第 41 夜 『デンジャラスボーイ』
語り部 : 千石公児
お相手 : 相葉亜紀
盛立役 : 相葉利樹
つきあい始めて2ヶ月と12日、健全な交際のお陰で、ハプニングの時以外、手すら握ったこともない。
俺達は小さいケンカこそ度々あったけど、そこそこ仲良くやっている。
そろそろ何か進展なんて物も、あってもいいんじゃないかな?
第 41 夜
『デンジャラスボーイ』
今日は彼女からの提案で遊園地に行くことになっている。
なんでも新しい三つのアトラクションには使えないが、学生には嬉しいフリーチケットをもらったとかで、今日はそれで遊ぼうというのだ。
気になっていた天気も雲は多いものの、雨の心配はないそうだ。
しかし約束の時間が過ぎても彼女が来ない。
こんな事は初めてのことだけど、さっきメールで遅れると連絡があったので心配はしてない。
待ち合わせの時間から40分、彼女は走ってやってきた。
「ごめんね。出る時に一悶着あって遅くなっちゃった」
「いいよいいよ、それよりちょっと落ち着いて呼吸整えて」
普段から走り慣れていないことが、すぐバレるね。
呼吸が整うのを待って、俺は先ずは説明をとお願いした。
なんで彼女は子供連れなんだろう?
「あのね、この子は私の弟で、利樹って言うんだけど」
「相葉利樹です。小学3年生です」
小学校3年生っていったら9歳ぐらいか、高校1年生16歳の彼女とは7歳違いね。
「お兄さんもお姉ちゃんと同い年だよね」
「そうだよ」
「もう高校生なら、キスはくらいはしたの?」
「こ、こら!? 利樹はなんて事を聞いてんのよ」
「ははは……」
それでこれはどういう事態なのかを教えて欲しいんだけどな。
亜紀が狼狽えまくっているので、説明にも何にもなりやしない。
また少し待って落ち着いたところで聞いてみれば、今日はご両親も外出の予定があって、亜紀が俺とデートをするとなれば、利樹くんが一人で留守番になってしまう。
だから一緒に遊園地に連れて行くようにと、お母さんに言われたそうだ。
その問答に時間をとられて、出るのが遅れたんだな。
「ごめんね。今日のチケット取り上げるって言うもんだからさ、代わりに臨時収入を手に入れてきたから、今日は利樹のこともお願いします」
「お願いします」
別に問題ないです。
ただ今日も俺達の間を埋める事は……、出来そうにないか。
「ちょっとごめん、お手洗い行ってきてもいいかな?」
亜紀が耳元で囁いてくる。
俺は何も言わずに首を縦に振って、利樹くんと一緒に先に切符を買いに行くことにした。
「それでお兄さん、お姉ちゃんとはどこまでいってるの?」
最近の小学生って、みんなこんななのか?
「キスもしてないよ。嘘偽りはない。俺達は何もないよ」
子供相手に下らない見栄や嘘をついても仕方ない。俺は話を早々に終わらせるべく、即答で返した。
「じゃあ、今日は俺が手伝ってあげるからさ、キスの一つでも出来るようにね」
悪魔の囁きだ。
子供が想像する男女関係というのを、事細かく問いただしたいところだけど、とりあえず時間もないので丁重にお断りをした。
「とにかく先ずは覚えておけよ。人の目というのは、ちゃんと気にしないといけないからな」
俺が拒否したところで、この年の子供は何をしでかすか分からないので、とりあえず最低限の注意だけしておいた。
彼女も戻ってきて、俺達は電車に乗って最寄り駅へと向かい、改札を出ると目の前にあるゲートを潜って園内へ。
「それじゃあ今日は、利樹くんが乗りたい物をメインに、回ることにしようか?」
「いいの?」
「いいよね?」
「公児くんがいいんだったら、それでいいよ」
小学生がいるのに、俺らがペースを上げて遊んだり出来ないもんな。
「そ、それじゃあ……」
利樹君は絶叫物を順番に指さして、俺達二人を連れ回した。
俺はいいんだけど、そういう物がどちらかというと苦手な亜紀は、お昼を前に顔面蒼白。
「次あれ!」
そう言うと利樹くんは俺達が何かを確認する前に走り出し、一つのブースに入っていった。
「ちょっと利樹! ここって、本当にここなの?」
そうは言うが、あの子は中に入ってしまっている。
「入ろうか?」
「ちょ、ちょっと待って公児くん、私、心の準備が……」
「利樹くんが待ってるから、ほら入るよ」
亜紀は本当にこのお化け屋敷というのが苦手で、前に二人で来た時も、ここだけは立ち入ろうとはしなかった。
利樹くんを追いかけて入った中は、一歩入っただけで真っ暗。
もちろん薄ぼんやりとは見える程度なんで、問題はないんだけど、入ってすぐは本当に何も見えなかった。
それにしても……歩きにくい。
俺の右腕にしっかりと捕まって俯く亜紀は、こうなるだろうとは思っていたんだけど、思った以上に力が強い。
