ドラゴンの肉
柔らかな陽射しと少しうるさい鳥のさえずりの中、アリアは体中の痛みで目を覚ました。辺りを見渡せば粗末な小屋の中申し訳程度に整えられた敷き藁の上に横たわっていた。体の痛みがひどく起きることが出来ない。目だけキョロキョロと動かし、いるはずの相棒を探す。しかし、見当たらない。
「しーえーらーさーん・・・」
弱々しい声で呼んでみるが反応が無い。急に不安になり必死に起き上がろうともがく。痛みと不安で潰されそうな中扉の無い入り口から視線を感じる。なんとかそちらに視線を向ける。子供のトカゲと目があった。子トカゲはびくりと体を震わせ一目散に逃げ、入れ違いにシエラが現れた。
「アリアさんおはようございます。いじめたらダメじゃないですか。」
「いや、目があっただけですってば。全身痛くて動けません!」
アリアが立ち上がろうとするが、まるでぜんまい仕掛けの人形のようにぎこちない動きでままならない。
「それはただの筋肉痛でしょう。運動不足ですね。」
「えぇ・・・? 能力の使いすぎとかじゃないんですか?」
アリアが筋肉痛との診断に異議を唱える。しかし、シエラは頭を振る。
「アリアさんは息をするのに疲れますか? 創造と解析はあなたにとって息をするのに等しい行為なのです。」
アリアにとって初めての単語が飛び出した。解析?一瞬聞き流そうかとも思ったが疑問が膨らんできた。ようやく上半身を起こし疑問を投げ掛けてみる。
「あの、解析ってなんのことですか?」
「あぁ、すみません。説明していなかったですね。解析とは文字通り物や生物を解析することで創造するための情報を得る能力です。今までアリアさんが見たもの、触れたものであれば問題ありません。そのため物質や構造の理解が無くても創造できます。」
知識が無くても刀が作り出せたり、お茶やお菓子が作れたのはこの解析能力の賜物らしい。
「そういえば龍も作り出せるって言ってましたが生き物OKなんですか?」
ついでなので疑問を色々聞いてみる。
「特定の個体を再現することはできませんが可能です。また、進化を操作することもある程度は可能です。二代目が得意でしたが、初代も三代目も興味が無かったようであまり手を加えませんでした。」
あぁ、それで母の復活は失敗したのかと得心した。いずれにせよトカゲ男も人間の存在を知っていたため使うことは無さそうだ。
「とりあえず朝食でもどうですか? 昨日のドラゴンの肉がまだたっぷりとありますよ。」
言われた瞬間にドラゴンの断末魔の表情を思いだしえもいわれぬ気持ちになる。
「いえ・・・ 遠慮しときます・・。」
「そうですか。じゃあ、後で食べて下さいね? 一口だけでも食べないと呪われますよ。」
聞き流しそうになったが思わず勢い良くシエラの方を向く。首の筋を違えたがそれよりも気になる発言があった。
「の・・ のろい?」
「はい。迷信とは言われてますが、獲った獲物を無駄にすると七代先まで祟られると言われています。地域によって諸説有りますが大体似たような内容です。」
「お、脅かさないで下さいよ! の、のろ・・呪いなんて!! 」
「おとぎ話でもドラゴンの呪いは厄介なものが多く、中には命を落としたお話も有りますね。」
また脳裏にドラゴンの光を失った黒い瞳が思い出され背筋が凍る。非常に気は進まないが一口でも食べることで安心できるならば安いものかと考えた。
「食べます。食べさせて下さい!」
その言葉にシエラはニッコリと笑い部屋から出ていった。その笑顔に少し早まったかと考えながら再び横になる。起き抜けよりは良くなったが依然痛む体を休め、ぼんやりと天井を眺める。あまりにも粗雑な作りの小屋だ。トカゲ男の"この村は終わりだ"との発言も思いだし、何かしてやれないかと考えていた。しかし、建物を作ってやることは出来るが、そのあとこの地を離れれば修復できずに元の状況に戻ってしまう。自分の知識では建築を教えることはできないし、ここに居続ける事もないだろう。そんな事をぐるぐる考えながらシエラを待っていた。
