第 27 夜 『マイ・シスター』
語り部 : 大野桜太
お相手 : 白川舞子
盛立役 : 夏目純也
寺里中孝二
いつもと違う日常、いつものようにいつもの人と過ごす夕暮れ時、俺目掛けて突然の衝撃が振ってきた。
「桜太くん、私を彼女にしてください」
今度はなんのどっきりだ? 俺は本気でそう思っていた。
第 27 夜
『マイ・シスター』
昨日の夜はあまりよく眠れなかった。
夜あんなに眠れなかったのに、今になってやたらと睡魔が押し寄せてくる。
「おーい桜太、昼だぞ起きろぉ」
純也が声を掛けてくれるが、食欲より睡眠欲の方が勝っている。
このまま寝て過ごそうか、と思ったが、そうは問屋が卸さなかった。
「桜太くん、お弁当忘れていったでしょ? おばさんが持って行ってって預かってきたよぉ」
そう言って舞子が俺の弁当を持ってきたくれた。
って、朝預かった物が何で今頃届くんだ?
忘れた弁当は、舞子に預けたと電話で聞いて知ってはいたし、知っていながらこっちから取りにも行かなかったんだから、文句は言えないけど。
「サンキュー」
「なんだか凄く眠そうだね。大丈夫」
お前の所為だよ。とは言えなかったが。
「だいじょうぶだよ」
代わりに欠伸混じりにそう言った。
「あんまり寝てないの?」
「うん? まぁな」
とにかくさっさと食って、また一寝入りするか。
俺は弁当を広げてメシをかき込んだ。
「ああ、そんなに慌てて食べなくても、誰も取らないよ」
自分の弁当箱も持って現れた舞子も食事を始める。
俺の周りにはいつもの面々、純也と孝二も昼飯を広げている。
「そう言えば舞子ちゃん、いつもみたいにお兄ちゃんって呼んでないんだね」
気付かなくていいのに、孝二は感じた違和感にたどり着きやがった。
「ナイショ~」
ああ、そうしておいてくれ、今俺は何も説明する気力がないからな。
「そうだ、桜太くん! 今日もゲームセンター行くの?」
「うーん、そうだな。もうすぐランクも上がるはずだから、行く、かな」
ネット接続で、他店舗のプレイヤーとも、同時プレーできるロボットゲームに今ハマっていて、少ない小遣いの中から、足繁く通ってはポイントを稼いでいた。
「それじゃあ私も一緒するから、放課後校門で!」
こいつは自らプレーするわけでもないのに、毎回観覧しに付いてくる。
いつもならギャラリーが増えてやる気出るとか言って、調子に乗るのだが、昨日のことが気になって、なんか歯切れの悪い返事をしてしまう。
舞子は自分の教室に帰っていった。
「なんか舞子ちゃん、いつもと雰囲気違ってたな。何かあったのか?」
「面倒だからパース」
純也の問いには答えず、俺はまた夢の世界に旅立った。
今日は結果を残せなかった。
入ってきたのは最小ポイントのみ、ランクアップは来月の小遣いをもらってからになる。
「やっぱりちゃんと眠った日じゃないと、上手くやれなかったね」
ことある事に、昨日のことを思い出すフレーズに繋がっている。
授業のほとんどを睡眠に当てたから、今は全く眠くないんだけどな。今日負けたのは別の問題だ。
「なぁ、昨日のあれ……」
「やっとその話してくれた」
そうか、この話にしたかったのね。
「冗談でもドッキリでもないよ。私はずっと、夢見てたことなんだもん」
昨日までこいつは、俺のことをお兄ちゃんと呼んでいた。
家は隣通し、部屋も向かい通しで、こいつは窓越しに俺の部屋によく入ってくる。
お互い一人っ子で育ってきたので、俺もこいつも本気でお互いを本当の兄妹と思っていた。はずだった。
「私にとってはいきなりじゃないの、でも桜太くんからしたら、突然すぎたよね」
「舞子には悪いんだけど、直ぐに返事って言うのはやっぱり難しい」
「そうだよね」
さっきまでのテンションは吹っ飛ばされ、舞子はうつむいて黙ってしまう。
なぜ昨日だったのか、その理由については心当たりはある。舞子は昨日16歳になった。
多分それを切っ掛けにしたのだろう。
けど俺にとっては本当にいきなりのことだった。
俺はこのままずっと兄妹として過ごしていくもんだと思っていたから、本当にどうしていいのやら。
「ねえ桜太くん、桜太くん的には、私は彼女になる可能性って、どれくらいのパーセント持ってるのかな?」
それって、限りなく答えに近い質問じゃないか?
