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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
102/102

最 終 夜   『SUTERA』

語り部 : 北島珊利キタジマサンリ

お相手 : 滝窪亮タキクボリョウ


盛立役 : リム

 父は日本人、母はスコットランド人、ハーフとして生まれた私は日本人だった。


 けれど母方の祖父が私にスコットランド人の名前を付けてくれた。


 今の私はその名前を使って、仕事をしている。



   最 終 夜

    『SUTERA』


 ラジオの収録を終えて、帰宅したのは夜も11時。


 一人暮らしの部屋は、灯りも点っていない。


 玄関に施錠して、リビングのソファーにとりあえず腰を下ろして一息つく。


「おかえりなさぁ~い」


「ただいまリムちゃん」


 一人暮らしの部屋に小さな女の子が一人、彼女は今年の春先に家のベランダに空から振ってきた。


 いや、落ちてきただな。


 お腹を空かせて目を回していた。


 その時に聞かされた彼女の正体は夢前案内人。


 本人曰く “バク” であるらしい。


「今日も集められたの? 恋心?」


 夢を食べると言われる幻の生物、悪夢を食べたり、人の恋心を食べて恋する気持ちを無くさせたりとかって、どこかで聞いた事があるけど、実際の彼女たちは、人の見る夢を観察して集めているだけで、夢を消したりはしない。


