第 38 夜 『指が告げる想い』
語り部 : 鎌本悠
お相手 : 枝川孝史
盛立役 : 湯崎洋子
一目惚れなんて実際あるの? ずっとそう思っていた。
でもあったのよ本当に、中学生に上がった私は、他の小学校だったその男の子にあった瞬間、胸を射抜く衝撃を覚えたの。
二年生になり一年間悩んだ上で、私は彼に告白しました。
第 38 夜
『指が告げる想い』
一目惚れだと思ったんだけどな。
いやいや、実際には一目惚れで間違いないんだけど、彼には昔会ったことがあったんだね。
小学校は別々だったけど、幼稚園が一緒だったの。
彼に告白しようと手紙で呼び出した公園で、「久しぶり!」って言われた時にはビックリした。
「一年生の頃から好きだったの」
思い切って打ち明けたら、彼からはなんの返答もなく、ただ一つ、右手を挙げたと思ったら人差し指の爪に中指の腹を当てて、変わったポーズをとって、それを見た私はなぜかは分からなかったんだけど、なんだか嬉しくなって、満面に笑みを浮かべた。
「それじゃあ今度の土曜日、買い物があるんだけど、付き合ってもらっていいかな?」
「えっ? うん、いいよ」
そう彼から言われて、あっさりと初デートが決まった。
そんなことも、もう数ヶ月も前の話。
「でもあいつ、まだあんたに好きだの一言も、言ったことないんでしょ?」
「そうだけど……」
「寂しくないの?」
洋子ちゃんの質問は、聞くまでもない話で。
「寂しくないよ。ちゃんと相手してくれるし、冷たくされたこともないし」
寂しいに決まってるじゃない。
強気な態度で誤魔化してるだけだよ。
「本人に聞いたことある? 私のこと好きなの? って」
「ないよ、孝史くんのこと信じてるもん、わざわざ聞く必要なし!」
な訳ないでしょ! 私一度だって好きって言ってもらってないんだもん。
昔、幼稚園の時の写真を見て色々と思い出す。
あの頃も私が積極的にアプローチして、引っ付いて回っていたっけ。
卒園の日、小学校は一緒にならないと知って、思いっきり泣いていた。
小学生の間、彼のことは一切思い出さなかった。悲しくなるから。
孝史くんは私のことを、入学式の日に見かけて、すぐに分かったと言っていた。
それはもの凄く嬉しいことで、でも気付くことのできなかった私は、もの凄く情けない気分になった。
それにしても、どうやったら彼の口から愛の言葉を聞き出せるんだろう。
このままでいいやと思いながらも、やっぱり欲しいの! ちゃんと分かる形であなたの想いを。
「悠、帰るぞぉ!」
あ、もう部活終わりの時間?
彼はバレー部所属で、三年生が引退した今、キャプテンとして日々頑張っております。
かく言う私は帰宅部。
でも部活終わりまで待っているので、こうして図書室で、文芸部の洋子ちゃんと時間つぶし!
「人の部活動邪魔しておいて、勝手言ってんじゃない!?」
友人からの突っ込みは聞き流して、待ちに待った二人の時間。
さてどうやって想いを伝えようか?
