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七話 一大決心!

 どのくらいの時間泣いていただろうか――。

 実際に涙を流していたわけじゃないが、心ではしっかりと泣いていた。生身の肉体でありながらも涙を流せないのは、正直辛かった。


 気持ちも大分落ち着きを取り戻してくると、沸々と怒りが込み上げてきた。


「あれだけ誠意を持って説明したんだから、にわかには信じられなくても、せめて話くらいは聞いてくれっつんだよ! お前ら人間だろ!?」



 やはりゲームとしてプレイしているプレイヤー達と、ゲームでありながらも実際に生きている俺とでは、決定的な温度差があるのは間違いない。

 同じ世界にいながらも、もはや別の世界で生きている別人種として見た方が良さそうだ。


 向こうが俺の事をモンスターだと見るように、俺もプレイヤー達全員を敵として見るようにしよう。


 総勢数千万人の世界ユーザー。いいだろう、上等じゃないか。

 一人の命をリアルで奪う所だったんだ、数千万の仮りの命が散った所で何も文句はないだろう? そもそもゲームとして遊ぶお前らなら何度死んだ所で痛くもかゆくもないのだし、俺の命と天秤になんてかけられるはずがないだろうが。


 

 俺は決めた、心に誓った。この世の全てが俺の敵。

 モンスターだろうがプレイヤーだろうが、俺を狙う奴は必ず殺す。

 他のゲームではトッププレイヤーとして君臨していた俺だ、絶対にこのSSOでも圧倒的な力を手に入れてみせる。そして何が何でも生き抜いて『エンディング』に辿り着き、このクソッタレなゲームをぶっ潰してやる。


 この世界は――、遊びじゃねーんだよ。



 俺は荒ぶる野心を胸に秘め、<胃袋>から一つのアイテムを取り出した。

 まるで手で掴むかのように、舌先で包み込んだそれは宝箱から入手した『オロナみんG』。


 伸ばした舌を高々と掲げ、茶色の小瓶であるそれを一気に逆さまに――。


 

 ――はせず、そのまま口の中へと放り小瓶ごと噛み砕いた。

 茨の道に進むことをあえて選択したのだ、このくらいワイルドじゃなきゃやっていけないだろう。


 バリボリとアメ細工を噛み砕くかのように咀嚼そしゃくし、口の中には栄養ドリンク特有の味が広がってくる。

 それなりにいける味だと喉を鳴らすと、ふと突然の睡魔に襲われた。


「――クソっ! 睡眠効果あるのかよ……。説明文読むの忘れた……」


 そして俺は強制的に意識を剥奪されるかのように、深い眠りへと誘われるのだった――。






 徐々に覚醒を始めた俺は薄っすらと開く視界の中、右下に表示されている小さなデジタル時計へと視線を向けた。

 どうやらあれから、八時間ほど眠っていたらしい。


「ふわぁ~」


 だらしなく口を開け、大きなあくびが漏れる。



――リンッ!


《解放条件を達成。パッシブスキル『元気溌剌』を取得》



「ふぁっ!?」


 ふいを突くように響いた突然のアナウンス音。

 まるで寝起きドッキリをされたかのように、俺はおもわず変な声を上げてしまった。


 どうやら特殊条件を満たしたようだ。スキル名から察すると……『オロナみんG』か?


 とりあえずスキルチェックだな。



 ――パッシブスキル『元気溌剌げんきはつらつ

 永続効果:[回復力]+10 [攻撃力]+5

 ぐっすり眠って疲労回復する元気系スキルだね! 回復効果が高まるだけじゃなくて、朝から元気が出ちゃって力もみなぎるみたい♪ 主にどこが? って、それは聞かないお約束だぞ☆ ”ファイトー、イッパーツ!” って、あ、これは違うかw



