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八話 てゐ!

「ってか、神様がメールってどうゆう事!?」


 我に返った俺は、事の自体に思わず声を荒げた。


 最初に出会った時のように、それこそ神々しく天に浮遊している姿が「これぞ神!」っていう勝手な神様へのイメージを持っている俺にとって、本物の神であるエルミュール様が一般庶民である俺にメールをしてくるなんて事は、宝くじが当たる程の予想もしていなかったからだ。


 

「……まぁ、プレゼントでなんかスキルくれたみたいだし? お礼の返事くらいはしておくか」


 簡素に一言「サンキュー!」の文字と、にっこり笑う絵文字をアクセントに返事を送っておいた。

 普通に考えれば神様とメールのやり取りをするなんて恐れ多くて失禁してしまう所だが、如何せん相手はあのエルミュールだ。このくらい軽いノリで問題ないだろう。


 

 どさくさに紛れて女神様を呼び捨てにした所で、さっそく俺はメールに添付されていたギフトボックスの開封作業へと移ることにした。


 レアと名が付く程のスキルだ、おそらく通常のパッシブスキルよりも効果を期待していいだろう。

 


 ワクワクが止まらない俺は手慣れた手つき……もとい、手慣れた舌先で<メニュー>画面をチロチロと操作した。



――リンッ!


《レアパッシブスキル『千変万化』を取得》

《新たにレアパッシブスキルコマンドが解放》


 

 来た来た、来ましたレアパッシブ。取得した事でコマンドも同時に解放されたっぽい。これはさっそく、お決まりの”アレ”いっちゃいますか。



「スキルチェーック! 本日はスペシャルゲスト! 女神様の元からやって来た、『千変万化』さんです!」



 

 ――レアパッシブスキル『千変万化せんぺんばんか

 永続効果:[パラメーター加算]

 手にした物の姿になれる変化系スキルだね! だけど姿形は変わっても、どうやら口だけはやめられないみたいw 男の子なら”へ~んしんっ!”とかって憧れるよね♪ でも間違っても女の子には変身しちゃダメだぞ☆ きっと心は狼に変身しちゃうだろうからw 




 説明文の後半部分は置いておくとして、スキルのとんでもない全容にメチャクチャ胸が高揚した。

 口の身体として生まれ変わり、もはや『エンディング』を迎えるまでこの姿を受け入れたつもりだったが、この内容から察すると”他の姿に変われる”って話だ。落ち着いて居られるわけがない。


 

 興奮を抑えきれない俺は、すぐさま試したいという衝動に身を任せるがままに、口早にその言葉を唱える。


「せんぴゃ――っ! ……千変万化せんぺんばんか!」


 噛んだことなんか気にしない。気にしたら負けだ。



 すると、自動的に<胃袋>もといアイテムストレージ画面が表示され、《対象を選択してください》とアナウンスが流れた。


 どうやら変化の対象は、<胃袋>の中に保管されている物が限定のようだ。説明文にも「手にした物に」と書かれていたのを見ると、おそらく正解だろう。


 

 とりあえず先ほど飲み込んだイナバウサギ三号を選択しようとした所で、ふと<胃袋>の中にある見覚えのないアイテム名が目に留まった。


 《魔石48個》と表記されているのだが、いつ手に入れたのだろうか。



「あ、もしかしてこれ石コロじゃね?」


 可能性があるとすれば、宝箱の周辺で回収していた石コロしか思い浮かばない。

 イナバウサギからはドロップしていないし、他に何かを飲み込んだ記憶はないから、食料として回収した石コロで間違いないはずだ。


 まさかオブジェがアイテムとして変化していたとは少し驚いたが、まぁそれでも当面の食料には変わりないので目的のイナバウサギへと戻るとしよう。



 項目にあるイナバウサギをタッチしてみると、床から湧き上がるように突然黒いモヤが発生し、俺の身体を包み込んだ。それは形を構成するように徐々に変化すると、最終的に一つの姿を形作った。