利樹くんは入ってすぐの隅っこで、小さくなって丸まっていた。
一人でどんどん奥に進んでいたら厄介だなと思っていたんだけど、その心配はなく、今こうして俺の右足に捕まっているもんで、歩きづらい事この上ない。
きっとこれはお化け屋敷の苦手な亜紀を誘い込んで、俺といいムードにしようと考えたのだろうけど、自分もまだ、こう言うのが苦手なままだという盲点に、はまってしまった結果のようだ。
お化け屋敷を脱出するのに20分、追い抜いていくグループ3組、俺は体力残量を量っていた。
失敗に終わった利樹くんは、表に出た途端に完全復帰。
次になにを思いついたのか、昼食後に、ソフトクリームが食べたいと言い出した。
俺にはそんな何でもないことが、また妙な事に繋がるんじゃないかと気になったんだけど、予感は的中した。
「つめた!?」
「ごめん、お姉ちゃん」
彼は思いっきり亜紀の背中にソフトクリームをぶち当てた。
亜紀の首筋に当たったクリームは、そのまま背中をつたって中にまで入った。
「やぁ~ん、べとべとするじゃない!?」
「ああ、でもバニラだったから色は付いてないよ」
幸い彼女の背中に付いたクリームは、白い服を着ているお陰か、近づかないと気にならない程度ですんだ。
「でもこのままって訳には……。ちょっと待っててね」
そう言うと、亜紀はトイレに行った。
「利樹くん、気持ちは嬉しいけど、もう止めとこう。お姉ちゃんに迷惑かけちゃダメだよ」
「うん、分かった」
暫くして帰ってきた亜紀は、服に付いたクリームをきれいに洗い流してきた。だけど……。
「背中のベタベタが自分じゃあ上手く拭けないの」
乾いたソフトクリームの感触が気持ち悪いらしい。
「公児、利樹じゃあ上手く拭けないかも知れないから、代わりに拭いてもらえないかな?」
「って、どこで?」
「うーん……、あれならいいんじゃない?」
目の前にある大観覧車、確かに今の時間なら人も並んでないし、外側の椅子に座れば、誰かに見られる心配もないだろう。
「それじゃあ利樹はここで待っててね。どこかに行ったりしたらダメだよ」
いくら弟でも、よその男に肌を晒している姿を見せたくないのだろうな。
利樹くんに念を押して、俺の手を引いて亜紀は観覧車に向かった。
ゴンドラに乗り込むと、外からロックがかけられる。
暫くするとすぐに、隣のゴンドラも気にならない位置に来る。
「それじゃあお願い」
亜紀はそう言うと俺に背を向けて、首をシャツから抜いた。
白い肌とブラジャーの紐が艶めかしい。
「肩胛骨の間くらい何だけど」
彼女が持参している濡れティッシュを使って、少し赤くなっている辺りを拭いてやる。
おしぼりの冷たさに驚いたのだろう、ちょっとくすぐったがる亜紀に、俺は理性を失いそうになるが、負けないように使命感を奮い立たせて、優しく丁寧に拭いてあげた。
「もう大丈夫?」
「うん、ありがとう」
亜紀は再び首を通し、シャツをちゃんと着ると、頬を真っ赤に染めて微笑んだ。
ここでキスの一つでもしようとして、多分この雰囲気だったら彼女も受け入れてくれたかも知れないけど、俺もはにかんで、その場は何もなかったかのように装った。
日が暮れる頃まではしゃぎ回っていた利樹くんは、力尽きて眠ってしまった。
もう少し大きくなれば、こんな事なくなるんだろうけど、今は仕方がない。
「重くない? 大丈夫?」
「平気平気」
背中に利樹くんを背負って、俺は彼女の家を目指している。
結局今日も何の進展もなかったけど、それは朝二人に出会った時に、もう覚悟していたことだからな。
「今度は動物園がいいな」
「そうだね。次の休みにでも行こうか、天気がよければ」
「今日の見返りに、お小遣いゲットしてみせるから」
「ははは、がんばれ……」
少し雲が広がっているけど、なんとか今日は一日雨も降らずに済んだ。
「公児くん♪」
両手のふさがる俺の前に立ちはだかる亜紀は躊躇なく、俺にキスをしてくれた。
「えっ?」
「今日のお礼、利樹と全力で遊んでくれてありがとう。の印」
柔らかい感触がまだ残ってる。
二人の距離を気にしていたのは俺だけじゃあなかった。
「でもこう言うのは、やっぱり男の子の方からアプローチして欲しいな」
逆光で分かりにくいけど、多分彼女の頬は、バックの夕日以上に赤く染まっていることだろう。
「よかったねお兄さん」
「えっ、利樹起きてたの? いつから?」
「5分くらい前から。ラクチンだったから、寝たフリしてたぁ」
「ああ、もう今の事お父さんとお母さんに喋ったら酷いからね」
この後しばらく、俺を挟んだ姉弟喧嘩は続いた。
本当に、小学3年生に心配してもらわなくていいように、俺も少しはしっかりしないといけないな。