第 19 夜 『フォトジェニック・サンデー』
語り部 : 友下純樹
お相手 : 森永美樹
ちょっと気になる物があると直ぐに衝動買いする親父、今回もお袋に叱られていたのは、親父にはそんな趣味全くないのに、あんな高価な物を買ってきたから。
案の定、箱を開けて説明書を軽く見たら投げ出した。
勿体ないからと、こちらに回ってきたはいいけど、このまま寝かしてしまうのは宝の持ち腐れ。
ちょうど高校入学とも被る時期だし。
俺は思いきって、写真部に所属することにした。
第 19 夜
『フォトジェニック・サンデー』
うちの高校の写真部は、人数もそこそこにいて、活発に活動をしている意欲的な部で、今月末にある市の展覧会に参加するとかで、部員全員で持ち寄った写真から、部内選考して応募することになっている。
一年生だからって例外はない。
もちろん初心者でも参加することになっている。
俺は親父から譲り受けた一眼レフのレンズを磨きながら、一体何を撮ろうかと悩んでいた。
「風景や情景を撮る腕なんてないしな、やっぱり人物写真だよなぁ」
でも人物ったって、見知らぬ人を自然に撮るのも難しいだろうし、となると誰かモデルになってもらって撮ることになるけど。
「モデルを頼めるヤツかぁ……」
男なんて撮ってもしかたない。
でも女の子と言っても家族で言えば母親と、まだ小学5年生の妹くらい、中学の時の友達にお願いするのもなんだかなぁ。
となるとクラスメイトと言うことになるか。
「そうなると……、あいつしかいないかな」
まだ教室にいるかな?
ちょっと部活を抜け出して、今から頼みに行くとしよう。
善は急げと言うし、他の誰かに先を越されても困るし。
先輩に事情を説明して、部室を出て教室に向かう。
まだいるかな? あ、いたいた。
「え、モデル?」
遠回りするとどう説明すればいいのか分からなくなる。俺は単刀直入にお願いすることにした。
「ふーん、展覧会にねぇ。それで校内一の美人の私に声を掛けたって訳ね」
「いや、そうは言ってない。校内一のお調子者って言うんなら、間違いなくお前だろうけどな」
この春、入学式に教室で知り合って、何となくできたグループの中にいて、女子の中では一番仲良くなった森永美樹にモデルのお願いを申し込んだ。
「随分な言い草だなぁ~」
「あ、いや、……ダメかな?」
いつもの調子でツッコンじまった。
まずいまずい、今日はお願いをしに来たんだからな。
「いいよ、じゃあ今度の日曜日、自然公園にでも行こうよ。週間天気予報ではいい天気だって」
自然公園か、街中でカメラ構えるよりいいよな。
「それじゃあお昼食べたら、1時半頃に駅前で待ち合わせ、いいかな?」
「うん、いいよ。友下、遅れないでよぉ」
今度の日曜日か、ようし、どうせなら部内選考突破して、展覧会に張り出してもらおう。
日曜日は朝から雲一つない晴天。
遅れたら大変だから、お袋に言って11時頃から昼食を取り、忘れ物がないかのチェックを再度行う。
「いってきまぁ~す」
「純樹、これお茶代、モデルしてもらうんだろ? お礼ケーキぐらいごちそうしないと」
「はいよ。ありがとう母さん」
女の子にモデルを頼んだと知ったお袋は、もう興味津々、家に連れて来いって、ずっと五月蝿いの何の、別に連れて来るのはいいけど、突然モデルお願いして、さらに家にまで来てもらうのも悪いから、と言って黙らせた。
親として高校生になった一人息子に、彼女の一人でも紹介されたいんだろうな。
あんまり期待されても困るけど、そうだなお茶くらいはな。
遠慮なくお茶代をもらい、俺は駅に向かう。
「遅いよう、って、まだ5分前か、でも結構待ったんだよぉって、それは私が早めに来たからか」
相変わらずのハイテンションだな。顔を見た途端急発進しやがった。
「って、凄い荷物だな」
大きなキャリーバックを携えて、これからどこまで旅行に行くつもりだよ! と言う風体が気にかかる。
