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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
15/102

第 15 夜   『平Hey!凡Bomb!!』

語り部 : 百瀬志穂モモセシホ

お相手 : 近江恒世オウミコウセ

「僕とつき合ってください」

「はい?」


 放課後の図書館、二人の声が隅々まで伝わっていきます。


 今日はまだ誰もいない。つまりここには私の目の前にいる、この人と二人だけ。


 ってことは今のは、私に向けて言われた事なのでしょうか?



   第 15 夜

    『平Hey!凡Bomb!!』


 高校二年生、図書委員で文芸部に所属する、目立った特徴のない、平々凡々な毎日を送っていました。


「ちょっと、あれ」

「えー、あの噂本当だったの?」


 メガネの向こうには、こちらをチラチラと覗き見る好奇の目線。

 彼女たちが見ているのは、私ではありません。


 厳密には私も含めてなんですが、皆さんが見ているのは、今私の隣にいる人なんです。


「百瀬さん、どうかした?」


「あ、いいえ、なんでもありません。それより近江くん、これからどこに行くんですか? 言われた通りに予定は空けてありますけど」


 近江恒世くんはこの高校で一番の有名人です。


 この地方では名前の通ったお家の人で、何より整ったお顔立ちとスマートなスタイルが、女の子達の注目を集めてしまうのです。


「あの、それで今日はどちらへ?」


「うん、今度の校内ダンスパーティー用の衣装なんかを揃えに行こうと思ってね」


 校内ダンスパーティーかぁ、私には無縁のイベントなんですよねぇ。


 って、去年は思ったんですけど。


「百瀬さんの好きな色は何?」


 近江君は私を伴って、参加させるつもりのようです。


「あ、あの私……」


「何色?」


「あ、ピンクと白です」


 私はこの交際そのものをお断りするつもりで、その実まだOKもしていないんですけど、なぜかこの数日間は彼と一緒にいまして、「ごめんなさい」を言えるチャンスはずっとあるのに、なかなか言えずにいるんです。


 そう言えば近頃はこんな毎日を過ごしているんですが……。






 クラスルームでのことなんですけど、近江くんから告白を受けた話は、あっと言う間に拡がっていて、休み時間毎に、いろんな方から声を掛けられることになりまして。


「あなたなの!? 恒世君からコクられたのって?」


「えっ?」


 それは三年生の、割と校内の誰もが知っているような、目立つタイプの先輩女子の方でした。


「あ、はい、……私です」


 自分の席で新書の単行本を読んでいた、私の目の前に仁王立ちされて、腕組みをした姿勢が睨んでいるようにも見えました。


「本当にあなたなの? 彼の好みのタイプがあなた? ああ、そうなの」


 見るからに。っていう目線を、私の全身を這わせてくれます。


 予想はしてましたけど、実際にこうされると厳しいですね。


 その後も根掘り葉掘り、私のプライベートに関する質問をされたりと、嫌がらせ……と言えるほどの事はありませんが、好奇の色が濃く、息の詰まる思いをしました。


 それからというもの、取っ替え引っ替え、多くの方々が押し寄せては、同じような事を繰り返し、もうかなりの疲労が溜まっています。






 私たちが入ったのは、一高校生には縁のないはずの高級洋服店。


「あの、本当にここなんですか?」


「うん、そうだよ。ここは僕の叔母が経営している店なんだよ」


 なるほど、親戚の方のお店ですか。って。


「えーっ!?」


 まさかもうご家族の方にも。私のことを話していらっしゃるんでしょうか?


「あのあの」

「ああ、落ち着いて、叔母は口の堅い人だから、僕が女の子を連れてきたって、騒いだりしないから」


 なんで私の言いたいことが分かるのか、彼は慌てる私を宥めるかのように、笑顔で安心させてくれました。


「いらっしゃい恒ちゃん」


 接客してくださる叔母様は、想定以上の美人な方でした。


「なるほどね。だったら私にチョイスさせてもらっていいかな? 彼女を見違えてみせるから」


 一体私の身に何が起こっているのでしょうか?


 ここはお洋服を買うお店であるはずなのに、髪型のセットや、メイクまでしていただいて、出されたドレスを試着させてもらいました。


「どう?」


 これが私なんですか? こういうのって物語なんかでは見たりもしますが、本当にこんな風になれるんですね。


「気に入った?」


「あ、はい、このドレスも凄く可愛いし、こんな風にメイクしていただいて、我ながら驚きです」


「でも残念なのは、そのメガネね。そのメガネも可愛いんだけど、今のこの衣装にはちょっと合わないかなって。コンタクトとかにできればいいんだけど、さすがにここじゃあ無理だから」


 確かにちょっとこのメガネはなぁって、そこが本当に残念なんですけど、でも本当にこの鏡に映っているのが私とは思えません。


 でもこんなオシャレなドレス、一体いくらするんでしょう。


「それじゃあこれでいいかな、おばさんお願いします」


「はいはい♪」


「あの、でも私そんな高そうなものを買うにも、そのお小遣いが……」


「気にしないで、今日誕生日でしょ、パーティー用でもあるんだし、プレゼントだと思って受け取ってよ」


 私の誕生日まで知っていてくれて、パーティーの事も思えば、これではお断りません。


 結局私は、諸々をお断りすることもできぬまま、校内ダンスパーティーの日を迎えることとなりました。






 うちの学校は名家のご子息が数多く集まるため、毎月いろんな催しが行われます。


 このダンスパーティーもその一環なんですけど、私のような一般生徒はあまり参加する事はありません。女性との中には、誰かから誘われることを、心待ちにしている人もいます。


