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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
10/102

第 10 夜   『ルームメイトの悩み』

語り部 : 久野クノつかさ

お相手 : 前園時子マエゾノトキコ


盛立役 : 里中篤サトナカアツシ

 高校生の頃からの友人で、大学生になってからはルームメイトとして、彼女とはずっと一緒に過ごしてきた。


 炊事、洗濯、掃除。


 家事と呼ばれる物は概ね私が担当して、課題の作成は彼女に任せきり、4年制の大学を卒業し、今は別々の会社に勤務している。


 夜は私の方が早く帰ってこられるので、私に用事があったり、彼女から夕飯はいらないという連絡がない限りは、今も私が自炊して食事を用意している。


 いつかどちらかにステキなパートナーができるまでは……。


 うぅうん、私の方からその日を迎え入れることは決してない。


 私にとってのベストパートナーは彼女しかいないのだから。



   第 10 夜

    『ルームメイトの悩み』



「え、今なんて?」


「だから、今度彼氏連れて来てもいいかな? って」


 彼女が数週間前から、ある男性と交際を始めたことは知っていた。


 彼女が勤めるスポーツジムの会員さんで、何度となしにお誘いを受け、断り続けてきたがキリがないので、それじゃあ一度だけと言う、念書付きの約束を結んで遊びに行った。


 そのたったの一回で落ちた彼女は時々、自分から連絡して、遊びに行くようになり、つい先日正式に交際をスタートしたのだった。


「つまりその間、私に外に出ていろと?」


「違う違う、いてもらわないと困る。っていうかお料理お願いしたいの」


 ああ、そう言うことか、だけどそれって。


「もしかしてお料理得意とか言っちゃった?」

「う、うん」


 先週遊びに行くって時に、二人分のお弁当を持たせてあげた。


 それを作ったのは私とか言っちゃったんだろうな。この子から言ったのか、向こうが勝手に勘違いしたのかはしらないけど。


「それでまた私が作った物を、自分のものって言って出すの?」


 それじゃあいつまでも、黙ってこそこそを続けなくちゃならなくなる。


「教えてあげるから、今からでも練習しない?」


「今からで間に合うかな?」


「今度だけじゃないでしょ」


「それはそうだけど……」


 渋い顔をする彼女だったが、やる気は十分あるようだ。






 高校の時も大学時代も彼氏という存在はいた。


 しかしそのいずれもあまり長続きはせず、その度に彼女はやけ食いをしていた。


 体重が増えて大騒ぎして、ダイエットにもつき合わされて、私はそれが幸せだった。


 カミングアウトしようかと考えたこともあった。だけど私たちの関係を壊すリスクの方が大きい。


 今はまだこのままで、いつかそれぞれの道に分かれる日が来るとしても今はこのまま。






 インストラクターの彼女と私の休日がかぶることは少ない。


 そんな少ない貴重な休みを、来客のためにわざわざ空けて、朝からそわそわしている彼女と二人、無言の時を過ごしていた。


「落ち着きなよ時子」


「だってつかさ、結局自信料理なんてできなかったんだよ」


「やるだけのことはやったでしょ、大丈夫だって、料理は愛情だよ」


 私のいる時にどうしてもと言うから、今日になったんだけど、特訓の成果は……間に合わなかった。


「とにかく誠意を示せば大丈夫、あなたが選んだ彼なんでしょ」

「う、うん」


 そのあとも落ち着くことはなかったんだけど、暫くして彼が訪れて、その緊張はピークを迎えた。


「いらっしゃい」


 時子は朝から用意していた手料理を温めなおしている。


「こ、こんにちは」


 見た目はマルかな、まぁ、あの時子が選ぶ相手だから、見てくれはこれくらい当然だな。


「初めまして、里中篤といいます。これつまらない物ですが」


 手土産に話題のお店の洋菓子詰め合わせ、まぁこの選択も合格かな。


 なんか結婚の挨拶に来た、娘の相手を値踏みする母親な気分になってきた。


「里中さんって、何をしていらっしゃる方なんですか?」


「ああ、えーっと、ジーンズショップの店長をしています。雇われですけど」


「へぇ、じゃあ今日はお休みをとっていただいたんですか?」


「いえ、今日は遅番なので、夕方から出ないといけないんです」


 わざわざ時子のために時間を作ってくれたってことか。


 猫をかぶっている?


