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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
1/102

第 1 夜   『あの空にとどく歌』

語り部 : 倉石乙女クライシオトメ

お相手 : 御幣島克俊ミテジマカツトシ


盛立役 : 竹中鴨埜タケナカカモノ

 それは特別な歌だった。


 私が好きになった最初の歌。


 それを聞く私の隣にはあの人がいた。


 この歌を私に教えてくれたあの人が……。


   第 1 夜

    『あの空にとどく歌』


「よかったら一緒に行かない? あんた、このアーティスト好きだって言ってたでしょ?」


 もの凄く鼓動が早い。私は一生分の勇気をつぎ込んでいるのかも知れない。


 私の前にいるのは、クラスの男子で一番仲良くしている(私はそのつもり)の、御幣島克俊くん。


「くれるの? なんで? 二人で行くの?」


 そう、これは私の一方的な片思いなのだけど、こういった無神経なことを平気で言えるこいつが、時々無性に腹立たしく思うこともある。


 けれど女の子だって積極的になる時はなるのだ! 奥床しいなんてただの言い訳。


「い、いらないんならいいんだよ。べ、別にあんたと行きたいって訳じゃあないんだから」


 頭では分かっていても、言い出せないのが乙女心ってもんさ。

 まぁ、私に乙女なんて言葉は似合わないけど……。


「いや、そりゃあ嬉しいけどさ。俺、そのチケット取れなかったし……。本当にいいのか?」


「い、いいから誘ってるんじゃあない」


「……そうだよな。なら遠慮なく」


「じゃ、じゃあ用事はそれだけだから」


 もう我慢できない。これ以上ここにいたらきっと……。


「オトちゃん変な顔ぉ」


 だめだぁ、顔の筋肉が弛みきっちゃったよう。

 私を心配して物陰で見守っていてくれた親友、竹中鴨埜がやけに嬉しそうに顔を近づける。


「だってモノちゃん、内心受け取ってくれないんじゃあないかって、もうそればっかりで……」


「だから大丈夫だって言ったでしょ」


 それは私だって自信がなかった訳じゃあないけど、でもやっぱり緊張したもの、もうこれ以上ないくらいに。


「おーい! 倉石乙女」


「きゃああああ!?」

「きゃあ?」


「あ、いやなんでも……。で、なに?」


 幸せ全開モードの人間をフルネームで呼ぶからだ。


「いや、どうせ日曜日なんだから、日の高いうちに、覗いておきたいところがあるんだけど、つき合ってくれるか?」


「え?」


 私は御幣島の言葉に我をなくした。それって? それって? それって!?

 デート!?


「都合合わないのか?」


「う、うぅうん、そんな事ないよ。もう暇で暇で、どうしようかってくらい」


「そ、そうか、……それじゃあその日、午後三時に駅前でな」


 あ! い、いかん、顔がまた歪む。


 けど今度は御幣島の方から立ち去っていってくれたから、私は自分から逃げることはなかった。


「オトちゃん変な顔ぉ」

 うるさいよ鴨埜。






 約束の時間より30分も早く来ちゃった。


 なんか学校の制服以外でスカートを履くのって久しぶりで、変に意識しちゃう。


 髪型もおかしくないよね?


 駅前のお店のウィンドーで容姿のチェック! うん、大丈夫だ。


 口臭も問題ないし、完璧! と、何度目になるか分からなくなるくらいのチェックを終えて、もう一度ウィンドーに向き直る。


「なに町中で踊ってんの?」

「ひゃっ!?」


 な、なんで私はこいつにこんな格好悪いところばかり見せるんだろう。


「は、早いね。まだ15分もあるよ」

「その早い俺を待っているそっちは、何時からここにいるんだよ?」


 それはその……。


「行こうか」

「……うん……」


 御幣島の隣に並んでいる自分、その姿を先程のウィンドーに見て、て、照れちゃうよぉ。


「ど、どこ行くの?」

「んー、ちょっとな」


 何度聞いてもこの調子で、ただただ付いて行くしかない。


 会話もほとんどないままに、たどり着いたのは一件のファンシーショップ。


「ここ、なの?」


 面食らってしまった。御幣島とこのお店では全くイメージが合わない。


「あ、あぁ……、妹のな、誕生日が近いんでな」


 ふーん、それでプレゼントを買いに来たのか。それにしても妹さんがいたなんて、知らなかった。


「なぁ、頼めるかな? 女の子が喜ぶ物ってよく分かんねぇし」


 なるほど、それで私との待ち合わせの時間を早めたわけだ。


 それにしても誕生日のプレゼントかぁ……、お兄ちゃんって憧れちゃう。

 ウチはお姉ちゃんと弟の三人姉弟だからなぁ。


「妹さんていくつ?」


「俺達のいっこ下、年子だから」


 それなら私の感覚で選べそう。


「好きなものとか知ってる?」


「うーん……、よく分からねぇ」


「じゃあ、どうするの?」


「任せるよ。倉石が好きな物を選んでくれよ」


 なんて無責任な!?


