1:分岐点
一年後……
今にも空が嘆くかのような灰雲が犇めく空。
雲海がゆっくりと通過していく下界では風を裂き、地が爆ぜ、金属が激しくぶつかり合う音がけたたましく鳴り響き続ける。
自然の理を真っ向から否定するかの如く、魔法や武技による荒々しい応酬が為される度にかつて青々とした草原が抉り裂かれ、今は荒れ果てた荒野に成り果てた。
木々は数珠繋ぎの火球の群れに炭化し、海から程遠いこの場所にありえない荒波の瀑布で大地を削り飛ばし、小動物や魔物は纏めて水平やら空へかけ昇る雷撃の枝葉に黒ずみになり消滅していく。
魔物や動物、植物含めれば幾多の生命を今も葬り続けているのは四人の青年。
地球では既に空想の産物と、常識的になっているその力を無作為とはいえ、喚ばれてしまった代償で得てしまったのだろう。
言葉を紡ぎ丹田に力と呼吸を込め終りを発言・星に漂うモノを吸収し構えと行程に沿った業を繰り出せば、圧倒的な力を余すことなく指し示し、破壊や空間の形を変えていく。
一振りで山を裂く斬撃を軽々と振るい続ける青年に続き別の者は言葉を紡がせ──終る。術者の意思に従うかのよう複数の氷塊、いや氷山と見間違う程のモノが術者の眼と鼻の先に現界。
飛翔する物体目掛け、猟犬じみた行動をとる氷山はなんら推進する機器もなく空へ吹き飛ぶよう射出し──獲物を逃さぬよう追跡し始めていく。
まるでミサイルの如く空中を走らせていた氷山はぐんぐんと、獲物の背後の距離を詰めていきかけ充分に近付け終えたのだろ──その身に無数の亀裂走らせ爆散。
軽トラ程の大きさをした暴氷雨の散弾の辺り一帯に降り注がしていく。
物理法則を真っ向から否定する尋常でない力を振るう青年──男女二人はその表情に笑みを浮かばせながら互いに健闘を称えるかのよう口を滑らせる。
「やったか真奈美?」
「当然♪私の多重魔法から何時までも逃げ切れると、思い上がっていたのが運のツキね」
皇司くんのお陰で追い詰められたから助かったわと長い髪を編み込みシニヨンヘアーにした女性はくいっと少しずり落ちた眼鏡を指で直し、含んだ笑みを浮かべる。
そんな彼女に鼻で笑う男性、皇司と呼ばれた彼は不敵な笑みに変わると氷の剣山と化した大地に眼を向け直し腕を組んでいく。
「はぁ……邪神を崇める邪巫女って奴もこれで討伐。全く、勇者って肩書ほんとめんどくさ~。あの女、彼奴の変な攻撃……まるで此方の魔法や攻撃を跳ね返したみたいな……あれは、一体」
「明美も、援護サンキューな♪ちょろちょろ飛び回って逃げまくるから鬱陶しかったなあの巫女擬き……。明美も真奈美との連携あったからこそ、俺も自由に動けたさ♪」
バカみたいに手を振り健闘を称える皇司に明美も当たり前の事をしたまでだと、態度を示すかのようやれやれとジェスチャーし氷山へ向け歩み行く。
まるで散歩でもするかのような足取りとすれ違いざまに見せた唇が歪み下げたような動きが見え、僕は確信した。
アレは愉しんでいる時見せる一瞬の表情だ。
小学校の同級生で乱暴的だった子も、中学でアイドルだった子も、がらの悪そうな大人な人も、気の弱そうな年長者も、近所の悪がきも、みんな──明美の遊びで人生が終ったようなものだ。
記録媒体や指紋採取は当たり前、状況証拠作りや誘導に演技にアリバイすら工作だと、気付くのが無理があると思わせるように仕込むし、なんなら自分の身も悦んで賭けに出す程の異常者だ!
通り魔を誘導しマス○ミ関係者と同時に自分を襲わせたような事をしたことだってあった。
彼奴がー!私を破滅させる記録をー!!と錯乱しながら警察に取り抑えられた通り魔はマス○ミ関係者数名を死傷させ、明美自身も複数の通行人と共に軽傷を負った。軽い切り傷の手当を受ける彼女を心配した僕が呼び掛けたとき彼女が囁くのが聞こえたんだ。
次はもっと上手くできる。
数年たってから知ったんだけど…死亡したマス○ミは通り魔に何らかの弱味を握られていたらしく同時に、明美の事を怪しみ嗅ぎ回ろうとした節があったみたいなんだ……
利害関係が合致していると──そして彼女がどこまで行動出来るのか、知りたくなったんだろう。
自分が行動起こした結果……どうなるのか?
失敗したら何処が駄目だったかと丹念に慎重に精査し決して自分からやったと解らせないよう巧妙に、かつ慎重に実行するようになった。
まるで林の中で種を撒き、他者に視られても解らないような植物を育て、華や実を収穫し記録する感じだ。それがどんな結果であろうが真摯に受け止めつつ、次に生かすために──
僕は小空大地
彼女とは幼馴染みで、弱味を握らて続けている至って平凡な学生さ。
ああ、なんでこんなことになったんだろう……
いつものように落第点ギリギリ授業を終え、下校前にいつものように彼等と絡まれ──いや、皇司くんだけはいつも相談にのってくれ多少は事態を改善してくれたから彼だけは違う、か。
また彼の取り巻き、いや、あれは群がるナニカから嫌味を言われる苦痛にいつものように耳を塞ぎ通り過ぎるのを待っていたら──突然、大型の魔方陣が僕たちの足元から浮かび強烈な光に目が眩み飲み込まれた。
気付いたら見たこともない城の大広間に呼ばれ僕たちを女神の勇者と称えこの世界を支配しようとする魔王を倒してほしいと懇願された。
まるで物語のような体験に一同王族とその高位な神官達の言葉を鵜呑みした僕以外の者達は彼等から提供されただけの情報を信じきり、この世界を冒険している。
皇司くんだけは皆を元の世界に戻れるように懸命に、言葉通り命懸けで僕らの前に進むよう戦い、ほかは……他は自分たちの欲望のままに行動していった。
僕は、ぼくはだれかを殺すのが嫌だったから…レベルもこの世界の人族の中でかなり高いのにパーティに寄生してレベルアップし続けていったから一握りを除き卑怯者って──多くの陰で言われ、僕もその通りだと思ってる。
そんな自嘲を吹き飛ばす存在が──刺山結牙の山に亀裂走らせ爆散させた中にいたとは、この時はつゆにも知らなかった。
透明度の低い大小不揃いの青白い氷の破片からゆっくりと
日本の巫女服によく似た服を纏い銀色の長い髪を揺らし此方へと歩んでくる。
轟音を立て崩れていく氷面が──凛とした彼女の横顔を写しては太陽の光に当てられ反射し、輝き崩れ堕ちてゆく。
空のように澄みきった青い眼と宝珠めいた煌めく黒の眼
怒りを通り越し憐れでいるような表情で僕らが放った魔法や武技の残骸が音を立て崩れ壊れていくのを背に彼女は──僕らを見上げて続けていた。
これが彼女と僕の長い旅の切っ掛けになるとはつゆとも思わずなかった。
これは──僕が見てきた彼女の歩む物語である。