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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
4/102

第 4 夜   『バイトのある光景』

語り部 : 定森織華サダモリオリカ

お相手 : 三鏡恭平ミカガミキョウヘイ


盛立役 : 坂下歩サカシタアユム

      玉置成司タマキセイジ

 ウチの学校が基本的にアルバイトを禁止していることは知っています。


 だけど今だけはどうしてもお金が欲しいんです。


 今まで校則を破るなんて考えてもみなかったけど、今度だけは。



   第 4 夜

    『バイトのある光景』


「ありがとうございました!」


 私がアルバイトをしている喫茶店は食事も出来るのにビジネス街にある為か、夕方のお客さんはさほどいない。


 学校からは駅で言うと13も離れているから、アルバイトを禁止しているウチの先生が来る心配はしてないけど、私の家は学校の傍だから、ここまで来るのって結構大変。


 だけど今回はちょっと目的があって働いているだけだから、お給料日が来れば、もうここまで来ることもない。


「御免なさい叔父さん。無理に働かせてもらって」


「いいって、織華は頑張ってくれてるし、お客さんの評判もいいよ。だから給料日までと言わずにしばらく続けないか?」


「とってもいいお店だけど、ちょっと遠すぎるよ。それに私、来年三年生だし、受験あるから」


「あれ? お前の行ってる学校って、確か附属だろ」


「そうだけど、私はそのまま上に行くつもりないの」


 私の通う学校は高等部の卒業試験をパスすれば、エスカレート式に大学部へ上がれるから、受験の苦しみを味あわなくていいって、友達は喜んでいる。


 余所の大学を受験するつもりで勉強をしている私には、卒業試験はなんの問題もなくパスできると思う。


「勿体ないね。姉さんは知ってるの? 大学、家出たいって言うの」


「まだ言ってないよ。私も今はまだ受かる自信がある訳じゃあないし」


 気持ちのどこかで、志望校に落ちても行ける大学があることに、安心があるんじゃないのだろうか。


 志望校の受験は、今の成績では難しいことを実感している。


 だからまだ両親に話せないでいる。


「とにかく、今回だけ。ゴメンね」


「いいよいいよ。それよりテーブル、早く片して」


「はーい」


 チェーン店の雇われだと言っても店長の叔父は、お客が少なくなっても忙しそうで、私がテーブルの方に向かうとすぐに奥へ引っ込んでいった。


 この時間帯は昼間と違って本当にお客の数が少ない。


 だからホールのアルバイトの数も四人しかいなくて、その中でも今は私を入れて二人しかいない。


「ありがとうございました」


 今のお客さんが出ていったことで店内には一組を残すだけ、私は店長に言われたテーブルを片づけ終わって、厨房に入るとそこで声をかけられる。


「おい定森!」


「はい!? 三鏡、さん」


 三鏡恭平、チーフが骨折で入院中、私の教育係に選ばれた、私とは一つ違いの高校三年生、なんだけど態度でかくて、口調が荒っぽいから、ちょっと怖かったりする。


「……なにビクついてんだよ。俺、休憩終わったから次休めよ。あのお客のテーブルは俺が片すから」


 別にいつも怒っているわけじゃないし、普通に優しくもしてくれる。んだけどなんか苦手。


 そう言えば、今日で辞めちゃうんだっけ、受験勉強に専念するために。


 叔父さんは三鏡さんにもバイトを続けて欲しいみたいなんだけど、受験終わる頃には他のバイト入れるんだろうし、今日でお別れかと思うとちょっと寂しいなぁ。……やっぱり恐いけど。


