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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
17/102

第 17 夜   『すてい at home』

語り部 : 関西真人カンゼイマサト

お相手 : 城之内美保ジョウノウチミホ

 人気アーティスト『SUTERA』の、新作限定CDを買うつもりだった金をうっかり使ってしまい、初回特典版DVDを手に入れようと思っていたのに、本当に残念だ。


「それなら持ってるよ」


 交際4ヶ月目の彼女が、「見たい?」と聞いてくれたので、即答で「CDと一緒に貸して」と言った。


 今から彼女の家に取りに行く。


 何だろう、ちょっと上機嫌に思える彼女の鼻歌が、耳に心地良い。


 それあの新曲?



   第 17 夜

    『すてい at home』


 彼女の鼻歌は続いた。


 俺がまだ聞いたことがないと知って、『SUTERA』の新曲を謳ってくれたのだ。


 まだ歌詞を覚えていないというのが残念だけど、やっぱりいいな。早く聞きたい。


「ただいまぁ」

「おじゃましまぁ~す」


 あれ? 専業主婦だって聞いている彼女のお母さんの声が、聞こえてこない。


「美保さん? お母さん今日は?」


「う~ん? いないよう。同窓会でお泊まりなの。お父さんはいつも日が変わる前だし、お姉ちゃんも大学のサークルで旅行に行ってるし、今日は家には誰もいなぁ~い」


 そうなんだ? なんだろう、一気にドキドキしてきたぞ。


 玄関でCDを借りて、すぐに出て行くだけなのに、妙に緊張してしまうよ。


「真人くん、上がってぇ」

「えっ?」


 誰もいない彼女の家に上がるって……?


 美保とは高校二年にして同じクラスになり、友達になって2ヶ月目に俺から告白した。


 彼女には交際に関して、いろんな計画があって、この四ヶ月でもいろんな小さなイベントを行ってきた。


 メルヘンの中にいる彼女には、一高校男児が頭に抱く妄想を、1ピースも当てはめることはできない。


 この家の中に二人っきりというシチュエーションだって、単に特典画像を見に来ただけと思ってるんだろう。


「いや、家の人が留守の時に上がるのも何だし、CDとDVDさえ貸してくれたら」


「だって、私が買ったのってブルーレイディスクの方だよ。真人くん家って、DVDしかないでしょ?」


 ああ、なんだそれで上がれって言ってるのか。やっぱり他意はないよな。


 導かれたのは彼女の部屋、男兄弟の中で育った俺は、お袋以外の女の人の部屋なんて、婆ちゃんの家くらいしか覚えがない。


 妙に動悸が激しくなってきた。


 ああ、いい匂いだな。男の部屋とは大違いだ。


「ごめんね。ちょっと着替えてくるからCDでも聞いておいて」


 おお、これが新アルバムか。

 新曲が2曲入った7曲。


「これを聞いていろって言われても、……落ち着かん」


 あまり良くはないのかもしれないけど、自然と部屋の隅々にまで目が向いてしまう。


 ベッドの頭元、フォトスタンドには俺とのツーショット写真、なんかこれ一つで赤面してしまう。


 あれ、勉強机の上、DIARYって書いてある。あいつの日記か?