「ふふん、模様替えの衣装がいっぱい。モデルなんだからね。これくらいは当然だよ」
衣装か、なんかそこまでしてもらうと、却って申し訳なくなるな。
「でもそれどこで着替えるんだ?」
「自然公園だもん、トイレで着替えるわよ」
そうか、なるほどな。それにしてもお互い、私服で会うのは初めてだな。
「そのワンピ、いいな、似合ってるよ」
ほんのり薄化粧もしているみたいだ。
いつもと違う彼女を見たって感じで、うん悪い気しないな。
「ありがとう、それじゃあ行こうか」
「ああ」
いつも馬鹿話ばっかりしている相手だけど、こうしていつもと違う面を見ると、なんか照れくさくなってしまう。
公園内は子供連れがあちらこちら、先ずはバックに子供達を入れて撮ることにする。
ああしてくれとか、こうしてくれなんて、プランは全くない。と言うかまだ勉強が全然足りてない。
どうしてもらえばいいか分からないから、森永には自分なりに思うように動いてもらうことにした。
森永はゆっくりとした動作で、俺に分かりやすいシャッターチャンスを教えてくれる。
俺は単にシャッターを切るばかりで、こんなんじゃダメだな。次回があったらもっとリードできるようにならないとな。
「それじゃあ今度は、山の方に行ってみようよ。とその前に着替えてくるね」
思ってた以上にいい写真が撮れているよな。
まだまだ写真の事は分からないけど、こんなやり方でも写すって楽しいもんなんだな。
「お待たせぇ」
今度はTシャツにタンクトップ、フリルチェックのスカートに1分丈くらいのレギンスを履いている。
「いこっか?」
山と言うには、あまりにも標高の低い丘に向かって歩き出す。
俺から誘ったはずなのに、完全に主導権を握られてんな。
「それにしても森永、よくOKくれたよな。頼んでいてなんだけど」
「そりゃあ、……好きな人に頼まれたらねぇ」
思いもしない答えが返ってきた。……ああ、えーっと。
「リアクションすらなしですか?」
「あ、いや」
こいつは普段からおちゃらけてはいるが、ウソをついたりマジメな話をはぐらかしたりは絶対しない。
つまりこれは……。
「ごめん、いきなりすぎて、俺の答えってのは、直ぐには出せないよ」
「ああ、そっか……。い、いきなりごめんから入るから、ダメなのかと思ったけど、そう、だよね。急すぎるよね」
耳の先まで赤くなっている。うつむき加減で照れ臭そうにしている様がそそられる。
俺は所々でシャッターを切り、枚数はドンドンと増えていく。
「なぁ森永、その理由って、聞いてもいいかな」
「うわ、面と向かって、なんて恥ずかしいことを聞くんだ、君は?」
「あ、いや、だって俺、お前に好意を抱いてもらえるようなこと、何かしたのかなって」
悪い印象を与えた事はない自信はあるが、特別になれるだけのことをした覚えはない。
「うんとね。私って空気読まないところあるでしょ」
「読めないんじゃなくて、あえて読まないんだけどな」
静かな空気や緊張した空気が苦手で、つい場にそぐわない事をしてしまうって、自分でもいつも言っている。
「私がみんなから引かれるようなことがあっても、友下ってちゃんとフォローしてくれたり、方向修正してくれたり、色々気を遣ってくれるじゃない? お陰で私は自爆せずにいれるんだなって、君と一緒なら私は全力の自分を出せるんだって」
バランスの取れた間柄ってヤツだな。
俺だって誰彼構わず突っ込みができる訳じゃない。そう言う意味では、森永とはフィーリングが合っているってことになるんだろう。
そりゃあ友達として、日々楽しい学校生活を一緒に送っているんだから、好きか嫌いかで言えば、絶対的に好きの部類にはいるのだが、特別な存在としてはどうなんだろう?
「さぁ、撮影会、どんどんいってみよう」
「お前、元気だな」
「だって、大好きな人と一緒なんだもん」
今の一枚、これなら展覧会まで行けるんじゃないだろうか?
