第 15 夜 『平Hey!凡Bomb!!』
語り部 : 百瀬志穂
お相手 : 近江恒世
「僕とつき合ってください」
「はい?」
放課後の図書館、二人の声が隅々まで伝わっていきます。
今日はまだ誰もいない。つまりここには私の目の前にいる、この人と二人だけ。
ってことは今のは、私に向けて言われた事なのでしょうか?
第 15 夜
『平Hey!凡Bomb!!』
高校二年生、図書委員で文芸部に所属する、目立った特徴のない、平々凡々な毎日を送っていました。
「ちょっと、あれ」
「えー、あの噂本当だったの?」
メガネの向こうには、こちらをチラチラと覗き見る好奇の目線。
彼女たちが見ているのは、私ではありません。
厳密には私も含めてなんですが、皆さんが見ているのは、今私の隣にいる人なんです。
「百瀬さん、どうかした?」
「あ、いいえ、なんでもありません。それより近江くん、これからどこに行くんですか? 言われた通りに予定は空けてありますけど」
近江恒世くんはこの高校で一番の有名人です。
この地方では名前の通ったお家の人で、何より整ったお顔立ちとスマートなスタイルが、女の子達の注目を集めてしまうのです。
「あの、それで今日はどちらへ?」
「うん、今度の校内ダンスパーティー用の衣装なんかを揃えに行こうと思ってね」
校内ダンスパーティーかぁ、私には無縁のイベントなんですよねぇ。
って、去年は思ったんですけど。
「百瀬さんの好きな色は何?」
近江君は私を伴って、参加させるつもりのようです。
「あ、あの私……」
「何色?」
「あ、ピンクと白です」
私はこの交際そのものをお断りするつもりで、その実まだOKもしていないんですけど、なぜかこの数日間は彼と一緒にいまして、「ごめんなさい」を言えるチャンスはずっとあるのに、なかなか言えずにいるんです。
そう言えば近頃はこんな毎日を過ごしているんですが……。
クラスルームでのことなんですけど、近江くんから告白を受けた話は、あっと言う間に拡がっていて、休み時間毎に、いろんな方から声を掛けられることになりまして。
「あなたなの!? 恒世君からコクられたのって?」
「えっ?」
それは三年生の、割と校内の誰もが知っているような、目立つタイプの先輩女子の方でした。
「あ、はい、……私です」
自分の席で新書の単行本を読んでいた、私の目の前に仁王立ちされて、腕組みをした姿勢が睨んでいるようにも見えました。
「本当にあなたなの? 彼の好みのタイプがあなた? ああ、そうなの」
見るからに。っていう目線を、私の全身を這わせてくれます。
予想はしてましたけど、実際にこうされると厳しいですね。
その後も根掘り葉掘り、私のプライベートに関する質問をされたりと、嫌がらせ……と言えるほどの事はありませんが、好奇の色が濃く、息の詰まる思いをしました。
それからというもの、取っ替え引っ替え、多くの方々が押し寄せては、同じような事を繰り返し、もうかなりの疲労が溜まっています。
私たちが入ったのは、一高校生には縁のないはずの高級洋服店。
「あの、本当にここなんですか?」
「うん、そうだよ。ここは僕の叔母が経営している店なんだよ」
なるほど、親戚の方のお店ですか。って。
「えーっ!?」
まさかもうご家族の方にも。私のことを話していらっしゃるんでしょうか?
「あのあの」
「ああ、落ち着いて、叔母は口の堅い人だから、僕が女の子を連れてきたって、騒いだりしないから」
なんで私の言いたいことが分かるのか、彼は慌てる私を宥めるかのように、笑顔で安心させてくれました。
「いらっしゃい恒ちゃん」
接客してくださる叔母様は、想定以上の美人な方でした。
「なるほどね。だったら私にチョイスさせてもらっていいかな? 彼女を見違えてみせるから」
一体私の身に何が起こっているのでしょうか?
