にステージ上に立ち、優を待ち望む新郎役。
あいつを見た時の俺の表情も演出の一つにするために、今まで黙っていたそうだ。
うわっダメだ、必要以上に緊張してきた。
多分このままじゃあ、あいつの晴れ姿を見ても、感動できないかもしれない。
「それでは午前の部、最終ステージ! ウエディングドレスです」
MCの後に流れだした、定番ののウエディングソングに乗って、花嫁が入場した。
俺は自分の役目も忘れて、完全に魅入ってしまった。
「宗助……」
衣装の艶やかさも目を惹くが、何よりその表情がたまらない。
「あ、えーっと、その……、き、綺麗だ」
やっと出た言葉は、そんな陳腐な物だったけど、優は至極の笑みで応えてくれた。
「それではここで、神父様の登場です」
この日のために雇われた男子学生に神父役をやらせて、式はスタートした。
「って、おい待て、そこまでは聞いてないぞ」
そこまでもどこまでも、何一つ聞いてないけどさ。
「汝、竹建優美、あなたはこの者を健やかなる時も病める時も……」
って、お決まりの台詞、しかも新婦から?
「はい、誓います」
「汝、相沢宗助、あなたは……」
おいちょっと待て、なんでこうなるんだ。
と言うか落ち着け俺、これは催し物のイベント事だ。なにも焦ることはないんだ。
「……誓いますか?」
「あ、ああ、その……」
ブーケを握りしめる優の瞳はが真剣そのものだ。
これは役にのめり込んでいるのか?
それとも俺の言葉を受け止める気持ちの現れか?
「ち、誓います」
「本当に?」
「って、なんでお前が聞くんだよ?」
「役だから言ったの?」
マジ顔!? こいつの本命はこれか?
これはもう立派なプロポーズだよな?
と言うことは先に誓いを告げたこいつは、俺にプロポーズしたって事か?
ここで俺がもう一度「誓います」と言ったところで、優もギャラリーも納得するのか?
俺は逃げ出したくなった。
上からのぞき込んでくる花嫁は、ベール越しに見ても分かるほどの威圧感を持っている。
俺はベールを取り、いつも傍にいてくれる見慣れた顔をマジマジと見つめる。
「本当に俺でいいんだよな?」
「今は宗助しか見えていないよ」
「俺もそうだよ。でもそれでお前は本当に幸せになれるのか?」
「幸せなんて、もらうもんじゃあないよ。私がそうなるって決めたんだから、その為には宗助が必要なの」
俺達の会話は集音マイクに拾われて、特設ステージ前のみんなに聞かれている。
俺は迷いを振り切った。
「わたくし相沢宗助は、竹建優美を生涯幸せにすることを誓います」
会場は大きく沸いた。
その後はお約束の誓いの口吻。
学内一の逆身長差カップルは、公認度を益々増して、初日の学園祭を大いに盛り上げるのだった。