 寝起きにとんでもない説明文を見せられたものだが、これは結構いいスキルだと注視した。

 回復効果が高まるってことは、回復系のアイテムを使った時により高い数値で回復するのだろうし、俺で言えば『暴飲暴食』による咀嚼そしゃく回復もある。これにもおそらく適用されるだろう。

 初期状態から変化していなかった[攻撃力]もおまけで上がるようだし、これから本気で強くなっていくことを決めた俺には嬉しいスキルだ。


 こうなると一つ迷う部分が出てくるな。

 というのも、思ったよりもパッシブスキルが優秀だと感じ始めたのだ。今の所コンスタントに手に入ってるし、予想していたパッシブスキルよりも効果が高いのだ。


 今までの経験からすると、パッシブスキルは常時効果が得られるその反面、一つ一つの効果は小さい物が多かったのだ。例を上げれば+1とか2とか。


 しかし俺が今までに手にしたパッシブスキルは、女神様が言っていた俺専用のオリジナルだからか、単体でも結構数値が高い。これは効果を重ね掛けしていけば、今後は大きく化ける可能性が出てくる。



 で、何に迷っているかと言うと、”アタックスキルに重点を置くべきかパッシブスキルに置くべきか”、だ。

 戦闘に置いてアタックスキルは必要不可欠であり、俺の中ではその次にパッシブスキルが重要だと考えていた。


 しかし先ほど言ったようにパッシブスキルがあまりに優秀な為、スキル取得の優先度を逆にしたほうがいいのではと思ったのだ。


 

「う~ん……、でもアタックスキルのもう一つが気になるんだよなぁ。考えろ、考えろ俺。勉強は出来ないバカだけど、MMOについてはやれる子なはずだ。ポクポクポクポク……」


 しばらく頭の中で試行錯誤をしていると、”チーン!”とひらめきが走った。


「そうだ! とりあえずはパッシブスキルにポイントを振りながらダンジョンを探索して、その中で俺の専用武器が見つかったらポイントを溜めればいいか! もし戦闘に余裕が持てるようになったらパッシブスキルを取得せずにポイントを溜めておけばいいし!」


 そうと決まれば頭の中がスッキリした。これで当面の目的リストが完成だ。



1、パッシブスキルを優先的に取得する。

2、モンスターを倒してレベリングする。

3、2と平行して食料と専用装備を見付ける。

4、『エンディング』に辿り着く。



「っしゃー! 行くぜ!」


 気合の入った俺は一際大きな声を響かせ、天井をヌルヌルと這って行くのだった――。






 昨日の分岐点までやって来た俺は、今度は左の道へ進むことにした。

 右はすでに昨日行った行き止まりの場所だし、死にかけたからもう行きたくないのが本音だ。マップ的には一度通った所は自動的にマッピングされるようだし、視界の右上に表示されているマップ情報からも右の通路は表示済みだから無視していいのだ。


 

 ヌルヌル、ヌルヌルと、俺は真っ直ぐ伸びる通路をひたすら突き進む。

 あわよくば宝箱、もしくはなにか食料が欲しいところ。モンスターとの出会いは……、現状だともっと後からの方がありがたい。


「うわ……、さっそく裏切られた」


 先ほどの願望はあっさりと崩れ落ち、視界の先には三体のモンスターが存在していた。


 等間隔で奥へと並ぶそれは、全身真っ白な体毛で覆われ、小さな体には不釣り合いな大きさの頭と手と足。丸い尻尾をフリフリ動かし、長く伸びた二本の耳は、ピョンピョン飛び跳ねる動きに合わせて折れたり伸びたりしている。


 一見して分かるその姿。誰がどう見たとしても、ウサギと答えるだろう。


 

