第 42 夜 『ノベル・リポート』
語り部 : 背田智香子
お相手 : 阿部慎太郎
盛立役 : 塚口浩平
松本孝枝
「俺ずっと君のことが気になっていたんだ」
同じクラスで仲のいい男友達からの突然の告白、彼のことは大事に思うけど、私には他に好きな人がいた。
第 42 夜
『ノベル・リポート』
昨日は返答を待ってもらうことで、問題を先送りすることが出来た。
「へぇ、やっぱり阿部って、智香子の事が好きだったんだね」
「やっぱりって……、私そんな風に考えたことなかったよ」
阿部とは1年生の時は別々だった、今年の春から同じ組になったクラスメイトだ。
「あの人お調子者だから、そんなこと考えてるなんて思わなかったよ」
「あいつ本当は大人しいんだよ。智香子の前でだけだよ、あんな風にオチャラけるの」
そうだったんだ。
でもいつも私のことを笑わせてくれる彼は、それが彼のアイデンティティーであるかのように、自然におかしな事をやっているように見えるのに。
「智香子、今度の季刊誌に載せるノベル書けた?」
「それがねぇ、ちょっとラストに手こずっていてね、なんか私っていつもラストに詰まるんだよね。終わらせるのが勿体ないって言うか、もっと続けたいって言うか」
私とこの松本孝枝は文芸部員で、今は次の季刊誌のための記事を作っている。
孝枝はこの3ヶ月にあった学校の行事をまとめて紹介する覧を担当、私は自作の小説を載せることになっている。
文芸部員は現在12人、その半数が小説を書くんだけど、季刊誌には私ともう一人、3年生の男性部員がページをもらっている。
この季刊誌はあまり校内では人気がないのだけれど、近隣の学校にも配っているので、力の入れようは半端ではない。
私は文化祭用にはページをもらっていないので、この季刊誌は私にはとっても重要な意味を持っている。
締め切りまで一週間、ここが正念場なのだけれど、彼のいきなりの告白のお陰で、ぜんぜんペンが進まない。
「それで、なんで返事しなかったの? 智香子も阿部のこと好きでしょ?」
「好きっていっても、私のは友達としてだもん。それに……」
「ああ、塚口くんのこと? だけどそれってただの憧れでしょ? 現実問題として、恋愛に発展する可能性はあるの?」
塚口浩平くん、現生徒会長で吹奏楽部の部長を務める。
彼のファンは多く、私もその一人でしかないのは確かだけど、これはただの憧ればかりでもない。
前回の季刊誌からページをもらえるようになった私は、前回も苦労したけど、どうにか間に合わせることが出来て、その原稿をはめ込むことで完成した文集を、印刷に回すべく生徒会へ。
原稿が最後となった私が、責任をもって印刷をしてくるように部長から仰せつかって、印刷室の使用許可をもらいに行ったんだけど、そこにいたのは当時副会長だった塚口くんだけ。
快く許可申請用紙を受理してくれた彼は、興味本位から「少しだけ見てもいいかな?」と言ってきた。
恥ずかしながら渡した原稿を手にした彼は、数ある記事の中から真っ先に私の小説に目を通してくれた。
「あんたの読者第一号になった塚口くんが、そのあんたの小説をべた褒めにしてくれたんだっけ」
「べた褒めって……、ちゃんと中身をじっくり読んでくれて、その上で感想をくれただけだよ」
ここが面白かったとか、共感がもてるとか、中身を把握してくれた上で評価をしてくれたんだもん。
「ここはムリがあるとか、理解できないとかって、排他的意見が全くなかったんでしょ? べた褒めじゃん、それって」
確かにそう言われれば、そうかも知れないけど、ちゃんと読んでもらえただけでも、私にとっては奇跡みたなもんだったんだもの。
「でもその一回で彼にはまれるなんて、ちょっと直球思考過ぎない?」
けど恋なんてそんなもんだよ。
ひょんなことから相手のことが気になって、その想いが重なって、どんどん大きくなっていく。
それとその一回だけではなく、塚口くんは私の他の作品も読んでくれたんだもん。
