第 33 夜 『ペナルティー・ショック』
語り部 : 秋吉厳
お相手 : 工藤翔子
盛立役 : 宮下謙
家は弁当屋を営んでいて、父さんも母さんも、いつも忙しそうにしていた。
パートのおばさんも忙しそうだった。まだ小さい子供を連れて働きにきていた。
家には祖母さんも同居していたので、俺とおばさんのの子の面倒は、祖母さんがしてくれていた。
俺達は一緒に親の仕事が終わるのを待っていた。
おばさんの連れ子は俺より一歳年上の女の子、俺はお姉ちゃんと呼んで懐いていたそうだ。
第 33 夜
『ペナルティー・ショック』
一歳年上なのは違いなかった。
幼稚園の頃は全く気にもしてなかった。
だけど小学生にもなると、そのトリックにも気付いてしまう。
秋吉厳、3月12日生まれ男。
工藤翔子、4月7日生まれ女。
確かに生まれたのは十一ヶ月と五日早いんだけど、学年にすれば俺達は同級生になる。
幼少期、お姉ちゃんと呼んでいた工藤翔子を今では名字で呼ぶようになっていた。
「おはよう秋吉」
向こうもそうしてるんだから、別に気にすることもないんだけどな。
「工藤、おはよ」
できれば一番会いたくなかったヤツに朝一番に会ってしまった。
と言うか、俺が家から出てくるのを待ちかまえていたんだから、逃げようはないわな。
「聞きたいことがあるんだけど」
質問だって!? 身に覚えがありすぎるんだけど。
「これって、本当に工藤が書いたの?」
他に聞かれる事の覚えがないな。
「ラブレターだよね、これ?」
やっばいなぁ。
それは昨日のこと、俺は友達とサッカーのPK対決をした。負けたヤツには罰ゲーム。
5人でやったゲームは見事俺が最下位になってしまった。
今回の罰ゲームは誰でもいいから知り合いの女の子に、ラブレターを書くと言うこと、それはマジ告白でもいいし、ドッキリにしてしまうもよし。
俺は書いた手紙にドッキリとは書かなかった。こいつならそう書かなくても、そうだと気付くと思ったからだ。
「ああ、俺が書いたよ」
書いたのが俺だと分かれば冗談だと受け取るだろう。
「ここに書いてあること、……ホンキ?」
あれ? 思っていた反応と違うぞ。
どうする? 今からでも嘘だと言おうか? だけどこんなイタズラをしたと分かれば、数日間小言が続くだろう。
「俺がそう言うのホンキで書いたらおかしいか?」
「おかしくなんかないよ……」
「……マジ書きだよ」
言っちまった。でも俺からの告白なんて、今まで姉として、俺を見下してきたこいつが受け入れるはずがない。
「あっと、ごめん忘れ物しちゃった。秋吉、先行ってて」
ほら、これでこの罰ゲームも終了だな。
「あ、そうそう秋吉!」
「あん?」
「返事! OKだからね」
これはいったいどういう展開なんだろう?
俺が登校後、本当にすぐ工藤も教室に入ってきた。あのタイミングなら間違いなく一緒の電車に乗っていたはずだ。
「何か企んでんじゃないか?」
「なにが?」
「お前に言ってんじゃないよ」
昨日俺と一緒にPK対決をした一人、宮下謙は俺の独り言に即座に反応する。
「昨日の罰ゲーム実行したのか?」
「したよ。そのせいで錯乱中なんだよ」
今朝のあれは間違いなく俺のラブレターへの返事だよな。OKって言ってたような。
「ゲン~、お昼どうすんのぉ」
いつものように食堂へと向かう俺達を追って、工藤が走ってきた。
手にはこいつの弁当だろうな、昼食を携えている。
「食堂だよ。家は朝から両親とも忙しいからな」
「そういや前々から不思議だったんだが、なんで自分家の弁当持ってこないんだ? 選り取り見取りだろ?」
「宮下くん、ゲンの家のお弁当屋さんは9時開店だから、私たちが出る頃にはまだ何も作れないんだよ。でも下準備に時間取られるから、お弁当作ってもらえないんだよね」
俺の代わりに懇切丁寧に説明してくれやがった。ってあれ?