 まるで小学校低学年の子供に戻ったかのような低い視線。

 明らかに体の変化を感じた俺は両手を前へと構え、視界に映る真っ黒なその手を、動作確認するように閉じたり開いたりしてみる。

 

 どうやら本当にスーパーヒーローに変身したようだ。

 イナバウサギをベースとした――、”真っ黒なウサギ”へと。


 


 ……はて、おかしい。イナバウサギは真っ白なモンスターだったはずだ。なのに、なにゆえ我輩は真っ黒なのか。


 その答えは<メニュー>画面にて、変化した自分の姿を見て理解した。



 それはまるで真っ黒なシルエット。姿形こそイナバウサギそのものだが、影のように全身像しか表示されていない。

 その中でも一際目立つのが、横にパックリと開いた”口”だ。切れ込みが入ったかのように、その部分だけが白く塗りつぶされている。


「口だけはやめられないって、こういう意味だったわけか」


 イナバウサギをベースとした、あくまでも口の身体。つまりはこういう事なのだろうと、俺は直感的に理解したのだった。



 だが元はただの口だったわけだし、オリジナルのイナバウサギの姿とは多少変わっていても大した問題ではなかった。むしろ喜ばしい事だ。

 人間の姿ではないにしろ、口の身体からこうして手足を動かせる五体満足の身体が手に入ったのだ。『エンディング』に辿り着くまでの仮の姿としては申し分無い。


「っしゃー! ガンガン行くぜー!」


 両手両足を動かし、長い耳を後方になびかせて、気合と共にピコピコと足音を鳴らしては颯爽と駆けて行くのだった――。






 しばらく通路を走った所で、左右に別れるT字路へと辿り着いた。

 なんの目印もないので、とりあえず右へと進む。”迷ったら右へ行け”、これは勝手に決めている俺のジンクスだ。


 小さな体に不釣り合いな程の大きな手足、そして頭。若干重みを首に感じるが、まぁそのうち慣れるだろう。


 『千変万化』の効果による[パラメーター加算]についてだが、これは身を持って体感出来る。

 というのも、走るスピードがメチャメチャ早いのだ。口の身体だった時よりも、断然早く動ける。


 プレイヤー同様、モンスターにもステータスが設定されているわけだが、モンスターの持つパラメーターがそのまま俺のパラメーターに上乗せされる仕組みのようだ。

 <ステータス>画面を見ても、明らかに俺の意図しない所で数値が変動している為、おそらく変化中はそういった効果が働くのだろう。


 つまり今の俺は、イナバウサギに設定されているパラメーターが上乗せされた状態――、こういうことだ。


 イナバウサギはその中でも[行動力]が非常に高いようで、逆算すると30あるようだった。

 言い換えればその数値が上乗せされるわけで、今の俺は[行動力]が50ある。


 さっきまではパッシブスキル『雄気堂々』の分を合わせても[行動力]20だったわけだし、それと比べれば倍以上――、道理で早く動けるわけだ。


 他の数値的には[回避率]がプラス10されたのを除けば、ほんのり色が付いた程度に上昇したくらいだ。





 一本道を突き進むと、少し開けた空間の行き止まりに辿り着いた。

 中央には宝箱が一つ、その周辺には食料と成り得る石コロが豊富にある。


 まずは宝箱の中身を確認するのが先だ。何が飛び出すのか分からないという楽しみはもちろん、どんなアイテムでさえも入手しておくに越したことはない。


 宝箱の上蓋へポフッと手を添えると、答えるかのように開き出した。


《紅色鉱石を入手》


 ログに表示された文字と一緒に、<胃袋>内に自動保管されたアイテムを確認する。

