第 14 夜 『心の隙間』
語り部 : 鮎沢咲羅
お相手 : 谷口隆也
盛立役 : 新沼雄
荒川ミンク(くんちゃん)
「タカちゃん帰ろう」
「咲羅か? わりぃ、今日は京子ちゃんとお茶して帰るから先帰っててぇ」
「うん、分かった……」
今日も一人かぁ。
第 14 夜
『心の隙間』
お昼ご飯を食べ終わり、お弁当箱をカバンに入れたところで、タカちゃんが教室に入ってきた。
「えぇー、もう弁当食べ終わったの? しょうがないパンでも買いに行くか、今からじゃああんまりいいのは残ってないだろうけど」
タカちゃんのクラスは4限目体育だったっけ、それにしても授業の後、どこに寄り道してたらこんな時間になるの? お昼休みあと10分じゃん。
てか、今の口調だと、私のお弁当を狙ってたのか?
「タカちゃんのお弁当もあるよ。おばさんが渡してくれたの、タカちゃんお弁当忘れて行ったって」
朝、いつものように迎えに行ったら、既に家を出た後だった。
各休み時間にも、タカちゃんのクラスを覗きに行ったけど、ずっといないまま。
「もしかして今登校したの?」
大急ぎでお弁当をかき込むタカちゃんに、お茶を出してあげて、もしかしたらと思って聞いてみた。
「ああ、用事があるからって、学校に電話入れて、午前中抜けたんだ」
タカちゃんがそんなに早起きまでして、行くところって?
「もしかして何かの発売日?」
「そうそう、メーカーSHOPオンリーの限定商品で、今朝5時に出て行ったんだけど、買えなかったぁ」
なるほど、お弁当は忘れたのじゃなくて、まだできる前に出て行ってしまっていたのか。
「行き先、おばさんにだけでも言っておいた方がいいよ。心配してたし」
「朝飯も抜いたからなぁ。ふぅ、落ち着いたぁ」
「今日も誰かと約束してる?」
「いいや、今日は予定なし」
「そう、じゃあ放課後、教室まで迎えに行くね」
「おう!」
食べ終わったお弁当箱を持たずに立ち上がり走り去った。タカちゃん、これ私が持って帰るの?
「咲羅ぁ、谷口のヤツ、一回シメた方がいいんじゃない。日に日に増長してない?」
「くんちゃん、そうでもないと思うよ。あれでタカちゃんもちゃんと私のこと大事にしてくれるし」
「でもだからって、あんな浮気癖の強いヤツ、私だったら絞首刑ものだね」
そこまで言わなくてもいいのに。
「浮気癖って、別に私たちつき合ったりしてないし、だから浮気も何もないよ」
私とタカちゃんはずっとご近所さんで、生まれた時から一緒に育ってきたみたいなもんだから、自然に一緒にいる時間が増えただけだし。
「私があいつの立場なら、咲羅を目一杯かわいがるのになぁ。こんなに可愛い子が側にいて、あいつは何が不服なんだ」
可愛いって言うのは、私の身長のことだろうか? 147センチメートルしかないから。
186センチあるタカちゃんからしたら、まるっきり子供なんだろうな。
人気者のタカちゃんが、いろんな女の子に誘われるのも無理からぬものだし、くんちゃんが言うところの不服ってのも、いろいろ心当たりがあるってもんだよ。
放課後、タカちゃんのクラスまでやってきた。
「あれ、いないや。……あのー、谷口隆也くんどこ行ったか知りませんか?」
「谷口? さてどこ行ったっけ、誰か知ってるか?」
クラスの男の子に声を掛けて聞いてみたんだけど、誰もタカちゃんの行き先を知らないようだった。
「君、鮎沢咲羅さん? 谷口探してるんだよね」
外から入ってきた男の子が、私を見て寄ってきてくれた。
タカちゃんの事を知っているみたいだ。
「あいつ、C組の千堂さんと帰ることになったから、君のこと見かけたら言っておいて。って言われてさ」
今日もかぁ~。
正直言えば、もっと構って欲しい。
いつも一緒で、何をするにも一緒だったから、一人だと何をすればいいのかが分からない。
「帰りに本屋さんにでも寄ろうかな」
正門に向かう。あちこちからクラブ活動の、活気づいた声が飛び交っている。
私もいまからでも、どこかのクラブに入ろうかな。
「鮎沢さん」
「はい?」
ボーッと考え事をしながら歩いている私に、誰かが声を掛けてきた。
この人って、先輩だよね。えーっと、誰だっけ?
