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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
101/102

第101夜   『二次元のような恋』

語り部 : 根岸和也ネギシカズヤ

お相手 : 広沢真実弥ヒロサワマミヤ


盛立役 : 広沢玲子ヒロサワレイコ

      大友敏哉オオトモトシヤ

      飯沼健イイヌマタケシ

 単身赴任中の親父がケガをして入院をした。


 ケガそのものは大したことはなかったんだけど、すこし弱気になった親父は、お袋を家に帰そうとしなかった。


 予定では後1年、得意先への出向は続くらしく、一人っ子の俺は、一人では広すぎる実家に一人暮らしをすることとなった。



   第101夜

    『二次元のような恋』


 俺の食事の世話はお隣の広沢家にお願いされている。


 朝晩の二食も、お昼のお弁当もお世話になりっぱなし。


 しかも朝の弱い俺は、毎朝、広沢家の長女に起こしてもらっている。


 朝、夢の中、階段を駆け上がってくる足音を遠くに感じながら、なかなかはっきりとはしない頭にはあいつの顔が浮かんでいる。


「おーい、和く~ん、そろそろ起きないと遅刻しちゃうよぉ」


「おー、真実弥、おはよう……」


「って、二度寝はダメだって」


 起きられなくなるから、早く寝ないといけない。


 と思っていても、いろんな誘惑を振り切れず、毎晩なかなか早寝が出来ない。


 結果、俺は毎朝のように、このお隣の同級生に起こしてもらっているというわけだ。


「もう高校生にもなって! いつになったら、さっと起きられるようになるの?」


「起こし方に問題あるんじゃあないか?」


「じゃあどういう起こし方なら、起きるって言うのよ?」


「そりゃあやっぱりここは、寝覚めの口吻だな」


「えっ? キ、キス……」


 俺はもう完全に目を覚ましているけど、なんだか変わった空気に包まれたので、起きるに起きれなくなる。


「キスしたら……、本当に起きる?」


「うん、起きる起きる。だから熱いヤツを一つ頼む」


 そう言うと真実弥が近づいてくる。


 吐息が顔にかかるほどの至近距離。


 もう一歩というところで、電話が鳴った。


『おーい、和也、さっさと起きろよ。もう朝飯できてんぞぉ』


 朝から気怠そうな声で、真実弥が起こしてくれる。だけど……。


「今、いい夢見てたのに」


『あーん? 知るかよ、うんなの。……んで、どんな夢だよ?』


「お前がキスで起こしてくれる夢」


『がっ!? いいからしょうもない夢見てないで、とっとと起きてこい!』


 俺にとってはくだらなくないのだけれど、冷たくあしらわれて、電話は切られた。


「しょうがない、起きるとするか」


 俺はさっさと支度して、隣の広沢家へと向かった。


 隣へは玄関から出入りしたりしない。


 勝手口から勝手口へ、塀一枚に戸が一つ、庭づたいに行き来が出来る。


「おはようございま~す」


「おはよう、和くん。今日も元気ね」


 広沢家の主婦、玲子さんが笑顔で迎え入れてくれる。


 それに対し……。


「やっと来たか、エロ高校生」


 親子とは思えない傍若無人な態度で、クラスメイトはムスッとした顔でこちらを一瞥した。


「こら真実ちゃん、そんな態度とらないの。ささ、食べましょ」


 ほぼ毎日同じような光景で始まる朝の食卓。


 朝からしっかりお腹を膨らませ、お弁当を頂く。


「いってきまぁす」


 そして二人で登校。を、真実弥はあまりしたがらない。


 いつも俺が先に広沢家を出て、3分ほど遅れてから、出てくるのだけど、なぜか今日は俺の隣に並んで歩いている。


「なぁ、せめて俺の部屋まで来て、直接起こしてくれないか?」


「なんで私がそんな面倒な事、しないといけないんだよ?」


「だって、せっかくのゲームみたいなシチュエーションだぜ。なかなかないぜ、こんな状況」


 今時じゃあ使い古されていて、なかなかお目に掛からなくなったシチュエーションを実体験してるのだ。


 この状況を楽しみたい。常々そう考えている。


「バーカ、ゲームのしすぎだ。ちったぁ現実的になれよ。それよりせっかく高校生になったんだ。そろそろ空手部に入る気になれよ」


「またそれ? だから俺はビジュアル研の活動で忙しいから」


 ビジュアル研究部は、平たく言えばマンガ倶楽部で、マンガやアニメを題材に、創作をしたり、批判をして書評をまとめる活動をしている。


「別にそこを辞めろとか言ってねぇだろ、掛け持ちでいいからさ。ビジュ研の方は一日5分ほどで済ませて、それからこっち来ればいいじゃんか」


 5分でどんな活動をすればいいってんだ。


「そうだなぁ。だったら真実弥がもっとお淑やかに、綺麗な女の子言葉を喋れるようになったら考えるよ」


「ぐっ、こいつ! なんて卑怯な交換条件を……」


 こいつがなんでこんな粗暴な口調で話すのか、それには訳がある。


 俺達は子供の頃、同じ空手道場に通っていた。


