再会
「さてアリアさん。これからあのトカゲ村を襲ったドラゴンを倒しに行きます。これは人助けにもなりますし、何より力の使い方を覚える絶好の機会です。気合いを入れて行きましょう。」
相変わらずニコニコ顔のシエラが説明する。しかし、不満たらたらのアリアが反論する。
「それにしたっていきなり実戦は無いですよ! ちゃんと練習してからじゃないと出来ることもできないです!」
至極真っ当な主張であったが、シエラの意思を変えることはできなかった。
「すみません。私はあまり器用では無いので教えるのが苦手です。信条としても"習うより慣れろ"です。アリアさんは魔力の操作は自由自在なのであとはイメージだけです。その気になれば神龍も作り出せますよ。ですから・・ね?」
何か同意を求められたがとりあえず首を横に振る。こればかりは命が掛かっているため引けなかった。
「仕方ありませんね。それでは予告の時間までかなり余裕がありますから適当な場所で練習しましょう。」
ようやくシエラが妥協したがドラゴン討伐は変わらないらしい。ニヤニヤしている所が怪しいが訓練の時間はくれるようだ。そうこうしているうちに岩だらけの場所に到着しようやくアリアは解放された。
「それでは開始しま・・」
言い終わる前にアリアが自宅に戻ろうと意識を集中し始める。それに気付いたというか予測していたシエラはアリアを直ぐに捕まえ抱き寄せた。
「さっきも言いましたが離れられない運命なのです。さぁ特訓を始めましょう。」
「顔近い、顔近いです。スミマセン。」
あまりのスピードにアリアは全く反応できなかった。
「わ・・私はこの前までただの町人だったんです! いきなりドラゴンと戦うなんていくらなんでも無茶苦茶です!!」
また帰って来た真っ当な反論にシエラはとびきりの笑顔で答える。
「ほら、獅子は我が子を地獄の底に叩きつけるとか言うじゃないですか? いつ何があっても切り抜けられる様に殺っちゃいましょう?」
この人ヤバい人だ!! 薄々は感じていたがアリアは確信した。どうも転移を使用する予兆の様なものを感じ取れるようで防がれてしまう。例え転移出来ても居場所がバレているため直ぐに見つかる。
「まぁ、これから単独での行動も増える可能性があるため早めに戦闘に慣れて欲しいのが本音です。今アリアさんは他人に捕まれただけで転移出来ないほどしか能力を使えていません。常に一緒で良いなら別ですが私に居て欲しくない事もでてくるでしょう。そうなった時に自衛出来る位には強くなりましょう。」
「その初めてがドラゴンなのは?」
聞かれたシエラはニッコリ笑い答える。
「ほら、ギリギリの相手の方が得るものが多いですから。」
あぁ、バトルジャンキーなんだ・・・ アリアはそう理解した。抵抗が無駄であることを察し、問答している時間で訓練を進めた方が最善であると認識を改めた。
「まぁそれほど難しく考えなくても問題ありません。大物との戦闘は点ではなく面で戦えばOKです。図体が大きいと狙って撃たなくてもあたります。氷や石で貫けば終わりです。」
シエラが事も無げにいう。手を空にかざすとその先には長さ3M幅50㎝程の鋭利な氷塊が7本形作られた。
「このように飛ばす物を作ったらあとは投げるだけです。」
手を振り下ろすと氷塊は正面に飛び巨石と共に大きな音をあげて砕け散った。お手本を見せられたアリアはキョトンとしている。
「アリアさんがいつもお茶やお菓子を作ってくれますね?あれと同じです。気を張らずにいつも通りで良いのです。」
そう言われたアリアはとりあえず氷塊を作るために集中する。少し時間は掛かるが同じように氷塊が形成され始める。
「わっ!!」
シエラの声に驚き氷塊が霧散する。
「な、何するんですか!」
アリアが抗議する。
「戦闘中にそんな悠長に構えてたら命がいくつあっても足りません。瞬時に判断し即行動が鉄則です。その為にちょっと邪魔していきます。」
確かに正論ではあった。が、
「いやステップ早すぎです!! まず成功してからにして下さいよ!!」
あまりにもせっかちな先生に多少苛立っているようだ。
「早めに覚えた方が良いと判断しました。ほら200M位先の岩陰のあたりを確認して下さい。」
なんのことかわからずにとりあえず先を見てみる。すると何か大きいものが辺りを窺うようにキョロキョロと動いている。
「ーーーーーーーーっ!!」
激しく取り乱すアリア。指差したりシエラの顔と指差した先を交互に見たり忙しない。そこには件の片角のドラゴンがいた。あちらはまだ気付いていないようだか先程のシエラのお手本で周囲に異変が起きていることは察しているらしい。よくドラゴンの周囲を観察すると見覚えがある事に気付く。
「前にドラゴンがケンカしてた場所じゃないですか!!」
アリアは自分の言葉にハッとする。ここに着いたときシエラがニヤニヤしていたことを思い出す。計られた!!