 私はできれば、このような華やいだステージとは、無縁である方がいいのですけれど……。


「百瀬さん準備できた?」


「近江くん……」

「どうかした?」


 まだ着替えようともせず、自分の席にいる私を見て、近江くんは心配してくれて……。


 どうしよう? やっぱり言わなきゃ、私なんかをなぜって。


「近江くん、なんで私のことそんなに、なんで私なんですか?」


「えっ? ……あぁ!」


 私の真剣な面持ちで、言葉足らずの私の心境を読み取ってくれた彼は、私の前の席に座りました。


「百瀬さんは僕のことどう思う?」


「えっ? えーっと、きれいな方で立ち居振る舞いも優雅で、……だけど笑っているのにどことなく寂しそうな人だなって……はっ!? ス、スミマセン!」


「いいよ、謝らないで。本当のことだと思うから」


 彼はちょっと待っててと言って、教室を出て行き、数秒の後に戻ってきました。


「これ、誰だか分かる?」


 出されたのは一枚の写真。一人の男の子が写っている。


「この子、近江くんですよね」


 丸刈りでも気品を感じる。


 とても活発そうで、もの凄く魅力的な自然な笑顔をしています。


「この頃の僕は家の事とか、父の会社の事とか気にせずにいられた時代でね。本当に毎日が楽しかった」


 彼はご長男で、いつかお父様の会社に入り、勉強して幹部、行く末は会社を継ぐことになるらしいです。


 それで高校生になった近江くんは、それまでのように、気ままな日々を送れなくなったというのです。


「友人といても家を意識しなくちゃならなくなって、昔の友達とも徐々に疎遠になり、僕の人生のレールは終着駅まで決められている」


 クラスメイトといる時でさえ、気を遣って過ごさなくちゃならない日々が、少しだけ重荷なのだそうです。


 私のことを知ったのは、図書館にいるときのこと。


 うちの学校はあまり校内図書に興味のある人がおらず、毎日数えるほどの人しか利用しません。


 そんな環境だから、ついつい私は気を緩めてしまって……。


「百瀬さん、よく本を読んで泣いたり笑ったり、時には怒ったりしてるでしょ。本であんな風に感情を表に出せる人って、どれだけ自分に正直に生きてるんだろうな。って興味が沸いちゃって」


 そして想いを告げてくださった。まさか泣いたり怒ったりしているところまで、しっかり見られていたなんて、ああなんて恥ずかしい。


「百瀬さん、ずっと僕に断る方法を考えていたでしょ」


「えっ、あの、その」


「僕も伊達に君のことを見ていた訳じゃない。君が断ろうとしていることも直ぐに分かったし、君が切り出せないように、こっちのペースに乗せるようなこともした。ごめんね」


「ああ、いえ……」


 昔からよく言われてましたから。志穂はすぐに顔に出るって。


「改めて言うよ。君のことが好きです。僕とダンスを踊ってください」


 こんなにも澄んだ清らかさを感じる目で、力強く訴えかけられた私は、ダンスパーティーの出席を承諾しました。


 着替えに女子更衣室に行くと、入った途端に参加者の女の子達が全員、こっちをまじまじと見てきます。


 きっとまだ「なんでこんな子が」と思われている。けど今度は勢いではなく、自分の意志で動いているのです。


 私は自信はまだ持てないけど、近江くんが、恒世くんがくれたドレスを握りしめて、大きく息を吸い込みました。






 校内ダンスパーティーなので、流石にメイクをするわけにはいかず、髪型もいつものように後ろで一本に結んだ、あまりこのドレスには合っていないいつものメガネ姿で、どことなく違和感のあるままに会場へと向かいます。


 あちらこちらからヒソヒソ声が、ドレス負けしている私のことを笑っているのが聞こえます。


「緊張してるの?」


 少し違うのですが、どことなくオドオドしている私に、優しく恒世くんが話掛けてくれます。


「志穂ちゃん、ちょっといい?」

「えっ?」


 彼の手が伸びてきて、私のメガネを取りました。


「あの、前が……」

「大丈夫、僕に捕まって、そうしていれば周りを気にしなくて済むでしょ?」


 確かに周りの目を気にすることはないというか、気にしている余裕がなくなり、でも変わりにはっきり見えない不安が……。


 私は恒世くんの腕にしがみつきました。


「それからこれも外すね」


 そう言うと、私の髪を一本に結っていた髪留めを外しました。


「そ、それは外すと!」


 私はひどい癖っ毛で、束ねていないと波打って、まとまりが付かなくなるんです。


「あの、あの」

「え、あれって誰?」


 相手は確認できませんが、私に向けられていることが分かる声が、あちらこちらから聞こえてきます。


「うそ、百瀬さん!?」


「へぇー、意外といいんじゃない? 百瀬ってこういう一面もあるんだ」


「パーマ当てたの? ウェーブがかかって可愛い」


 本当に私のことを言っているの?


「百瀬さん、自信持って、会場に着いたよ」


 彼が満面の笑みを浮かべています。ぼんやりとしか見えないけど、今の彼は心からの笑顔を私に向けてくれているって分かります。


 今度お母さんに言って、コンタクトを作ってもらおう、私のドレス姿を見て喜ぶ彼の姿をしっかり見たいですから。

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