第 36 夜 『馬耳東風ですか?』
語り部 : 松下郁子
お相手 : 斉藤大輝
盛立役 : 雪野礼子
月代順子
花田牧子
男なんて勝手なもんよね。浮気するし、すぐに従わせようとするし、嘘ばっかり言うし、なのになんで女の子って、そんなに一緒にいたがるんだろう?
私も懲りずにまた、男と一緒にいようとするんだろうな。
第 36 夜
『馬耳東風ですか?』
「ほら早く、行くよう!」
「郁子、行くってどこ行くの?」
週末になると人を連れ回そうとする友人と、今日も繁華街までやってきて、目的地を知らされぬまま付いてきたけど、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?
「合コン」
「えー、そんなの聞いてないよ」
「拒否なら受け付けないわよ。もうあんた連れて行くって、みんなに言ってあるから」
こうして礼子に連れられて、強引に合コン会場となる居酒屋へ引っ張られた。
順子と牧子が先に来て場所を押さえている。
合コンって、学生の頃からの連れで? それで私はメンバー入りさせられたのかぁ。
他にもう一人仲良しがいるんだけど、彼女は今彼氏がいるのでこない、順子は彼氏いるのに来てるけどね。
少し前までは、私も彼氏がいたから不参加だったんだけどなぁ。
多分これは私のための会なんだろうな。
「もうすぐ相手も来ると思うから」
礼子の言うとおり、間をおくことなく現れるメンズ。
「ちょっ! なんであんたがいるのよ!?」
斉藤大輝、先日別れたばかりの元彼、これは間違いない、順子が絡んだ人選だ。
「ちょっと順子、どういう事よこれ?」
小声で耳打ちして、聞いてみる。
「いいじゃない、二人ともフリーなんでしょ? 何か問題ある?」
今の言い方、絶対何かあるんだ。順子ってそういう子なのよね。
とにかく今はまだ、こいつの顔も見たくないけど、ここまで来たら場の空気を悪くするのもいやだから、こいつのことはカボチャだと思って過ごすことにしよう。
私の前に座ったのは、ちょっと細すぎるのが気になるけど、割とイケメンな男性。
お喋りも上手で飽きもこない、ちょっとお酒の量が気になるほどに飲んでるけど、別に乱れる様子もないし、第一印象としてはいいかな。
そして私の目線の隅にはあいつの姿、気にしないようにすればするほど、気になってしまう。
あいつを狙っているのは牧子。
実のところ牧子は、私と付き合っていた頃から、彼のことを気にしていたのを私は知っている。
ここぞとばかりに攻め手を強めている。
大輝も楽しそうにお喋りに夢中になっていて、私の目線には気付いていない。
なんだろう、なんかイライラしてしまう。
目の前の彼は私を喜ばせようと、ずっとお話を続けてくれているのに、段々それもどうでもよくなってきている。
「それじゃあ、この会はここでお開きにして、後はそれぞれってことで!」
しきり役の礼子の号令で、飲み会は終了。
私をエスコートしてくれるのは、もちろん私の前にいた彼、見るからに出来上がっているんですけど、もしかして私の役目って介抱係?
なんて心配もあったんだけど、彼の足取りはしっかりしていて、呂律もちゃんと回っている。
なんだ何の心配もないじゃない?
こんな状態でもう一件、お洒落なラウンジに言ったのはビックリだけど、そこでも本当によく飲んでくれる。
つられて私もかなり飲まされちゃって、まずいなぁ、彼もベロベロなはずなのに、私まで千鳥足になっちゃったら、誰が家まで送ってくれるんだろう?
「松下さん大丈夫?」
「らいりょうふれふよ……」
私は本当に酔いが回ってしまい、ちゃんと喋れず、一人では立っていられない状態になっていた。
そんなおかしな飲み方をしたつもりはなかったのに、目が回る~。
思うに私の十倍は飲んでいたはずの彼だったけど、私の腰に手を添えて支えてくれる力は強く。
これならちゃんと送り届けてもらえそうだ。
安心したら眠気が襲ってきた。私は堪えきれず目を閉じた。
目が覚めるとそこは、無機質なコンクリートの壁が囲む、殺風景な部屋の中だった。
「ここは?」
「警察ですよ。あなたは被害者です。説明はこちらで」
女性警察官に呼ばれて場所を移し、いったい何があったのかを聞かされる。
私はお酒に睡眠薬を混ぜられて、深い眠りについていたらしい。
薬を仕込んだのは、私が昨日最後まで一緒にいた彼、あれだけ飲んでいたのに、彼は全く応えていなかった。そういう体質なのだろうと言うことだった。
最初から私を眠らせて、イタズラをするつもりでいたらしい。
ホテルへと連れ込もうとするところに横槍が入り、全ては未遂に終わったと聞かされた。
警察沙汰になった理由は、私を助けてくれた人物が暴力を振るったため、そして私が今聴取を受けているのは……。
「では同意の下でホテルに向かったわけではないのですね」
「……はい」
法的に誰に対して問題があるのかの確認、私の証言により、殴られた彼にも送検理由が発生する。
その後も細かく事情を聞かれ、お腹も空いた頃に、ようやく解放された。
「お疲れ……」
私を魔の手から救ったヒーローの登場である。
「なんであんな所にいたの?」
色々と聞きたいこともあったけど、先ず気になったのはそれ。
「あの飲み会の後からずっと付けてったから」
牧子と一緒に夜の闇に消えていったはずなのに。
「彼女には丁重にお断りを入れて、帰ってもらったよ」
それでなぜ私たちを追ってきたのか?