「さぁアリアさん。今なら気付かれる前に先手を取れます。闘いはいつでも先手必勝です。」
シエラの白々しいワンポイントアドバイスに反抗したくなり一応逃走を試みる。が、直ぐに捕まった。
「ほら、アリアさん。あのかわいい?トカゲ達のためにも頑張りましょう。貴女がダメージを受ける前に防ぎますから安心して突撃して下さい。」
援護は得られるようだが恐ろしい事に変わりはない。頭の中ではぐるぐる作戦を考えていた。そんな矢先に
「ゴオォアアァァァァァァ!!」
片角のドラゴンに気付かれてしまった。鳴き声に圧倒され思考が一瞬停止する。流石に不味い。ズシンズシンと巨体を揺らしながら一直線に迫り来る姿にようやく我に帰る。シエラはというとまるで初めて立った子供を眺める親のようなワクワク顔でアリアを見ていた。
「あー! もうっ!!」
腹を括ったのか忌々しげな声を上げて飛ばす物を作り始める。かなりのスピードで接近してくる敵を見ながら考える。大きいものは作るのに時間が掛かると判断し初めに作った刀を思い出す。あれならば以前に経験があり素早く数を作れる。そう直感し作り始めた。シエラが言っていた事を念頭に50本程宙に浮かせ迎撃の構えをとる。敵意剥き出しのドラゴンがその巨体に似合わないスピードで迫り来る。アリアは意を決して5本の刀を敵の鼻っ面に撃ち込む。風を切り裂き真っ直ぐに飛んでいった刀はドラゴンの尻尾に弾かれる。
「ガアァァァァァァァ!!」
立ち止まり尻尾を駆使して刀を弾いたドラゴンは不機嫌そうに鳴く。アリアはその隙に飛ばした本数と同数の刀を作り出していた。
「アリアさんその調子です。勢いを殺して頭をあげさせないことが重要です。思考を止めず手を止めず思うように埒を明けてください。」
満足そうな顔で様子を伺うシエラは手をぶんぶん振りながら応援している。
「そんなこといったって・・・ っ!」
注意が散漫になり目を離した瞬間にドラゴンがその鈍器のような尻尾で岩を粉砕し礫として飛ばしてくる。だか、距離がまだ十分にあったため走って楽に回避した。しかし、礫がまだ落ちきらない内に第2撃が襲ってくる。小走りで礫を撃ちながら接近してくるドラゴンに反撃のためにまた刀を撃ち込む。
「シエラさん! 不味いです!! 壁が!」
走りながら立ち回っていたアリアが気付けば切り立った壁に追い詰められている。
「そのままでは逃げ場が無くなります。連続で何本か撃ち込み隙を作り反対側へ回避して下さい。」
シエラのアドバイスを貰い15本を三回に分けて叩き込む。ドラゴンは尻尾で弾きながら後退する。その隙にアリアは壁際から脱出する。互いに決め手を与えられずに拮抗している。しかし、確実に差が産まれてきている。アリアは息が上がり肩で息をしている。さらには初めての命の奪い合いによる緊張である。体は強ばり本来のスピードすら出ていない。手数の多さで拮抗しているが一瞬の判断ミスが命取りだ。
「アリアさんがんばれー!」
そんなことはどこ吹く風のシエラは能天気に振付まで込みの応援をしている。
「そんなのは、いいから、アドバイスでも、くださいよーーー!」
必死に応戦しているがこのままでは押し切られてしまいそうだ。手元の刀は最初の半分ほどに減り激しい息遣いが苦戦を伺わせる。
「それでは一つ。飛ばす物は直線だけではなくカーブも出来ます。やり方はそうであれと思い描くだけです。複数本の囮と何本かの本名が有れば撹乱できるはずです。あぁ、そういえば、散らばっている刀も再使用してあげてください。先が折れていても目眩ましにはなります。」
