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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
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第 2 夜   『Natsuの思い出』

語り部 : 袖口祐介ソデグチユウスケ

お相手 : 間中一美マナカカズミ


盛立役 : 内竹千麻ウチタケチマ

 俺はいつも、夏になると少しばかりメランコリックになる。


 厳密にはお盆の頃になるとなんだが、人の思い出って奴は、楽しい思い出よりも、ちょっと人に話しにくい思い出の方が残るもんだ。


 小学生の頃は夏休みが楽しくて楽しくて、8月の終わるのを呪ったもんだ。


 だけどあの日、あの時の俺はまだ小学生だったけど、それまでの楽しいだけの夏休みとは違う、ちょっと忘れられない日があった。


   第 2 夜

    『Natsuの思い出』


 小学生最後の夏休み、宿題にはほとんど手を付けていない。


 母親は毎日顔を見ると宿題をしろと小言をくれたけど、わんぱく盛りの子供に、ちょっとした小言はなんの効力も示さなかった。


 だから宿題が出来ていないからと、どこにも連れて行ってもらえなくて、それでもお盆にお袋の田舎のじいちゃん家には、例年通り連れてきてくれた。


 ばあちゃんは俺が産まれて直ぐくらいに亡くなっていると聞いている。


 俺はこの年中行事を、毎年待ち遠しく思っていた。


 いつも五日間くらい過ごすんだけど、じいちゃん家は山間の小さな村で、遊び場所と言えば、山や川くらいしかなかった。


 俺は遊び相手をじいちゃん家の近所で見つけて、毎日夕暮れ時まで遊び回っていた。


 三年生の夏に俺はその子と出会った。

 初恋だったんだと思う。


 その子もまた夏休みに帰省する親に連れられて、田舎に遊びに来ている子だった。


 俺は胸の鼓動の正体を知ることもなく、とにかくその子と過ごすその五日間が、毎年の楽しみになっていた。


 だけどその六年生の夏、ちょっとした事件があった。






「それで?」


 時は流れて俺は高校生になっている。

 今俺の隣にいるのは、高校生になって直ぐに出来た彼女なのだが。


「その時はどうなったの?」


 そう、どう言った流れで俺ん家で、俺のアルバムを見る話になったのかは端折るとして、アルバムの中の写真に写った、あの子を見つけたこいつが喚き始めたんだ。


「だからその日は、地元の友達とは誰とも遊ぶことが出来なくて、その子と二人で、森で虫取りでもしようかって事になったのさ」


 六年生の夏、二人っきりになった俺の心臓は、爆発寸前だった。


 その日は前々から虫取りに行く約束だった、けど村の友達はみんな、急に学校でイベントがあるとか言って、そっちに行ってしまった。


 子供二人、授業ではないのだから、もしかしたら紛れ込むくらい、簡単だったのかも知れない。

 だけど俺達は、他所の学校に黙って入り込むことに躊躇した。


「二人っきり!? その子って佑ちゃんの初恋の人だったんでしょ? 好きになった子と二人っきり」


 確かこいつは俺と同い年のはずなんだけどな、なんだか近所のおばちゃんと話している気分だ。


 俺がうっかり初恋の相手だと零したら興味津々で、当初の目的だったレンタルビデオ鑑賞は、すっかり忘れ去られてしまっている。


「千麻よぉ、DVD見るんじゃあなかったのか?」

「そんなのあとあと、それでどうしたの?」


 まったく……。


「行ったよ。大きな虫をいっぱい捕って、他の奴らに自慢してやろうって、二人で」


 森の中にはその日が初めて入る訳ではなかった。初めてではなかったが、地元の友達抜きで入るのは初めてだった。


「よく知らないところに子供が入るもんじゃないな、虫取りに夢中になって迷子になって、雨まで降って来やがった」


 俺達は一際大きな木の下で雨宿りしていた。


 夏とは言え、濡れた肌は体温を失い、二人して震えだしたんだけど、思春期手前の男と女、お互いの体温で暖め合うこともできず、ずぶ濡れの中、やがて辺りは暗がりに包まれ出した。