「工藤、そのゲンってなんだ?」
「あんたの名前でしょ! 忘れたの?」
いや、そこを忘れたりはしないよ。
「じゃあなくて、なんで名前なんだ? いつもは名字で呼んでただろ」
「だって、それはほら……ねぇ」
やばい、何か本当におかしな展開だ。本当に何を企んでやがる。
「なんなら明日からゲンの分もお弁当作ってこようか?」
「へぇ、工藤さんって自分でお弁当作ってるんだ」
「うん、弟の分とお父さんの分とで3人分、あと一人分くらいなら手間も一緒だし」
工藤のお母さんは、今もうちの店で働いているから、朝はやっぱり時間がない。
工藤が代わりに家族のお弁当を作るようになったのは、確か小学校5年生くらいからじゃなかったか、その時はお父さんの分だけだったけど、今は中学生の弟の分まで作ってるんだな。
俺は返事に困って、答えないままに別の話題にすり替えた。
昼食は日替わり弁当とうどん。
サッカー部の練習前に、もう一回食堂を利用するけど、とりあえず今はこれだけ。
いつもは宮下との二人で取る昼食を3人でワイワイと済ませ、上機嫌の工藤を見送り、午後の授業はただボケーっと窓の外を眺めていた。
授業内容に関しては、何一つ入ってこなかった。
部活にも身が入らず、先輩から大目玉を食らったが、今日は何をやってもパッとしない一日となった。
「なんかあったのか、お前?」
「だからあの罰ゲームだよ」
「ああ、律儀に守ったんだよな」
昨日ゲームをしたメンツを前に、俺はため息をついた。
「よかったじゃないの、罰ゲームの所為とはいえ、はれて彼女持ちだぜ。しかもあの工藤だろ? 彼女、人気高いんだぜ」
確かにあいつ、男子受けがいいらしいんだよな。
俺としてもハードルを高くすることで、笑い話にして済ませるはずだったんだけどな。
「こんな事なら、俺が罰ゲーム受ければよかったなぁ」
「いや、あいつがOKしたのって、ドッキリかました俺の悪巧みに気付いて、逆に担ごうとしてるだけだから」
そうじゃなきゃ、あいつにとっていつまでも弟扱いの俺に、あんな返事をするはずないからな。
あまり部活後の部室でダベっていたら、また先輩に怒られるので、俺達は早めに着替えを終わらせて、部屋の灯りを消した。
帰ろうと部室から出た所だった。
「く、工藤……」
あいつが扉の前で待っていた。ここにいたと言うことはつまり……。
「罰ゲームってどういう事?」
「あ、いや……」
助け船を求めようとするが、連中は猛ダッシュで校舎の出口に走っていきやがる。
「ドッキリ、だったんだ?」
全部聞かれていたのか、でもこれでゲームは終わり、これでまたいつもの日常に戻るんだな。
「私があんたを逆ドッキリにかけようとしてたって、思ってたんだ?」
「いや、それは……」
俺はそれ以上言い訳を探すことができなかった。
女の子が無表情で涙を流す姿ってのは、経験値最低ランクの俺には、最大級の破壊力があった。
「私、本気で嬉しかったのに、やっと願いが叶ったと思ったのに、さよなら秋吉、また明日ね」
「あっ……」
俺は立ちつくした。そんなに都合よく日常に戻れるはずがない。
待っているのは、あいつが俺の近くにいない日常だ。
「追わなくていいのか?」
「宮下……」
みんなと一緒に逃げたものとばかり思ってた。
「あの勝負と罰ゲームを決めたのはお前だろ? そんで勝負も手を抜いてたよな。それって理由付けて、工藤さんに告白する為だったんじゃないのか?」
小中高と俺の親友し続けているだけのことはあるな。みんなお見通しかよ。
「それに断られることだけを想定しすぎて、OKもらった後のことを何も考えてなかったんだろ? お前それテンパリ過ぎだぞ」
そこまで見抜かれてるとはな。
「ほれサッカー部! お前の足なら今からでも十分追いつくだろ」
俺のことは分かっていても、あいつのことはイマイチ分かってないな。
あいつの足は県大会でトップを争えるほどの、我が校陸上部のエース級ランナーだぞ。
予想通り、あいつは走って帰っていた。
結局途中で捕まえることはできず、俺は本当に久しぶりとなる工藤家の前まで来ていた。
うう、チャイムが押せねぇ。
俺はご近所の誰かから、警察に通報させても文句の言えない挙動不審ぶりで、指一本動かせなくなっている。
「あんたいつまでそうしてるつもり? 職務質問受けちゃうよ」
見上げると、あいつは自分の部屋の窓から顔を出している。
「何か用?」
視線が痛い。けど今はそれに負けてはいけない。
「は、話があるんだ。降りてきてくれないか?」
意を決して声を出す。
すんなり降りてきてくれた工藤を前に、俺は言葉をどう選べばいいのか悩んでいた。
「話、あるんでしょ? 早く言いなよ。最後まで聞いてあげるから」
「あ、ああ、あのさ、……ごめん! 言い訳はしない。今度のことは全部俺が悪いんだし、許してくれないならそれでもいい」
違う、言いたいのはそんな事じゃない。
俺は本当に本気で告白したかったんだ。
「あ、いや俺……、その今さらなのは分かってる。だから聞き流してくれてもいい。でもこれが俺の本音。俺、お前のことがずっと好きだった」
「それってホンキ?」
「ああ、本気! この言葉に偽りはない」
「その言葉には、ってことは、あのラブレターの内容は本当じゃないんだ?」
「あ、いや……」
「……、ふふ、ふふふふ、あはははっ」
神妙な面持ちで、俺の告白を聞いていてくれた工藤だったが、なぜか急に笑い始めた。
「やっと言ってくれたぁ」
「えっ?」
「宮下くんから電話もらってみんな聞いた。だからもう怒ってないよ」
あいつ……、なんかすんごくデカイ借りを作っちまったな。
「だけど、直ぐには許してあげない」
「何でだよ。もう怒ってないんだろ?」
「問題です」
聞いちゃいねぇ。
「私は誰でしょう?」
「誰って、く」
って、なるほどそう言うことか。
「……翔子、俺の大切な人だよ」
「正解、明日からあんたの分のお弁当も作ってあげるね。ゲン」
俺の大好きだったお姉ちゃんは、今日俺の大切な彼女になった。
明日からは日替わり弁当を買わなくて済みそうだ。