第 37 夜 『リアルバウト』
語り部 : 南代達也
お相手 : 岡崎泰子
盛立役 : 柴巻英二
蔵敷当麻
我ながら下らない遊びをしていると思う。
まだ17歳かそこらで賭け事に乗じているなんて、世間様の目にはどう映る事やら……。
でも賭け事と言っても、現金を積み上げる訳じゃない。
今日負けたら奢りとか、軽い罰ゲームとかそんな程度、そして賭の対象はゲームだったりスポーツだったり、テストの点数だったりと、日常にあるものを利用する健全な物。
しかし今回は少しばかり不健全な物を賭の対象にしたんじゃあないかと俺は思う。
第 37 夜
『リアルバウト』
「別にいいわよ」
「えっ? 本当に……」
俺の目の前にいるのはクラスも違えば、教室のある棟も違う、通学路もてんで逆方向の、今まで全く接点を持ったことのない女子。
こんな子相手に言った、いきなりの告白に、まさか即答でOKをもらえるとは思わなかった。
「そんじゃあ今日からでもいいや、放課後迎えに来てね」
確かに性格は淡泊で、男女問わず好かれるタイプ、即決思考で有名なのだが。
「南代くんってゲーム上手いんだってね」
そうでもないと思うんだけど、確かにこの学校周辺のゲームセンターでは、ちょっとは名が売れてる自信はあるかな?
対戦格闘ゲームだけだけど。
「帰りに寄ろうね」
そう言って笑う彼女は、確かに可愛いと思う。
「成功おめでとう達也くん」
「英二……、笑い事じゃねぇよ」
こいつは俺と一緒に賭を楽しむ仲間なのだが、今回の賭をそうそうにリタイヤした負け決定君だ。
今回のペナルティーは昼食奢り、そんなに大きな罰ではないが、俺は何もしないで負けるのはいやだった。
「だからって、その気もないのに何でもノっちまうのと、結果としてヤケドする恐れもあるだろ?」
「それは実感してる」
今回の賭は、誰でもいいから告白して、彼女を作ること。
普通の賭に飽きてきていた俺達は、一人の提案に乗っかった。
既に彼女のいる二人とここにいる英二を除いて、ゲームを始めたのは俺とあと二人。
「その二人にしても、自分たちの目的のために、ゲームを利用していることは、もう知ってんだろ? ゲームそのものが無効になると思うぜ」
一人は元々目的の対象がいて、告白するための理由ってヤツをこじつけたかった。
もう一人はもっと単純で、誰でもいいから彼女が作りたくて、だけど誰彼構わず声を掛けるなんて、並大抵の勇気ではできなくて、道連れが欲しかったのだ。
「お前、ゲームに参加しているフリして、相手のいる子ばっかり選んでフラれまくってただろ?」
「彼女なんて今のところ、欲しくもなかったからな」
今はこいつらとバカやってるのが楽しい、どうせ社会人になったらもっといろんな交友関係も生まれる。それから頑張って相手を探しても遅くはないからな。
「相手のチョイスをミスったってわけか」
そんなはずはないんだけど、どこで情報が歪められたのか、岡村泰子は彼氏がいるはずなのに、俺の申し出を受け入れた。
「もしかして二股?」
それこそ彼女の性格では可能性としても考えられない。
「おう、それだったら最新情報」
「蔵敷?」
いつからいたのか賭仲間の一人、蔵敷徹が目の前に立っていた。
「彼女、別れたんだよ。性格の不一致だったかな? 彼女からすっぱり断ち切ったとか」