 天井を這う俺は、白うさぎのようなモンスターの頭上にゆっくりと移動した。

 モンスターの頭上に表示されている情報からすると、<Lv.5 イナバウサギ>というモンスターのようだ。


 俺よりレベルの高い相手だが、幸か不幸か向こうはまだこちらに気付いていないようだ。今なら先制攻撃を仕掛けられる。



 俺は口の中に唾液を溜めると、一つの大きな滴のようにそれを解き放った。


「『口角飛沫こうかくひまつ』!」


 ベチャっ、という効果音が正しいだろうか。一際大きなツバを頭に吐きかけられたイナバウサギは頭上を見上げると、天井に張り付ている俺との視線が交わった。


 さすがに向こうも俺を敵だと認識したようで、ピョンピョンと上へ跳ねてくる。


 

 ここでふと思ったのだが、モンスターは『暴飲暴食』で捕食出来ないのだろうか?

 届くはずも無いのだが、食べるイメージを浮かべ何気なしに大きく口を開いてみた。


《『暴飲暴食』の適応外です。生物は捕食出来ません》


 突然ログに流れたシステムメッセージ。どうやら生物はダメなようだ。



 しかし対するイナバウサギだが、一向に攻撃してくる気配がない。

 届かないのか? ひたすらピョンピョン跳ねているだけで、他のモーションすらもしてこない。



「あれ? 待てよ、確かこんな感じの動きには覚えがあるぞ」



 それは俗に言う、壁ハメ。近づいただけで攻撃してくるアクティブモンスターにおいて、一部の限られた条件下で使える裏技的な手法だ。

 プレイヤーにもモンスターにも攻撃範囲というものがあり、その範囲内に対象がいなければ攻撃が当たらない事はおろか、発動自体が出来なかったりする仕様だ。


 その仕様を逆手に取ったのが壁ハメであり、近寄って来るモンスターがそのまま壁にぶつかるように誘導し、プレイヤーはモンスターの攻撃範囲に入らないように、壁の反対側から中距離や遠距離攻撃でダメージを与える。


 モンスターはシステムの仕様上、ただ壁に向かってひたすら走る形となるので、プレイヤーは必然的にノーダメージで倒すことが出来るのだ。



 まさにその動きが今、目の前にいるイナバウサギの動きソックリだ。

 おそらく遠距離系のスキルを所持していないのだろう、必死に俺の元へ近寄ろうとしているのだが、如何せんこちらは天井に居るのだ、来れる筈がない。


「これはもらったわ」


 勝ちゲーを確信した俺は、つい素の声が漏れる。

 いや、いつも素だった。


 戦う前から勝負が決したと見た俺は、心に安心感が生まれ、穏やかな気持ちで戦闘を再開することにした。



「『口誅筆伐こうちゅうひつばつ』! や~い! 来れないでやんのぉ! バーカバーカ! なに、ずっと飛び跳ねちゃってんの? そんなにツバ吐きかけられたり暴言吐かれるの好きなのぉ? Mなのぉ? ねぇ、Mなのぉ~?」


 最初の『口角飛沫』は1/10ほどHPゲージを削り、その後『口誅筆伐』でバカにし続けたらグングンとゲージが減っていった。

 緑色のゲージがみるみる内に黄色へ変わり、そして赤色へ変化しては、全てのHPゲージが無くなったのだった。


 床に倒れ込むイナバウサギ。その体は徐々に薄くなっていき、最後には元から何も存在していなかったかのように消滅した。



《1780ゴールド、178経験値を獲得。うさぎの毛皮を獲得》

《LEVEL UP!》


 

 おお、初めてのモンスターの戦闘に勝利して嬉しかったけど、こんなに経験値がうまいとは知らなかった。

 捕食ボーナスじゃ限界があるとは考えていたし、これならやっぱモンスター倒してレベリングした方が効率いいわ。


 さっそく<ステータス>を開いて確認してみると、レベルが一気に2上がっていた。

 とりあえず取得したステータスポイント4を全部VITに振り、HPを2000上げておいた。


 この方法なら時間はかかるけど問題なく倒せそうだし、スキルポイントは一旦溜めておくとしよう。



 

