森へお出かけ
「それでは出かけましょう」
唐突にシエラが言った。
「あ・・ はい。」
急のことでどの様に返答しようか迷ったがアリアは承諾した。前回怖い目にあったがボディーガードが優秀であることが解ったため何とかなると思った様だ。
「気になる所でもあったんですか?」
「特にはありません。しかし、ドラゴンがいたのですから社会性のある生き物がいてもおかしくありません。接触できれば暇つぶしにはなるでしょう。」
確かにと思いながらシエラが来る前に暇つぶしで世界を作ろうとしていたことを思い出した。今でこそシエラが持ってきた天球で大地を踏むことができるようになったが暇を持て余していることは変わらない。文化のレベルは全く不明だが世間話ができる程度の相手であれば有難い。
「攻撃されても私が対処しますので安心してください。」
シエラが柔らかな笑顔で不穏なことを言っているが何かの間違いだろうと気にしないことにした。
「まずは天球で川や湖の辺りを探しましょう。安定した生活には水が不可欠です。さらに農耕や牧畜などの痕跡があれば疑いようがありません。」
アリアは頷くと楽しそうに天球を操作し始めた。自分が生活していた町を思い出しながら似たような立地を探がす。大雨で増水した時でも飲み込まれない高台に開けた場所があればかなりの好条件だと思われる。人の生活があれば木が切り倒され見通しが良くなっているはずだ。移動に際しても川沿いは比較的楽に進むことができる。何もない平野よりも材料が入手しやすく小さな拠点は作りやすいと思われたからだ。
「シエラさん! ありましたよ!!」
30分ほど探すとアリアが声をあげた。指さした先には木造の簡素な家が作られている。住人は見当たらないが7戸ほど見受けられる。煙突から煙が上がっている家もある。
「そうですね。それでは早速見に行ってみましょうか。」
少し不安もあるが強い護衛がいることもありアリアは了承した。せっかく訪問をするのに手ぶらでは寂しいので先日作った籠にスコーンを詰めて持っていくことにした。現地で作っても良かったが無用な詮索を受けても面倒と考えたのだ。
「準備は出来たようですね。それでは行きましょう。」
シエラの指示に従い集落から少し離れた場所に転移する。優しい木漏れ日が降り注ぎ森の香りが心地よい場所だ。川のせせらぎと鳥のさえずりが気を和らげた。
「良い人たちだといいですねー」
「えぇ。 しかし、小さな集落は外部の者に良い感情をもっていない事が多いため用心して下さい。邪魔になるような存在であれば処分しておいたほうがよいでしょう。」
感情の無い顔で言い放たれた言葉にアリアは凍りつく。次の瞬間にはいつもの柔らかな笑顔でこちらを覗くシエラが遠い存在に感じていた。
「これまでには食人種もいたことがあります。そんな連中と肩を並べてピクニックなんて出来ません。あくまで最悪の場合です。深く考えなくても大丈夫です。」
アリアの表情を読んだのかシエラが捕捉した。これまでも人間は様々な種族と戦争に明け暮れていたため今さらな話ではある。アリアのいた世代では休戦協定が締結され一時的な平和が訪れていた。しかし、各種族の王達は今度は誰が引き金を引くのか腹の探り合いに余念がなかった。そのため仮初めの春と呼ばれ民は疲れきっていた。そんなことを思い出しながらシエラの後を追いかける。途中何本も倒木があり歩き難い場所があった。そのような場所は手を借りながら一時間ほど歩く。
「見えてきましたね。」
シエラの一言でアリアの肩に力が入る。隣人として暮らせるかそれとも敵として争うことになるのか。踏み固められた道を通り集落の近くに到達した。集落の周りには先を尖らせた丸太で作られた柵が張り巡らされている。高さは1.7mほどある。村の中央辺りに見張り台の様な物もあるがそこに人影はない。
「どうもこの集落は外敵と戦闘、もしくはそれに近い状態にあるようですね。それにしては見張りがいない事が不自然です。」
「魔物除けの柵なんじゃないですか? わたしの町にも壁ありましたよ?」
シエラの疑問にアリアが返事をしてみる。
「そうですね。ただ、見張り台があるのに見張りがいない状況がわかりません。この辺りには夜行性の魔物しかいないのでしょうか?」
アリアが初めて天球で確認した生物は日中にウサギを追う狼の姿だった。そのため日中でも危険があることは明白である。
「いずれにせよ入ってみないとわかりませんね。行きましょう。」
そこまで考えながら入るのかとアリアが少し不安になったが一人でいることの方が怖かったためついて行くことにした。柵に沿って歩くと直ぐに門が見つかった。門の前にも拒馬が設置され重々しい空気が感じられる。
「シエラさん・・・。 帰ったほうが良くないですか・・・?」
不安になったアリアが声をかける。しかし、シエラは首を横に振って答えた。
「事情によっては恩を売る事ができます。何と争っているかを確認してからでも遅くはないでしょう。相手がこの村よりも大きな勢力であればそちらを散策するのも楽しいかも知れません。」
以前ドラゴンの縄張り争いを見物した時のようにそれっぽい理由をつけてごり押しするパターンだとアリアは気付いた。何も言わずに家に戻ろうとしたが、実行するよりも先にシエラに捕まってしまった。
「天球で見てますから離してぇぇ!」
「やはり一人よりも二人のほうが楽しいと思うんですよね。」
噛み合わない会話にアリアは悲しそうな表情を浮かべる。小脇に抱えられ連行されていく哀れな少女を助け出せる者はそこにいなかった。
自分の文章力に落胆。