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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
25/102

第 25 夜   『ハンド・スクランブル』

語り部 : 山川恭八ヤマカワキョウヤ

お相手 : 空月菜摘ソラツキナツミ


盛立役 : 古畑敏夫フルハタトシオ

 交際を始めて3ヶ月、仲良くやってると思うんだけど、俺が思っているよりも彼女は楽しんでいなかったんだろうか?


 気になるけど、こっちから聞いていいもんだろうか……。


 だけどこの壁を越えないと、彼女ともっと仲良くなるのは、難しい気がする。



   第 25 夜

          『ハンド・スクランブル』


 高校生にもなると、健康な男子として悶々となることも時折ある。


 俺からお願いして始まった男女交際、彼女は即答でOKをくれたくらいだから、俺自身が嫌がられたりしてないのは間違いない。


 第一、二人で遊びに行くのもOK、お喋りしていても俺からの冗談なんかにも、心から笑ってくれている、と思う。


「小学生でも3ヶ月も付き合えば、それくらいは認めてくれるぞ」


 小学生の交際がどのレベルに置かれるのかは分からないが、友人達の尺度でもやっぱり理解できないらしい。


「手も握らせてくれないのって、一体どういう事だと思う?」


 別に手を握って歩きたいとか思っている訳じゃないけど、ちょっとした事で触れそうになったとして、彼女はビックリするほどの反射で手を引っ込める。


 最初はなんかの間違いだと思っていたんだけど、そんなタイミングに当たる度に、そんな不自然な行動を目にするようになり、決定的なのは確認のためにわざと手を握ろうとした時、間違いなく意図的に手を引っ込められてしまった事。


「菜摘ちゃん、身持ち堅そうだもんな、まだまだそんなに簡単じゃないって、言いたいんじゃないのか?」


 そうなのかな、向こうから俺の背中をはたいたり、軽く抱きついてきたりと、スキンシップもそれなりにあるのになぁ。


「もしかして恭八の乾燥肌の、そのおろし金みたいにカチカチな手の平が嫌なんじゃないの」


「敏夫ぉ、人が気にしていることを、人が悩んでいる時に被せてくるんじゃないよ。マジで凹むぞ」


 今のは多分違うと思うけど、本当に何がいけないのか、いや、どうしたって、ここから先には行けないのか?


「なんだお前? もしかしてそう言うことしたいとか思ってんのか?」


 したくないかと言われたら、ないというのは嘘を含んでしまうが、現時点で、そこまでは望んでいないと断言はできる。


「今日も一緒に帰るんだろ、うだうだ考えてないで直接聞いたらどうだよ?」


 そりゃそれが一番早いのは分かってるよ。分かってるけど、でもなぁ……。






「今日も一日いい天気だったねぇ」


 朗らかな笑顔、この笑顔の裏に、世間様用の作り物が含まれているなんて思いたくない。


「なぁ、なっちゃんって、何か不満とかある?」


「え、不満……、いっぱいあるけど、贅沢は言わなぁ~い! 世界十周クルージングとか、ケーキ屋さん一週間買い占め食べ放題とか」


 それは豪勢だな、俺が一生働いても、そんな余分な貯金はできそうにないな。


「って、いきなりどうしたの? 不満なんて、あったとしても恭くんといる時に思い出すようなことは何もないよ」


 と言うことは、俺に対しては何の不満もないと言うことだよな。


「どうかした? もしかして恭くんが何か悩みとか持っちゃってる?」


 その気があれば、キスくらいできそうな距離に顔を近づけてくる彼女、その無防備さが、どこまで本気なのか計り知れない。


 ここで俺から「キスしてもいい?」って聞いたら、彼女はどんな反応を見せるだろう?


 手も握らせてくれないのに、いきなりそんなこと言えるはずもないんだけどな。


「明後日の休み、どっか行く?」


「うーん、今月のお小遣いももう心許なくなってるしなぁ、映画とかボーリングとかはムリかなぁ~、恭くんは何かやりたいこととかある?」


「確かに財布はダイエットに成功しちゃってるからなぁ、金使うことはパスだな……、だったら家来ない? 兄貴がこの前DVDしこたま買いあさってきてさ、一緒に行こうって言っておきながら、行けなかった映画とかあるんだけど」


