トカゲ村の昼食
トカゲ村の昼下がり。鼻をくすぐる良い匂いが漂ってくる。大きな鍋でことこと煮込まれたドラゴンの股肉。シエラはシチューを作ろうとしたが、乳製品が手に入らなかったため具沢山のスープになってしまった。調味料が塩しか無いため野菜の旨味とドラゴンの骨でとった出汁で味に深みを与えている。ダリオが土産として持ってきたという保存に適した固いパンを焼き、浸して食べることにした。あとは、相棒のアリアと新人のアレイナが到着するのを待つばかりだ。アリアはアレイナを風呂に入れるために自宅に向かったのだが、3時間ほど経っても戻ってこない。
「女性の準備は時間が掛かるものですが、どうしたものでしょうか・・・ 」
料理は万端。しかし、客がいない。30分ほど前に最善の状態になってしまい、このまま煮込むと肉の食感が悪くなってきてしまう。
「少し位冷えていても食感が失われるよりは良いでしょうか。今が食べ頃なんですが・・・」
冷えても固くならないドラゴンの油であればさして影響が無いと判断し、火から鍋を外した。狩りから帰って来たダリオに指示を出し、トカゲ村の住民達にも既に配給してある。なかなか好評で作り方を教えてほしいと女性陣から質問攻めにあった。ダリオは排他的と言っていたが思いの他社交的であった。話が違うと思い聞いてみると、村長のプライドが高く他の種族を見下していたため外部との接触を禁止していたそうだ。種族の問題ではなく指導者の問題だった。
ドラゴンの襲来時にも女・子供と戦うことは出来ないとまともな作戦も無しに男手を駆り出して突撃。結果大敗し何人かは村まで辿り着いたが、傷が深く結局助からなかったとのこと。能力の足りない者が不相応な立場に就くことはよくあることだ。今回の件はその典型だろう。ダリオは今のところ問題は無いようだが今後はどうかわからない。第三者としての守護者配置はこの村のためになるだろう。
「もどりましたー」
「お帰りなさい。あら、見違えましたね。」
ようやく戻ってきたアリアの傍らに立つアレイナに目をやる。ベタベタだった血は綺麗に洗い落とされ、金色でストレートの髪を少し幅広のリボンで後ろに纏めている。ミディアムほどの長さだ。青色の瞳で此方を見ている。黒のスキニーパンツに白いシャツ、上に黄色のカーディガンを羽織っている。14〜5才くらいに見える。少しねじれた角がこめかみの少し上から正面へ向かって生えている。
「アリア! ふく! 」
片言の単語を並べて何か主張している。わずかな時間で単語を組み合わせて使っている所を見ると学習力もありそうだ。何となく言いたいことはわかったのでとりあえず誉めてみる。
「えぇ。良く似合っています。」
誉め言葉も理解しているようで満面の笑みで此方を見た。隣にいるアリアも嬉しそうだが、こんなに情を掛けてこの村に置いて行けるのかが心配だ。まぁ、一旦その話は置いておいて食事にしたい。
「さぁ、少し遅いですがお昼にしましょう。」
少し冷めてしまったがまだまだ許容範囲内だ。これ以上時間が経てばそれこそもったいない。この先の話はお腹が膨れてからでも問題ない。
「これがシチューって料理なんですか?」
物珍しそうにアリアが聞いてきた。恐らく食べたことが無いのだろう。先代世界での文化水準はあまり高くなかった。魔法の使える文明はあまり技術が進まず、食に対しても食べられるかどうかしか考慮されていない。王族や貴族等は別の話だが、庶民の間にお菓子があったのが奇跡にすら感じられる。
「いいえ。これはただのスープです。乳製品が無かったため作れませんでした。」
それでも興味津々といった様子で鍋を覗き込んでいる。
「すごく綺麗な・・ 金色?です!」
そういえば出汁を取るという知識もあまり広まっていない状況であった。
「これは玉ねぎの皮や根菜類のへた等の野菜くずを低温で煮込んだ物とドラゴンの骨で取った出汁です。村の皆さんには好評でした。」
集会所の土間にテーブルや食器を出し、取り分ける。アレイナはどうして良いかわからないようで落ち着かない様子だ。
「アリアさん。教えてあげてください。以前も話しましたが、私は教えるのに向かないので。」
初めての食事にアレイナは素手で掴みかかろうとする。アリアが制止し、スプーンを持たせようと四苦八苦している。
「アレイナだめ! これがスプーン! こうやって使って!」
その姿を見ながら箸とどんぶりを装備したシエラは我ながら良くできたと自賛しながら食事を楽しんだ。アリアの奮闘もあり、アレイナは10分程でスプーンを使い食事をし始めた。少し雑だが十分それらしい格好だ。そこでようやくアリアも食事にありつける。
「これ・・、すごくおいしいです!」
料理はすっかり冷えてしまったが、それでも好評であった。それぞれが思い思いに食事を楽しんだ後に先延ばしにしていた議題を投げ掛ける。
「さて、アリアさん。アレイナのことですが、この村に置いて行けますか? 」
アリアが驚愕の表情を浮かべ、その顔を見たアレイナが面白そうに笑っている。
「この村の守護者を作るのが目的でしたが覚えていますか?」
口を開こうとする度に思い直し視線の定まらない様子を見るに、言い訳を考えているようだ。しかし、巧い言葉が見つからないようでさっきからぱくぱくしている。
「実は生き別れた妹なんでs・・・」
「いえ。そういうのは要りません。」
とてつもなくどうでもいい嘘に食いぎみにどうでもいい突っ込みをいれておく。
「連れて行くのなら連れて行けば良いでしょう。前も言ったかも知れませんが貴女は継承者。この世界を生かすも滅ぼすも貴女次第。好きにして良いのです。素材はまだありますから守護者を再度作り出せばいいのです。まぁ、今度はあまり情が湧かない姿が良いでしょう。」
安心したのかアリアの顔から不安な表情は消えた。こうなることはあらかた予想がついていた。まだたっぷり残っているドラゴンの素材でもう一人くらい作れるだろう。アレイナほど強力な個体は作り出せないだろうが、そこは致し方無い。
「さぁ、作業場に戻って始めましょう。守護者が定まらないと出発出来ませんから。」
「了解です!」
そう言うとアリアはアレイナの手を引き、作業場に向かっていった。
文章作るって難しいですねー




