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Fly to the sky,cry for the moon.

作者: 胡坐家
掲載日:2017/04/22

会員制SNSでひっそり公開していた作品に挿絵を加えて投稿します。

アラサー派遣社員の女性が不倫の挙句に自殺を図ろうとするストーリー……と書くと悲惨に思えますが、内容はいたって軽く、ちょっと滑稽でくすっとできる短編です。

『疲れちゃった。なんで最初から結婚してるって言ってくれなかったの。私が気づいてないと思ったの。なんで好きだなんて言ったの。私も好きになっちゃったじゃん。もう和哉のいない人生なんて考えられないからさようなら。和哉と奥さんが住んでるマンションの屋上にいます。高いから、楽に死ねそう。さよなら』


 震える指で画面をタップし、メッセージを送信した。夕飯時だからすぐには気がつかないかもしれない。けれど奈々はそれが既読になるのを確認せずにはいられなかった。


 クリスマスイヴの午後5時。空はもう夜の気配を帯びている。15階建てのマンションの屋上から見る景色はどこか懐かしく、はるか下に見える民家の明かりのどこにでも、自分が帰っていけそうな気がする。

好きな男との恋愛が、実は不倫だったと知った女の感傷的なたわ言――といわれればそれまでだが、実際奈々はそのともしびに胸を突かれるような切なさを感じていた。


 メッセージを見た彼はすぐにここに来るだろうか。それとも電話をかけてくるだろうか、いや、ただ返信をしてくるだけかもしれない。その時なんて言ってやろう。会いにきたら許す。電話でも……まあ、許す。メッセージの返信だけだったら、もう一度死んでやるって送ろう。


 3分経ち、5分、10分と経ったがメッセージは既読にならない。段々と不安になる。


 空はすっかり暗くなって星が見え始めた。風の冷たさに、奈々は思わずコートの前をかき合わせ、寒さをしのぐように屋上の出口のドアの前にしゃがみこんだ。


 和哉より前に、画面に表示されたメッセージの一部を奥さんが見たのではないだろうか。そのせいで和哉は今、責められているのではないだろうか。そして怒り狂った奥さんがここに来るのではないか……。


 でもいい気味よ。本当にあいつは、口だけの大嘘つき野郎なんだから。

「仕事一筋で女に縁がなくて、デートの仕方が分からないんだ」

「せめて土日は休みたい。その代わり平日の夜を君とふたりで過ごして癒されたい」

 そう言っては外出を拒み、友人に紹介される事もなく、奈々の部屋に入り浸った。旅行はおろか記念日も一緒に過ごしたことがない。そんな関係を2年続けた。


 昨日、バスターミナルで腕を組んで歩く彼と奥さんを見なければ、もっと続いたかもしれない。


 やさしくて、細かいことには頓着しないおおらかな男性が、気が弱くて逃げているだけのちっぽけな男に思えた。


 

 だけど嫌いになれなくて、まだ彼の気を惹きたくて、こんなわざと困らせることをしている。


 嫌われたら、怒らせたらどうしよう。急に心配になってメッセージを確認する。


 もう30分近くたっているのにまだ既読にならない。私は死ぬと言っているのよ。どうして。


――本当に困らせてやる――


 奈々は立ち上がるとフェンスのほうへゆっくりと歩いていった。

 ブーツを脱ぎ、バッグの脇にきちんと揃える。バッグの中にはもちろん遺書だ。和哉へのうらみつらみ、両親へのお礼と謝罪……書いていて泣けて泣けて仕方なかった。


 馬鹿なことと思うかもしれないけれど、もうだめなんだもの。28歳派遣社員。正社員勤務経験なし。資格なし免許なし特技なし個性なし。仕事なんて私の代わりにできる人がいくらでもいる。私じゃなきゃだめって言ってもらえることなんて、もう結婚しかないんだもの。

 それがだめだったら、私みたいなのは死んじゃおうって思ったっていいのよ。


 フェンスに両手をかけ、指に力をこめる。奈々の背丈よりだいぶ高いから、頑張って乗り越えないと。右足からつま先を引っ掛けたらタイツが親指から破れた。かまわずがしゃがしゃとよじ登っていく。不思議と怖くはない。飛ぶのはどんな気分かな。できれば痛くないといいな――


