第 1 夜 『あの空にとどく歌』
語り部 : 倉石乙女
お相手 : 御幣島克俊
盛立役 : 竹中鴨埜
それは特別な歌だった。
私が好きになった最初の歌。
それを聞く私の隣にはあの人がいた。
この歌を私に教えてくれたあの人が……。
第 1 夜
『あの空にとどく歌』
「よかったら一緒に行かない? あんた、このアーティスト好きだって言ってたでしょ?」
もの凄く鼓動が早い。私は一生分の勇気をつぎ込んでいるのかも知れない。
私の前にいるのは、クラスの男子で一番仲良くしている(私はそのつもり)の、御幣島克俊くん。
「くれるの? なんで? 二人で行くの?」
そう、これは私の一方的な片思いなのだけど、こういった無神経なことを平気で言えるこいつが、時々無性に腹立たしく思うこともある。
けれど女の子だって積極的になる時はなるのだ! 奥床しいなんてただの言い訳。
「い、いらないんならいいんだよ。べ、別にあんたと行きたいって訳じゃあないんだから」
頭では分かっていても、言い出せないのが乙女心ってもんさ。
まぁ、私に乙女なんて言葉は似合わないけど……。
「いや、そりゃあ嬉しいけどさ。俺、そのチケット取れなかったし……。本当にいいのか?」
「い、いいから誘ってるんじゃあない」
「……そうだよな。なら遠慮なく」
「じゃ、じゃあ用事はそれだけだから」
もう我慢できない。これ以上ここにいたらきっと……。
「オトちゃん変な顔ぉ」
だめだぁ、顔の筋肉が弛みきっちゃったよう。
私を心配して物陰で見守っていてくれた親友、竹中鴨埜がやけに嬉しそうに顔を近づける。
「だってモノちゃん、内心受け取ってくれないんじゃあないかって、もうそればっかりで……」
「だから大丈夫だって言ったでしょ」
それは私だって自信がなかった訳じゃあないけど、でもやっぱり緊張したもの、もうこれ以上ないくらいに。
「おーい! 倉石乙女」
「きゃああああ!?」
「きゃあ?」
「あ、いやなんでも……。で、なに?」
幸せ全開モードの人間をフルネームで呼ぶからだ。
「いや、どうせ日曜日なんだから、日の高いうちに、覗いておきたいところがあるんだけど、つき合ってくれるか?」
「え?」
私は御幣島の言葉に我をなくした。それって? それって? それって!?
デート!?
「都合合わないのか?」
「う、うぅうん、そんな事ないよ。もう暇で暇で、どうしようかってくらい」
「そ、そうか、……それじゃあその日、午後三時に駅前でな」
あ! い、いかん、顔がまた歪む。
けど今度は御幣島の方から立ち去っていってくれたから、私は自分から逃げることはなかった。
「オトちゃん変な顔ぉ」
うるさいよ鴨埜。
約束の時間より30分も早く来ちゃった。
なんか学校の制服以外でスカートを履くのって久しぶりで、変に意識しちゃう。
髪型もおかしくないよね?
駅前のお店のウィンドーで容姿のチェック! うん、大丈夫だ。
口臭も問題ないし、完璧! と、何度目になるか分からなくなるくらいのチェックを終えて、もう一度ウィンドーに向き直る。
「なに町中で踊ってんの?」
「ひゃっ!?」
な、なんで私はこいつにこんな格好悪いところばかり見せるんだろう。
「は、早いね。まだ15分もあるよ」
「その早い俺を待っているそっちは、何時からここにいるんだよ?」
それはその……。
「行こうか」
「……うん……」
御幣島の隣に並んでいる自分、その姿を先程のウィンドーに見て、て、照れちゃうよぉ。
「ど、どこ行くの?」
「んー、ちょっとな」
何度聞いてもこの調子で、ただただ付いて行くしかない。
会話もほとんどないままに、たどり着いたのは一件のファンシーショップ。
「ここ、なの?」
面食らってしまった。御幣島とこのお店では全くイメージが合わない。
「あ、あぁ……、妹のな、誕生日が近いんでな」
ふーん、それでプレゼントを買いに来たのか。それにしても妹さんがいたなんて、知らなかった。
「なぁ、頼めるかな? 女の子が喜ぶ物ってよく分かんねぇし」
なるほど、それで私との待ち合わせの時間を早めたわけだ。
それにしても誕生日のプレゼントかぁ……、お兄ちゃんって憧れちゃう。
ウチはお姉ちゃんと弟の三人姉弟だからなぁ。
「妹さんていくつ?」
「俺達のいっこ下、年子だから」
それなら私の感覚で選べそう。
「好きなものとか知ってる?」
「うーん……、よく分からねぇ」
「じゃあ、どうするの?」
「任せるよ。倉石が好きな物を選んでくれよ」
なんて無責任な!?