「お待たせしました。」
颯爽とシエラが入ってきた。30㎝程の木製の皿に乗せられた料理が湯気ををあげている。明らかに一口には見えない肉の量をぐいぐい押し付けてくる。
「とりあえず一口ステーキにしてみました。シンプルに塩のみで味付けしています。騙されたと思って食べてみて下さい。」
目の前に差し出された皿に目をやると思いの外美味しそうなステーキが出来上がり、ご丁寧にフライドポテトまで添えてある。久しぶりに鼻をくすぐる香ばしい匂いに思わず唾を飲み込む。想定外の仕上がりに面食らって少しの間ステーキを眺める。
「これは気が付きませんでした。食べさせてあげますね。」
なかなか手を出さないアリアを見て動くのが辛いと判断したのかシエラが申し出た。
「だ、大丈夫です! 自分で食べれます!」
一人前としても多いステーキを前に意を決して皿を受け取り一切れを恐る恐る口に運ぶ。一噛みした瞬間に目を見開きシエラの方へ向き直った。
「美味しい!!」
噛む度に溢れだす肉汁と、塩だけとは思えない旨味が口一杯に拡がる。何日もかけて出汁をとり仕上げたスープを凝縮したような深い味わいに手が止まらなくなっていた。不思議と食べるほどに体の痛みがやわらぎ力が湧いてくる。
「気に入った様ですね。一頭から5kg程しか取れない希少な部位です。同じ重さの金と交換される最高級品です。回復の効果もあるので今のアリアさんには丁度良いでしょう。」
シエラの説明に納得し、喋る間も無く食べ進める。あれよあれよと言う間に山盛りにあったステーキが無くなった。
「おいしかったぁー 」
ためらっていたことを後悔するほどの味に満足顔のアリアでであった。さっきまで痛みでまともに動けなかったのが嘘のように軽快に体が動く。
「まだありますが食べますか?」
満足そうに大の字になっているアリアにシエラが聞く。
「流石にもう食べられないですー。シエラさんは食べたんですか?」
「はい。昨日の夜に。本当はアリアさんが起きるまで待とうと思ったのですが、お礼の料理が準備されていなかったのです。食べると決めていたものがなかったのでまぁ、その、ね? まぁトカゲさん達には別の部位を渡しました。残りは"虚"に置いてあります。」
はて?"ウロ"とはなんだろう。そんな思いが顔に出ていたようでシエラが解説する。
「すみません。こちらも説明していなかったですね。"虚"とはアリアさんの家の有る空間です。虚の中では時間の概念が曖昧で劣化しないため保存に最適なのです。」
「へぇー。じゃあ、保存の魔法とか要りませんねー。」
起き上がり、良いこと聞いたと言うような顔で相づちを打つ。そんな話をしているときに外から壁をノックする音が聞こえた。
「恩人達よ。少し時間を貰っても良いだろうか?」
外から聞き覚えの有る声がする。
「トカゲさんですね。どうしますか?」
苦々しい顔のシエラが言う。お礼の料理が無かった事をまだ根に持っているようだ。
「断る理由も無いですから。どーぞー。」
神妙な面持ちで部屋に入ってきたトカゲ男は恭しく一礼すると話し始めた。
「先ずは村を救ってくれて本当にありがとう。私はダリオ。君達が来なければ我々は生きてはいなかっただろう。それと、礼の準備をしていなくて申し訳無かった。」
「どうも。アリアって言います。」
「シエラです。」
感謝と謝罪を述べるダリオ。安堵のなかに少し不安の色がみえる。
「せめて疲れが癒えるまで好きなだけ滞在してくれ。これからは狩りも再会できる。もう少し居心地の良い場所を提供出来るよう善処もしよう。」
要約すると食と住居を工面するから衛兵としてしばらく働けと言うことのようだ。
(どうせ暇なのですから受けても良いのでは?)