 やばい、普段の俺なら多分気にならない。でも二人っきりというキーワードが頭から外れないからか、手が伸びてしまうのを止めることができない。


 美保遅いな、彼女は階下に降りていったのは分かっている。

 階段を上がってくる音がまだ聞こえてこない。

 早く来てくれ、理性が押さえきれない。






「おまたせぇ」


「おう、CDは一緒に聞こうと思ってさ、マンガ読ませてもらってるよ」


「あ、うん、それ面白いよね。ごめんね待たせちゃって、ちょっとシャワー浴びてたからさ」


 手には飲み物とスナック菓子、時間がかかったのは、そう言うことだったのか。


 なんとか自分の理性に打ち勝って、日記を開くことのなかった俺は、後ろめたさなしに彼女を待つことができた。


「って、それ部屋着?」


「へへ、可愛いでしょ」


 って、ホットパンツとノースリーブのシャツって、無防備にもほどがあるだろうに。まだしっとり濡れた髪もちょっとあれだし……。


「ス、『SUTERA』の特典見ようぜ」


 ヤバヤバだよ。なんかもうどこに目線をやっていいのかも分かんなくて、テレビに迎えれば大丈夫だと思い、再生を促した。


「特典なのに結構盛りだくさんなんだよ。対談とかもゲストがすっごいの」


 少し興奮気味にディスクをプレイヤーにセットすると、美保は彼女のベッド前に座る、俺の隣に腰を下ろした。


 シャワー浴びてきたって言ってたっけ、いい匂いだ。


 火照った体温を感じるくらいの距離に座り、彼女はリモコンの再生ボタンを押した。


 言葉を交わすことなく、映像に集中する。

 いや、美保は集中しているかもしれないけど、俺は全く内容が入ってこない。


 彼女が動くたび、聞こえてくる衣擦れや、淡い吐息までもが気になってしまう。


 『SUTERA』の初回特典を楽しみに来たのに、彼女がテレビの中で何を語っているのか、しっかり聞こうとするのに……ダメだ。


 そんな状態で32分、エンドロールが流れている。

 永遠のようであり、あっと言う間であった時が過ぎた。


「ねっ、これ良かったでしょ! 真人くんもブルーレイプレイヤー買いなよ。もっとジックリ見てみたいでしょ」


 確かに一度借りて、一から見直さないと、これじゃあ話もできないよ。兄ちゃんのゲーム使わせてくれないかな? あいつケチ臭いから、無理かな?


「ねぇ、アイス食べる? お母さんが買ってきた分だけど」

「いいの? じゃあもらおうかな」


 そう言って立ち上がろうとする彼女が、前屈みの姿勢になる。


 こういった行動もなんの警戒なしにやってしまう。彼女が俺をまだ男として見てない証拠だな。


 俺はチラっとのぞけた胸元の内側の白いインナーが見えただけでもう、混乱してしまいそうになる。


「下行こう」

「う、うん」


 それがいい。これ以上ここにいたら、彼女に嫌われるようなことをしでかしかねない。


 リビングの長ソファーで待っていると、器に移したバニラアイスを持って、彼女が現れた。


 ソファーはテーブル越しに向こう側にも一人用の物があるのに、美保はわざわざ俺の隣に座る。


「おいしいでしょ、ここのアイス」


 と言われても、普段あまりこういった物食べないしな。ソフトクリームとかは食べるけどそんな物と比べていいのか分からないけど、かなり味が濃厚で、なのに甘さはあっさりで美味い。


「本当に美味いな」

「でしょ、でしょ」


 おいしいアイスのお陰か、少し落ち着いてきた。


 その後も暫く雑談を交わし、日が完全に落ちた頃、俺は帰ることにした。


「それじゃあCD借りていくよ。でも本当にいいの? 買ったばかりなのに」


「うん、もう音楽プレイヤーに入れてあるから、気にしないで」


「では遠慮なく、それじゃあまた明日」


 玄関を開けて外に出ようとする。


「あ、ちょっと真人くん」


 彼女に呼び止められて振り返る。


「あっ……」


 頬に感じた暖かさと柔らかさ。


「美保?」

「真人くん、男の子なんだから、こういうのは、そっちからリードして欲しいな」


 って、あれ? もしかして今日の一連の流れって、美保の特有の天然じゃなく? あれ?


「私だってそう言う気分になることもあるんだよ。あっ、でも普段から、むやみやたらにってのはNGだからね。ちゃんとムードとか考えてね」


 そう言うことを求められても俺、そう言う空気読めないの知ってるだろうに。


「じゃあまた明日ね」


 今度は口にソフトキッスをくれる。


「じゃあね」


 俺は多分これからも彼女の信号に気づけず、怒られるかもしれないけれど、できることならずっと、長く一緒にいられるように、できる限りの努力をしていこう。

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