「あの子は不安になって泣き出したんだ。俺も同じ気分だったけど、小学生でも、男の意地ってのは俺の中にもあったみたいだ。どうにか慰めてやれないかって、頭を悩ませたんだけど」


 勉強もせずに、走り回るくらいしか能のないガキに、気の利いた言葉なんて思い浮かぶはずもなく、焦りばかりが募っていった。


「そこで俺は口走っちまったのさ。お前は俺が守ってやるから泣くな。一生守ってやるから泣くな。ってな。バカだろ?」


「そんなことないよ。きっとその子、それまでもそうだったかも知れないけど、間違いなくその時の佑ちゃんのこと、好きになったはずだよ」


 確かにそんなこっ恥ずかしい事を口走った後だったけど、その子は泣きやんで、俺の手をずっと握って、涙を堪えてくれて、俺もホッとしたっけ。


「それじゃあ、それからもっと仲良くなったってわけ?」

「いや、やっぱり俺はバカなガキだったんだよ」


 俺は更に暗くなる森の中で不安になる、あの子の震えを手から、表情から、呼吸から感じて、帰り道を見つけてくるからと言って、怯えるあの子を置いて、森の中を宛もなく走り出した。


「雨で地面も濡れた、暗い、道も分からない所を走るもんじゃないな。俺は足を滑らせて谷底にまっしぐら」


「ウソ!? 佑ちゃんそこで死んじゃったの?」

「アホか」


 暗がりの中、転がり落ちた小学六年生は気を失った。

 次に気が付いた時には病院で、両親からはこっぴどく叱られた。


 子供が二人、森に入って戻らないことが大騒ぎになって、山狩りがあつて、あの子は直ぐに救出され、俺もどうにか見つけてもらって、九死に一生を得たのだった。


 応急処置や検査も済んで、俺は地元の病院に移された。


 病院を移る前に、一度だけあの子がお見舞いをしてくれたけど、お互いあまりにショックが大きすぎたようで、言葉を交わすことは出来なかった。


「それでも俺は、また次の夏には会えるって思っていたから、気にしなかったんだけど、その子は翌年も、その明くる年も、もうあれっきり田舎に来ることはなかったんだ」


 何があったのかは知らない。


 大人達は何か話していたけど、中学生になったとは言え、まだ子供扱いされている俺には、事情は教えてはもらえなかった。


「とまぁ、こういった話なんだよ。俺の初恋は自然消滅したってわけさ」

「ふーん……」


 自分から聞いてきといてなんだよ。それ?


「DVD、見るぞ」


 大きな問題はなかったと言っても、やっぱり心の傷ってもんは、簡単には無くなりそうもない。

 夏になるとやっぱりあの時のことを思い出す。






 再来年は大学受験、高2の夏ってのは、遊べる最後の休みであり、また大学受験を見越した勉強も大事になる季節でもある。


 俺は親の言いつけのまま、この辺りでは有名な塾の体験夏期講習を受けることになった。


 小六の夏以来、親には逆らえなくなっていたのもあるが、確かに今からしっかり勉強を始めるのも、必要かと感じていた。


「勉強付けになるのもやだけど、できれば現役合格して、浪人は避けたいからな」


 有名塾と言うだけあって、立派な施設を物珍しそうに眺めながら廊下を歩いていたら、聞き覚えのない声にふいに呼び止められた。


「祐介くんよね」


 果たして、こんな偶然が世の中にどれだけあるというのかは知らないが、思いがけない再会が、この夏に起こった。


「一美ちゃん?」


 小学生の夏の思い出にある面影、だけど女の子の五年間というのは、はっきりその子だと言い切れる自信を、俺に与えてはくれなかった。


「ちょっとショックだなぁ。私は直ぐに分かったのに」

「つまり俺はあの、ガキんちょだった頃のまんまって事か」


 ちょっと皮肉混じりに返したら、彼女は満面の笑みで「そんなことないよぉ」と返してくれた。


 授業を受ける席は各々自由。俺達は体験夏期講習を一緒に受けて、その後、夏期講習も一緒に申し込んだ。






 夏休みだって言うのに、宿題の他に勉強をするって言うのは、考えただけでもため息が出ちまうが、懐かしい顔と、苦行を共にすることが出来たお陰で、それなりに異議ある夏を乗り越える事ができた。