「ちょっとー。困るんだけどぉ!」


 その甲高い声は、奈々をひどく驚かせた。悲鳴こそ上げなかったが、思わず両手の力が抜けるくらいには……。


挿絵(By みてみん)



「ごめんごめん、お姉さん!……痛かった?」

「だ、だいじょぶよ……」

 数十センチほど「落下」し、尻餅をついた奈々は、立てひざで前かがみになったまま、痛む腰を撫ぜてかろうじて頷いた。


 声の主は10歳ほどの女の子だった。

 あごの辺りで切りそろえられたおかっぱ頭で、くりくりした眼をめいっぱい開いている。涙目になっている奈々とは対照的に、眼をキラキラさせて興味津々の様子で奈々をじっと見つめていた。

 黄色いハイネックのセーターに、真っ赤なキルト地のワンピース、レースのついた白い靴下に黒のエナメルの靴といういでたちはやや奇妙で、漫画のキャラクターのようでもあったが、今だ夢か現かもはっきりしない心もちの奈々には、そんなことを気にする余裕はなかった。


 じんじんとした腰の痛みが治まってきた奈々は、おそるおそる地面に尻をついて座ってみた。立ったまま奈々を見下ろしていた女の子は、ぺたりと奈々の隣に座って、顔を覗き込んだ。


「こっから飛び降り自殺するつもりだったの?」

「……大人には色々あんのよ……」

 ストレートな聞き方が子供らしい。思わず大人などと持ち出してしまった奈々は、全く答えになっていないことに気がついて赤面した。

「色々あるからって、ここで死なれたら困るじゃん」

「そうよね……ごめんなさい」

「ぐっちゃぐちゃの死体きもいし、うわさになるし、住んでる人はすっごい迷惑!」

 ごもっともすぎて何も言えない。奈々は縮こまってうつむいてしまった。

「あの……あなたはここの子?」

 女の子はそれには答えず、立ち上がって奈々のブーツとバッグを持ってきて、押し付けるように渡すと、自分はフェンスのほうへと歩いて行った。奈々は素直に受け取ってブーツを履き、腰を気にしながらそろそろと立ち上がった。


「15階なら絶対死ねると思ったの?」

 女の子はフェンスに手をかけて、奈々のほうを見ずに言った。

「……そういうわけじゃないけれど……」男へのあてつけだったなどと言えるはずがない。

「見て。ここ、暗くなると結構きれいなんだよ」

 

 女の子に言われてフェンス越しに下を見ると、家々の明かりと道路を走る車のライトで、案外見られる夜景が広がっていた。住宅街なので高層ビルも派手なネオンもないが、奈々はこっちのほうがあたたかくていいと思った。

「より目とかでわざとぼんやり見えるようにして、明るいところだけ追いかけるように見ると、光る川みたいだよ」

「ほんとだ……」

 四角い窓も車のライトも全部溶けて混じりあい、ゆらゆらと光る川になった。

 その景色が滲んでいるのは涙のせいだと、奈々は暫く気がつかなかった。


 悔しくて、腹立たしくて、切なかった。彼への憎しみも未練も、涙と一緒になって光の中へ溶けていけばいいのに。流れる涙を拭うこともなく、奈々は川の流れをただ見つめた。 



「ちょっと!あんた何してるの!」

 さっきと同じ「ちょっと」だったが、奈々は今度は驚かなかった。

 涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま振り返ると、声をかけてきた女性のほうがぎょっとした。


 女の子は、いつの間にか姿を消していた。



「まったく……うちのマンションを死に場所になんて考えないでおくれよ」

「……本当にすみませんでした……」

 女性はこのマンションの管理人だと名乗った。とにかく中で話を聞かせてくれと、奈々はそのままエレベーターホールにある管理人室に連れてこられた。ファンヒーターの灯油のにおいと、コーヒーの香りが混じりあったその部屋で、手作りらしき座布団の敷いてある事務用の椅子を勧められ、奈々はおとなしく腰掛けた。

 話を聞くとはいっても、管理人は自ら質問することはなく、奈々にコーヒーを勧めると自分は少しはなれたところにパイプ椅子を出して座り、黙ってコーヒーを啜った。自分のしたことを咎められるのを覚悟していた奈々は、却ってどうしていいか分からなくなり、やはり何も言わずに暖かいマグカップに口をつけるだけだった。