「なんでそんなこと、お前が知ってんだよ」
「うん? 俺の彼女が岡村と仲いいんだよ」
状況が変わっていたのか、にしても別れてすぐに次の相手を受け入れられるなんて、さすがは即決娘。
「まぁなんだ、お前も最近俺達と遊んでても代わり映えしないって思ってたんだろ? ちょっと違う相手と遊んでみるのもいいんじゃないか?」
そんな不純な動機で彼女に接していいものか……、ってもっと不純な動機で告白しておいて言うのも何だけどな。
俺達は放課後二人で下校し、帰り道にゲームセンターに寄った。
実は彼女も格ゲーが好きで、俺は知らなかったんだけど、隣町では結構知られたゲーマーだった。
「最近、対戦相手に飢えてたんだよね。ネット対戦も良いけど、どうせなら相手の顔が見える方が燃えるっしょ」
通学路が違うから出会ったことがなかったけど、彼女のやりこみ料も大した物だ。
俺もそこそこの自信はあったのに、なかなかの苦戦を強いられた。
コンボの組み立てがスムーズなんだ。けど、そのリズミカルな攻撃が逆に先読みを可能にする。
なんとも言えない緊張感は、ここ最近では一番。
俺は別に対戦相手に困っている訳じゃないけど、今までにいないファイターを前に興奮がやまない。
「岡崎さんスゲー! 俺なんてまだまだだよなぁ。戦い方がきれいだよ。リズム感がいいんだよな」
「そんなことないよ、南代くんだって、目がいいのかな? こっちの隙を見逃さずに合わせてくるから、自慢のリズムも狂わされっぱなしだもん」
勝敗は五分五分、いい試合ができたなぁ。
「また明日! リベンジいい?」
「ああ、ごめん、今月の小遣い底尽きかけてるから、来週でいいかな? そうしたらまた次月分もらえるから」
「ふーん、残念だけど、うん分かった。南代くんって計画的に遊んでるんだね。ちょっと意外かな」
「意外って、俺ってどんなイメージに思われていたんだ?」
「ごめんごめん、悪い意味じゃないよ。本当に今日は楽しかった」
俺も……楽しかった。
「それでその後はゲーム談義かよ。楽しそうじゃないか」
「楽しかったんだよ。面白いんだよ彼女。でもなにかこう、付き合うってこういう事なのかって?」
「なに訳分かんないこと言ってんだよ? 趣味の合う彼女と出会えたなんて最高じゃんよ」
確かに英二の言うとおりなんだけど、これって友達と遊んでいる感じと全然変わらないんだよな。
「おーい達也、客だぞ」
「客? って岡崎さん」
そうか! もう放課後だもんな。ゲームはお預けでも、帰りを一緒するのはできるからな。
「わざわざごめん、俺の方から迎えに行こうと思ってたんだけど、ちょっと友達と話し込んでたから」
「別にいいよ。私の方が待ちきれなくて、飛んできただけだから」
「ああ、そうなんだ……」
とは言っても、一緒に帰れるのは彼女が乗るバス停、俺は電車組だから、結局のところ駅までの歩いて5分だけ。
だからってマジメに真っ直ぐ帰る必要もないので、ちょっと近くの公園に立ち寄って、ベンチに腰掛けお喋りをした。
「えっ、そんなコンボ技なんてあったの?」
「隠し技だよ。雑誌に載ってたんだけど、これでもう3段増やせるんだ。南代くん次は容赦なくボコるよ」
話の内容はやっぱりゲームトーク。
うーん、どうしても彼女って感じじゃないよな。
岡崎さんも俺のこと友達としてしか感じてないんじゃないか?