シエラが耳打ちする。寝床は自分で作るとして、問題は外から丸見えのこの建物である。あまり気持ちの良い物ではない。滞在するなら早急に手直しもしくは作り直しをしたい。
「じゃあ、これからこの小屋を改造しますが、許して下さいね?」
「あぁ。全く問題無い。自由に使うといい。人手が欲しいときは相談してくれ。大した事は出来ないかもしれないが居ないよりはましだろう。」
ダリオは安堵したように破顔一笑した。どうやら以前話していた竜神の守りが無くなったことが不安の種のようだ。
「それでは私は狩りに出掛けてくる。こちらで準備出来るものがあれば言ってくれ。それでは失礼する。」
後ろ姿を見送ると早速アリアが動く。
「それではここを第二のマイホームに改築しましょー」
気の抜けた掛け声をあげ、右手を握り突き上げる。快適な環境にすべく小屋のなかを見渡す。しかし、内装だけではどうにもならない程作りが悪い。あるはずの基礎が無く、地面に直接置かれているだけだ。さらには柱の長さがそれぞれちぐはぐで傾いている。また、壁に使っている板も幅がまちまちなため隙間だらけだ。これでは雨が降れば家の中まで水が入って来てしまう。屋根も光が漏れている事から派手に雨漏りしそうである。
「これ・・・、作り直した方が早くないですか?」
あまりの状態に困惑する。シエラの方を見るが反応は良くない。
「この建物を作り直すことは簡単なことでしょう。ですが、それによってトカゲ達が自らの家も手直しをと要求してくる可能性はあります。もちろんそれを叶えることも可能でしょう。要は貴女が彼らをどうしたいかで決めた方が良いかと思われます。」
「と、いいますと・・?」
「貴女がここに居を置き、彼らを庇護するのかどうかです。今回は私達がドラゴンを倒し、村を救いましたが今後はわかりません。彼らが竜神と呼んでいたもの。恐らく縄張り争いで負けたドラゴンですがもういません。10人ほどの村人の中で戦えるのはダリオさんだけ。子トカゲが大きくなるにはまだかかるでしょう。大型のドラゴンを養うだけの土地です。他にも強力な敵が居てもおかしく無く、問題は枚挙に事欠きません。」
薄々感付いていた事ではあるが村の状況は厳しい。もちろん自ら状況を変えることも有るかもしれない。しかし、土地を捨てずに命を捨てようとしていた者達である。あまり期待できない。何もせずに立ち去れば彼らは滅んでしまうかもしれない。その場合せっかく助けた事が無駄になる。
「今の暮らしをもうちょっと良くしてあげたいです。でも教えてあげられることがないんです。家を頑丈に作り替えてあげることは出来ますけど、私達が居なくなったとき直せる人が居ないんです。ピンチになった時に助けてくれる人も。」
軽く握った手を唇に当てて考えるが、まとまらない。どうにかしてやりたいがどうしていいかわからない。
「それでは、ゴーレムを作ってはどうでしょうか? 素体を作って頂ければ私が改造します。彼らの守りと教育をさせるのです。」
「ゴーレム・・ 見たことがないんです・・・」
シエラからの提案に乗りたいが解析の力が有っても見た事や触った事の有る物しか作り出せない。
「いえ。何も魔導型である必要はありません。人型で良いのです。知識は私が植え付けますので基本スペックが高く長命であれば問題ありません。」
植えつけって・・・
何となく恐ろしいイメージが湧いてくる。シエラの顔からはうかがい知れないがこの村の人達が安全に暮らすには必要と考え腹を決める。
「やってみます。いつもと同じように作れるんですか?」
念のため聞いてみる。生き物、しかも人型を作ると決めたため失敗だけは出来ないとの思いが込み上げる。
「はい。強いて言えばあのドラゴンの体を使えば強い個体が出来やすいでしょう。慣れるまでは元となる物があった方が上手く行きます。」
「わかりました! 確か残りは家にあるっていってましたよね? 一旦家に戻ってやってみましょう。」
「虚にあるのは美味しい所だけです。ほとんどの部分は村の調理場の裏に有りますので取ってきます。このままでは入らないので入り口を大きくしておいて下さい。ほぼ解体しているので間口は2m位あれば入ります。」
「はい! 準備しときますね!」
シエラが出てから6畳程の大きさしかない小屋を改造する。一旦全てを消し、18畳程の大きな作業場へと作り替えた。一度家を作った事があるのでスムーズに事が運んだ。軸組工法とパネル工法を合わせた造りで耐久性を高めている。越屋根で採光し、作業もしやすい。あとは材料の到着を待つだけだ。出来上がりに満足したのか頷きながら状況を確認していた。
「ずいぶん立派になりましたね。これなら相当長持ちしそうですね。住居としては使えませんが。」
「このままじゃ住みませんよ? 事が済んだらまた改造します!」
冗談混じりのダメ出しに一言返してから得意気にシエラの方を振り返る。