 すっかり冷え切っていた奈々の体が暖房とコーヒーでほぐれた頃、管理人がふっと笑みをこぼした。

「ま、死ななくてなによりよ」

 管理人の笑顔に心がほぐれ、奈々はこれまでのいきさつを素直に話した。女の子のことは――住人の子供だったりしたら叱られてしまうと思ったので――話さなかった。


 白髪混じりの髪をひっつめにした、地味な服装の管理人の女性は、奈々の話に口を挟むことなく聞いてくれた。奈々がすべて話し終わると、いいかい?と煙草を吸い始めた。

「飛び降りられたら立場上管理人のあたしが困るとか、このマンションの価値が下がるとか、そういうことはとっくに分かってるだろうから言わないよ。でもあんたは甘ったれてる」

「はい……」返す言葉もない。

「不倫?派遣?将来真っ暗?何言ってんだか。バッチリ化粧しておしゃれして不倫相手の住んでるマンションから飛び降りてやろうなんて、ずいぶんな余裕だよ」

 そこまで言わなくても、という言葉をかろうじて飲み込んで項垂れる。

「まあ一種のデモンストレーションなんだろ?おおかた『死ぬ死ぬ詐欺』ってとこかい」

「!!ちょっと……」反射的に顔を上げてキッと管理人をにらんだ。


 さぞ意地悪な顔で説教を垂れてるであろうと想像したが、意外なことに管理人は真剣な目で見返すと、奈々に尋ねた。

「その顔、彼氏に見せたことあるかい?」

「はっ?」

「本当は言いたいことも不満も心配もいっぱいあったのに、問い詰めたり怒ったりしたら嫌われると思って、いつもニコニコしていたんじゃないのかい?」

 喉の奥からぐぅという声にならない声がこみ上げてきて、だめだ、と思う間もなく奈々の両目からはぼろぼろと涙がこぼれた。あとは声を上げて泣くのをこらえることができなかった。


 そう、私はずっと前に気がついてた。おそらく付き合ってすぐの頃から。

 彼には相手がいるのだと。自分は、彼にとって一番にはなりえないのだと。

 スマホのケースがかわいすぎる。待ち受けがディズニーランドのシンデレラ城。ハンカチにアイロンがかかっている。Yシャツの襟がきれい。クリスマスやお盆休みに必ず仕事が入る。サラダにはオーガニック野菜を使っていますって感じのレストランをよく知っている――。


 でも、聞けなかった。聞けばごめんと言って正直に話してくれたかもしれないが、そんなこと絶対できなかった。きっと自分は「それでもいいから一緒にいて」と言ってしまうだろうから。

 そういってしまったら最後、戻ることなんてできないということも分かっていたから。


 管理人が差し出したポケットティッシュを握り締め、奈々は再び泣き続けた。さっきあれだけ泣いたというのに、奈々の涙は一向に枯れてくれない。 

 でも、今度の涙は少しずつ、奈々の中の暗い感情を洗い流していった。


「すっきりしただろう?」

 ひとしきり泣いた後、さすがに恥ずかしくなって何も言えないでいる奈々に、管理人はやさしく声をかけた。

「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます」

「もう飛び降りようなんて考えちゃだめだよ。で、どうするんだい?」

「え?」

 

 管理人が奈々のバッグを指差した。中からスマホの着信音が聞こえている。慌てて確認してみると、やはり和哉からの着信であった。

――出るべきか、無視するべきか。出たとしても何を話したら――

 前の自分ならすぐに出て、ごめんなさい冗談だったの、あなたに甘えたくなっちゃって、私本当は分かってるから大丈夫よ……と言っただろう。怒らせないように、嫌われないように。

 でも、今の私なら――

「どうするんだい?無視しとくかい?」

「――こうします」応答ボタンをタップ。


 電話から、ぼそぼそと低い声が聞こえてくる。恐らく奥さんの目を盗んでトイレからでも掛けてきているんだろう。なな、どうした、だいじょうぶか、という声を聞き取ってしまい、揺らぎそうになる心を仕舞いこんで、深呼吸をひとつ。