 豪快な性格で近所でも有名な先生の道場で、しかもほとんど子供なんていない、実践向け空手の道場だった。


 と言っても子供が全くいない訳ではなく、こいつ以外にも女の子はいたんだけれど、真実弥は俺と一緒にどちらかと言うと、大人寄りに稽古を受けていた。


 健康の為に通っている程度の大人と、同じ扱いをされていた。


 おかげでメキメキと上達し、空手大会では年齢別の部で、いい成績を二人とも収めていた。


「最後まで私はお前に、一勝も出来なかったんだぜ。勝ち逃げなんてしないで、なっ?」


「勝ち逃げって、俺は中学生になったから辞めただけだろ? 逃げた訳じゃあないよ」


「ったくよ、中学の時も空手部はあったのに、いくら誘っても入いらねぇし、高校に入ったら入ったで、訳分かんねぇ文化部に入りやがるし」


 つまり俺はずっと前に、空手を卒業しているんだ。


 今からまた始めたって、ずっと続けている真実弥の、足下にも及ぶはずもない。


「だから一から教えてやるって言ってるだろ? お前なら直ぐに勘を取り戻すって」


 今朝はやけにしつこく食い下がってくるなぁ。


「じゃあ口調を直して、朝、俺を優しくキスで起こしてくれたら入ってやるよ」


 こんな態度を示すこいつだけど、中身は少女そのもの、こういう切り返しをしたら。


「ばっ!? もういい!!」


 怒って先に走っていった。


 これで今回はこれまでだな






「お前、なんで広沢みたいのがいいの? やっぱ幼馴染みシチュに憧れてんの?」


「そんなんじゃあないよ。あいつああ見えて、すっげー可愛いからさ」


「へぇ、そんなもんかねぇ、校内でも有名な姉御だぜ? 想像つかねぇな」


 同じビジュ研で同じクラスの大友敏哉には、俺の気持ちが知られている。


 春先に新入学早々に同じクラスの女の子から、なぜか告白を受けた俺は、その想いを受け入れずに断った。


 その話をどこからか仕入れてきたこいつに攻め寄られて、本心を吐いてしまったことがある。


「小学校高学年でさ、あの道場で同じレベルの練習生ってあんまりいなくて、あいつとは一緒によく組み手とかしてたんだけど、思春期を迎えて、俺は変にあいつを女として意識するようになっちゃって」


「おお、いいじゃんそのシチュエーション。悪くないぜ。なるほどな、幼馴染みが、タダのお隣さんでなくなったって訳か」


 そんで小学校卒業を機に、あいつには相談なしで、勝手に道場を辞めた俺を、あいつは裏切り者と罵った。


 挙げ句は完全無視された次期もある。


 俺は完全に告白の機会を失った。


「だけど空手への復帰をずっと望んできてるんだろ? それに答えてやれば上手いこと、いい環境が整うんじゃあねぇの?」


「それこそ有名な話さ。あいつの空手バカ一代っぷりは、女三四郎も顔負けだよ」


 そんな真実弥だから、告白してくるヤツもいないし、見ていれば、あいつから好きになった相手もいないだろうというのも判るし、俺は安心して幼馴染みを満喫できるんだけど、どうしても告白に繋げる事が出来なかった。






 しかし、そんな悠長に構えてられない事象が発生した。


「和……、待ってたよ」


 あれから数日、ここ毎日割と熱心に勧誘活動を続けてきた真実弥は、行きだけでなく帰りにも、俺を待ち伏せて、空手部入りを迫ってくるようになっていた。


「あのね、今日は空手部の話じゃあないんだけど、聞いて欲しいことがあって」


 今日はなんだか様子がおかしかった。


「なに?」


「うーんと、私、こういう事初めてだから、誰に相談していいか分からなくて、和ならこう言うのにも詳しいかなって思って」


 勿体ぶった言い方で、なかなか本題に入らない。

 こんな態度は珍しい。


「私がいる空手部なんだけど、同じ学年にすごく強い男の子がいるの」


 ここのところ、真実弥は俺を勧誘したいからなのだろう、あの特徴的だった口調を少しずつだけど、女の子っぽくしようと努力してくれている。


「隣のクラスの飯沼健、知ってる?」


 知ってる、中学空手選手権で、ベスト8入りしたヤツだ。


 なんでそんなヤツの話が出てくるんだ?


「その、そいつにね。今日、好きだって言われたの」


 なに!?


「最初は冗談だと思ったんだけど、話を聞いていると、そうでもないみたいで、こういう事初めてだからさ、どうしていいか……」


 頬を赤く染めて、可愛らしく俯く、こんな真実弥は見たこともない。


 俺はかなり動揺しまくっている。


「それで、なんて言われたんだよ」


 ちょっと興奮気味に言ってしまった。


「あ、うん……」


 動揺は気付かれずに済んだ。


「前々から気にはなってたんだけど、特に最近は、その……女の子らしくなってきて、見ているだけじゃあ足りなくなってきたって」


 そいつはちゃんと真実弥のことを見て、真実弥のことを理解してそう言っている。


「どうしたらいいかな? こう言うの詳しいでしょ?」


「それは……、お前が自分で決めないといけないことだよ。相手が真剣だって言うなら、尚のこと」


「……そっか、そうだよね」


 なぜそんな泣き出しそうな顔するんだよ。

 泣きたいのは俺の方だよ。


 今から慌てて俺も告白したらどうなる?