 今日で夏期講習も最後、お疲れさん会と称して、俺は一美ちゃんと二人、塾近くのファーストフード店で乾杯することにした。


「しかしそんなことがあったなんてな」


 あの夏のこと、何故あれから来なくなったのかを、今まで何度か聞いてみたりもしたが、中々話そうとしなかった彼女が、今日になってようやくその真相を語ってくれた。


「もうあの夏には家の中はメチャクチャになってたからね。私は一人で田舎に預けられていたの」


 あの田舎の家は、一美ちゃんのお父さんの実家らしく、六年生の時は離婚調停中だった彼女の両親は、その年は一緒にこれなかったらしい。


「両親の離婚後、私はどちらに付いて行くか、私に決めさせてくれたんだけど、私はお母さんを選んだの」


 お母さんに付いていけば、もうお父さんの実家には行けなくなると分かっていたが、その時はお父さんに付いていく気にはなれなかったそうだ。


「それよりもどうしてあの塾に? 確かお父さんと元の家で済むとしても、お母さんの実家に行くにしても、ここからだと随分遠いよね」


「私、来年受験したい大学がこっちの方で、こっちに親戚がいるから、あの塾にも通えるしで、高校はこっちにしたのよ。お母さんの弟に当たるおじさん家にお世話になってるの」


 なんか都合のいい話だけど、そのお陰でこうして再開できた訳だ。


 高2の夏と言うことで、今年の夏から塾通いをすることが決まっていたらしい。

 今後も塾通いは続けると言うことだ。


「祐介くんはどうするの? もし続けるんなら私も嬉しいな」

「えっ?」


 大きな波が俺の鼓動に押し寄せた。


「あの夏の事件の時、祐介くん私に告白してくれたよね。私もずっと前から祐介くんのこといいなぁって思っていて、あの時とっても嬉しくって。それは今でも……」


 あの夏の一美ちゃんの手の温もりが蘇る。


「私、祐介くんのお家がこの辺りだって、知ってた。中学生の間は一人では来れなかったし、親戚の家に遊びに来ておいて、祐介くんのお家を探す事も出来なかったけど、もしかしたら塾通いをして、街を歩いていたら、いつかは会えるんじゃないかって思ってた」


 そうか、この再会は強ち偶然ばかりという訳でもなかったのか。


「だから、あの、……その」


 俺は彼女に言わなければならないことがある。

 今、告白されて頭をよぎったのは、いつも隣にいる千麻の顔。おばさんみたいに人の初恋の話に食いつくあいつ。


「俺、彼女いるんだ」

「そう、なんだ……」


「うん」

「仲、いいの?」


「えっ?」

「だって、彼女いるって言われたからって、私の今までを簡単に忘れたり出来ないもの」


 ビックリした。こんな事を言う子だとは思わなかった。


 それとこんな風に言われて、悪い気がしないのも確かだった。だけど。


「仲いいよ。毎日楽しい。だから一美ちゃんも、もっと高校生活を楽しまなきゃ損だよ」


「そっか、そうだよね。うん、祐介くんとの思い出は思い出のままにするね」

 一美ちゃんは笑顔でそう言うと、立ち上がって「じゃあね」と言った。


 振り向く彼女の目に光る物を見た事は、この際見なかったことにしよう。追いかけたりしちゃあいけない。


 俺はその塾に入ることはしなかった。もしかしたら三年になって改めて入る事はあるかも知れないけど、今しばらくは高校生らしく遊べる時間を大切にしようと思う。


 今年また一つ、夏の思い出が出来た。


 人間の思い出ってのは、楽しい物よりも、ちょっと人に話しにくい事の方が心に残る。


 これから大人になっても、俺の中の小六の夏と、高2の夏は、忘れることの出来ない思い出となるだろう。

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