 なぜそんな事をしているのか、それは……教えてくれない。


 これは私の憶測だけど、たぶんリムは知らないんじゃあないかな。


「ほら、もうこんなに集まったんだよ。でね、一度帰って報告しようと思ってるんだ」


「帰るの?」


「一度ね。だって私、まだまだ見習いだから、もっとこっちで勉強しないといけないし、ほら100の心が集まったんだよ」


「ホントだ。……うん? リムちゃん、これ101あるね」


「ほへ? ……だ、大丈夫大丈夫、私はまだまだ見習いだもん。多いのはいい事だよ」


 ずっと一人暮らしをしてきたけど、ひょんな事で始まった彼女との生活はとても楽しかった。


「それで、またこっちに戻ってきたら、またお世話になってもいい?」


「もちろん」


 できたらずっと、一緒に過ごせたら、どれだけ楽しいだろう。


「そう言えば、すてらちゃんって、恋してる? まだ私、すてらちゃんの恋心見せてもらってないよ」


「私は、見せて上げられるような恋は、今はしてない」


「今はって事は、今じゃない時には恋してたんだよね」


 そりゃあ私にだって、恋をしていた時はある。


 それはそう、今から4年前の事だ。






 私達は高校1年生だった。


 私と彼は音楽が好きで、歌うのが好きで、よく二人で歌っていた。


 彼のギターが好きだった。


 彼の作る歌が好きだった。


 二人で音楽の世界で生きていこうと語っていた。


 だけどそんなに世の中は甘くない。


 なんて判らないほどに、私達はまだ幼かった。


 音楽オーディションに、二人で作ったオリジナル曲のデモテープを送っては、将来について語り合った。


 そんなある日、一通の手紙が送られてきた。


「これって、この間出したオーディションのだよね」


「そうだよ。今日の昼に届いたんだって」


 彼の名前で応募した音楽オーディション、その合否がかかれた封筒、私達は並んで中身を確認した。


 中には私達のオリジナル曲を収録したデモテープが入っていた。


 またダメだったのだ。


「そんなに簡単にはいかないね」


 だけどなんでだろう? ソースは還さないって応募要項に、注意書きが書いてあったのに。


「いや、ちょっとまて」


 その時に彼が何かを見つけた。


「なに?」


「これ見てみろよ、ほら、ここ」


 言われるままに、彼が指さす辺りを読んでみる。


「これ、私の事?」


 通知の中には、今回の楽曲は不合格になった事が書かれていた。


 それについての説明文は特になかったけど、私の目にしたのはあまりにもビックリする一文だった。


「私、歌手になれるって……」


 テープに入った私の声を聞いた、某有名な音楽プロディーサーが気に入ってくれたと書いてある。


「これって、本物かな? 本物なのかな」


 ちょっと興奮気味になる私、だったんだけど、彼があまり喜んでくれていない様子なのに気付いて、もう一度書面を読み直す。


「これって、なんで?」


「なんでもなにも、ここには北島珊利の名前しかない。つまり向こうが欲しいのは珊利の歌声って事だろ? 俺の歌には興味がないんだよ」


 そんなのあんまりだ。あの歌は彼が初めて作った、私のために作ってくれたバースデーソング。


 世界に一つだけの大切な歌。


「な、なに迷う事があるんだよ? こんなチャンス、お前ならいつでも手に入れられるかもしれないけど、こんな大物の目に掛かるなんて、すごいじゃないか」


 それはそうなのかもしれない。


「けど……」


「小さい頃からの夢だろ? 珊利は大好きな歌の世界で、いろんな人に自分の歌声を聞いてもらうんだろ?」


 そうだけど……。


「一人じゃあ意味無いよ。もう私の夢は私だけの物じゃあないもの」


「ダメだよ。俺はお前の足枷になりたくない」


「えっ?」


「お前がそう言ってくれるのはすごく嬉しいけど、このままじゃあ俺がいるから夢が叶えられない。そんな風に考えちまう」


「そんなことあるわけ……」


「あるだろ? 現にそうなんだよ」


 無情にも私が手にしている書状には、確かにそう書かれている。


「だけど……」


「だから! ……先に行っててくれないか? この先何年かかるか判らないけど、いつかきっと追いつくから」


「……わかった。きっとだよ。絶対に夢を諦めないで、必ずいつか一緒に曲を奏でようね」


 そう誓いを立てて、私は上京した。






「それで? その彼とは、それっきり会ってないの?」


「会ってるよ。滅多には会えないけど、オフをもらって田舎に帰った時には。それに今もメールの交換もしてるし、たまになら電話でも話してる」


「へぇ~、だけどなんで? すてらちゃんから恋の香りがしないの、そんなにステキな恋をしてるのに」


「う~ん、確かにあの頃は恋をしてたんだけどね。結局告白すら出来なかったし、この4年間は夢を叶える事に精一杯で。第一彼は私の事、音楽のパートナーくらいにしか想ってなかったと思うし」


「えーっ、なんで? すてらちゃんこんなに可愛いし、性格もいいのに」


「ふふっ、ありがと。だけど少なくともあの頃の私達は、お互いを意識し合うよりも、夢の実現の方が大事だったから」


 だから私は自分の心にフタをして、ずっと気付かないフリをしてきたんだ。


「ぶーっ、どうかしてるよその彼氏。……でもいいや、帰ってきたら今度こそ、すてらちゃんの恋のお話、聞かせてね。それじゃあ、行くね」


 そう言ったリムちゃんは、すっと消えるようにして姿が見えなくなった。


 一人用の部屋なのに、彼女がいないと広く感じてしまう。


「さぁ、明日も早いんだし、寝よう寝よう」


 彼が夢を叶えた時、少なくとも私はこの業界に生き残っていないといけない。


 幸いな事に今はまだ、多くのファンのみんなに支えられて、頑張れている。


 地元の大学に進学した彼からの吉報を待ち望み、今は自分の出来る事を一生懸命に。






 最近よく耳にする歌がある。


 インディーズの、まだ名前も売り込まれていないような人の曲なんだけど、ある人気ドラマの主題歌に使われて、NET上での反響も大きい、甘く切ないメロディーがどことなく懐かしい。