 少し進んで二匹目のイナバウサギ。攻略法を見付けた俺にとっては、もはやただのカモだ。

 一体目と同じ、壁ハメならぬ天井ハメ戦法でジワジワとゲージを削っていく。


 身に覚えもないであろう暴言を吐き散らされ、無残にも倒れ込む一匹のウサギさん。


 悪気はないんだよ、僕だって本当はこんなこと言うつもりは無いんだけど、仕方がないんだ。だってこういうスキルなんだもの。だから、黙って死んどけカモウサギ。


 

 一体目同様、床に倒れ込むイナバウサギは静かに消えて行った。


 二度目となるその光景に、ふと疑問が浮かぶ。

 HPゲージが0になり、倒れ込んで消えていく様。他のゲームでも存在する見慣れた仕様だ。

 通常であればなんの疑問も抱かない所だが、一体目のイナバウサギに試した『暴飲暴食』の件が引っかかっていた。


 モンスターが死んでから完全に消滅するまでの時間は、およそ二秒ほどだろう。俺はその二秒間に、疑問を抱いたのだ。


 どういう事かと言うと、――”その二秒間は果たして生物と言えるのか?”――、これだ。

 仮に生物という扱いなのであれば、HPが0という点で矛盾が生じてくる。ゲームとは言えHPは命そのものなのだ。0になった時点で死と同列だろう。


 もしも、その二秒間にモンスターの部位を剥ぎ取るようなスキルがあったとしても、それは亡骸という事になるだろうし、HPが0になったらただのデータになるとしても、どっちにしろ生きてはいないという事になる。



 検証大好き派な俺にとっては、これは試さなくてはならない重要事項だ。


 早速三体目まで進み、これまでと同様、罵声や暴言をこれでもかという程に浴びせまくった。

 頃合いを見計りながら壁を伝って少しづつ下降し、暴言を吐き続ける。



 そしてようやくその時は来た。


 息を引き取ったウサギ三号が床に倒れ込んだので、すかさず近くまで移動し大きく口を開けた。

 

 腹の中へと丸ごと押し込むようイメージし、深く強く吸い込んでみる。


 すると、まるで掃除機で吸われたかのように、イナバウサギは小さくなってスッポリと口の中に入り込んだ。そのまま<胃袋>へと行ったようで、本当に成功してしまった俺は拍子抜けしてしまった。



――ピッコーン!



「ふぁっ!?」


 脳内にいきなり響いた謎の音。レベルアップでも、スキル取得でもない聞き覚えの無いその音に、ふいを突かれた俺はまたしても変な声を上げてしまった。


《新着メッセージ、一件》


 なるほど。どうやらメッセージのお知らせだったようだ。

 しかし一体誰だろう? この世界に友達なんていないし、メッセージを受け取る相手には心当たりも無い。


 あれか、もしかしたらシステムからのメッセージか。ゲームによってはプレゼント付きでよくあったりするやつだ。



 俺はきっとシステムからのメッセージだと思い、何気なしに<メッセージ>コマンドから受け取ったメールを開くと、差出人がまさかの人物で驚愕してしまった。





差出人:エルミュール

件名:久しぶり♪

本文:ヤッホー! 元気にしてるかい? 不運な少年君! いやぁ~やってくれたねー! ゲームシステムの裏をかいて、『暴飲暴食』の特性をこんな形で組み合わせてくるなんて! 正直お姉さんビックリだよ! さすがにこれは予想して無かった自体だから、思わずメッセージ送っちゃいましたってわけ♪ と言っても怒ってるわけじゃないよ? むしろ君の可能性を楽しんでるくらいだよ♪ というわけで今回の行動を賞賛して、素晴らしいプレゼントを送っちゃいます♡ レアパッシブスキル『千変万化』、大事に使ってね~☆



 

 まさかの女神様からのメッセージに、俺はその後しばらく硬直してしまうのだった――。

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