第 30 夜 『reptiles』
語り部 : 広沢景
お相手 : 三条誠
中学生にもなったことだし、僕も少しはしっかりとしないといけない。
この辺でもっと堂々と、胸を張れる大人の男らしく!
第 30 夜
『reptiles』
眠い……。
昨日の夜、世界動物紀行って番組があって、爬虫類の特集がされていた。
動物はだいたい何でも好きなんだけど、中でも爬虫類は特別。
自分の部屋にレコーダーを持っていないから、放送時間中に見るしかなかったんだよね。
その時間は姉さんがリビングで何か録画していたから。
「おはよう景! って眠そうだなぁ。大っきな欠伸してさ」
「ああ、おはよう」
「それにしても今朝も可愛いな、下手な女の子よりずっとさ」
「それって男に言っても喜ばないって、僕は特に。自分が男らしいからって、僕のことあんまりからかわないでよ」
止められない欠伸をかみ殺しながら、反論を述べると、両方のホッペタを摘まれて!?
「誰が男らしいって? こんな立派な女の子捕まえて」
「先に言い出したの誠ちゃんじゃないか」
もがいて逃げて、ヒリヒリする頬をさすりながら猛抗議。
「だって景は、どう見たって女の子みたいじゃん」
「誠ちゃんだって男らしいよ」
だからそこで堂々巡りして、またホッペタ抓るの止めて!?
「もう、いつも朝から毎日毎日、何か用なの?」
「おお、なんだその態度は、いい物やろうと思っていたけど、止めとこうか?」
「え、なになに、何かくれるの?」
こういう時の誠ちゃんは、本当に僕がもらって嬉しい物を持ってきてくれる。
前回も僕が尊敬している大学教授の研究本で、どうしても近所の本屋さんでは見つけられなくて、注文しようとしても在庫が確認できないって断られたところを、インターネットで探して買ってきてくれた。
インターネットなら僕も扱えるんだけど、ネットで買い物すると通販が嫌いなお母さんに怒られるので、半分諦めていた。
「ふふん、これ!」
その手に持っているのはチケット? 何か見覚えがあるよ。
「もしかしてそれって、貿易センターで展示されている、爬虫類展の?」
「当たり! 前に行きたいって言ってただろ? お父さんが仕事の取引先でもらってきてくれたんだ」
「週末にチケットセンターに行って、買ってこようと思ってたんだ。本当にそれ貰っていいの?」
チケット代は当日券でも大したことはないし、イベントの期間も3週間あるから、これは自分でも手に入れるのは簡単だけど、どうしても行きたかったし、楽しかったら2回でも3回でも行きたいから、これは本当に嬉しい。
「って、二枚? 2回分?」
「そんな訳ないだろ」
そりゃあそうだよね、いくらなんでもそんなに甘えちゃいけないよね。
「もう一枚は私のだよ」
え、それって?
「大丈夫なの誠ちゃん?」
誠ちゃんはすっごく男前で気っ風がよくて、キッパリとした性格の、僕が目標にする男道なんだけど。
そんな誠ちゃんにも苦手な物があって、どんな哺乳類や両生類も大丈夫なのに、なぜか爬虫類だけは亀でもダメらしいんだ。
「わ、私もいつまでも、苦手を克服しないのもよくないからな。あんたに説明されながらだったら、慣れていけるんじゃないか? って思ったんだよ」
ふーん、そうなんだ。さすが誠ちゃん。
苦手でも逃げたりしないって考え方。お手本にしなきゃなぁ。
約束当日は本当にいい天気。
朝ご飯を食べて直ぐに家を出た。待たせたりしたら悪いからね。
と思って、約束の15分前に駅前に着いたのに、誠ちゃんはもうそこにいた。
「おはよう、早いね」
「おはよう、うん……て、天気がいいからね。朝早く目が覚めたんだよ」
ちょっと眠そうに見えるんだけど、そんなに早く起きちゃったのかな?