それでも楽しいことには変わりなく、時間の経過を気にせず俺達は喋っていた。
「おい、泰子」
いきなり声を掛けられてビックリした。
見たことないけど、同じ学校の制服を着ている。
「大槻くん、なに? なんか用?」
「なんかじゃねぇよ。俺からのメール無視し続けやがって、なんだよそいつは」
なんだかいきなりの険悪ムードだな。
「私の彼氏よ。なんか文句でもあるの?」
「彼氏だぁ~!? 俺はまだ別れたつもりはねぇぞ」
こいつが元彼? こいつがフラれたお陰で、俺は彼女と仲良くなれたのか。
「はっきりと言ったでしょ。理由も言った。一緒にいて楽しくないのに付き合う必要ないって」
なんという直球勝負、そんな言われ方したら、そりゃあ相手は気分を害するわな。
「第一あんたが私を選んだ理由だって、自分の好みの顔だってだけでしょ? そんな選び方しないで、お互い相性の合う相手といる方がいいんじゃないの?」
「その相性ってのが、そいつとはいいって言うのか?」
こういう場面になったからって「それじゃあまた」って訳にはいかないよな。
ここにいれば当然有り得る、話題は俺のことになっちまった。
「そりゃあ今はまだ友達感覚だけど……」
やっぱり彼女もそう思っていたのか。
付き合いだしてまだ二日、当たり前すぎて意外性は全くない。
「でもとっても楽しいよ。南代くんはちゃんと私のことを、私の中身を見てくれているもの」
あれ? 何でそう言いきれるんだ? さすがにそれを俺の口から言う自信はないぞ。
「なんでそんなこと分かんだよ?」
「分かるよ。相手の考えていることを読み取ろうとしなくちゃ、あんなかわし技は決まらないよ」
ゲームの話ですか? いやそれって相手を理解しようとするのとはちょーっと、いや、かなり違うんですけど。
「わけ分かんねぇぞ!?」
俺も……。
だけどこれだけは分かる。これは不毛だ。絶対ここから話は好転しない。
「てめぇ、消えろよ」
転回としてはこの方が解りやすいな。
男は俺に矛先を替えて、腕を振り上げてかかってくる。
「ちょっとなにトチ狂ってんのよ。南代くんは関係ないでしょ!?」
身構える俺の前に立ちはだかる岡崎さんは、拳を振り上げている男に向けて、目にもとまらぬ右上段回し蹴りを決めた。
「っつ、てー!? なにしやがんだ!」
派手に転んで泥まみれ、大丈夫かぁ~。
「あんたが悪いんでしょ? いきなり手上げたりするから」
「くそっ! もういいよ。バカバカしくなった」
食らいつくのを諦めて、男は立ち去った。
完敗だったもんな、格好悪い捨てゼリフも仕方ないか、お悔やみ申し上げるよ。
「おい、お前知ってんのか? そいつ、お前以外にも色々と告ってフラれまくってたんだぜ」
ば、いらねぇこと吐き捨てやがって!?
走り去り様に、最悪な暴露をしていきやがった。
「お、岡崎さんってもしかして強かったりする? 凄いケリだったけど」
「うん、子供の頃に少林寺拳法習っていたから」
うう、聞くんじゃなかった。
彼女の声のトーンが低い。怒ってるのかな?
「今の本当?」
「あ、いや……、本当にごめん!」
もう本当のことゲロるしかないな。
「俺、本当は君のことを好きになったから告白したんじゃないんだ。元々は友達との下らないゲームから始まったんだけど」
それはもう洗いざらい、彼女は最後までチャチャを入れることなく、俺の話を聞いてくれた。
「正直言って君のこと、今も友達以上には思えない。でも楽しいんだ君といると、だからもしこんな俺の下らない行為を許してくれるんなら、これからも一緒に遊んでくれないかな?」
言いたいことはみんな言った。
さぁ、なにが来る? ビンタか? ケリか?
「うん、私も同じ、今はまだ友達かな? でも南代くんみたいに真っ正直な人好きだよ。まぁゲームの対象だったって言われたのは悔しいけど、そのお陰であなたと仲良く馴れたんだとしたらそれも悪くないかな」
怒ってない? のかな。
「でも!」
そんなわけないか……。
「下らないゲームのキャラにされたお礼はしないとね。これからは私のこと、友達でもいいけど、少しは女の子として見てくれるように! 分かった?」
「はい!」
それが俺に課せられた罰。
でもそれならもうクリアしている。
俺はすでに彼女ともっともっと、友達以上に、いやもっとそれ以上に仲良くなりたいと思っているから。