確かに甘い物ばっかりで辛口批評はもらったことはないけど、それだって大事な読者には違いないもん。
はっ! 今は塚口くんの事じゃなく、阿部のことだよ。
「いつ返事するの?」
「……分かんない」
「好きな人がいますって言って、はっきり断っちゃえばいいじゃん」
「だって、阿部と仲のいい友達してるの楽しいんだもん、変な断り方して、傷つけちゃったりするの嫌だもん」
そんなのは独りよがりの偽善だって事は分かってる。
だけど本当にどう切り出せば、今まで通りの関係でいられるのかが分からない。
私が書くのはライトノベル風のファンタジー系のシナリオばかり、それも恋愛シーンはあまり得意じゃないから、あまり事細かな描写は考えたこともない。
「だからって今のまま放っておけば、それでも相手を傷つけることになるよ」
い、言われてみれば……。
考えてみたところで、私の文才では丸く収める結末を作り出せない。ここは正直に思っていることを伝えるしかない。
結局妙案を生み出すことは出来ず、私は予定通りに想いの全てを包み隠さず、阿部慎太郎くんにぶつけた。
「知ってるよ。お前が塚口のことを好きなことは」
「へっ?」
真実は小説より奇なりでした。
「まぁ、あいつは男の俺の目から見ても色男だからな。ファンクラブめいた物もあるとかないとか」
そんな物まで? さすがは塚口くんだ。
「そ、それを知っているのに私に?」
「うーん、それは俺には関係ないからな。そりゃあお前を悩ませるのは気が引けるけど、だからって黙って、卒業まで隠したままというのもさ」
この人はこの人で悩みに悩んで、行動に移したんだな。
「それじゃあ、あのごめんなさい」
「ああ、いやいや、それで諦めるくらいなら、最初から告ったりしないから」
「じゃ、じゃあどうすれば?」
「背田って告白とかってしないの?」
なんと!? そんなこと考えたことないよ。
「なんで? 好きなんならもっと仲良くなりたいって思わない?」
思うけど……。
「もし塚田のことチャレンジなしでリタイアするんなら、俺と付き合ってよ」
それって阿部に対して、あまりにも不誠実過ぎないかな?
「俺がそれでいいって言ってるんだから、そこは気にしなくていいよ。と言っても気になる物はしょうがないか」
やっぱり阿部って大人だな。
私は自分の世界に閉じこもって、頭の中だけで大冒険して、でも実際は井の中の蛙もいいところで。
塚田くんへの告白って、どういう風にすればいいんだろう?
直接言うのは難しいな。
ガチガチに緊張して、何も言えなくなるっていうオチが待っていそう。
電話なら? 直接彼の顔が見えなければって、声聞いただけで動きが止まるかも? あの声は魅惑のハーモニーだ。
「文芸部員なんだし、手紙にでもしたためたらどうだ?」
「ああ、それは一番ありえないよ」
「なんで?」
「私、その手の文才は全くないんだ」
物書きがなに情けないこと言ってるんだって感じだけど、その辺りの勉強はまだまだこれからなのだ。
「それでお前の話には、恋バナが全くないのか」
そうそう、恋愛シーンはいつも割愛になっちゃうの。って、あれ?
「阿部、私の小説読んでくれたの?」
「ああ、俺ライトノベルとかって好きでさ、今はNETで素人作家の話もいっぱい読めるし、もちろん紙の本の方が読みやすいから、文庫本なんかもよく読んでるよ」
そうだったんだ。
それで文芸部の季刊誌にも目を通してくれて、私の作品も知ってくれているのか。
「ど、どうだった? 私のお話」
身近な人からの批評二人目。
「うーん、着眼点とか、話の展開なんかはよかったかな。中盤でのどんでん返しは定番って感じだったけど、最後の最後では裏切られた感があったよ。でもなぁ、一番気になったのはそのラストかな。どっち向いて最後を迎えたいのかが、正直判りにくかったよ」
えらくコンパクトにまとめてくれたなぁ。
でもそうか、やっぱりラストの収集のつかなさが、読み手に伝わってたかぁ。
「もっと細かく聞かせて……」
「今は塚口のことだろ?」
おお、すっかり忘れてた。って、あれ? 忘れてたの、私?
