現編
いつだってそう。大切なものを大切にできない。
好きな人に婚約者ができた。
あの頑なに誰とも婚約しなかったメリッサに。
どうしてあんなに余裕を持っていたのだろうか。
どうせ誰とも婚約しないだろうと。
「あんたって相当バカだよね。」
扇子で口元を隠したベアトリクスがため息をついた。
「うるせぇ。」
「あ、今日は一番乗りは無理みたいね。」
誰よりも先にメリッサを見つけ、ダンスに誘う。
社交界デビューをした時からずっとジルが行ってきたアピールである。
「回りくど過ぎ。まあ、婚約者いるジルなんて眼中に入らないけど。」
「親父が酒場で勝手に決めたんだよ。断ってみろよ、互いの家だけじゃなく、フィンの名誉だって傷つけるだろ。」
フィンとは2歳年下の婚約者のことである。
昔からの顔見知りであり、どちらかと言えば妹のようには好意は持っていても、異性として見ることはできない。
「一番好きなら一番大切ににしないといけないのにさ。あんたはいつだって間違うよね。」
ベアトリクスは冷たい目でジルを見ている。
ベアトリクスはいつでも間違えない。
大切な友人であるメリッサのことを一番に考えている。
分かっている。自分がいけないのだ。
メリッサのことを好きと言いながら一番後回しにした自分に、好きだと言う資格などないのだ。
でも、辛い。
あれだけ強く長く想っていたメリッサが一時であれ他の男に取られるなんて。しかもあの節操なしと噂の。
メリッサのダンスが終わったといなや、近づき挨拶をする。
「メリッサ、婚約者おめでとう。」
嫌味ったらしく言った後、メリッサの婚約者である節操なしを見た。
伯爵家の三男だけれども育ちが良く後ろ盾もある。そして顔がいい。けれど節操なし。
想像していた軟派なイメージはないがいけ好かない。
これからメリッサをズタズタにして棄てるクソ野郎。
メリッサに窘められるが、それも気に入らない。
「ごめんなさい、アレン様。ジルはこの通りな人で…幼い頃は私もよくブスといじられたものです。」
「そんな昔のこと!」
そのことを言われるとぐうの音もでなくなる。
「はい、仲直りしよ。」
差し出されたメリッサの手を掴む。
「はしたないなぁ。」
好きなんだよ、メリッサ。大好き過ぎていつもどうしたらいいのかわからなくなる。
憎まれ口なんかじゃなく、優しく言葉を囁きたいのに。
このまま抱きしめて、何処かへ連れて言ってしまいたい。
「ジル、あんなに顔に出てるのにメリッサは全然気づかないね。自分の人生なのに脇役だからって。ジルのしたことだよ。」
呆れたようにベアトリクスが言う。
メリッサは自分のことを脇役だと、自分の幸せよりも他の人の幸せを願うようになってしまった。
そして今も婚約者の幸せを願っている。
「誰がメリッサの幸せを考えてくれるんだろうね。」
メリッサに自分の幸せを考えるよう注意した時に言われた、「ジルが考えて。」の一言がグルグルと回る。
メリッサは冗談で言ったかもしれないけれど…
もしよかったら、メリッサがいいのなら、同じ未来を歩いていきたい。
誰よりもメリッサを大切にするから…どうか…
**
「フィン、婚約を破棄してくれ。」
ジルは深々と頭を下げた。
「別にいいですけど。」
小柄な少女は目を丸くしたが、すんなりと了承した。
「すまない…」
「わたくしも何か違うなぁって思っておりましたの。」
フィンのフワフワな髪が風に揺れる。つぶらな瞳を持ち、妖精のように可愛らしい少女だ。
ジルはまだ気まずそうな顔をしている。
「本当にすまない。」
「だから、元からこの婚約は無理があったのです。わたくし、恋をしてみたいの。でもジル様とはわたくし無理みたい。穏便に且つ迅速にことを済ませましょう。」
フィンは穏やかに辛辣な言葉をジルに浴びせる。
ジルでも初めて見るフィンの一面である。
「フィン、怒っているのか?」
「全然。だってジル様って、うだつの上がらない兄のようなものですもの。本当、見てるこっちがやきもきしてしまいますわ!早くメリッサ様に想いを告げてらっしゃいませ!」
フィンが頬を膨らませてジルを焚きつける。
「そんなに自分って頼りないか…?」
「ええ。とても。」
うなだれるジルにフィンは本当の妹のように、ズバっと断言した。
「ふふ…ジル様、ご武運を。」
フィンが手を振ってジルを送り出す。
うだつの上がらない…その通りだ。
もしかしたらフィンにも長いこと無駄な時間を過ごさせてしまっていたのかもしれない。
もっと何が大切か、どうしたらいいのか、もっと真剣に考えていたなら…メリッサもフィンも…
いつも自分は間違える。間違えてから知るばかりだ。
怖かった。
大切になればなるほど、メリッサとの関係が崩れて失うくらいなら、このままでいいと。
誰とも婚約しないから、まだ友達として独占できているからと。
子どもの頃から全く考えが変わってないなかった。




