第 21 夜 『恋道一直線』
語り部 : 日向雅臣
お相手 : 松平杏奈
盛立役 : 木村大悟
寺尾桃哉
高校に入って始めた柔道、一年の間は基礎練習を反復した。
二年生になり黒帯を取った。
今度の練習試合では、先鋒を任されることになっている。
「今度の試合、無様な事はできないからな」
部のため、選抜メンバーのため、自分のため、そして……。
第 21 夜
『恋道一直線』
もうすぐ大会の為のメンバー選抜を兼ねた練習試合がある。
とりあえず、分けられた3つのチームのAチームで先鋒を勤めることになっている。
「先鋒か」
勝ち抜き戦の一番手、勝つのが最良だが、負けるにしても相手の選手に疲労を溜めておかないと、チームに貢献できないまま終わってしまうことになる。
「とにかく無様な結果だけは避けないとな」
「本当だよ」
基礎トレーニング中の俺の背中に言葉を投げかけてきたのは、柔道部マネージャーの松平杏奈、俺と同じ二年生。
「先鋒がどれだけ重要なポジションか分かってる?」
「分かってるよ。俺なんかを先鋒に回してくれた他のみんなのためにも、絶対結果を出すさ」
それに試合で活躍すれば、きっとあっちも上手くいくから!
「ところでなんでいるんだ?」
もう他の部員はみんな帰ってしまって練習しているのは俺だけ、顧問監督の先生に許可を得ているから、あと10分くらいはここを使える。
「戸締まり、先生ってば私に任せて職員室に戻っちゃったから、あんたが終わらないと私も帰れないの」
「なんだ、だったら鍵もらうよ。俺のために待たせるのも悪いし」
「ここまで待ったんだからついでだよ。そろそろ完全下校時刻だよ」
そうだな、今日はこの辺で上がるか。
挌技室にあるシャワーで軽く汗を流し、制服に着替えて道場に出ると、松平は戸締まりの最終チェックも終わらせて、俺のことを待ってくれていた。
校内はもうどことも電気が消えていて、明かりがついているのは職員室と用務室だけ。
「悪かったな、遅くまで付き合わせて」
「敏腕マネージャーとしては、選手の状態も見ておかないとね。特にあんたは練習と試合で全く成果が変わるから、どうして試合になると実力発揮できなくなるのか」
まずい! それだけは、こいつにだけは見抜かれてはいけない。
「と、とにかく今度の練習試合では、いつものような無様な事はしないからさ」
「どうだか、あんた試合の時、必要以上に力はいってるでしょ、なにを気にしてかは知らないけど、格闘技は集中力だよ」
言われなくても解ってるって。集中しなきゃな、本当に。
「腹減ったぁ」
「本当、こんな時間まで付き合わされたんだから、なんか奢ってもらわなきゃね」
それが狙いで待ってたな。
でも俺も帰るまで我慢するにはちょっと腹減りすぎだし、軽くなら食っても晩飯はちゃんと食えるし。
「駅前でハンバーガー、それ以上はムリだからな」
一応寄り道していくことを家に電話し、向かったのは駅前バーガーショップ。
俺はハンバーガー類のセットメニューと単品でフィッシュバーガーを注文した。
「って、おい、お前四つも食べるの?」
「うん、これ夕飯だし、今日はおやつも食べてないから、これくらいは……」
「夕飯?」
「お母さん今日はお父さんのところ行ってていないの」
そうか、お父さん単身赴任って言っていたっけ。
「妹はおばあちゃんの家に行ってるから、帰っても一人で食べることになるんだよね」
「それならそうと言えよ。最初から外で食べるつもりだったんだろ?」
結局奢りって話はなしにしてくれたのだが、それはこういう事だったからなのだろう。
「もっと他の物の方が良かったんじゃないのか?」
「うん、別にそうでもないよ。一人でどこかに寄るより、誰かと食べた方がいいし」
そう言う意味じゃあないって。
「もしもし、あ、母さんごめん、俺今日は外で晩飯食うわ。え、あぁいや、部活の友達が今日は一人で外食だって聞いたから、……うんうん、わりぃ、そう言うことだから」
俺は追加のために、レジに向かった。
「席、取っておいてくれ」
俺は追加にバーガーを3つとナゲットを手に二階に上がる。
「割と混んでるなぁ……、どこだろ? って、いたいた」
彼女は窓際に腰掛けて、まだ何にも手を付けず、俺を待っていてくれた。
「お待たせ」
「お帰りぃ」
「なんだよ、そのノリは」
「へへっ」
先の俺の分のトレーも運んでもらっていたので、テーブルはもういっぱいいっぱい。
俺は後から持ってきたトレーに自分の分をまとめて、空いたトレーに重ねた。
「でも本当にこんな夕飯でよかったのか?」
「うん、私は何でもよかったから、もしかして日向くん、食べたいものとかあった?」
「俺も別に問題なし、でもそうだな選ぶんならカレーが良かったかな」
三軒隣に馴染みのカレー屋がある、ここじゃなかったら、あそこが良かったかな。
「カレーが好きなの?」
「ああ、うんと辛いヤツね。松平は何が好きなんだ?」
「私はケーキ、生クリームのいっぱいのったヤツ、日向くんは甘いの嫌い」
「そうでもないよ、何か旨いのあるなら教えてくれよ」
それからしばらく、お喋りをしながらの夕飯を済ませ、外に出る頃には、それなりに遅い時間になっていた。
「送ってくよ」
「ありがとう」
仮にも柔道部だ、ボディーガードとして、ちゃんと最後まで責任を果たしましょう。
もう今日は他校との合同練習&練習試合の日。
今朝はいつもより少し早い時間に出てきて、道場の掃除をする。
「なぁ、雅臣よ聞いたか、木村のヤツ、松平に告白して玉砕したんだってよ」
またか、これで柔道部員の2年生のほとんどが、断れたことになるんじゃないか?
