過去編
要望により。
夢見がち令嬢はまだ夢を見たい の脇役の話になります。
「ジルさま。」
少し舌足らずな喋り方に平凡な顔、その笑顔が世界で一番可愛いと思い…恋に落ちた。
明るくて人当たりの良いその子はいろんな人にその笑顔を向ける。
「調子に乗るなよ!ブス!」
気がついたら、髪の毛を引っ張ってそう言っていた。
自分の方を見て欲しい、その笑顔を独り占めしたい、その一心だった。
彼女が泉が湧くように綺麗な水色の瞳を濡らす。
自分にだけ向けられるその表情がたまらなく嬉しい。
その瞬間…
バチン!
意地悪なジルに首が痛くなるほどの衝撃が走った。
近くの令嬢からビンタされたのだ。
「メリッサに謝りな。」
この歳とは思えない、ドスの効いた声で赤毛の令嬢が言った。
ジルはジンジンと痛む頰を感じながら、メリッサと言う名前を頭で反芻する。
「メリッサ…」
「謝る気がないみたい。メリッサ、もう行こう。」
少女の名前を呟いたジルを横目に、メリッサと赤毛の令嬢は別の場所に移っていった。
「父上、メリッサお嫁さんにしたい。」
ジルはその日の夜に父に言った。
「うーん…難しいと思うけど、一応聞いてみるよ。」
その渋い顔の理由をまだわからなかったが、すぐに思い知ることとなる。
「お前がジルか。」
メリッサと同じ色の髪と瞳の少年がジルの前に立った。顔はあんまり似てない。ジルよりも身長がかなり高く、おそらく歳上。
「なんだよ、強い奴の背後に隠れて性格もブスだな。」
ジルはイライラしていた。
婚約は断られるわ、メリッサが知らない男にしがみついているわで、メリッサの心をグチャグチャにしても爪痕を残したかったのだ。
「これ以上メリッサに近づくな。」
胸ぐらを掴まれ押されると、身体の小さなジルはすぐに尻餅をついた。
「知るか!」
歳上の少年の脇から見えるメリッサの泣き顔を見て、ジルは安心する。
メリッサの心を征服しているのだと。
そんなことを繰り返していると、段々とメリッサが変わっていることに気づいた。
以前は友達の中心にいてジルの好きな笑顔を散らかしていたが、今はメリッサは隅で静かに微笑むだけになっていた。
ジルは笑顔を独り占めできると思っていたが、その笑顔を自分にも向けられないことを悟る。
何故?
幼いジルはどうしていいかわからなかった。
どうしたら…
好きならば、独占欲する。好物のような感情しか無かったのだ。
**
メリッサが流行病を患ったと聞いて、ジルは居ても立っても居られずメリッサの屋敷へ向かった。
「メリッサはお前なんかの顔なんぞ見たくない。顔を見たくないほどお前はメリッサに嫌われているんだよ!」
メリッサの兄にそう言われてジルはすぐに追い返されてしまった。
呆然と立ち尽くすジル。
もしこのままメリッサがもう二度と会えなくなってしまったら…
胸が張り裂けそうに痛い。
一目だけでもメリッサに会いたい。
メリッサが元気になるならば何だってするのに。
心配そうに声をかけてきたメリッサの使用人に、ジルはお見舞いに持ってきた花を預けた。
メリッサの瞳の色と同じ淡い青色の花束。
もう一度会えたなら謝ろう。これからは大切にするから…また笑顔でいてほしい。
後悔が後から後から湧き出してくる。
ジルはメリッサを思って涙を流した。
**
「ベアトリクス、お見舞いありがとう!あの忘れな草どこで摘んだの?」
元気になったメリッサがベアトリクスと話している。
「花?はちみつとかは差し入れしたけど…」
「え?」
ジルは息を飲んで一歩足を前に進めた。
「元気になってよかったな!」
本当はもっと丁寧な言葉を用意していたのに、乱暴な口調になっていた。
ジルがお見舞いの時と同じ青色の花束を前に差し出す。
メリッサはびっくりしたのか目を丸くすると、すぐに微笑んだ。
「…ありがとう。」
イタズラした時の顔よりもよっぽど心が満たされる。
ジルは漸く自分の心が分かったのだ。
嫌われたくない。メリッサに好かれたいと。




