第 16 夜 『懐思の君』
語り部 : 湯川啓吾
お相手 : 佐竹茜
盛立役 : 松居裕哉
佐竹英二
「通学中に?」
「いや、向こうは違うと思う。私服だったし、学生カバンっぽいものも持ってなかったし、でも同い年くらいに見えたんだけどな」
「私服校で、置き勉常習犯じゃないのか?」
「学校に行くにしては、コーディネイトに気合い入ってたし、昨日までは見たこともなかったから、たまたまだったのかもなぁ」
今日初めて見たはずなのに忘れられない、きっとマジマジ眺めていた。
バスの中で俺は挙動不審な行動を取っていたことになる。
「幼く見えて大学生とか社会人とか」
その線は……、あり得るか?
第 16 夜
『懐思の君』
先週に見かけたあの子、思い返せば返すほど、鮮明さは増していき、街中でちょっと似た子を見かけては、顔を見てしまうようになっていた。
「もうほとんど病気だな? その時だけで、あれから一度もバスでは見ないんだろ?」
「うん、時間帯ずらしてみたけど、全然だった。俺が乗る時間帯には乗らないのか、あの日だけたまたまだったのかな、やっぱり」
結局縁がなかったんだろうな。
でもただ可愛いと思っただけなのに、こんなに記憶に残るもんなんだろうか?
「お、今日は我が母校と下校時刻がかぶったんだな」
「あん、ああ試験中だからな、今日は俺ら科目少なかったからさ、中学も中間なんだろ?」
懐かしい制服が列をなしている。
(あ、あれ?)
「どうした、啓吾?」
いきなり立ち止まる俺に、眉をひそめやがった。
「裕哉、いた」
「いた、って何が?」
「あの子、なんで中学の制服なんて着てるんだ?」
「あん、どれ?」
俺達の母校の制服は、男のはよく見る黒のブレザーだけど、女の子の制服は割と特徴的で、他所の学校とも違う、直ぐに見分けが付くデザインだった。
って事はあの子は、間違いなく俺達の後輩って事になる。
「どの子だよ?」
「あの三人組、真ん中の子」
女の子が三人、談笑しながら歩いている。
「あれって、茜ちゃんじゃないか、本当にあの子なのか?」
茜ちゃん?
「裕哉、知ってんの?」
「なに呆けてんだよ。佐竹先輩の妹だよ」
佐竹って、ハンドボール部の先輩だった佐竹英二先輩のことか、妹って、あの?
「先輩の家に遊びに行ったとき会ってるだろ? それに茜ちゃんとは一個違いだから、去年まで同じ学舎にいたんだぜ」
いかん、彼女のことは先輩家に行ったときのことしか覚えてないぞ。
それにしてもあの時彼女は小六だった。今は中三ってことか。
俺は古い記憶を呼び戻す。
「あぁ、確かにそうだ……」
より一層可愛くなったな。あの頃も可愛かったけど。
「良かったじゃんか、相手が分かって。まぁ、彼女を忘れてたなんて、どうかとも思うけどな」
「どういう意味だよ」
「それも忘れたのか? お前彼女にラブレターもらったことあるだろ?」
ラブレター? 俺が?
「いつの事だよ」
「いつって、お前本当に覚えてないの?」
覚えるも何も、俺は中学時代一度足りとラブレターなんてもらったことがない。
「って、あれ? だってお前の下駄箱に……、あっ!」
「なんだよ」
突然一人で悶えはじめやがった。
「なんなんだよ、一体?」
「啓吾、俺達親友だよな」
「なんだよ藪から棒に」
「親友のお茶目なやっかみぐらい、水に流せるよな」
「だから何やったんだよ」
こいつのこんな態度は珍しくない。
本当にろくでもないことをやらかしたときに取る態度だ。
「俺、茜ちゃんには卒業の時に謝ったんだけど、お前に言うの忘れてたんだよな。あの時はただ悔しかっただけなんだよ。許してくれ」
自白する悪友の放った内容は、呆れるを通り越して殺意を覚えるものだった。
こいつは中学2年のある日、俺の下駄箱にいたずらしようとして下校前に空けたそこに、自分が入れようとしていたのとは違うラブレターを発見した。
中身までは見なかったが、名前を確認して驚いたそうだ。自分も何気に茜ちゃんを狙っていたらしいから。
そこで出来心だったと言うが、本当のところは今更追求してもしょうがない。自分のいたずらレターとすり替えて、そのまま本物を持ち帰り、机の中にしまってしまったと言う。
「結局そのまま言い出せなくてさ、卒業式に茜ちゃんに事情を説明して返したんだ。お前はもう帰った後だった」
そんな事があったのか。
「許してくれ、本当に俺」
「反省してんだろ? つか、それだけの事しておいて、今まで忘れてたよな確実に! ……まぁいいか、彼女にはちゃんと謝ってるって言うんなら、俺から言うことはないよ」
それよりかなりややこしい事になってしまったな。
彼女がなんで俺に好意を抱いてくれたのか分からないけど、彼女の想いを踏みにじってから一年以上、俺のこの想いは、昔馴染みを見つけて懐かしんでいる。訳ないな。
(今から俺が告って、彼女は受け入れてくれるんだろうか?)
明日の試験勉強もしないといけないのに、俺はベッドに横になって自分の右手の平を眺めていた。
「啓吾、お客さん、女の子」
お袋が呼びに来た。そういや呼び鈴が鳴ってたな。
「はい、お待たせしました」
玄関まで出た俺は、もう本当にビックリしてしまった。
先日バスで見た顔と、小学生だった頃の顔が蘇る。
「茜ちゃん」
「今晩は、湯川先輩、お久しぶりです」
視線を感じる。お袋だ。
俺達は近くの公園に行くことにした。
「どうかした?」
「いえ、松居先輩から電話もらって、全部聞きました」
頬を朱に染めた笑顔は、俺に向けられている。
「先輩、これ受け取ってください」
少し古ぼけてしまった封筒、差出人は彼女、宛名は俺の名前だった。
「私、先輩達の卒業式に真相を知って、どうにかしなきゃって思ってたんです。それで今年一年頑張って、先輩達の行った学校に入ろうと思って」
そして新しく手紙を書いてくれるつもりでいたらしい。
「後、これも聞いたんですけど、先輩この間、私が中学の創立記念日に高校の下見に行ったとき、バスの中で見たんですよね。私はずっと本読んでて気が付きませんでしたけど」
そうか、あの日は中学の創立記念日だったっけ。
「私のこと、思い出してもらえなかったって、ひどくありません?」
「ああ、いや、それは……」
「ダメです。許してあげません。罰として私がちゃんと先輩の高校に受かるように、ちゃんと勉強教えてください」
それから彼女は勉強を名目に、家に来るようになった。
彼女の成績なら、うちの高校くらい楽勝なことは直ぐに分かった。
「他の理由で良かったのにな……」
お茶会のような勉強会は、お袋がニヤケ顔で何度も部屋を出入りする、なんとも居心地の悪い会だし、そろそろ勘弁して欲しい。