松平に告白したのは俺が知る限りでこれで3人目、1人目の時に松平が「柔道部に好きな人がいる」と言ったらしく、それからと言うものの、それは俺じゃあないのかって、みんなが思うようになって、アタックを試みている。
かく言う俺も、去年から気になる存在である彼女に、想いを伝えたいと思っている。
その切っ掛けとして、試合で結果を出したいと思っているのだが、その事が頭にある所為か、ここのところ活躍できたためしがない。
「それでよう、木村が思いきって好きなヤツが誰かを聞いたんだってよ。そしたら二年生で、現在フリーのはずのヤツだって言ったらしいよ」
二年生の柔道部員、って俺も入ってるよな。
「もしかしたら断るための口実かもしれないけど、もしそれが本当なら、もうお前だけしか該当者がいないことになるんだよな」
「って、お前も該当者ってやつだろう?」
「いや、俺は先月告って、夢破れたから」
いつの間に!? で、でもそうなると必然的に俺って事になるのか……、断る口実でなければ。
まずいぞ、これはいつも以上に集中力を欠いてしまいそうだ。
俺はこのまま試合に臨めば、散々な結果が待ちかまえていそうなので、これはもう先に結果を得なければと思い、急いで松平を捜した。
「こんなところにいたのか?」
彼女は部室棟の柔道部のロッカー室にいた。
「日向くん、何か用?」
「あぁ、うん、うんとな……。こ、これから大事な試合なのに、不謹慎かもしれないけど、大事な試合だからこそ、その前に言っておきたいんだ」
もし寺尾の言う通りなのなら、脈は俺にあるはず。
「ごめんなさい。私、柔道部に好きな人がいるから」
そうか、口実の方が正解だったんだな。
こんな事なら、試合前なんかに言うんじゃなかった。
いや、これで良かったんだよな。
これで試合にだけ集中できるってもんだ。
「そっか、悪かったなこんなタイミングで、できたら忘れてくれ、俺らの関係は今まで通りで、な」
なんか心が軽くなったよ。
そして何となく沸き上がってくる燃え上がるもの、この全てを相手選手にぶつけてやる。
今日の俺は大活躍だった。
先鋒だけでなく次鋒まで勝ち抜き、中堅には敗れるものの、いい試合をこなし、こちらの中堅が相手の大将までも打ち負かすという結果となった。
「おーつかれ」
「お、おう」
ウォータークーラーで水を飲んでいた俺の元に、タオル持った松平が来てくれた。
「やっぱり日向くんは、集中さえしていれば強いんだよね」
うちが完勝したのが、よほど嬉しいのだろう。
満面の笑みのまま、持った団扇で扇いでくれた。
「ねぇ、私の好きな人なんだけどね」
なんだ、完勝ムードを袖で振るうかのような、この追い打ちは。
「その人ね、いつもみんなが帰った後、一人で練習し続けていたんだよ。好きな食べ物はカレーライス、しかも激辛! 私には食べられないけど、その人は甘い物も平気だって言ってたから、今度ケーキ作って持ってこようと思うんだ」
「松平それって」
「日向くん、いつも試合の時、私のこと気にしてたでしょ。でも今日はそんなことしなかったよね。すんごく試合に集中してた」
もしかして俺のために俺を振ったのか? で、こっちが本音だとしたら?
「今度からは私のこと忘れて、試合に臨めるよね。でなかったら、心にもないことを言って傷ついた私が、かわいそうだもんね」
「まさか松平に一本取られるとはな」
しまったなぁ、本当はあんまり甘い物得意じゃないのに、ケーキ作ってきてくれる前に、克服できるように頑張ろう。