 今までタダの幼馴染み、兄妹みたいと言われながら育った俺達が、そんな風になれるのか?


 くそっ! 泣きたいのはこっちの方だよ。


 その日、俺は夢を見た。


 今日真実弥から相談を受けた。その時のまんまの光景。


 実際には俺は自分の気持ちを打ち明けることなく、自分で結論を出せよと言い放った。


 だけど、夢の中の俺は、本音を真実弥に打ち明けていた。


「もう小学生の頃から好きだったんだ。お前のこと女として意識しちゃって、一緒に練習するのも恥ずかしくなって、でも隣同士だから空手を辞めても、一緒にいられる時間はそんなに変わらないって思って、そう思って少しだけ距離を置いた」


 それが俺が空手を辞めたキッカケだった。


「真実弥の事がいいって言うヤツが、俺以外に出てきてもおかしくないのに、なぜか俺、安心しきっていた。でもそれは間違いだった」


 俺は夢の中だけど、思いの丈を打ち明けていた。


 しばらくの沈黙、真実弥の返事はこうだった。


「早く起きなよ」


 夢の中だもんな、真っ直ぐな返事があるとは限らない。


「俺、お前のことが好きなんだ真実弥。だからこの気持ちを受け取って欲しいんだ」


 夢の中で起きろと言う真実弥、目を覚ます時間が近いと言うことだ。


 俺は直球の想いを夢の中の彼女にぶつけた。


「は、早く起きなって……」


 真実弥は真っ赤な顔をして、ビックリしたような表情になって、そう言った。


「……キスしてくれたら起きるよ」


 そう言った俺に、真実弥は迷うことなくキスをしてくれた。


 今日は電話で起こされることがない、長い長いキスを味わった。


 夢の中で? この柔らかい感触って……。


 しばらくそのままでいてくれた真実弥が離れた。


「起きた? 朝だよ」


「って、本物?」


「に、偽物の私ってなんだよ? 私以外に私がいるのかよ」


 俄仕込みの女の子口調は、まだ意識していないと使うことが出来ないらしい。


 間違いなく本物の真実弥だ。


「お、おまっ、なんでここに!?」


「お前が直に起こしに来いって、……言ってたんだろ」


 それでここまで?


「でもなんで急に?」


「それは……、それより今言ってたこと本当? 私のこと……好きだって」


 聞かれていた? きっと最後の告白、あの時には半分覚醒していたんだな。


 なんて最悪な告白の仕方だよ。


 だけど、引っ込めることも出来ない。いや、引っ込める気もない。


「俺、小学生の頃から……」


 俺は今一度、夢の中で真実弥に言ったまんまを告げた。


「お前、ずっと私より強い男がいいって言ってたよな。今の俺にはそんな資格もないんだろうけど、この気持ち、よかったら受け取って欲しい」


「違うよ」

「えっ?」


「強い男がいいんじゃあなくて、好きな人には強くなって欲しいだけだよ。私は」


 好きな人には強く?


「それじゃあ」


「強くあって欲しいから、ずっと誘ってきたんだよ。また、空手始めようよ」


 真実弥はポロポロと涙を流し始めた。


「約束だよ。朝、起こしに来て、キスで目覚めさせたら、また空手やるって」


 それじゃあやっぱりあの感触は本物。


「なんでお前、泣いてるんだよ」


「だって、嬉しいんだもん。ずっと和の事好きだったけど、こんな乱暴な女の子、和はきっと好きになってくれないって」


 俺がマンガ好きで、そういったシチュエーションに拘ってきたから、彼女の気持ちにブレーキをかけてしまっていたのか。


「ゴメンな」


「なんで謝るの? もしかして嘘だった?」


「違う違う。俺は本当にお前の事が好きだ。だけど、俺の態度で真実弥を傷つけていたなんて、思いも寄らなかったから」


「そんな大げさな事じゃあないよ。だってこうして想いを打ち明けてくれただろ?」


 感極まった真実弥はまたいつものような口調になるけど、今のこいつはどんなこいつよりも女の子らしく、可愛らしかった。


「週3回、それでいいかな? やっぱり俺、ビジュ研も辞めたくないし」


「えっ、それじゃあ?」


「約束だもんな。空手部、入るよ。だけど掛け持ちはさせてもらう」


「もう、しょうがないなぁ~。部長には上手く言ってやるよ」


 俺が今から空手をやって、真実弥より強くなる可能性は低いかもしれないけど、少なくとも彼女が愛想を付かない程度に頑張ろう。


 少なくとも飯沼のやろうが、納得できるくらいには強く。






 俺はあの後、時を置かずしてビジュアル研究部を辞める事となる。


 さぁ、今度の試合、気合い入れて、先ずは一回戦を突破することにしよう。

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