家から学校を挟んで、ちょうど反対側に彼の家があるんだけど、孝史くんはこうして、毎日送っていってくれます。
こんなことからも、十分な愛を感じるんだけどね。
「えっ? 明日は一緒に帰れないの?」
「ああ、顧問と女子部の部長と一緒に、今度の試合会場の下見に行くんだよ」
女子部の部長って言ったら、美人で有名だよね。
「心配だなぁ。女の子とお出かけなんて……」
「いや、だから顧問の先生も一緒だから」
信用はしているの、疑う要素なんて何もない。
でも彼は私にも一度も自分の気持ちを聞かせてくれた事がない。
その為に不安になることもある。って、言えないんだよね。
「そっかぁ、今度の土日の試合だっけ? それじゃあ次に一緒にいられるのって週明けだね」
せめて同じクラスならよかったのに、休み時間はあんまりゆっくりできないし、お昼休みは部長としてバレー部の事してるから、邪魔もできないからなぁ。
「それじゃあまた明日」
孝史くんはそう言うといつものように右手を上に伸ばして、人差し指と中指を合わせた。
「うん、それじゃあ」
明日って言っても、休み時間に短い間、お喋りできるかできないかくらいだもんな。切ないよ。
放課後、彼を待っている必要がないので久しぶりに早い帰宅をし、今日の宿題に手を付ける。
短時間だけど集中力には自信がある。
いつも開始から30分ほどで終わらせる宿題も、今日は20分で片づいた。
マンガはこの間、全部読んじゃった。
雑誌も気になる記事は特にないし、この時間じゃあ、まだ面白いテレビもやってない。
「一日ってこんなに長かったんだなぁ」
何をするでなしにベッドでごろごろ。
今時分ならまだ部活中だなぁ。
「でも今日は部活じゃないし、もっと遅いのかな?」
彼の声が聞きたい。
数時間前に聞いたはずなのに、全然足りない。足りないのは何?
孝史君は優しい、部活でどんなにくたくたでも、ちゃんと相手してくれる。
なんの不満があるって言うの? これ以上。
今までのスケジュールを書き留めていたカレンダーを眺めながら、一生懸命考えてみる。
「やっぱり言葉が欲しいなぁ」
口に出してみた時だった。
「あれ? なんで涙なんか出てきちゃうんだろう!?」
後から後から止まらない涙。
膝を抱えて泣いていると、いえ電が鳴った。
お母さんが出て、私当ての電話だったので、子機を持って部屋に入ってきた。
「ありがとう」
お母さんが部屋から出て行く、電話の相手に気を遣ったんだろう。
電話の相手が孝史くんだったから。
「おお、今日はわりーかったな。先生の車で会場に行ったんだけど、帰りの道が混んでてな、ちょっと遅くなったけど……」
「会いたい」
「えっ?」
「今すぐ会いたいよぉ」
「おう、それだそれ、ちょっと土産買ってきたから、お前ん家行こうと思ってさ。と言うか、もう来てるんだけど」
それを聞いて私は慌てて玄関に、扉の向こうに彼は立っていた。
「悠!? もしかして泣いてたのか?」
少しだけ落ち着きかけていたのに、孝史くんの顔を見た途端にまた、涙がにじみ出てきた。
涙と一緒に出てくる孝史くんへの想いと不満、彼は最後まで黙って聞いてくれてから。
「やっぱりそうか、どうもおかしいなと思うことがあったからな。そうじゃないかと思ってたよ」
なんのこと? そう聞いたら分かりやすく説明してくれた。
彼のいつものあの指のポーズには、確かな意味と、忘れられた起源が潜んでいた。
「これ決めたの悠だぞ」
えっ、そうだっけ?
私、幼稚園の頃のことも忘れていたし、このポーズの意味も忘れてたし、孝史くんは全部覚えていてくれたのに、そして……。
「愛してる! かぁ~、確かに言葉にするのは恥ずかしいもんね。こうして指で合図送るんなら、離れた位置からでも想いを伝えられるもんね。さすがは私だ」
「全部忘れていたくせに」
彼は毎日いつも別れの瞬間にこのポーズをとってくれる。
彼は私以上に想いを体で現してくれていたんだなぁ。
「いつもこれすると、満面の笑顔になるから、きっと覚えているんだと思ってたんだがな。だから確認もしなかったし」
「どこかで覚えていたんだよ。だから嬉しかったんだ。いつもありがとう孝史くん」
やっぱり想いをちゃんと伝えるのって大事。
「それじゃあまたな」
「うん、またね」
帰る間際、孝史君はあの指のポーズをとってくれた。
私も真似して同じポーズ。
お互いに満面の笑顔を追加して送りあった。