「俺はあいつを、あの合コンに連れて行くつもりなかったんだけど、予定していたヤツがドタキャンでな、他のメンバーが俺の知らないうちに呼んだんだ」
だからそれで何で私たちを付けてきたのかって聞いてんのよ!?
「その土壇場で来なくなったヤツ、実はあのヤローに上手く言いくるめられて入れ替わったんだ。
俺が聞いた話では、いろんな飲み会に手段を選ばず参加しては、何かと問題を起こしているって言うもんでな、
本当は連れて行きたくもなかったんだが、他の二人が同意したから、とりあえず参加を認めたんだけど」
それでその後の行動が気になって付けてきたのか……。
後は眠らされた私をホテルに連れ込もうとしているのを見て、思わず飛び出してきたって次第。
「じゃあ次の質問、なんであんたがこの合コンに参加していたの?」
「まぁ、主催だからな」
つまり大輝が順子と礼子に話を持ちかけて、あの会が開かれたのか。
でもなんで?
「また会えたとしても、チャンスがあるかどうかは分からないけど、とにかくもう一度会う必要があると思ったんだよ。お前に」
こっちから一方的に絶縁状を突きつけて、後は全てシャットアウトしていたからね、それでそんな回りくどいことを……。
「聞いてくれるか?」
「……別にいいわよ。助けてもらったお礼に聞いてあげる」
「ありがとよ」
彼と別れることを決意したのは、約2週間前、礼子と二人で食事を済ませた後のこと、夜はまだまだこれから、私たちはカラオケにでもと言って、場所を移動していた。
「まぁ、信じる信じないはそっち次第だけど、今さら嘘で誤魔化してもしょうがないからな。後はお前の判断に委ねるよ」
近道をしようと暗い路地に入ったところで、偶然大輝を見かけて、その場面に思いも寄らない衝撃を受けて、私は後の予定もそっちのけで走り去った。
「礼子ちゃんに説明して、後をお願いしたのが悪かったのかな。だけどあの時はお前を追いかけることもできなかったからな」
ホテルの前で見知らぬ女性と絡んでいる大輝を見て、てっきり中から出てきたところだと思い、思わず走り出したのだけれど。
「お前、礼子ちゃんがこの話しようとすると、はぐらかして聞こうともしなかったんだってな? あの後始末まで付き合ってくれた彼女は真実を知っていたのに」
そう、大輝は別に浮気をしていた訳じゃあなかった。
その女の人はかなり酔っていて、フラフラになりながら歩いていた。
連れの人達とはぐれて、一人で裏路地に入ったらしく、大輝とはたまたまぶつかってしまったと言うのだ。
ぶつかった拍子に胃の中にあった物を全部ぶちまけられて、彼のジャケットを汚してしまった。
その時、彼女を支えていた姿勢が、私には抱き合っているように見えたのだ。
「でもなんであんな所にいたのよ?」
「何でだと思う?」
「えっ? なんでって……はっ!?」
「思い出したか?」
そうだ、私たちが行こうとしていたカラオケに呼び出したんだ。
彼の家から予定していたお店に行くには、あの道が近道。
しかもよく考えれば、電話した時には自宅にいたはずの彼が、あのタイミングで誰かとえっちをしていたはずもない。
「な、なんでもっと早く言わないのよ!?」
「……誰が聞く耳を持たなかったんだ?」
うう、昔からよく言われます。人の話は最後まで聞くようにと。
「私たち、またやり直せるよね?」
「そもそも俺は別れたつもりもないのだが?」
「へへっ」
私は彼の右の手を取り、そっと撫でた。
この手が私を救ってくれたのだ。
「ねぇ、今からカラオケ行かない? お腹も減っちゃった」
「はいはい」
これからはもっと、ちゃんと人の話を聞くようにしよう。
少なくとも彼のことは誰よりも信じて、先走らないように。