「俺、2年B組の新沼って言うんだけど」
新沼先輩? ああ、吹奏楽部の。
春の体育祭でブラスバンド演奏の最前列にいた。クラブ紹介でMCをしていた人だ。
「突然呼び止めてごめん」
「ああ、いえいえ」
なんの用だろう? 声を掛けられたのはいいけど、その後の言葉が続かない。
「どうかされました?」
「いや、あの、これ読んで」
手紙?
「それじゃあ、また」
あ、行っちゃった。何だったんだろう?
これを読めって言ってたな。
「これって、……ラブレター?」
内容から言って、間違いないだろうな。誰宛だろうってのは、呆けすぎだよね。
こんなのもらったの初めてだぁ~。
「どう見てもラブレターだね」
どうすればいいのか分からなくて、くんちゃんに受け取った手紙を見てもらった。
やっぱり誰の目から見てもラブレターか。
「ど、ど、ど、どうしよう?」
「どうしようもなにも、咲羅は一応フリーなんだし、いいんじゃない? たまには他の男と遊ぶのも」
そんな無責任な。
他の男の子と二人っきりで何かするなんて、想像もつかないよ。
返事は急がなくてもいい。って書いてくれているから、暫く考えることにしたけど、いくら考えても答えが出せない。
「タカちゃんに聞いてみようかな」
「谷口にはまだ言ってないんだ」
「言わなきゃダメかな?」
「ダメって事はないでしょ、あいつだって好き勝手してるんだし、第一あんた達つき合ってる訳じゃないんでしょ?」
ああそうか、答えが出せないんなら、タカちゃんみたいにするのもありかな?
「くんちゃん、私先輩のところ行ってくる。もしタカちゃんが来たら、直ぐ戻るからって言っておいて」
とにかくやってみよう。そうすれば何か見えてくるはずだよね。
一昨日、新沼先輩のところに行って返事をし、教室に戻るとみっちゃんから「谷口に説明したら、なんか知らないけど慌てて飛び出して行っちゃった」と言われた。
昨日もタカちゃんの顔を見ていない。
校内にはいるみたいだったけど、目撃情報はもういろいろすぎて、私は捕まえることができなかった。
今日も放課後まで彼の姿を見ていない。
もしかして避けられているのかな?
彼の教室を覗いてもやっぱりいない。
諦めて帰ろうかとした時だった。
「咲羅!」
「タカちゃん」
なんだか汗だくになって、いつもきれいにセットしてる髪も乱れて、シャツも、ってこれはいつもだらしなく着てたっけ。
「どうかした?」
「お前、二年の新沼ってのにラブレターもらったんだって?」
「ああ、うん、そう」
その事を話そうと思っていたのに、タカちゃんどこにもいなかったんだもん。
「返事したんだろ?」
「うん、なかなか答え出せなかったんだけど、タカちゃんみたいにしてみるのもいいかなとか考……」
「俺! 他の女の子と遊ぶのやめるから」
「えっ?」
私の言葉の上から被さった大きな声、何言ってんだろう?
「もっとお前のこと大事にするから」
「タカちゃん?」
「俺はこんなだけど、やっぱお前がいないとダメだわ。この先はどうか分かんないけど、今は」
「あのね、タカちゃん、タカちゃんみたいにって考えたみたんだけど、そんなのやっぱり出来そうもないし、新沼先輩にはお断りの返事をしたの。私はあまり構ってもらえなくても、タカちゃん以外の男の人と何かするって、なんか想像付かないの。この先はどうか分かんないけど、今は……」
よく見たら引っかき傷や叩かれた手形、噛まれた跡みたいのも付いている。
「それ、女の子達に?」
「え、えーっと、ははっ、格好悪いな俺」
「そんなことないよ。けどそうだなぁ、今度タカちゃんが他の子と遊んでたら、私も引っ掻いてみようかな」
「お、おい、勘弁してくれよ。これからはもっとマジメにするからさ」
ふふ、だってもう想像しちゃったから、私だけを大切にしてくれるタカちゃんを。
「ねぇ、これって男女交際の申し込み、なのかな?」
「ああ……、そ、そんなの言わなくても、空気読めるだろ?」
「えぇー、だって、ちゃんとタカちゃんの言葉で聞きたいじゃない?」
「勘弁しろよ。……これって引っぱたかれるよりキツイよな」
ふふっ、この後、目一杯照れながらも、ちゃんと言葉にしてくれた。
これからは昔みたいに、いっぱいいっぱい一緒に遊ぶんだ。楽しみだなぁ。