アリアはそうかと納得する。今までは作っては飛ばしの繰り返しだったが既に有るものを使えば一手間省ける。こんな簡単なことに気付かないとはと思いながら意識を集中する。
「こぉぉれぇーでぇぇーー!!」
無数の折れた刀がドラコンの頭を目掛けて飛んでいく。片角はバックステップで避けようとするが刀は急激に角度を修正し追撃する。その場で回転しハンマーの様な尻尾で迎撃するが、その間にアリアはありったけの刀をドラゴンの上方に移動させる。
「アリアさん逃げてください。」
急に真面目な口調でシエラが告げる。アリアに向き直ったドラゴンの胸は膨らみ地面をガッチリと爪で掴んでいる。先日この動きは見たことがある。
「ブレ・・!!」
言い終わる前に強烈な閃光がアリアを襲う。硬いドラゴンの鱗ですら致命傷を負わせる一撃に最早これまでと目を瞑る。相討ちにでも持ち込めればと振り上げた手を下ろし全弾を撃ち込む。
[とりあえず化けて出ないとなぁ]
そんな事を考えながら中々訪れない体の痛みを不思議に思い目を開ける。すると目の前にはシエラが片手を前に出しブレスを散らしている姿があった。
「シエラさん!!?」
「はい。シエラです。」
涼しい顔で強烈な閃光を受け止めている姿にアリアは口をぽかんと開けて固まっている。良く見ると透明な盾の様な物がある。
「どうしたんですか? 開始前に言いましたが、ダメージが入る前に止めます。」
少しすると閃光も消え前のめりに突っ伏したドラゴンがみえる。背中には無数の刀が突き刺さり今にも息絶えそうである。
「かっ・・ 勝ったんですか?」
息が切れへたり込み今にも意識が途切れそうなアリアが聞く。
「勝敗は決まりましたが手負いの獣ほど侮れないものです。不用意に近付かず遠距離から止めを刺すのが好ましいでしょう。」
ドラゴンは血走り大きく開いた瞳孔でこちらを見つめ、血を吐きながら短い前足で体を起こそうともがいている。時折口の辺りがうっすらと光を放つがあの閃光を放つことはできなかった。アリアは途切れそうな意識を繋ぎ止め、なんとか10本程の刀を作り出しドラゴンの方へ構える。しかし、振り下ろせない。
「早く止めを刺してください。悪戯に苦しめるだけです。」
目の前で血を流し弱り果てたドラゴンの姿が判断を鈍らせる。殺生に慣れている訳ではないが鶏やウサギの締め作業等は嫌々ながらやって来た。殺すことが目的なのは初めてである。アリアを罪悪感が襲い体が鉛の様に重い。大きさが違うだけだと自分に言い聞かせようにも体が動かない。
「あまり苦しまないように早くしましょう。長引かせると味が落ちます。」
あ・・あじ?
アリアがその言葉に困惑しているとシエラが続ける。
「ドラゴンの肉はとても美味なのです。臭みが無く深い味わいが有り、焼いただけで完成された料理へと変わります。ドラゴンの強さが原因で一般には出回らず同じ重さの金と交換される事もある高級食材なのです。本来は頭を狙い可食部を増やすように狩りますが初めてなので仕様がありません。」
うっとりした顔で語るシエラ。その言葉に食べるなら鶏と変わらないかと妙に納得し、アリアの罪悪感はみるみるしぼんでいった。
「無駄じゃない・・・ 無駄じゃない・・・」
アリアは呪文のように繰り返しながらドラゴン目掛けて刀を撃ち込んだ。
ドラゴンを倒した!
アリアは52985の経験値を手に入れた!
アリアのレベルが38上がった!
ドラゴンキラーの称号を得た!
剣舞を覚えた!