「そうだ、お前と塚口の馴れ初めとかを話にまとめて、小説にするとか」
「えー!? そんな、お話に出来るほどのストーリーはないよ」
「そこはそれ、作家として脚色を施してだな」
「それが出来るんだったら、自分の小説でも濡れ場を作ってるよ」
「おぉそうか、だったらこれが処女作だな。今後の為にもチャレンジしてみるってことだな」
なんか綺麗にまとめちゃったよこの人。
阿部の方が向いてるんじゃないの? そう言うの。
とにかくやってみなくちゃ何も分からないと言われて、私は挑戦してみることにした。
季刊誌のお話は一通り出来た。
明日部長に見せて評価をもらう。
そこでアウトなら別の人の作品も検討されるんだけど、いまいち自信がないんだよねぇ。
「気分転換に恋愛小説書いてみようかな」
もちろん題材は私と塚口くん。
私は改めて彼のどこに惹かれて、どうなりたいのかを考えてみた。
誰かに見せる訳じゃない。ただ彼に想いが伝わる内容になればそれでいい。
だけどどうせ読んでもらうのなら、中身のある小説にしたい。
塚口くんなら私の書いた物は、全て解きほどいて、受け止めてくれるだろう。
でもそれが阿部だったらどうだろう?
あの人ならきっと、あれもこれも批評の対象にしてしまうんだろうな。
「ふふっ、今度はどれだけダメ出ししてくれるかな」
辛口批評は苦手だけど、なんだかとっても楽しみに思える。
手始めに私は、阿部との数ヶ月について考えることにした。
「ねぇ、今日先輩に季刊誌用の小説を見てもらうんだけど、その前に読んでもらって、感想聞いてもいいかな?」
私は朝っぱらから阿部を捕まえて、原稿を目の前に出した。
「お、俺が第一号でいいのか?」
「うん、もちろん」
始業ベルまでまだ15分ある。
普通に読めば、最後まで目を通せる簡単なストーリー。
「お前、これって……」
私の手にはまだ季刊誌用の小説原稿がある。
阿部が今見ているのは、それとは違う物。
「背田智香子初の恋愛小説です。如何だったでしょうか?」
顔が熱い、絶対真っ赤になってるよ。
でも今はそんなこと気にしている場合じゃあない。
「恋愛って、……この主人公はお前、その相手は俺だよな?」
「うん」
「だけどこの話は、この二人のストーリーで、最後にはハッピーエンドを迎えている……」
「そうだね」
「駄作だな。もっとリアリティーの追求が必要だろう。……でも、内容は最高だな」
やっぱり一発目で、合格点をもらえるほど甘くないか。
「それにしてもなんで俺? 塚口のことはいいのか?」
今回のことは私に、色々と考えさせてくれた。
塚口くんのことは本当に好きだけど、それは憧れの上にあるもの、現実に置き換えて考えた時、私にとってのリアルは、そこにはないように思えた。
同時に考えた阿部との学生生活は、今までの思い出もこれからの将来も、希望も欲求も全て思い浮かべることが出来た。
「私って、自分で思っていた以上に単純思考だったのよね。こんな私でもよければ、これからもどうかよろしくお願いします」
「いや、そんなお前だから、俺は想いを打ち明けたんだけどな」
始業のベルが鳴っている。
お昼には今度こそ、季刊誌用の原稿を読んでもらおう。
私が小説家として、もっと納得のいける作品を作れるように、あなたにはずっと側にいてもらうからね。