俺も真剣に考えないとな。少し時間もらって。
撮影会は滞りなく終了。
「これって、自分で現像とかってするの?」
「はは、確かに先輩の中には、印画紙と現像液をこよなく愛している人もいるけど、これはデジカメだからな、パソコンに取り込んで、ちょっとズルかもしれないけど、補正してプリントアウトするんだよ」
「自分でするの? 画像修正って」
「ああ、俺ってどっちかって言うと、カメラよりそっちの方が向いているっぽいからな」
それこそ親父の影響なんだけど、パソコンは小さい頃から弄っている。
カメラのことはまだ全然分からなくっても、それなりの写真を残せる自信はある。
「へぇ、どんな風にするんだろ。見てみたいな」
お袋の顔が浮かんでくる。連れて来いって言ってたよな。
「それじゃあ今日の写真選別するの、手伝ってもらおうかな」
話の流れで唐突に家まで来てもらうことになり、途中お菓子を買って我が家へと。
見たこともない笑顔で出迎えてくれる母妹、邪魔はしないようにと念を押して部屋に入る。
「わぁ、こんな部屋なんだ。割と片付いてるね」
「どんな部屋を想像してたんだ……」
あんまり突っ込みすぎて、遅くなっても大変なので、ほどほどに。
直ぐにパソコンを起ち上げて写真を取り込み、画像処理ソフトを起動する。
「……、それでこの座標に設定したぼかしに影を乗っけて、こうすると輪郭がほら、引き立つだろ」
「本当だぁ、友下って器用だねぇ。これなら多少失敗した写真でもきれいに直してもらえそう」
「おいおい、こういうのって結構手間かかるんだからな。あんまり失敗を前提で、話をされても困るぞ」
展覧会用の写真は直ぐに決まった。
俺がこれならと思ったあの写真、森永もそれを一押ししてくれた。
写真も決まり雑談を始めた俺の部屋に、入れ替わり立ち替わり、我が母と妹はお茶だのお菓子だの持ってきて、終いには夕飯まで誘い、気が付けば結構な時間。
夜の一人歩きは危険だから、俺は彼女の家まで送っていくことにした。
「それじゃあ、選考されれば来月頭には、あの写真がババンと大きく展示されるんだね」
「選ばれればね」
「あれなら、間違いないよ。私が保証する」
「自分で言うかね。でもまぁ、俺もあれは今日一だと思うし、いける自信はあるよ」
先ずは部内選考からだけど、そっちは全然問題ないと思う。
「それじゃあ、また」
「ああ、本当に助かったよ。また明日」
「じゃあね」
さて、帰って今日の写真の整理と補正をやらないと。
写真は決まっても、他の写真も本当にいい物ばかりだった。
ちゃんとアルバム作って整理しないとな。
「……ねぇ」
「あん?」
翌月の展覧会、俺は森下と一緒に公民館まで見に来ていた。
「これはどういう事なのかな?」
俺達の学校の写真部のための展示ブロック、先輩達の風景写真や情景、人物写真などが並んでいる。
一年生の部は左端、選ばれたのは2作品。
俺の写真は選ばれなかった。
「この写真もいいけど、絶対ひいき目なしに、私たちの写真の方が良かったよね」
「あーっと、それは、だな……」
不満そうな彼女の顔をまっすぐに見ることができず、冷や汗混じりに頬をかく。
「さぁ、男らしくシャンと言ってごらん」
「あれは使わなかったんだ。俺が出したのは、最初に子供達がいっぱい遊んでいるところで撮ったヤツ」
それでもいけると思ったんだけど、結果としては選ばれなかったんだよな。
「なんで使わなかったの?」
怒るよなそりゃあ、あの時一緒に選んだのに、勝手に取りやめたんだから。
「怒らないから正直に」
「あれは俺のための取って置きにしたから、人には見せたくなくって……」
「えぇっと、えっ? それって……」
あの撮影会からしばらく、俺の心の整理は簡単についた。いや、考えるまでもなかった。
「これからも二人だけの取って置き、増やせていけたらいいな」
「う、うん♪」
俺の専属モデルは、あの取って置きに負けないくらいの笑顔を、俺に向けてくれた。