 休憩時間は一人30分、4時間以上入るスタッフには順番に回ってくる。


 私は学校終わってから来たから、まだ入ってそんなに時間経っていない。


 三鏡さんは今日は創立記念日とかで、お昼から入ってるらしいから、ちょうどいいかもしれないけど、私はまだ早いよ。


「今の内に休憩しておかないとすぐに込む時間になるぞ」


 バイト時間はちょうど4時間、別に休憩時間なんてもらわなくてもいいんだけどなぁ。

 ルールはルールだから休憩はもらうとして。


「それじゃあコーヒーもらってもいいですか?」


 ドリンク一杯なら、無料で飲んでも構わない、このバイトってスタッフ甘やかしてるなぁって、最初は思ったもんだよ。






「休憩終わりましたぁ」


 休憩室から出てくるとホールスタッフの残りの二人も来ていて、お客さんの数も増えていた。


「いらっしゃいませ~」


 また新しいご来店。


「ああ、織華ぁ~来たよう」

「いらっしゃいゆんちゃん」


 坂下歩ちゃん、通称ゆんちゃんは学校のお友達、私がここでバイトしていることを知っている唯一のクラスメイト。


 その後ろにもう一人、そう言えばゆんちゃん今日は彼氏連れてくるって言ってたっけ。


「いらっしゃいま、せ……」


 テーブルに案内するためにお顔を拝見した彼氏さんは、私のよく知っている男の子だった。


「成司……」

「あれ、綾華と成司くんって、知り合いだったの?」


 私の呟きに返事をくれたのはゆんちゃんだった。






 私がアルバイトをする理由は、もうすぐ彼の誕生日だから。


 黙ってお金を貯めて、ちょっとビックリするようなプレゼントを用意しようと思っていた。


 だけど今日会った彼、玉置成司は私を見て「初めまして」と言った。


 それはゆんちゃんの前で、私の彼氏であるとは言えません。と述べているのも同じだった。


 私とゆんちゃんの間で又をかけていたのは、逃れようもない事実、どんな言い訳をしてくるのだろうと電話を待ったけど、どうも鳴る気配もない。


「そっか、私の方が遊びだったんだ……」


 泣いちゃいそうになったけど、それでもゆんちゃんとマジメにお付き合いをしてくれるなら、それはそれでいいかと言う気にもなっていた。


「ふふ、こう思えるのも三鏡さんのお陰かな」


 あまりのショックに惚けてしまう私をフォローしてくれた先輩は、失敗を続ける私に、理由は一切聞かずに尻拭いしてくれた。


 結局最後には私から説明して謝ったんだけど、三鏡さんの最後のお勤めに泥を塗っちゃった。今度お詫びしなくちゃ。


「あ、そっか、もう三鏡さん来ないんだ」


 なんだろう、成司のことではそんなに悲しくならなかったのに、三鏡さんの事を考えたら、今度は本当に涙が出そうになった。


「綾華ぁ~、歩ちゃんが来たわよぉ」


 お母さんの出迎えで二階まで上がってきたゆんちゃんが入ってくる。


 私の様子がおかしかったからお見舞いに来てくれたのかなぁ?


「って、ゆんちゃん!?」


 お母さんに挨拶するまでは我慢できたらしいんだけど、階段を上がっているうちに出てきたという涙をいっぱい零しながら、ゆんちゃんは私の部屋に入ってきた。


「どうしたの?」


 お店に来たときはあんなに幸せいっぱい。って顔していたのに、いったい何があったというのか?


「成司くんがね、……別れようって」


 夕方喫茶店に来るまでは、そんな素振りは一切なかった。


 週末や彼の誕生日にも会う約束をしていたのに、突然の絶縁状だったそうだ。


 それってやっぱり私から事実が伝わり、ゆんちゃんから攻められるのを前もって避けようという事なんだろうか。


 私は実は私の彼氏があいつだったことをゆんちゃんに話した。


 ゆんちゃんは更に多くの涙を流した。私の分まで泣いてくれたみたいだ。






 あのままお泊まりとなったゆんちゃんと夜遅くまで、お互いを想って泣き腫らした翌日、もう働く必要も無くなったんだけど、叔父さんとの約束の日まではまだしばらくあるので、とりあえず出勤した。


 もう三鏡さんはいない……。


 あんなに厳しくされて、結局最後まで馴染めなかったのに、いないと思うとなんか寂しい。


「やぁ綾華お疲れ様ぁ、今から一時間半くらい貸し切りになるから、着替えたら早めにホールに出てきてね」


 従業員入り口を潜ったところで店長に捕まり、そう言われた。


 今日は土曜日だから、ひょっとしたら結婚式の二次会でもあるのかな?


 でも一時間半ってのは短いしな。と思いながら着替えを終えてホールへ。


「え、なに、これってなんですか?」


 店内のテーブルの上、所狭しと並べられたケーキ、全部お店で扱っている商品だけど、いったい貸し切りで何が行われようとしているんだろう。


「この貸し切りは綾華の為に彼が用意したものだよ。僕も協力したけど、一応彼が今日一日のバイト代で貸し切ってくれたものだから、じゃあ後は二人で楽しんでね」


 叔父さんが言った彼、三鏡さんが真っ赤になって立っていた。


「先輩これって?」

「ああ、いや今日は休みだったからさ、朝から働かせてもらって、今日のバイト代でこの時間と、このケーキを買ったんだ。今日のバイト代でこれだけ出来るわけ無いんだけど店長が了解してくれたんだよ」


 簡易ケーキバイキング、と言ったところか、三鏡さんの企画で、叔父さんが協力して、実現した私のための時間。


「なんでここまで?」

「あぁ、いや、昨日あんなひどい目に遭ってるし、その、俺としてはこれくらいのことしかできないけど、その、え、笑顔でいて欲しいから……」


「えっ、……ぷっ、くくっ」

「あっ、コラ、笑うなよ」


「だって、先輩これ、キザすぎ!」


 特定の彼女のいない人が傷心の女の子にこれは反則だよ。


 私の心の中の新しいスイッチがオンになった。


「三鏡さん、誕生日っていつですか?」


「えっ、三ヶ月前くらいに終わったけど」


「えー、もう! 空気読めない人だなぁ」


「なんだよそれ、誕生日なんて自由のきかないもんで、空気読めるヤツがいるかよ」


 なんだろう、今までこんな楽しい思い、感じた覚えがないぞ。


「じゃあじゃあ、明日の日曜日にお出かけしましょう、今日のお返しに私が奢ります」


 ドンドンといろんな思いが浮かんでくる。


「そんでそんで、その次はそのお返しに先輩の奢りでどこかに行きましょう」

「おいおい!」


 受験生相手にどれだけ時間を割いてもらえるか分からないけど、しばらくの間、私の想いは完全に暴走状態のまま解けそうになかった。

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