「それでは搬入しますので扉が閉まらないように押さえていてください。」
そんなこともあろうかとドアストッパーも準備済みであった。両方の扉を固定し、搬入を待つ。ずりずりと大きな音を立てながらシエラが入ってくる。解体してあると言っていた割にドラゴンの形が7割位残っており、アリアはゾッとする。
「ちょちょっ・・! グロい!!」
「ちゃんと解体してありますから。美味しいところだけ。」
「・・・。」
そこかー。
顔が上半分しっかり残っており目が合った。ぞわぞわと背筋が冷える。たまらず目を背けシエラに懇願する。
「あの、顔を隠してくれませんか?」
不思議そうな顔をしながらシエラが両手で自らの顔を隠す。
「そうじゃなくて!! ドラゴンのです!ドラゴン!!」
あぁ、と言うような顔でちらりとアリアを見てからシエラはドラゴンの顔に大きめの布をかけた。
「それではぱぱっとやっちゃいましょう?」
シエラの軽い言葉に拭えぬ罪悪感を感じながら意識を集中し始める。どうやっていいかわからないままとりあえず人型を思い浮かべ、シエラの言っていた長命で頑強なイメージを強めていく。一瞬ドラゴンとの激しい戦闘を思いだし、恐怖を思い出す。もし子供のドラゴンだったら別な結末もあったのかもと要らぬ妄想をしていた。そうこうしているうちにドラゴンの回りからキラキラと光が溢れだし小屋のなかを照らす。光はドラゴンに吸い込まれて消えていった。特に変化が見られず反応は消えてしまった。
「あ・・ あれー・・? 何もできませんね・・・」
言った途端に頭に被せていた布が動いたような気がしてまじまじと観察する。特に変わった様子は無いようだ。
「所で、名前はどうするのですか?」
シエラが異なことを言う。言い終わるか否かのタイミングで布が動いた。
「ーーーーーーーー!?」
アリアが声になら無い悲鳴を上げてシエラに抱きつく。ガタガタ震えるアリアに疑問の顔を浮かべるシエラが言う。
「どうしたんですか?そんなに怯えなくても創造物は余程の事がなければ謀反などしません。安心して下さい。」
シエラの落ち着いた姿を見て落ち着きを取り戻し始めたが、こんなグロテスクな従者が増えても全く嬉しくない。頭にかけた布がモソモソと動くたびに気が気では無い。
ばさ
ついに布が大きくはためき中があらわになる。そこにはグロテスクな頭ではなく、可愛らしい女の子が座っていた。その姿に緊張が解けてアリアはその場にへたりこんでしまった。
「概ね注文通りのですね。これならすぐに強くなるでしょう。魔法は苦手のようですが、魔力量は上々です。このドラゴン程度の敵なら現状でも苦戦しないでしょう。」
シエラの評価に驚きが隠せない。顔立ちも幼く今しがたこの世に生を受けたばかりなのにあのドラゴンより強いらしい。それよりもそんな力の有るものが無知な状態というのが恐ろしい。
「大丈夫なんですか!? なにもわからずにこの村無くなっちゃったりしませんか!?」
「安心してください。命令しなければ害はありません。それよりもこの子に名前をつけてあげてください。名付けは非常に重要です。名は体を表すと言われています。素敵な物を考えて下さい。」
「じゃあ、ドラ・・」
「駄目です。犬に犬とつけますか? 」
「スミマセン・・・」
先読みをされていたようで食いぎみに却下された。自分のネーミングセンスの無さは理解していた。ここはシエラに案を出して貰おう。
「シエラさんなら何てつけますか?」
「私は猫に"猫"とつけて馬鹿にされた事があります。」
「・・・・」
詰んだ。何故かどや顔のシエラを放置し、こちらをぼんやり眺める少女を見つめながら考える。ひとまずタオルを作りドラゴンの血にまみれた少女を拭いてやる。何かいい名前が無いかと考えを巡らせるが思い付かない。そこでふと思い出した。
「あの、"アレイナ"ってどうですか?」
「いいと思いますよ。やれば出来るじゃないですか。」
「スミマセン・・ 私が考えたんじゃないんです。妹の名前だったんです。私が2歳の時に病気で亡くなったそうで全然記憶にないんですけど生きてたらこのくらいかなーって。」
「あ・・れ・にゃ?」
たどたどしい言葉で初めての言葉を話すアレイナ。急に嬉しくなりにっこり笑って名前を教えるアリア。
「ア・レ・イ・ナ・だよ。」
「あれーにゃ?」
「ア・レ・イ・ナ」
頭を撫でながらゆっくりとした口調で教える。血でごわごわな髪を見てお風呂に入れなきゃという使命感が湧いてきた。
「シエラさん。私、アレイナをお風呂に入れてきます!!」
そう宣言し、シエラの方を向く。するとシエラはドラゴンの股の肉を解体していた。
「はい。お昼は股肉でシチューを作りますからそれまでには戻って来てくださいね。」
「・・・はい。」
何となく複雑な気持ちを抱えたままアリアは自宅に戻って行った。
作品名が全くしっくりきません。