 どうやら手に入れたのは真っ赤な鉱石のようだ。生産系のアイテムとして必要なのかもしれない。


 周辺の石コロもとい魔石も忘れず拾い上げ、一つずつ掴んだそれを次々に口の中へと放り込む。地道な作業だが、大事な事だ。


「よし、次は左の道だ!」


 石コロを全て回収した俺は、次はT字路の左の道へと進むべく、元来た道を颯爽と引き返すのだった――。






 ピコピコ、ピコピコと、ダンジョン内の”壁”を颯爽と駆け抜ける黒兎。

 なぜ床ではなく壁かというと、どうやら変化した姿でも、謎の張り付き特性が使えるのをさっき知ったからだ。

 視界が四十五度傾くわけだが、これはこれで忍者みたいで面白いと感じ、秘技”壁走り”と称して駆け抜けていたのである。


 辿り着いた先は、先程と同じく少し開けた行き止まり。しかし、少しだけ異なる点がある。


「おぉ! 宝箱が二個もあるじゃねーか!」


 部屋の中央に宝箱が二つあり、その周辺には当たり前のように石コロが転がっていたのだ。


 俺は壁を走るスピードそのままに、一つ壁を蹴っては宙へと飛翔した。


「イナバキーック!」


 そしてそのまま宝箱の一つへと跳び蹴りを放つ。

 上蓋が開く瞬間に、地に足を着いた俺はすかさず隣にあるもう一つの宝箱へと回し蹴りを放った。


《ルポビタンHを入手》

《古ぼけたスコップを入手》


 ほぼ同時に開いた宝箱。軽く触れれば開くのだが、なんとなくかっこよく開けたくなったのだ。

 それはそうと、さっそく手に入れたアイテムをチェックせねば。


「ルボビタンHは、HP回復薬だな。スコップの方は……、お? 武器キター!」


 ここで初めての武器登場。柄の長いスコップは、どうやら分類的には槍のようだ。

 もしかしたら槍が俺の適正武器の可能性もあるし、ワクワクしながら<装備>画面を開いてみる。



「うわ……、装備出来ねーじゃん」


 残念、どうやら槍は適正武器では無い様だった。入手した古ぼけたスコップを選択しようとした所、《この武器は装備出来ません》――、との文字が空しく表示されたのだ。


 正直ガッカリしたのは確かだが、消去法で考えればこれで一つ絞られたという事だ。

 確か初期での装備可能武器は[剣]、[槍]、[弓]、[杖]の四種だったはず。これで槍が消えたとすると、残りは三種。こうして考えて行けば、今後入手した時点で装備可能かどうか判断できるはずだ。


 前向きに検討しよう。うん、これも生きていくためには重要な事……なはずだ。



 宝箱から二つのアイテムと、周辺の石コロを回収した俺は、今度は秘技”天井走り”にて元来た道を戻って行くのだった――。






 T字路を元来た道へと戻り、四つの分岐点を残る一つの道へと足を進めた俺は、その先で辿り着いた一際広い空間の入り口にて立ち止まっていた。


 天井から降りた俺は地面に立ち、その部屋の様子を注意して観察する。


 四方を壁が塞いでいるのだが、奥に一か所だけ緑色のオーラで仕切られたようなカーテンっぽいのがある。透けて見えるのだが、どうやらそのカーテンの奥に、更に進める道が続いてるみたいだ。


 しかし、ここで問題が一つ。


 部屋の中央に、モンスターであろう謎の物体が”いる”のだ。

 見た感じ、サイズは大型犬ほど。浅黒い緑色で、亀の甲羅のように思える。


 状況から察するに、おそらく目の前のモンスターを倒さない限り、奥にある緑のカーテンが消えないのだろう。

 ダンジョンのボスかどうかは分からないが、慎重に事を運んだ方が良さそうだ。



 