「か、かずやぁ~……いだいよ~…。飛び降りたけど…死ねなかっだよおぉお~~」

 奈々の「迫真の」演技を見て、飲みかけのコーヒーを噴出しそうになった管理人は両手で口を押さえると、そのまま床に崩れ落ちていった。

 屈んだままの姿勢で背中を震わせて笑う管理人を見て、あら安っぽいサスペンスで毒を飲んだひとみたい、と妙に冷静に考えながら、奈々は演技を続けた。スマホのスピーカーからは慌てふためいた男の声が聞こえる。


「いだいよぉぉ~~!手も、足も、折れぢゃって………あれ?あ、切れた」

「あ、あんた……たいした女優だね。いや、女芸人のが近いか」

 指で笑い涙をぬぐいながら、しばらくヒイヒイと笑っていた管理人が、ふと耳を澄ませた。

「エレベーターが動いた。彼氏、降りてくるつもりなんじゃないかい?」


 管理人室の外に出て、エレベーターのランプを確認すると、6階まで上がって止まった。

「……たぶん和哉です。彼、6階に住んでるから」

「あんたが居るかどうか、確認にくるんだろうね。どうする?」

「もちろん会います」

 そういうと、奈々は管理人の手を引いて、ダッシュで管理人室に戻った。え、何だい、会うんじゃないのかいと訊ねる管理人に、奈々はにやりと笑って答えた。


「心臓止まらせるくらいの勢いで会ってきます」

「……ほどほどにね」

 管理人は呆れ顔で、先ほどまで奈々が座っていた事務椅子に腰掛けると、入り口脇にある受付用の小窓からそっと顔を覗かせた。心配そうな顔をしてはいるが、男がたまげる様を観察する気満々である。


 1階に着いたエレベーターの扉が開き、そこに和哉が乗っているのを、奈々はエントランスの柱に隠れて確認した。傍目にも落ち着かぬ様子で、きょろきょろと周囲を確認してから降りて歩いてくる彼の姿を見ても、もう奈々の胸はときめきもざわつきもしなかった。


――昨日まではあの人とクリスマスを過ごしたいと思ってたんだけど……。もう、どうでもいい!


 奈々は「モトカレ」に向かって一歩踏み出した。



 3分後。管理人室では頭を抱えて身悶えする奈々がいた。

「んもぉぉ~!な、なんで言ってくれなかったんですかぁあああ!」

「そんなこっちにロクに説明もしないで出てっちゃってあんた……」

「ああぁああああもう恥ずかしい!死にたい!」

「屋上の鍵は閉めたからね。死ぬならヨソでやんなさい」


 あのとき、奈々は和哉をびっくりさせるつもりで、叫び声を上げながら飛び出した。そして彼を一発ぶん殴ってやるつもりだったのだ。 

 しかし、彼は奈々の予想をはるかに超えた驚き方をした。

 奈々の姿を認めると、きゃああああというような情けない悲鳴をあげて尻餅をつき、叫んだまま踵を返して走り出し、閉まっているエレベーターの扉に激突し、その反動で後ろに一回転して今度は何を間違ったか奈々のほうにダッシュして来、また奈々を見てびっくりしてエレベーターの扉にぶつかってまた一回転――。

 

 というところまで見て、奈々はなんだかばからしくなって管理人室に戻ってきてしまった。受付の小窓の下では、笑いすぎて咳き込んでいる管理人が蹲っていた。

 ただいま、とか、ウケすぎです、と声をかけようとした奈々は、受付の卓上に置いてあった文庫本ほどのサイズの小さな鏡を見て……。


「すっぴんだって見せたことないのに……こんなバケモノみたいな顔……」

「ま、それだけ気合のメイクして、あんなに大泣きすればそうなるわ」

 

 深い紅色のグロスが擦ったように唇の周りに残り、溶けたマスカラとアイライナーが涙と一緒に流れた跡が、頬に真っ黒な筋を描き、涙をめちゃくちゃに拭ったせいか、その筋はなぜか鼻の下にまでついていて――出来損ないの殺人ピエロみたいな自分の顔に、奈々は心底消えてしまいたくなった。


「いいじゃないのさ。結局モトカレの醜態が見られ……っ」

 言ってる途中で思い出したらしい管理人は再び笑い出し、涙目のまま奈々にタオルを差し出すと、部屋の奥のほうを指差した。どうやら小さな手洗いがあるらしい。ムッとしながらも、奈々はタオルを受け取り、顔を洗いに行った。