「おー、いいね。恭くんの部屋行くのも久しぶりだし、いかがわしい物が増えてないかのチェックもしないとなぁ」


 俺が新しく買ったゲームもあるし、金使わずに遊ぶにはどちらかの部屋に行くのが一番いい。


「それじゃあ明後日だね。早めに約束すると、わくわくが長く感じられていいんだけど、約束が近くなると、明日なんて、本当に長く感じちゃうのが難点だよね」


 やっぱりこうして話していても、彼女が俺に距離を置いているとは思えない。


 明後日だ、どうにかしてその真相を知りたい、嫌なら嫌ではっきりさせたい。






 お昼ご飯も家で、ランチにしては母さんが張り切った豪勢なメニューが並んだ食事を終え、俺達は二階にある俺の部屋に入った。


「さて、ガサ入れだ。恭くんの私生活を私が事業仕分けしてあげよう」


「はいはい、分かったから、余計なことするなよ」


 つまらないことをしでかす前にさっさと映画鑑賞を始めよう。


 テーブルにお茶とお茶菓子を置いて、その前に二人で並ぶ。


 菜摘は床の上に手をついて画面に見入っている。今ならさり気なく手を握ることもできる。


 胸の鼓動が隣にいる彼女に聞こえてしまうのではないか、と言うくらいに高ぶる。


 ……、いや止そう、こんなやり方よくないよな。


「恭くん、この頃ちょっと変じゃない? 何かあった? っていうか私なにかした?」


 俺の挙動不審な態度がずっと気になっていたみたいだ。


 そりゃあ、ことある事に手を取ろうとしたり、考え込んでいて話を聞いていなかったりしてきたからな。


 今も意識していたのを感付かれたようだ。


「菜摘、思い切ってお願いするけど」


「なになに?」

「手、握っていいかな?」


 いつまでもこんな事していてもしょうがない。


 ここは正々堂々真正面からぶつかることにした。


「えっ? 手は……、手はダメ! 手だけは……」

 一瞬で顔色を変え、彼女は両手を後ろに隠して後ずさった。


「そんなにいやなら、ムリは言わないよ。けど理由だけでも教えてくれないかな?」


 俺のことを嫌ってじゃないことだけを願い、俺は直接交渉を続けた。


「本当に大した理由じゃないの、恭くんの事大好きだから、これだけは知られたくない……、ごめんなさい」


 そう言う菜摘の目には涙さえ潤んで見える。


 これ以上は突っ込める内容ではないようだ。


「きゃ!?」

 それは咄嗟の行動だった。


 熱いお茶をこぼして、手にかかった熱さにビックリする菜摘の手を冷やしてやろうと、右手に勉強机の上にあったエアースプレーを、左手で彼女の手を握っていた。


「あ、あの、お茶かかったのは左手……」


 かかった瞬間を見ていなかったので、どちらの手を痛がっているのか分からず咄嗟に取った右手は、ケガをしている方ではなかった。


 俺は改めて左手を冷やしてやり、恥ずかしそうにうつむく彼女に、もう平気かどうか確認した。


「あ、ありがとう……」


 まだ手を擦ってはいるが、痛みはかなり引いたらしく、落ち着きも取り戻しつつある。


「念のために救急箱取ってこようか?」


「あ、本当にもう大丈夫だから、……恭くん?」


「なに?」

「私の手、どう思う?」


 どうって、小さくて指も細くて、可愛い手だとは思うけど……。


「お茶被った方じゃないのに、右手、ジットリしてたでしょ?」


 そう言えば、そうなのかな?


 俺はどちらかと言えば乾燥肌だから、感覚としては適度な潤いに感じたけど。


「本当?」


「本当だよ。小さくて可愛い手なのにもの凄く温かくて、落ち着く手だった」


 一体何をそんなに気にしているのか、俺には全く分からないけど、彼女としては、もの凄い大問題なようだ。


「私ね、中学の時なんだけど、好きな人ができて告白したの」


 いきなり過去の男の話か、聞きたくねぇ。……気にはなるけど。


「お付き合いすることができたんだけど、最初のデートの時にね。ああ、動物園に行ったんだけど」


 動物園なら俺達も二回行った。負けてないぞ。


「そこで彼と手を繋ぐことになったんだけど」


 何!? 俺はまだちゃんと繋いだことないのに、最初のデートでだと!?


「彼に言われたの、生暖かくてジットリしてて、なんか感触悪いって」


 中学生のまだ世間知らずなガキの言葉は、思春期の少女の心を傷つけるのに、十分な破壊力を持っていた。


「それ以来、好きな人ができても、交際をしても、手だけは触れられないようにしてきたの、その所為でダメになったケースもあったけど、あんな事言われるのは、もう絶対いやなの」


 トラウマってやつである。


 彼女が必要以上に避けて、拒んできたのは、そう言うことだったのだ。


「なっちゃん、もう一度手、握ってもいい?」


 菜摘は一瞬ためらったが、俺に向かって右手を差し出してくれる。


「うん、やっぱり心地いいよ。俺、鮫肌もいいところだから、逆に嫌がられるかもしれないけど、俺は好きだよ、君の手」


 感極まった彼女が飛びついてきて、思いっきり泣き出した。


 何回か視線を感じた扉に目をやるが、今は誰もいないみたいだ。


 一頻り泣き疲れるまで待った。ようやく納まった最後の涙をティッシュで拭う菜摘を見て、俺は映画を最初から再生し直した。


 俺達は映画が終わるまで手を握りあった。


 これからは遠慮なく手を取ることができそうだ。

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