ここはお洋服を買うお店であるはずなのに、髪型のセットや、メイクまでしていただいて、出されたドレスを試着させてもらいました。
「どう?」
これが私なんですか? こういうのって物語なんかでは見たりもしますが、本当にこんな風になれるんですね。
「気に入った?」
「あ、はい、このドレスも凄く可愛いし、こんな風にメイクしていただいて、我ながら驚きです」
「でも残念なのは、そのメガネね。そのメガネも可愛いんだけど、今のこの衣装にはちょっと合わないかなって。コンタクトとかにできればいいんだけど、さすがにここじゃあ無理だから」
確かにちょっとこのメガネはなぁって、そこが本当に残念なんですけど、でも本当にこの鏡に映っているのが私とは思えません。
でもこんなオシャレなドレス、一体いくらするんでしょう。
「それじゃあこれでいいかな、おばさんお願いします」
「はいはい♪」
「あの、でも私そんな高そうなものを買うにも、そのお小遣いが……」
「気にしないで、今日誕生日でしょ、パーティー用でもあるんだし、プレゼントだと思って受け取ってよ」
私の誕生日まで知っていてくれて、パーティーの事も思えば、これではお断りません。
結局私は、諸々をお断りすることもできぬまま、校内ダンスパーティーの日を迎えることとなりました。
うちの学校は名家のご子息が数多く集まるため、毎月いろんな催しが行われます。
このダンスパーティーもその一環なんですけど、私のような一般生徒はあまり参加する事はありません。女性との中には、誰かから誘われることを、心待ちにしている人もいます。
私はできれば、このような華やいだステージとは、無縁である方がいいのですけれど……。
「百瀬さん準備できた?」
「近江くん……」
「どうかした?」
まだ着替えようともせず、自分の席にいる私を見て、近江くんは心配してくれて……。
どうしよう? やっぱり言わなきゃ、私なんかをなぜって。
「近江くん、なんで私のことそんなに、なんで私なんですか?」
「えっ? ……あぁ!」
私の真剣な面持ちで、言葉足らずの私の心境を読み取ってくれた彼は、私の前の席に座りました。
「百瀬さんは僕のことどう思う?」
「えっ? えーっと、きれいな方で立ち居振る舞いも優雅で、……だけど笑っているのにどことなく寂しそうな人だなって……はっ!? ス、スミマセン!」
「いいよ、謝らないで。本当のことだと思うから」
彼はちょっと待っててと言って、教室を出て行き、数秒の後に戻ってきました。
「これ、誰だか分かる?」
出されたのは一枚の写真。一人の男の子が写っている。
「この子、近江くんですよね」
丸刈りでも気品を感じる。
とても活発そうで、もの凄く魅力的な自然な笑顔をしています。
「この頃の僕は家の事とか、父の会社の事とか気にせずにいられた時代でね。本当に毎日が楽しかった」
彼はご長男で、いつかお父様の会社に入り、勉強して幹部、行く末は会社を継ぐことになるらしいです。
それで高校生になった近江くんは、それまでのように、気ままな日々を送れなくなったというのです。
「友人といても家を意識しなくちゃならなくなって、昔の友達とも徐々に疎遠になり、僕の人生のレールは終着駅まで決められている」
クラスメイトといる時でさえ、気を遣って過ごさなくちゃならない日々が、少しだけ重荷なのだそうです。
私のことを知ったのは、図書館にいるときのこと。
うちの学校はあまり校内図書に興味のある人がおらず、毎日数えるほどの人しか利用しません。
そんな環境だから、ついつい私は気を緩めてしまって……。
「百瀬さん、よく本を読んで泣いたり笑ったり、時には怒ったりしてるでしょ。本であんな風に感情を表に出せる人って、どれだけ自分に正直に生きてるんだろうな。って興味が沸いちゃって」
そして想いを告げてくださった。まさか泣いたり怒ったりしているところまで、しっかり見られていたなんて、ああなんて恥ずかしい。
「百瀬さん、ずっと僕に断る方法を考えていたでしょ」
「えっ、あの、その」
「僕も伊達に君のことを見ていた訳じゃない。君が断ろうとしていることも直ぐに分かったし、君が切り出せないように、こっちのペースに乗せるようなこともした。ごめんね」
「ああ、いえ……」
昔からよく言われてましたから。志穂はすぐに顔に出るって。
「改めて言うよ。君のことが好きです。僕とダンスを踊ってください」
こんなにも澄んだ清らかさを感じる目で、力強く訴えかけられた私は、ダンスパーティーの出席を承諾しました。
着替えに女子更衣室に行くと、入った途端に参加者の女の子達が全員、こっちをまじまじと見てきます。
きっとまだ「なんでこんな子が」と思われている。けど今度は勢いではなく、自分の意志で動いているのです。
私は自信はまだ持てないけど、近江くんが、恒世くんがくれたドレスを握りしめて、大きく息を吸い込みました。
校内ダンスパーティーなので、流石にメイクをするわけにはいかず、髪型もいつものように後ろで一本に結んだ、あまりこのドレスには合っていないいつものメガネ姿で、どことなく違和感のあるままに会場へと向かいます。
あちらこちらからヒソヒソ声が、ドレス負けしている私のことを笑っているのが聞こえます。
「緊張してるの?」
少し違うのですが、どことなくオドオドしている私に、優しく恒世くんが話掛けてくれます。
「志穂ちゃん、ちょっといい?」
「えっ?」
彼の手が伸びてきて、私のメガネを取りました。
「あの、前が……」
「大丈夫、僕に捕まって、そうしていれば周りを気にしなくて済むでしょ?」
確かに周りの目を気にすることはないというか、気にしている余裕がなくなり、でも変わりにはっきり見えない不安が……。
私は恒世くんの腕にしがみつきました。
「それからこれも外すね」
そう言うと、私の髪を一本に結っていた髪留めを外しました。
「そ、それは外すと!」
私はひどい癖っ毛で、束ねていないと波打って、まとまりが付かなくなるんです。
「あの、あの」
「え、あれって誰?」
相手は確認できませんが、私に向けられていることが分かる声が、あちらこちらから聞こえてきます。
「うそ、百瀬さん!?」
「へぇー、意外といいんじゃない? 百瀬ってこういう一面もあるんだ」
「パーマ当てたの? ウェーブがかかって可愛い」
本当に私のことを言っているの?
「百瀬さん、自信持って、会場に着いたよ」
彼が満面の笑みを浮かべています。ぼんやりとしか見えないけど、今の彼は心からの笑顔を私に向けてくれているって分かります。
今度お母さんに言って、コンタクトを作ってもらおう、私のドレス姿を見て喜ぶ彼の姿をしっかり見たいですから。