 何か臭うのを、私の鼻は感じているけど、何かあるとしても、ここまでは完璧。


 張り切ってテーブルをセッティングする時子に、優しく声を掛けたりと、なんかここまで来るとそれが地なのか、かなりこなれた女たらしかのどっちかだな。ちゃんと見極めないと。


 並んだ料理の数々、これを用意するのに使った食材3、いや4日分、勿体ないから、再利用できる物は利用するとして、これで成果が出なければまるまる大損となる。


 一口目、あっ、動きが止まった。噛んでる噛んでる。の、の、のみ、……飲み込んだ。


「どうですか?」


「うん、いけるよ。それじゃあ次は……」


 おお、すごいすごい、怖い顔のままだったけど、残らず食べちゃった。


 食べてるときの表情から察するに、正しい味覚は持っているみたいだ。


「ごめんなさい。つかさに教わって頑張ってみたんだけど、こんなのしか作れなくって」


「いやいや、俺のために頑張ってくれたんだよね。それだけでも嬉しいよ」


 取って付けたような感想だけど、男として立派な態度じゃない。


 ふん、文句の付け所なんて見つけられなかったわよ。


 「それじゃあ、ごちそうさまでした」って、爽やかな笑顔で帰っていった。


 自分が持ってきたお菓子と、私の入れたお茶で口直しをしたからか、ちょっとは増しな表情になって、彼は仕事場へと向かった。


「ねぇ、つかさ、どうだった彼?」


「うん、今まで時子がつき合ってきた中では、一番いいんじゃない?」


「本当? へへ、……あれ?」


 テーブルの下、時子は何かを見つけて拾い上げる。パスケース?


「篤さんの運転免許証だ。今日車だって言ってたし、持って行ってあげないと」


 運転中なら電話をかけるのも良くはない。


 時子は急いで外着に着替えて、彼のお店へ向かった。


「さてと、私は後片付けを」


 戦場と化したキッチンの掃除を始める。


 さすがに今回ばかりは、間に入り込む余地はなさそうだ。


 もし彼女が結婚を決意して、ここを出ていったら、私はどうすればいいんだろう?


 新しいルームメイトを迎え入れて、新しい生活を始めるんだろうか?


 その前に結婚に夢を描いているのに家事全般、何もできない時子の特訓をしないといけない。


 別れが来るとしても、それはまだ直ぐではない。


 今は先の事は考えないことにしよう。






 日が落ちて外はもう薄暗がりに、ちょっと遅いなぁと心配していたら、時子が帰ってきた。


「お帰りぃ、遅かったね。……えっ!?」


 帰ってきた時子の目にはうっすらと涙を浮かべた跡が付いていた。


「どうかしたの?」


 力なくリビングのソファーに腰を下ろした時子の正面に座り、事情を聞くと。


「彼と彼のお店の男の子の話が聞こえてきたの」


 時子が電車で里中さんのお店がある街に着いたのは、家を出て30分ほど経った頃、車で出勤した彼はとっくにお店に入っていた。


 お客さんの数もまばらで落ち着いた店内で、彼は笑いながら話をしていた。


 話題は時子のこと。


「本当にひどい料理だったよ。何度か意識が飛んだもんな」


「里中さん徹底してますからね。そう言うところ。俺だったら怒鳴り散らして出て行きますよ」


「いやだってお前、確かに料理の腕は最低でも、あれだけ面が良ければ、欠点の一つくらい目も潰れるってもんだろ。別に結婚するわけでもなし」


「遊びにも全力で! ですよね」


「そうだな、結婚するなら見た目はちょっと落ちるけど、あのルームメイトの方がまだマシだよ。メシだけはやたらと上手いからな」


 そんな風な事を言ったらしい。


 時子は驚きと怒りを混ぜ合わせた表情で、里中篤の前に躍り出て、顔面目掛けて、思いっきりパスケースを投げつけて走り去った。


 しばらく街の中を歩き回り、少しだけ落ち着いたところで帰ってきたそうだ。


「ご飯、食べる?」

「うん、……いっぱい、たべる」


 いかん、この顔がたまらない。


 思いっきりハグしたいけど、ここは我慢我慢。


「次の相手が見つかるまでに、もっとお料理勉強しておかないとね」


 今は良き友人として慰めなくては。


「うー、もう男なんてこりごりだよ」


 これもいつものお決まりの言葉。

 そしてこの後に時子は、私が一番本音から言って欲しい言葉をくれる。


「私、つかさと結婚しようかなぁ」


 その場限りでも、至上の時間が私に訪れる。


 さぁ、思い切っていっぱい食べて、また一緒にダイエットしよう。


 いつかどちらかにステキなパートナーができるまでは、あなたのベストパートナーは私。


 もしかしたら一生一緒に居られる事を夢見て、今を大事にしていこう。

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