第 28 夜 『プロポーズ発表会』
語り部 : 植松晋也
お相手 : 金子尚
盛立役 : 青島貞夫
千葉益美
仕事場での地位は上々、会社自体も今のところは安定している。
俺は付き合いの長い彼女に、一大決心を打ち明けようと、喜んでくれるであろう指輪を買った。
第 28 夜
『プロポーズ発表会』
小学校の時に知り合って、中学の時に恋に落ちた。
彼女を追って同じ高校へ行き告白、交際を続けて大学も卒業し、別々の進路に進んだが、二人は交際を続けた。
「そうか、とうとうプロボーズするのか」
こいつも小学校の頃からの友人で、名を青島貞夫と言う。
「いや、こいつを買ったのは、もう一月も前なんだ」
「なんだ? 何かの記念日を待ってるのか?」
俺は正直に話した。
この指輪を買ってから一月、彼女をデートに誘ったのが3回、夕飯に呼んだのが7回、その尽くでプロポーズの言葉が口をつかず、未だ成功に至っていないことを。
「今時貴重だな、その内気っぷりは」
本当に笑い事ではない。
「尚ちゃん待ってるんだろ? それ系の雑誌とか買ったりしてさ」
プロポーズするなら「それ買ってきて」みたいなネタ披露してた芸人がいたっけ? あれCMか?
でも実際には、そんな気軽にお願いできるもんでもないんだよな。
「なぁ晋也、今度飲み会しないか? 小中で仲良かったやつら集めてさ」
今はプロポーズの事で相談しているのに、いきなり飲み会って?
「だから、二人だと緊張するんなら、みんなの前で発表って形にしてさ」
「いや、それこそ緊張して、何も言えないって」
「言えないなら、それはそれでいいじゃないか、とにかく色んなシチュエーションでチャレンジしてみるんだよ」
確かに二人でできないなら、的発想は悪くない。
違う状況を作れば、気持ちの変化が生まれるかもしれない。
みんなの前で言おうとするくらいなら、彼女一人に言う方が楽だって理解するとか。
「段取りは任せとけ。お前はかっこいいプロポーズの言葉でも、一から洗い直しておいてくれ」
子供の頃からの親友は、本当に頼もしかった。
極度の内弁慶な俺には、本当に何かとお役立ちなこいつのお陰で、今回も活路を見出だす事ができた。
男5人、女3人、割と仲のよかった男女が寄り合って、いよいよ一大イベントを隠した飲み会が始まった。
俺はやっぱりみんなの前でと言うハードルを飛ばず、飲み会前に彼女と二人っきりになり、プロポーズする道を選択した。
その為に貞夫から、態とらしく買い物を頼まれて、二人で買いに行くと言うシチュエーションを用意してもらった。
買う物は彼女が言付かってきたので、俺は打ち明けるタイミングだけを探っていたんだけど、結局これと言った場面を見つけられず、みんなと合流、飲み会会場の居酒屋へ。
乾杯をして、プロポーズをかけた雑談スタート。
……よく考えたら、この雰囲気でプロポーズって、二人でいる時より、もっとタイミングが計れないのではなかろうか?
彼女も仲良し3人組で話を盛り上げているし、男どもは女子なんかそっちのけで、猥談をしていやがるし。
「おい、やっぱり既に、計画は頓挫したんじゃないのか?」
耳打ちで貞夫にクレームを申し立てると。
「安心しろ。見せ場は作ってやるから」
見せ場って何だ? もしかして独演ムードを作り上げて、発表させられるんじゃないだろうな。
と言うか、この企画にのった時点で気付くべきだった。この場で打ち明けると言うことは、どうしたって発表会になるのだ。
ああ、ダメだ。絶対こんな状態でプロポーズなんてできっこない。
自分の意気地の無いのを棚に上げ、策におぼれた貞夫を見やり、視線で殺そうと黙殺するが、当然そんなことではヤツはビクともしない。
飲み放題食べ放題で、制限時間のある飲み会は、もう時間も押し迫り、やっぱり今回も失敗の色を濃くしてきた。
「それじゃあ、ここで」
って、もしかしてやっぱり、独演発表会をするのか?
ちょっと待て、この期に及んでかもしれないけど、まだ心の準備は整ってないぞ。
「尚ちゃんがみんなに伝えたいことがあるそうで~す」
貞夫の口から出た名前は、俺じゃなかった。
「どーも金子尚です、初めましてぇ」
尚のやつ飲み過ぎじゃないのか、なんか今一つ呂律も回っていないようだけど。
「大丈夫、尚~?」
「益美ちゃん、だいじょうぉぶ! 私はここにいるよう」
まぁいいか、尚はへべれけでも、俺は一大イベントの緊張感のお陰で、ほとんど酔ってないから。
「えー、私こと金子尚は今度結婚をしたいと思います」
なに!? ちょ、ちょっと待て! 何が起こっているんだ!?
「植松晋也! ちょっとそこに立ちなさい」
本当に大丈夫なのかこいつは?
しかしここで逆らったら、何を言い出すか分からない。
俺は素直にその場で立ち上がった。
「一度しか言わないからな。ちゃんと聞いていてよ」
って、何を言うかはもう言っただろ、結婚って! あれ、相手って俺?
「私と結婚して下さい」
「えっ?」
「だから一度しか言わないって、私と結婚して下さい」
一度だけと言いながら、もう一度言った。
しかし俺は何が起こっているのか、まだ頭を整理できていない。
「おめでとう!」
貞夫と他4人がクラッカーを鳴らす。
「ば、ばかお店に迷惑だろ」
俺と尚がここに来る前に買いに行かされたのはこれだったのか、しかし時間的に店内は結構な混み合いとなっていて、そんな中でこんな大きな音を出せば、お店に迷惑を掛けるのは必至。
だけど……。
「おめでとう」
「本当に、めでたい日だわ」
「二人ともお幸せにぃ」
と、見知らぬ人たちから、黄色い声援が飛ばされる。
「貞夫、これって?」
「クラッカー鳴らす許可なら、お店にもらってるよ。そんで他のお客さんに了承をもらえるように、お店の方からお願いしてくれたんだよ。それより晋也」
尚は左手を俺に向けたまま止まっている。
「なに? って、あっ!」
俺はポケットの中から、大切なあれを取りだした。
「尚、知っててくれたんだな」
「そんなの当たり前じゃない。いつまでも待たされるし、あげくにはこっちからプロポーズさせられるし、晋也って……やっぱりどこまでも晋也なんだから」
俺は尚の左手の薬指にエンゲージリングをはめた。店のあちらこちらから拍手が聞こえてくる。
「いいなぁ、尚が一番手かぁ」
「へっへー、いいでしょ。でも待ちに待たされた挙げ句だよ。本当に苦労したよぉ~……」
「お、おい尚!?」
尚はヘナヘナっと腰が砕けたように座り込み、そのまま安らかな寝息を立て始めた。
「尚ちゃんも人前で発表とかするタイプじゃないもんな。でもこの為にお酒も目一杯飲んで頑張ったんだな」
貞夫の言うとおり、本当に尚からのプロポーズには驚かされた。
だけどこの頑張りは、俺があまりに不甲斐ないから見せたんだよな。
これ以上男としてイニシアチブを渡さないためにも、俺ももっとしっかりしないといけないな。