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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
26/102

第 26 夜   『トライアゲイン』

語り部 : 滝川一樹タキガワカズキ

お相手 : 鈴木愛羅スズキアイラ


盛立役 : 岸部辰彦キシベタツヒコ

      岸部キシベかなめ

      鈴木礼治スズキレイジ

「またやり直すことできないかな?」

 

……二年ぶりの電話で聞いた彼女の声、元気そうなのはいいけど、今の言葉に返す事ができない。


「それじゃあまた連絡するね」


 結局答えは出ないまま、電話は向こうから先に切られた。



   第 26 夜

          『トライアゲイン』


 今日、このラウンジで9時に会う約束をしている。


「滝川さん」


 待っていた人が現れた。


「かなめちゃん、悪いねこんな時間に」


 現在時刻は夜の7時、彼女が来るまでにはまだ2時間ある。


「ご無沙汰です。いつも主人がお世話になっております」


 彼女は俺の後輩、岸部辰彦の奥さん。


「かなめちゃん、もうすぐだっけ、臨月?」


 お腹の大きな妊婦さんに、こんなところまで来てもらうのは忍びなかったのだが、ここを指定してきたのは彼女自身、岸部はこのビルの地下駐車場で車の中で待っている。


「こんな偶然はないよね」


 今日9時から会う相手も、ここを指定してきている。


「全部知っているって事だよね」


「はい、私はずっと愛羅から相談を受けていて、二年前からのことをみんな把握しています」


 鈴木愛羅は今日9時から会う、2年前に、俺に絶縁状を突きつけて姿を消した女だ。


「滝川さんに黙っていたのは、あの子の強い意志だったんです」


 俺と後輩の岸部は、合同お見合いパーティーという企画に参加し、結婚相手を探しに行った。


 探すのは結婚を前提にした相手とあって、みんな真剣に参加者達とのコミュニケーションにいそしんだ。


 俺達が目を付けた相手は、本当にたまたま二人連れで参加した女の子達だった。


 岸部は今や嫁さんとしているかなめちゃんを、そして俺はかなめちゃんの友達の鈴木愛羅とペアになった。


 俺と愛羅も順調に交際をスタートした。


 仕事が忙しくなる頃だったのだけれども、俺は恋愛を疎かにすることもしなかった。


 出会ってから二ヶ月を過ぎたある日、俺は彼女にプロポーズをした。


 彼女は快くOKをしてくれて、結婚式の準備を始めた。


 新居も家具も用意した。


 式場の手配も、友人達への招待状の郵送も滞りなく完了した。


 日にちは大安吉日、二次会の会場も友人代表がセッティングしてくれた。


 俺達は一月後に迎えるセレモニーを楽しみにしていた。


 あの日、彼女が「ごめんなさい」を言うまでは。


「最後まで聞いてるから、ドンドン喋ってもらっていいかな?」

「はい……」


 愛羅が俺の元から立ち去ったのは、彼女の実の弟に起因する。


 彼女の弟、礼治くんは、詐欺にあった。


 そして多額の借金を被ることになった。


 詐欺の内容に関しては、愛羅も知らないと言っているらしいのだが、問題はそこじゃない。


 礼治くんは借金返済の為に、会社の金に手を付けてしまったのだ。


 足は直ぐにつき、彼は逮捕状を発行される身となった。


 警察が任意同行を求め、連行中に逃げ出され、見つけたのは、すでに人の形をなさない変わり果てた姿になってからだった。交通事故だった。


 問題はそこからだ。


 彼は借金の連帯保証人に、彼の父の名を書いてしまっていた。


 お父さんは同意の下で連帯保証人になったわけではない、礼治くんが家族だからと、勝手に契約した物だったので、債務拒否の方法はあったのかもしれない。


 でもお父さんは息子の起こした不祥事を受け入れ、完済を決意した。


 と言っても、多額の借金の返済は並大抵ではなく。


「愛羅が仕事を辞め、アルバイトを二件掛け持って、返済金を工面したのか」


「一樹さんは今仕事で、大事なプロジェクトを抱えている。無用な心配を掛けたくないって言って」


 周りにも口止めし、携帯電話も解約、実家に帰る前に住んでいたマンションも解約していった。


 自らの足で確認に言った彼女の実家は売り家となっていた。


 近くのマンションに引っ越したと近所の人に聞いたが、どこに越したのかは知らないと言われた。


 なんなんだよ、それ?


 俺はあの時は既に家族になっていたはずだ、何に気を遣ってそんな事を。


「借金の完済ができたと、先日うちにも電話がありました。そしてその時に滝川さんの事も聞かれ、主人から滝川さんはまだ交際相手も見つかっていないと教えてもらったので、そのまま彼女に」


 それであの電話か。


「あの、本当に申し訳ありませんでした。口止めされてはいましたが、私自身、彼女の決意を見守ることしかできませんでしたので」


「あ、いや、かなめちゃんに思うところはないよ。あるとすればあいつにと、そして自分に」


 あまり岸部を車の中で待たせるのも悪い、送っていくことはできなかったが、店内で彼女を見送り、俺は約束の時間までの間、浴びるように酒を飲んだ。






 約束の時間15分前、彼女が現れた。


 2年の月日は女を変えていた。


 華やいだ衣装を身にまとっていた2年前までとは違う、シックなカラーのスーツを着た彼女は、俺の知る鈴木愛羅ではない気がした。


「かなめから全部聞いたんですよね」

「ああ……」


 必要以上に壁を意識してしまったかもしれない。


 彼女はそれでも憶せず口にした。


「私はこの2年間、あなたに再会することだけを心の糧に頑張ってきました。こんな勝手な思い入れを押しつけるのは忍びないのですけど、どうかまた私を受け入れてはくれませんか?」


 突然姿を消した彼女を憎いと思ったことはこの2年間、一度たりともなかった。


 それどころか未練たらしく、彼女のいない、彼女と住まうはずの家に一人、寂しさを紛らわすこともしてこなかった。


 今の俺に彼女を拒む理由は何もない。しかしだ。


「なにもかも元通り、過ぎたことはなかったことに、と言うのは難しいな」


 ケジメも付けずにこのままというのは、あまりにもお互いを甘やかしすぎてやしないか?


 大切な彼女が苦しんでいるのに何もできなかった俺、家族となる男を巻き込まないように身を引いた彼女。


 どちらにもどうすることもできない理由があり、後一歩お互いを思いやる気持ちがほんのちょっと足りなかった。


「一つだけ条件を付けてもいいかな?」

「……なに?」

「お義父さん達を俺達の新居で一緒に住んでもらうことだ」


 リフォームが必要となるが、二世帯住宅というのは、以前から考えていたことだ。俺自身は三男だし、こっちも問題はない。


「本当に? いいの?」

「もちろん、お義父さんに聞いてから、だけどな」


 これで少しでもケジメを付けられるんなら申し分ない。


 俺は今度の鈴木家の問題に、何も答えられなかった。


 だけどこれからは、俺も家族の一員として頑張りたい。


 失った物は多いけれど、これからはもっと、色んな事を大事にしていきたい。

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