 メイク落としも基礎化粧品もなかったので、ハンドソープで顔を洗って、洗面台においてあったニベアを勝手に開けて、顔に塗った。普段だったら絶対にしない雑なケアだったけれど、洗面所の鏡に映った自分は、妙にすっきりしたような顔をしていた。


 戻ってきた奈々を見て、管理人は「いい顔になったじゃないの」と満足そうに笑った。そして、淹れなおしてもらったコーヒーを一杯飲み、奈々は礼を言って帰ることにした。


「最後に、ひとつ聞いていいかい」

「はい?」

「あたしが、あんたを見つけるのがもうちょっとだけ遅かったら、飛び降りてた?」

 奈々はかぶりを振ると、実はその前に天使に会ったんです、ちょっと生意気で、でも可愛い天使でしたよ、と少し微笑んで答えた。

 そして丁寧に頭を下げると、威勢のいい足取りでブーツのかかとを鳴らしながら歩いていった。万が一にも未練を残してはいけないと自分に言い聞かせるかのように。


「ふぅん、天使が……ねぇ。これはどうやらお灸をすえる必要がありそうだね」

 奈々が帰った後、ファンヒーターやポットの電源を落としながら、管理人はわざとらしいほどの声で独り言を言った。

「やっぱ、バレてた?」

 管理人が着替えや私物を入れるのに使っているロッカーの扉が開き、女の子がそろそろと出てきた。しまったという顔でベロを出す、芝居がかったしぐさも忘れずに。

「おばあちゃんの仕事場は遊び場じゃないって、いつも言ってるのに」

「だって退屈だったんだもん。ママもパパもサイテーだし。イブに仕事とかありえない」

「だからって屋上に行ったりしたらあぶないったらないよ。勝手に鍵を開けたせいで、あの女の人が屋上に出られちゃったじゃないか」

 女の子はその言葉にはっとして、ごめんなさい、とすまなそうに謝った。

「あ、あぁ。別にあの女の人がそれで飛び降りそうになったって言ってるんじゃないんだよ。結局、止めてくれたのは間違いないんだしね」

 それでも硬い表情のままの女の子に、祖母である管理人は明るい声を出して言った。

「さあ、おばあちゃんの仕事はもうしまいだよ。帰りに一緒にケーキを買おうかね」

「クリスマスの?!やった!帰ろう帰ろう!」

 現金なことに、女の子はもう自分のコートとマフラーを身につけ始めている。


 火の元や電気を確認し、受付のプレートを管理会社の緊急連絡先の電話番号が印字されたものに変え、しっかりと戸締りをし、祖母と孫は手をつないでマンションを後にした。


「おばあちゃん、ごめんね。もう屋上に出ないし、マンションを遊び場にしないよ」

「うん、そうしようね。実はおばあちゃんもごめんなさいしなくちゃいけないことがあってね」

 祖母の言うことに首を傾げた女の子に、彼女はいたずらっぽく言った。


「こんな可愛い孫をほったらかして仕事に行くパパとママに腹立っちゃってね。さっき別々に電話して、とにかくおっきいケーキ買ってこいって言っちゃったのさ」

「パパにも、ママにも?」

「そう。それで、これからあたし達もデパートに行って、一番大きいの買って帰ろうって作戦だ」

「うわっ!ケーキだらけ!サイコー!」

「なんだかね、そのくらいないと、今日のこのお祝いしたい気分に釣りあわない気がしてね」


 すっかり日が暮れた住宅街では、家々の窓からやさしいあかりが漏れ出ていた。どこからか聞こえるクリスマスソングはありふれた歌謡曲だったけれど、この上ない幸せなメロディに思えた。


『Fly to the sky,cry for the moon.』fin


お読みくださってありがとうございます。いかがでしたでしょうか。

この作品が「小説家になろう」初投稿なのですが、これを選んだ理由は挿絵が最初に描けたからです。

クリスマス物を投稿することになってしまったわけで、季節はずれなのはご容赦ください。


これからも作品に挿絵をつけて投稿してまいりますので、よかったらお読みくださると嬉しいです。

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