プレゼント
1m程の丸いテーブルに向かい合う形で座っている人物が2人。一杯目のお茶を飲み干しにこにこしているシエラをみて二杯目のお茶を準備するアリア。ローズヒップティーを選択し酸味があるためお茶菓子もマドレーヌを用意した。
「ありがとうございます。先代は余暇に頓着しなかったのでこういった嗜好品を口にする機会がなかったのです。私も食事は必要ないのですがやはりおいしいものは気持ちが落ち着きます。」
どうやら気に入ってくれたようでほっとしたアリアは自らもマドレーヌに手を伸ばした。少し前は想像していなかった落ち着いた時間に頬が緩んでいた。
「そういえばこちらに来るのが遅れた理由って何だったんですか?」
シエラが言っていたしばらく合流できなかった事情が気になってきたため聞いてみた。もしこの家のほかに何かがあるのであれがそちらにも行ってみたかったのだ。
「そうでした。お渡しするのが遅れて申し訳ありません。これを探していたのです。」
そういうとシエラはジャケットの内ポケットから7cm程の丸いものを取り出しアリアへ手渡した。それは真球のガラスのようで、中はたくさんのキラキラ輝く物が見えている。赤く輝く物や茶色のもの黄色に見える物や真っ白に見える物。中でも青く一際美しい点が目を引いた。それを見てうっとりしているとシエラが説明を始めた。
「これが天球です。これを探していたためここへ来るのが遅れてしまいました。世界はイメージで作られていることは既にご存知でしょうが、あくまでもイメージできるものに限られています。アリアさんがイメージし易い家や料理などは問題ないですが、大地を作り直すことは難しいでしょう。文化レベルによって住んでいる世界が天体として認識されているかただの平面が続いているとされているかや様々な認識の違い、学習を受けられる身分にあるかなど想定が難しいためテンプレートとして初代が作成しました。この天球に魔力を流すことで息を吹き返し再び生きた世界として機能します。今はいわゆる休眠状態です。」
また重要なことをあっさりと切り出すシエラに驚愕の色を隠せないアリアだった。しかし、今の説明で無視できない項目があった。天球が休眠状態であるならば機能を取り戻せばあの平穏だった世界が取り戻せるのではないかと期待が膨らむ。
「じゃ・・ じゃあこれを使えば前の暮らしを取り戻せるってことですか!?」
聞かずにはいられずアリアが質問する。しかし、シエラは首を横に振った。
「残念ながらそれはありません。先代が消えた瞬間にすべての生き物に宿る魔力が霧散し生命は根絶しています。魔力を必要としない微細な生物は生き残っていますが、ある程度高度な生命は例外なく消え失せました。あくまで環境しか残っていません。」
残念ながら思い通りにはならないようだが、スタートが何もなしの状態だったためそれよりはましだと直ぐに切り替えた。
「それじゃあこの真っ黒なところからは脱出できるんですね?」
アリアはこの殺風景な真っ黒い空間に嫌気がさしていた。作った窓から見えるのは果てしなく続くなにもない景色。音もなく昼も夜もない代り映えしないところから変化を求めていた。
「脱出というと語弊がありますがもちろん可能です。この黒い空間は継承者と私が使える便利な倉庫だと思ってください。ここと天球の中は行き来が自在です。試しに天球に魔力を流してみてください。」
簡単そうにシエラが言った。しかし、アリアは魔力の操作があまり得意でなかった。以前は雑貨屋の娘としてごく普通に暮らしていたため魔法など使ったことが無かった。親友が得意で何度か教わったが全く進歩せずに投げ出していた。ここの暮らしを始めてからはさらに魔法に触れる機会が無くなり忘れていたほどだ。はてさてどうしたものかと丸い球を見つめているとシエラが言った。
「今まで魔力の操作がうまくいっていなくても継承者に選ばれた瞬間から魔力はあなたに隷属しています。使い方がわからなくても命令するとそうなります。最初は口に出して命令をイメージし易くするといいかもしれません。『魔力よ天球に集まれ』とか。」
思いのほか簡単な作業に拍子抜けしたアリアだったが、ここで失敗しては今後に差し支えるため意識を集中し手のひらにのせた天球へ命令してみた。
「魔力よ天球にあちゅまれ!!」
気合を入れすぎて思いっきり噛んだがアリアの周りから青白い光が現れ天球に吸い込まれて行く。赤面しているアリアからシエラがばつの悪そうな顔をして目をそらした。恥ずかしいが成功したようでどんどん現れては吸い込まれて消えてゆく光は黒い空間にまるで星をちりばめたような美しい光景を産み出していた。アリアは目を奪われしばらく言葉を発することも忘れ眺めていた。
「うまくいったようですね。」
シエラが声をかけた。はっと我に返りそちらを見たアリアがたずねる。
「このあとどうしたらいいんですか?」
とりあえず言う通りにしたがこのあとどうしたらいいかわからず答えを求めていた。魔力を与えられた天球は淡く青色に輝きアリアの手から3cm程の高さに浮き上がっている。
「そこまで起動したならもういいでしょう。魔力を止めてください。」
「ど・・ どうやって止めるんですか?」
手足から急に力が抜けていく感覚に焦りだしたアリアが聞いた。最初は少し天球が重く感じる程度だったが、手から浮き上がったあたりから腕を上げているのがつらくなり次第に立っているのも苦しくなってきた。
「同じように命令してくだ・・ あ。」
言い終わる前にアリアが倒れこむ。シエラは直ぐに駆け寄り地面に落ちる前に抱きかかえた。
「感覚の問題ですね。時間ならありますからゆっくり慣れてもらいましょう。」
アリアを優しく抱き上げ壁にもたれさせ休める。横になれる場所を探すため屋内を探索する。ほどなくして二階に立派なベッドを発見したシエラはアリアをいわゆる"お姫様抱っこ"してベッドまで運んで行った。
そういえば服装の描写が全くないことに気付きました。アリアは襟元にフリルのついた薄い水色のチュニックブラウスに7分丈の濃い目のベージュパンツ。シエラは白いシャツに黒のスカートタイプのスーツとかそんな感じです。