 俺は軽やな身のこなしで宙へとジャンプし、天地逆さまになるよう天井に足を着いた。そして視界の先に映る謎の甲羅目掛け、問いかけるように罵声を浴びせる。


「おい、デクの棒! お前はボスか? ザコか? それともただのオブジェなのか? なんか行動してみろよ甲羅ヤロー!」


 相手の頭上に《Lv.8 ジャイアントタートル》と表示されているし、HPゲージも見えるのでモンスターだとは分かっていたのだが、『口誅筆伐』でダメージを与えて敵の様子を探る為に、あえて煽ってみたのだ。


 すると、甲羅の中から出てくるように、手足と頭がゆっくりとその姿を現した。甲羅よりも綺麗な緑色で、頭に関しては俺を認識したようで天井を見上げている。


 どうやらその姿がジャイアントタートルの全容のようだ。

 どっしりと構え、こちらを見上げたまま微動だにしていない。



 俺は念の為にMPが全部枯れるまで『口角飛沫』を使用し、ジャイアントタートルを唾液まみれにした。

 MPが無くなってしまったのでもうアタックスキルは使えないが、しかしこれで相手の防御力を相当減らすことが出来たはずだ。


 さて、これからどうするかだな――。


 口の姿のままだったとしたら――、『口角飛沫』と『口誅筆伐』を多用し、時間経過と共にごく少量ずつ回復するHPとMPの回復を待って、MPが溜まったら再びアタックスキルで攻撃する――。といった流れになっていただろうが、今は『千変万化』による黒兎モードだ。この姿なら直接叩く事が出来るはず。


 

「……こえーけど、やるしかないよな。こいつを倒さないと先に進めないんだし」


 腹をくくった俺は、安全地帯の天井から危険地帯である地上へと、止む無く降りる選択肢を取った。


 ジャイアントタートルの背後に位置するように、静かに地面へと足を着く。そしてすぐさま両腕を前に構えてファイティングポーズを取り、敵の動きに備える。



 背後にいる俺へと向き合う為だろう、ゆっくりゆっくりと、時計回りに方向転換し出すジャイアントタートル。


 その動きに合わせ、俺も常に背後を取り続けるように、ゆっくりと足を横へと捌いていく。


「ていっ、ていっ」


 お互いにゆっくりと回転しながらも、俺は甲羅の後部へと向けて、軽くジャブを放つ。



 しばしその動きを繰り返していると、俺はこのジャイアントタートルに関して薄々分かってきたことがあった。

 防御力を減らしたはずなのに、相手のHPゲージが減っているかどうか分からない点、そしてあまりにも遅すぎる動き、亀の姿。この三つから考察すると、もしかしたらこの亀は、”極端に[防御力]が高い反面、極端に[行動力]が低い”のではないかと。


 いやきっと間違いない。先ほどから動きのスピードは一定だし、他に変わったモーションは取っていないのだから。



 そうと分かれば攻撃一択だ。ウサギとカメの戦いにおいて、真面目にやればウサギが勝つという事を教えてやろうじゃないか。


 俺は拳を握り締め、目の前の巨大な甲羅へと連続打撃を繰り広げた。


「ていていていていていていていてい、てーゐ!!」


 最後に渾身の一撃を放った後、大きく肩を揺らす俺は、その呼吸を激しく乱していた。

 

 予想以上に硬い――、硬すぎるのだ。あれだけ攻撃したのにも関わらず、ジャイアントタートルのHPゲージがミリ程しか減っていないのだから。


 これでは痛みを伴う以上、敵を倒す前に俺の拳が先に悲鳴を上げてしまう。

 

「クソ……。ゲームなら長期戦でこのままいけるのに――っ!」


 リアルな肉体がゆえに、どうしても避けられない痛覚がここにきて仇と出る。

 敵のHPゲージの減り方を見る限り、例え長期戦に持ち込んだとしても耐えれる拳の痛みではない。



 戦闘に置いて圧倒的有利な立場にいながらも、もはや絶望ひしめく望まぬ長期戦へと、戦いは移行せざるを得なかったのだった――。

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