 妹さんの好みも知らないままに、選べと言われても困っちゃうなぁ。


 ……あれ? あれ可愛いなぁ。

「あれか?」


「え? あぁ、うぅうん、あれはちょっと高いでしょ? それよりも……これ! これって可愛いよ。きっと喜んでくれるよ」


 私は不意に目に飛び込んできた、可愛いネックレスに心奪われちゃったけど、それは一高校生には高価な物で、兄妹へのプレゼントには相応しくないと思うし、こっちのペンダントも可愛いもんね。


「絶対これだよ!」

「そ、そうか? じゃあ買ってくるから待っててくれよ」


「うん」


 やっぱり御幣島って優しいなぁ。さり気なく人を気遣えるやつなんだよね。


 中学2年の時に初めて同じクラスになって、四月のうちに仲良くなった。


 友達としてのつき合いは長かった。


 高校生活を同じ場所で送るようになって、それはいつしか恋に変わっていたけど、キッカケなんて覚えていない。きっと自然にそうなっていたから。


「お待たせ、さてまだちょっと時間あるし、飯でも食いに行かねぇか?」


 確かにちょっと早いかな。


「うん、いいよ」


「じゃあファミレスでも行こうぜ」


「うん」


 お腹も空いてきたことだし、ライブではしゃぐ前に腹ごしらえだ。私達はファミリーレストランで食事を摂り、ライブの時間までそこで他愛のない話をし、会場に赴いた。






 ステキなラブソングが多い人気アーティスト『SUTERA』。


 彼女の曲を初めて聴いたのは二年前、教えてくれたのは御幣島だった。


 仲良くなって、でもまだ異性として意識し出す前の事だった。


 まだ恋も知らない私に、その歌は妙に切なく感じたけれど、なんとなく心に響いていた。


 今までだって「いいなぁ」って言える歌はいっぱいあった。


 だけど「好き」と言える歌に出会ったのは、その時が初めてだった。


 『SUTERA』のライブは盛り上がりっぱなしのままに、最後のプログラムも終え、アンコールのイントロが流れ始めていた。


「これって、『SUTERA』のデビュー曲!!」


 自然と興奮してしまう私。この曲こそが彼女のファンになるキッカケとなった曲。


 そしてきっと御幣島を好きになる後押しをしてくれた歌。


「御幣島、ありがとうね」

「……倉石?」


「この曲のお陰だよ。私、この歌に出会えてよかった」


「なんだよ、大袈裟だなぁ」


 私もそう思うよ。でもなんだかとっても嬉しくって、お礼を言わずにはいられなくなったのだ。


 最後の最後の曲が終わり、私達は会場を後にした。






「私ねぇ、御幣島に伝えたいことがあるんだ」


 なんだか晴れ晴れとした気分が、少しだけ大胆にしてくれる。


 ずっと言いたくて言えなかったことを伝えようとしている。


 この為にがんばってチケットも取ったんだ。


「なぁ」


 ちょっと、せっかくの気分に水ささないでよ。


「これ!」

「なに、これ?」


「今日の礼にと思って」

「開けてもいい?」


「あぁ……」


 渡された小箱はきれいに包装されていた。


 私は丁寧にラッピングを外し、箱の中にある、見覚えのある物を取りだした。


「これって?」


 あのファンシーショップで一瞬心奪われたネックレスだった。


「妹の誕生日は先月済んでいるんだ。今日あそこに行ったのは、こいつの為だったんだよ」


 欲しくない訳じゃあない。だけどこんな高い物を簡単に「ありがとう」と言って、貰うこともできない。


「こんな高価な物、チケットのお礼にしても……」

「それに!」


 慌てる私に手を翳して、御幣島は言葉を紡いだ。


「それに俺はずっと好きな子に、その子が一番喜ぶ物をプレゼントしたかったんだ」

「えっ?」


 何を言われたのか、理解するのに少し時間がかかった。


「俺の気持ちを受け取ってくれるんなら、それも受け取って欲しい」


 可愛いネックレスは、私のようにちょっとひねくれた人間には、どうにも似合わないようにも思えた。


「ひどいよ」


 嬉しいのに、嬉しいのに涙が込み上げてきた。


「せっかく決めてきたのに、勇気出すって」

「倉石?」


「責任とってよね。私の気持ち、絶対離れないからね」

「……あぁ」


 涙が止まらない。


 御幣島は少し戸惑いもしたけど、優しい目で返事をくれた。


 私の手の中のネックレスを取り、そっと付けてくれた。


「受け取ってくれてありがとう」

「……ありがとうは私のセリフだよ」


 有線だろうか?


 どこからか流れてくる『SUTERA』のあの曲、『あの空にとどく歌』が、私達を包んでくれた。

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