風呂
アリアは自分の部屋のベッドでゴロゴロしていた。先日探索を行った場所で人生初の生ドラゴンを目撃し外の危険を嫌と言う程味わったため拠点のマイホームへ戻ってきていたのだ。ドラゴンのケンカの巻き沿いで死にかけたため少し引きこもり気味だ。今は同居人のシエラが出かけているため暇を持て余している。
『負けた方のドラゴンを調査するため少し留守にします。』
そう言い残して一人で行ってしまったので特にする事が無い。一応天球で状況確認をしようかとも思ったがあの死にかけのドラゴンに止めを刺していたらと思うと見る気が失せた。そのためもう片方の青い星を観察したが特に気になる様な物も無かった。趣味の小物作りも材料を作り出し籠編みをしていたが四つ程作った所で飽きてしまった。やはり自分もついて行けば良かったかと思い始めた時に一階から声がした。
「戻りました。」
少しほっとしたような気持ちで一階にあいさつをしに降りて行く。
「あぁ。 アリアさん。ただいま戻りました。」
「おかえりなs・・」
その姿をみてアリアが絶句する。拭った形跡はあるが血塗れだった。
「だ・・ 大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。ドラゴンを解体して調べていました。魔石が入っていましたのでかなり進化しています。一体どれだけ時間が進んでいるかは判断できませんがもしかすると既に知能の高いドラゴンがいるかもしれません。もう少し探索範囲を広げてみると何か見つかるかもしれませんね。」
いつも通りの様子をみて少し安心したアリアだったがやるべきことができたことはわかった。
「お風呂作ってきます。しばらくそこ動かないでくださいね。」
アリアのいた町では公衆浴場が無料開放されていたため個人の家に風呂が設置されていることは珍しかった。この家も例外ではなく元々風呂は付いていない。不快になる前に桶に水をためて間に合わせていたがここまで派手に汚れている相方をこのままにはできない。既にシエラの足元は血濡れで見ていて気持ちのいい物ではない。早速キッチンの壁に扉を作成する。しかし、よく考えると個人宅用の風呂など見たことが無かった。巨大な公衆浴場しか思い浮かべることができず20人は入れそうな巨大な浴槽が現れた。
「・・・。 ま、まぁ・・小さいよりはいいよね?」
我ながら融通が利かないと思いながらも完成した浴槽に湯を張っていく。"継承者"としての能力がなければ一人でこの巨大な風呂を満たすことなどできなかっただろう。あっという間に浴槽はたっぷりの湯で満たされた。これで準備は完了だ。あとはいかに家を汚さずにシエラをここに運ぶかである。いろいろと考えながら店舗部分に戻る。言われた通りその場で待機していたシエラに準備ができたこと伝え大きな袋を作り出した。
「じゃ。 入ってください。」
「!?。 ・・・。」
無言で袋に入り顔だけ出したシエラ。その姿はまるでミノムシだった。床を汚さないため袋に詰め込んだシエラをずるずると引き摺って風呂まで運ぶ。
「なんとなく死体の気分がわかったような気がします。」
微妙な顔をしながらシエラが言った。引き摺りながらアリアももっといい方法があったのではないかと少し後悔しながら風呂へと急いだ。見た目は完全に死体遺棄である。やっとの思いでたどり着くと無抵抗のシエラを袋から取り出した。
「お湯は湯船から取ってくださいね。温泉じゃないので洗い場が作れなかったんです。手桶は作ってありますからそれ使ってください。」
「わかりました。ありがとうございます。一つ問題と言う程ではないのですが・・。」
「なんですか?」
「脱衣所なんかは無いのですか?」
「っ!?」
風呂を作ることに集中しすぎて失念していた。しかしこのまま脱衣所を作り直すまでシエラを放置するのも気が引けたのでそこはおいおい作ることにした。
「私は床の掃除をしてくるので適当に入っちゃってください。はい。これフェイスタオル。着替えはキッチンに置いときます。大きいタオルは入り口に掛けときますからゆっくり入って下さい。じゃ!」
矢継ぎ説明を済ませると店舗部分に戻り血塗れの床を掃除する。しかし、少しの間だが放置された血は床に吸われ大きな跡を残している。まるで殺人現場だ。さてどうしたらいい物かと思案する。
「あぁ。 ここだけ作り直せばいいじゃん!」
そう言うと血の跡がある一枚10cm程のフローリング材7枚分が霧散し、新しい物が現れた。
「おぉー。これは便利!」
これならわざわざ袋に入れて運ばなくてもよかったと考えながら風呂に向かう。せっかく準備したのだから自分も入ってしまおうと思ったのだ。脱衣所が無いためキッチンで服を脱ぎ風呂へ向かう。
「あ・・ アリアさん。」
シエラが悲しそうな顔で見ている。お湯を使った形跡が見て取れない。
「どうしたんですか?」
「すみません。私には熱くて入れませんでした。」
その言葉に急いで湯船を確認すると手が入れられないほどの温度である。
「ごめんなさいッ!!」
とにかく謝ると直ぐに水で薄めて温度を下げていく。いつも作っているお湯がお茶に最適な温度だったためとんでもない温度になっていたようである。5分ほど掛けて調整しようやく人が入れる温度になった。
「お待たせしました! これで入れます!」
安心したように手桶でお湯を使い始めたシエラだった。血で固まった髪を解す様に洗っている。不思議なことに徐々に洗っている髪から泡が立ち良い匂いを放ち始めた。
「シエラさんシエラさん。それどうなってるんですか?」
興味深々と言った風にアリアが聞いた。それに対してシエラが答える。
「これは水からシャンプーを錬成しています。界面活性作用があるので効果的に汚れを落とせます。また、心地よい香りでリラックス効果を与えさらに保湿効果もあるため地肌にも良い効果があります。」
「わ・・ 私もやりたいです!!」
アリアは目を輝かせて言った。今までは湯で流すことしかなかったためとても新鮮に映ったようだ。アリアの暮らした頃はこのような物は無く、庶民も権力者も風呂で流すくらいだった。温泉地などで炭酸泉が人気だっただが、それは風呂あがりにすっきりするためだった。
「では手を出して下さい。これを手の上で泡立ててから洗います。マッサージするようにゆっくりでいいので優しく洗って下さい。そのあとに毛先の方まで泡を馴染ませてください。」
アリアは言われた通りにやってみた。しかしあまり泡立たなかった。どうも手で泡立てる際にかなり無駄にしてしまったようである。それを見たシエラが手伝い始めた。指の腹を使って頭をマッサージするように洗っていく。時に力強くまた優しく緩急をつけてマッサージされ次第に気持ちよくて眠くなって来たようだ。ふらふらしている。
「もう少しですから。」
そうシエラに言われはっと目が覚めたアリアは申し訳なさそうにしている。そうこうしている内に泡を流し終わりまた手の上で何かを伸ばしている。
「次はトリートメントを馴染ませます。髪に艶が出ます。よくシャンプーを濯ぎ水気を切ってからから毛先に馴染ませます。アリアさんの髪は長くて綺麗ですが毛先が少し傷んでいます。これをつけると毛先の状態も改善するでしょう。」
説明しながら手際よく作業していく。なすがままのアリアはうつらうつらしながら事を見守っている。気づけば全身隈なく洗っていた。
「これで終わりです。温まったらのぼせないうちに上がりましょう。」
「は~~い。」
間延びした声で返したアリアは気持ちよさそうに湯に浸かっていた。
シエラ「昔飼っていたラブラドールを思い出します。」
アリア「ラブラドールってなんですか?」
シエラ「大きい犬です。」
アリア「・・・」