「そのワンピース可愛いね。よく似合ってるよ誠ちゃん」
いつも私服で遊ぶ時はズボンが多いけど、今日は爽やかな色合いのワンピース、バッチリきまってる。
「そ、そんなにおだてても、お昼は奢ってやらないぞ」
そんなこと一言も言ってないのに、なんならこっちがご馳走したいくらいだよ。
「さ、さぁ行こうか。電車来ちゃうよ」
なんかいつもの誠ちゃんとどこか違う。
どこがって言ってもどこなのかは分からないけど。
電車に揺られること30分、誠ちゃんはやっぱり、いつもと雰囲気が違っているように思えるんだけど、それでも楽しさはいつも通り、一人だと本を片手に、長く感じたであろう道程も、あっと言う間にすぎました。
「い、意外とお客さん多いんだな?」
「うん、好きな人って、結構いるんだよ。亀とか小さなトカゲとかはペットにしている人も多いし、このイベント、気に入ったらその場で買うこともできるんだよ」
さて入ろうかと言う僕の左腕に、誠ちゃんが両腕を絡めてきた。
ああ、そうか誠ちゃんが何となく緊張していたのは、苦手な爬虫類を前にしているからか。
「あんまりムリしない方がいいんじゃない?」
「へ、平気だから、ほら行こう」
更に腕の力が強くなる。
ちょっと痛いんだけど、ここで泣き言言っちゃあ男になれないよね。
入り口付近で出迎えてくれたのは、南米原産の大型のトカゲ、いきなりの大物に、誠ちゃんは一発目から卒倒寸前。
最初は僕のペースでのんびり一つ一つ確認しながら、順路を進んでいた。
でも大きなニシキヘビのあたりで見た誠ちゃんの顔には色がない。
顔を白くし、口も開きっぱなしだ。
僕はもう少しゆっくり見たかったんだけど、誠ちゃんのこんな顔見ていたら、そうも言ってられない気になっちゃった。
「誠ちゃん、もう終わったよ」
出口付近、右に回ればもう一周回れるけど、まっすぐ行けば出口となる。
ちょっと後ろ髪を引かれるんだけど、今日はこれまでかな。
「な、なんで?」
設置されているベンチシートに腰掛けて、誠ちゃんは聞いてきた。
「なに?」
「あんた、楽しみにしてたんでしょ? なんでこんなに早く終わっちゃうの?」
なぜと聞かれても……。
「分かってるよ。私の所為だもんね」
「いや、そんな言い方しないで。確かに十分堪能したかって言えば、そうとは言えないけど、でも決して楽しめなかった訳じゃないよ。それより一緒に来た誠ちゃんが楽しめていないのに、自分だけはしゃぐ方が嫌だって、僕は思ったんだ」
それはトドのつまり、やっぱり誠ちゃんが原因なんだけど、でも一緒じゃないと意味がないと思っているのも本当だから。
「だからここで待ってもらって、もう一度一人で回ってくる。って言うのも無し、これは僕が決めたことだから」
僕たちは出口に向かった。
そして誠ちゃんが落ち着くまで座っていられるように、近くの喫茶店に入った。
「ごめん、私の方から誘っておいて、結局私の所為で中途半端で出てきちゃって」
「その事はさっきも言ったけど……」
「でも私も爬虫類に慣れたいから! それも本当だから」
「あんなに苦手なのに、いったい何で?」
苦手を克服って言っても、今の日本で爬虫類に接する場面なんてあまりないのに、こんなに懸命に慣れようとするのには、一体どんな理由があるんだろう。
「だって、……爬虫類に慣れないと、景といられる時間が減っちゃうから」
「えっ?」
「景とはずっと一緒にいたいから、その為には爬虫類をクリアしなきゃならないって思うから」
今のって、つまり……?
「な、何か言いなさいよ。女の子から言わせといて、黙ってるもんじゃないわよ」
いや、だっていきなりだったもんだから。それに。
「僕も同じだよ。いつまでも女の子みたいとか言われたくないから、はやく誠ちゃんよりも、ずっと男らしくなりたいから」
いつまでも好きな子よりも、弱いままじゃいられないから。
「私はそんなに強くないよ」
「うん、そうだね。僕もそんなに弱くないよね」
強くっても弱くっても、二人ならどんなことでも越えていける。って、そこまではまだまだ言えないけど、少しずつでも理想の自分になれるように助け合っていけたらいいよね。
「あんたはまだまだ弱っちいけどね」
こういう余計なところが無ければ、もっといいんだけどね。