妹さんの好みも知らないままに、選べと言われても困っちゃうなぁ。
……あれ? あれ可愛いなぁ。
「あれか?」
「え? あぁ、うぅうん、あれはちょっと高いでしょ? それよりも……これ! これって可愛いよ。きっと喜んでくれるよ」
私は不意に目に飛び込んできた、可愛いネックレスに心奪われちゃったけど、それは一高校生には高価な物で、兄妹へのプレゼントには相応しくないと思うし、こっちのペンダントも可愛いもんね。
「絶対これだよ!」
「そ、そうか? じゃあ買ってくるから待っててくれよ」
「うん」
やっぱり御幣島って優しいなぁ。さり気なく人を気遣えるやつなんだよね。
中学2年の時に初めて同じクラスになって、四月のうちに仲良くなった。
友達としてのつき合いは長かった。
高校生活を同じ場所で送るようになって、それはいつしか恋に変わっていたけど、キッカケなんて覚えていない。きっと自然にそうなっていたから。
「お待たせ、さてまだちょっと時間あるし、飯でも食いに行かねぇか?」
確かにちょっと早いかな。
「うん、いいよ」
「じゃあファミレスでも行こうぜ」
「うん」
お腹も空いてきたことだし、ライブではしゃぐ前に腹ごしらえだ。私達はファミリーレストランで食事を摂り、ライブの時間までそこで他愛のない話をし、会場に赴いた。
ステキなラブソングが多い人気アーティスト『SUTERA』。
彼女の曲を初めて聴いたのは二年前、教えてくれたのは御幣島だった。
仲良くなって、でもまだ異性として意識し出す前の事だった。
まだ恋も知らない私に、その歌は妙に切なく感じたけれど、なんとなく心に響いていた。
今までだって「いいなぁ」って言える歌はいっぱいあった。
だけど「好き」と言える歌に出会ったのは、その時が初めてだった。
『SUTERA』のライブは盛り上がりっぱなしのままに、最後のプログラムも終え、アンコールのイントロが流れ始めていた。
「これって、『SUTERA』のデビュー曲!!」
自然と興奮してしまう私。この曲こそが彼女のファンになるキッカケとなった曲。
そしてきっと御幣島を好きになる後押しをしてくれた歌。
「御幣島、ありがとうね」
「……倉石?」
「この曲のお陰だよ。私、この歌に出会えてよかった」
「なんだよ、大袈裟だなぁ」
私もそう思うよ。でもなんだかとっても嬉しくって、お礼を言わずにはいられなくなったのだ。
最後の最後の曲が終わり、私達は会場を後にした。
「私ねぇ、御幣島に伝えたいことがあるんだ」
なんだか晴れ晴れとした気分が、少しだけ大胆にしてくれる。
ずっと言いたくて言えなかったことを伝えようとしている。
この為にがんばってチケットも取ったんだ。
「なぁ」
ちょっと、せっかくの気分に水ささないでよ。
「これ!」
「なに、これ?」
「今日の礼にと思って」
「開けてもいい?」
「あぁ……」
渡された小箱はきれいに包装されていた。
私は丁寧にラッピングを外し、箱の中にある、見覚えのある物を取りだした。
「これって?」
あのファンシーショップで一瞬心奪われたネックレスだった。
「妹の誕生日は先月済んでいるんだ。今日あそこに行ったのは、こいつの為だったんだよ」
欲しくない訳じゃあない。だけどこんな高い物を簡単に「ありがとう」と言って、貰うこともできない。
「こんな高価な物、チケットのお礼にしても……」
「それに!」
慌てる私に手を翳して、御幣島は言葉を紡いだ。
「それに俺はずっと好きな子に、その子が一番喜ぶ物をプレゼントしたかったんだ」
「えっ?」
何を言われたのか、理解するのに少し時間がかかった。
「俺の気持ちを受け取ってくれるんなら、それも受け取って欲しい」
可愛いネックレスは、私のようにちょっとひねくれた人間には、どうにも似合わないようにも思えた。
「ひどいよ」
嬉しいのに、嬉しいのに涙が込み上げてきた。
「せっかく決めてきたのに、勇気出すって」
「倉石?」
「責任とってよね。私の気持ち、絶対離れないからね」
「……あぁ」
涙が止まらない。
御幣島は少し戸惑いもしたけど、優しい目で返事をくれた。
私の手の中のネックレスを取り、そっと付けてくれた。
「受け取ってくれてありがとう」
「……ありがとうは私のセリフだよ」
有線だろうか?
どこからか流れてくる『SUTERA』のあの曲、『あの空にとどく歌』が、私達を包んでくれた。