 きっとこれは彼の曲に違いない。


 そう思ったけど、聞こえてくる歌声は彼の物とは似ても似つかないものだった。


「マネージャー、今日のお仕事? この歌を歌っている人も出るんでしたよね。確か俳優の……」


「うん、そうだよ。ドラマの主役をしてるんだっけ? なんか面白い裏話が出るらしいよ。その番組に君は、急遽入院したレギュラーのピンチヒッターとして出るんだ」


 今日は人気のバラエティーへの出演が今朝になって決まって、スケジュールの調整に負われているマネージャーは電話を離せない。


 その電話の合間に聞いたのだけれど、その面白い事について聞こうと思ったら、また電話が掛かってきて、それ以上は聞けなかった。


 番組は大御所の芸人さんが司会をするトークバラエティー。そのゲストとして、あの曲のシンガーソングライターも出る事になっている。


 私は出演者の方々の楽屋を順々に挨拶に回り、最後にその人の部屋を訪れた。


「おはようございます!」


「あっ、おはようございま……」


「初めましてSUTERAです。今日はどうぞよろしくお願いします。……って、今の声?」


 私は聞き覚えのある声に、振り返ったその人の顔を確認した。


「亮ちゃん? なんでここに亮ちゃんがいるの!?」


 彼だ! 一緒に夢を語った滝窪亮がそこにいた。


「ああいや、それはこっちも驚きなんだけど、今日の出演者の名前に上がってなかったのに」


「いやだって、私は今朝になって、入院したレギュラー出演者の代理で呼ばれただけだから」


「そ、そうか……」


「そんなことより、何であんたがここにいるの?」


「ああ、いやまぁその、簡単に言えば、俺の作った曲がインディーズでヒットして、それを買ってくれたレコード会社が、ドラマで使いたいとかで、その主役の人が歌ってくれて」


 そう、そのドラマで流れた曲を初めて聴いて、これは亮の歌じゃないのかと思って、でも歌っているのは、そのドラマの主人公役の俳優さんで。


「作詞作曲者名、あんたの名前じゃあなかったよね」


「いや、その、俺……、出来れば自分で歌えるようになるまで黙ってようと思って、その……ビックリさせようと」


 そうか、さっき渡された台本、あのドラマの曲の、紹介の覧が白紙になっていたのは。


「司会の人の発案で、作者の紹介をすることになってるんだ。そこで俺は初めて、俺の曲としてこの歌を歌える事になってる」


 そうだったんだ。


「もう、そんな大事な事、なんでもっと早くに教えてくれなかったの? 本当にビックリしたじゃあない」


「いや、この歌でようやく掴めたんだ。その成果を実感してから、君には伝えたかったから」


「この曲、私にくれた曲のアレンジだよね」


「ああ、よく分かったね。かなり弄って、原曲とは似ても似つかなくなってしまったのに」


「うん、なんとなくね」


 大学に通いながら、地元で歌い続けてきたこの曲を、ネット上で見つけて聴いてくれたスカウトマンに声を掛けられて、そこからとんとん拍子で話は進み、ドラマで起用される事が決まった。


 ただデビュー前の新人ではなく、主役が歌う事で、話題作りをすると言う事で、今までは表だって言えなかったのだそうだ。


「ようやくスタートラインだ。これでやっと君に言える」

「なにを?」


「一緒に夢を叶えたら言うつもりだった。今や人気絶頂中の君に言う事じゃあないかもしれないけど、俺なんて直ぐに消えてしまうかもしれないし、だから今言っておきたい」


 遠くでスタッフさんの「本番で~す」と言う声が聞こえてくる。


「あの頃からずっと君の事が好きだった。迷惑だったら聞き流してくれてもいい。ただ伝えたかった」


「あっ……」


 私も想いを伝えなきゃ、そう思った。


 だけどその時、楽屋の扉が開いて、スタッフさんが声をかけにきたせいで、その時にはなにも言えなかった。


 その後直ぐにスタジオ入りし、番組収録を終え、だけど私は彼にもう一度挨拶に行く事も出来ず、急いで次の仕事に向かわされた。


 今日も仕事終わりは深夜となり、もう今から電話するのも失礼だろう。


 答えは明日にして、とにかく今日も疲れた。


「おかえりぃ」


「えっ? リムちゃん、もう帰ったの?」


「うん、だって報告だけだもん。それにすてらちゃん寂しがってるかなと思って」


「うんうん、寂しかったよぉ」


 このいつも元気なバクのおかげで、私は少しだけ疲れを忘れる事が出来た。


「すんすん、あっ! すてらちゃんから恋の香りがする。ねぇ、なにかあったの?」


 私から恋の香り?


 そうか、やっぱりそうなんだ。


「うん、いい事あったよ。私なんかの恋心でよかったら集めてくれる?」


「もちろん、よろこんで!」


 明日もまた早い、さっさと寝ないといけないのに、少し元気を取り戻した私は、今日の出来事を彼女に言い聞かせた。


 後日、電話でその想いを彼にも伝えた。


 彼は照れ臭そうに、「ありがとう」と言ってくれた。

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