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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
35/102

第 35 夜   『海辺のリフレイン』

語り部 : 和間康成カズマコウセイ

お相手 : 遠藤涼香エンドウリョウカ

 行きつけの酒場で出会ったその女性の、愁いを帯びた表情が仕事で疲れた俺の心に響いた。


 声を掛けるのになんの躊躇もなく、向こうもすんなりと受け入れてくれたから、二人の距離と酔いは望ましい形に深まっていった。



   第 35 夜

    『海辺のリフレイン』


 休暇日はほとんど一緒の俺達は、休み毎によくドライブをしていた。


 ただ俺が選ぶ行楽先はいつも山で、元々深緑が好きというのもあるが、ある事情からあまり海岸方面には向かいたくない心境というのが、ついつい生まれてしまう。


 だけど今日は彼女のリクエストで、砂浜のある海岸へ向かうことになっている。


 日帰りではもう行っていない山はなくて、俺はその希望を拒むことができなかった。






 あの初めての出会いの日、彼女は前後左右を見失うほどに酔っていた。


「そう、まだ前の彼が忘れられないの」


 初対面の俺に対して、プライベート情報を警戒することなく漏らしてくれた。


「今日もね、彼を忘れるためにここまで来たのよ」


 俺の持論だが、そういった女は未練を持っているか、理由無く突然振られたか、第三の女にくすめ盗られたか、色々事情もあるだろうが、寂しくて相手を求めてやってきている。


 そう思っても支障はないはずだ。


 真摯な態度で話を聞いてやれば、すぐに警戒を解いてしまう。


 今ある状況が、立証となっていると言えるだろう。


 これが通用するかどうかの見極めが肝心だが、今回は大成功だ。


「このお店、すごく雰囲気がいいでしょう」


 俺はさも行きつけであるかのように、まだ数回しか来たことのないこの店を自慢のように言った。


「ええ、そうですね。初めて入ったお店だけど、選んで正解だった。それにあなたに出会えたし」


「僕はここの常連なんですよ。またここに来てもらえば、いつでもお話を聞きますよ」


「あら、ここに来ないと会えないんですか? もしよかったらID交換して欲しいんだけど」


 さすがに初日に、しかも酔いの回った女性からもらっては、後の展開が詰めにくくなる。


 俺は今日の所はと言って、その後もずっと彼女の身の上話を聞かせてもらった。






 あれから数回、あの店で会い、いよいよIDの確認をとり、俺は正式に交際を申し込んだ。


「元彼のことを忘れさせてあげますよ。自信ありますから」


 そう告げると彼女は、嬉しそうに答えてくれた。


 だけどその後に知った衝撃の事実。


 彼女が元の交際相手を忘れられなかった理由、彼とは死別していると言うのだ。


 彼はサーファーであったらしい。


 デートはいつも海、しかもデートといいながら、彼は彼女を置いてすぐに、波に乗りに走ってしまう。


 彼女はサーフィンはしなかった。砂浜から彼を眺めるだけ、そんな交際だったそうだ。


 海の事故、彼は一瞬で押し寄せた高波に飲み込まれ、帰らぬ人となった。


「実はあの日も彼を忘れるために、お酒に頼ろうとしてたんですよ」


 そこで俺達は出会った訳なのだが、こういうケースを想定してはいなかった。


 相手が死んだ人間では、それを追い越すのは困難と言えるだろう。


 なにせ悲しい思いはしたものの、彼をこれ以上嫌になったり、彼の言動に興醒めたりしたりすることは決してない。


 俺は完璧と化した存在を相手に、我が身を持って、乗り越えていかないとならないのだ。


 現に今でも彼女の、あの独特な愁いを帯びた瞳は見え隠れしていて、俺と一緒にいてもまだ、晴れることのない心を顕わにしている。






 車を走らせること3時間、地図上ではもうすぐ目的地と言うところまで来ていた。


「うーん、この潮の香り! 久しぶりぃ」


 窓を開け、風に髪を靡かせて気持ちよさそうに深呼吸をしている。


「康成さん見て、左側、海!」


 俺達は車を駐車場に入れて、海岸沿いの散歩道を歩いた。


「結構人出あるねぇ」


「そうだな、ちょっと雲も多いけど、今日は雨は降らないって言ってたからね」


 いつも水辺と言えば川や湖で、こんな風にさざ波が聞こえてくることはない。


「なんだかノンビリとした気分だね。穏やかな波の音が心を落ち着かせてくれるわ」


 もしかしたら彼女は昔を思い出しているのかもしれない。


 本人は気付いていないかもしれないけれど、今またあの目をして海を見つめている。


「そんなに愁いているのに、一度も涙を流さないんだね」


 もし俺の前だからって我慢しているのだとすれば、そんな想いで瞳を溺れさせないでいるのなら、俺にはできなかったことを今はいない男に任せるのは悔しいけど、それで彼女の心が救われるのなら。


「ああ、ごめんなさい。最近ドライアイが酷くって」

「えっ?」


「コンタクトにしてからずっとなんだけど、本当に近頃はもうずっと、お医者さんには行ってるんだけどね」


「あれ? 海を見て涙ぐんでいたんじゃあ……」


「なんで? ってもしかして今まで海に来なかったのって、そんなことを気にしていたの?」


 そんなって言うけど、それは思い出とか彼への想いとか、それはもう色々と。


「もしかして康成さん、今までずっとあいつの事気にしてたの?」


「いや、まぁ、なんだ。もういないヤツと張り合うには、それなりに気を配らないといけないとか、なるべく思い出させないようにするとか」


「ああ、そう言うお話ってよくあるよね。でもそれってきれい事過ぎない? まぁ私も最初の頃は感傷に耽ったりもしたけど、こんなステキな恋を見つけたのに、いつまでもいなくなったヤツのことで、愁う事なんてもうないよ」


 なんか現実的な意見。彼女はそう言うタイプだったのか?


「康成さんって思いもよらずロマンチストなのね。なんだかかわいい。また発見した新しい一面だね。そりゃあ私もあいつのことを美化している部分もあるけど、私のこと置いてあっさり死んじゃったヤツの事で、想い耽ることはあっても、思い悩む種にはしないから。生きているのが一番!」


「涼香……」


「そうだ、明日も休みだよね? 今日は泊まっていこうか? 今からでも見つかるよね宿」


 今夜は二人でゆっくりとお喋りがしたい。


 彼女はそう言って、砂を蹴って走り出した。

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