それを分かっているなら、直ぐにでも答えに繋がるんじゃないか?
「返事、ちょっと掛かるかもしれないけど、俺は俺なりに本気で考えるからさ、もう少し待ってもらえないかな?」
舞子は応えてくれなかった。
もしかしたら今回の突然の告白、ただ単に16歳になったからじゃない他の理由があるのかもしれない。
ふと思ったが、今の俺には回答がない。
その後、家に着くまで俺達は何も喋らなかった。
舞子が慌てて告白してきた理由が分かった。
石森家の親父さんが転勤となり、お袋さんもついて行くことにしたとかで、お隣は引っ越すことになった。
もちろん一人娘を置いていくはずがない。
お隣は売りに出すことが決まったそうだ。
「お前、昨日その事知ったんだろ?」
窓向こうに見る舞子は、目線を外したままこちらを向こうとしない。
「お兄ちゃん私、よその町になんて行きたくない。お兄ちゃんと別れたくないよ」
今にも泣き出しそうな顔で訴えてくる。
俺だってそんなこと考えられない。いつも側にいたのに、もう暫くすればいなくなってしまう。
いや、いなくなると言っても、遠くへ行くだけで、俺達は同じ時間同じ空の元に生きていくんだ。
もう会えなくなる訳じゃない。
「そうか、そうだよな。これが今生の別れじゃないんだ」
「だけど側にいなきゃ、心はつながり合わないよ。私はそれが不安」
舞子は俺に、会えなくなっても心は離れないのだと、約束して欲しいんだ。
そんな口約束に効力なんて期待できないけど、俺達にはそれしか感じあえる絆が存在しないから。
「俺、いますぐ舞子を恋の相手として見るのは、やっぱり難しいと思う。でも俺にとって特別な女の子は間違いなく舞子しかいない。俺達には見えないけど、赤い糸は絶対あると思う。だから大丈夫、俺達は離れても切れることはない」
俺はもっと舞子とのことを真剣に考えるし、その結果は多分お互いにとっていい物になると思う。
「格好付けて正論を述べるのはNG、答えはYesかNoかだけだよ」
ちっ、こいつの性格で、こんな曖昧な返事が成立するとは思っていなかったけど、やっぱりダメだったか。
「本当はもう答え出てるんでしょ? 桜太くん、顔に書いてあるよ」
付き合い長いからな、顔見てれば分かるか。
「なぁ、俺達は彼氏彼女の関係、それはいいんだけどさぁ。その桜太くんっての無しにしない?」
「……じゃあなんて?」
「いや、今まで通りお兄ちゃんって、別に他意はないんだけど、その響きが聞こえなくなるのは、ちょっと惜しい気が……」
実は昨日から悩んでいたのはこの事だった。
別に変な性癖があるわけではないけど、名前で呼ばれるより、今までの方が心地いいと感じてしまったのだからしようがない。
「……分かった。でも学校とか友達の前では名前で呼ぶからね。家族でいる時とか二人の時はお兄ちゃんって呼んであげる」
もうすぐ側から離れてしまうけど、その短い時間、俺達は男と女として交際をする。
これからは兄であり彼氏である。先のことは分からないけど、分かっていることから順々に、今の時間を大切にしていこう。
これは一体どういう事だ?
「だから引っ越したのはお父さんとお母さんだけ、私は大野家の居候として、お兄ちゃんの部屋の隣に住むんだよ」
今朝から家の中がドタバタしていたのは、こういう事だった。
慌ただしかったのに、俺はなぜか家から追い出され、その間に舞子の部屋は引っ越しを完了していた。
帰ってきた俺を出迎えた舞子に、手を引っ張られて入った部屋は、昨日まで俺の部屋の窓の向こうにあった部屋と、全く同じに仕上がっていた。
「お前、こうなるの知ってたのに、俺にいなくなるみたいに言ったろ?」
「お陰でこのポジションに納まれたんだもん」
そう言って、俺の胸元に飛び込んでくる舞子。
やっぱり俺は、当分こいつに「お兄ちゃん」と呼ばせ続けてしまいそうだ。