五話 予想外なスキル
「っしゃー! くらえー! 『口角飛沫』!」
一際大きなプックリとした石の上、そこに置いた小さな石コロを的に、俺は張り切る気持ちそのままに声を上げていた。
初めて手にした攻撃系スキル。序盤で入手出来る威力の低い初級スキルだろうが、ここから始まりここから成長していくのだ。
少しずつ弱いモンスターを倒し経験値を重ね、レベルアップを通して強くなる。そして新たなスキルや装備を充実させ、安定した力で各地を巡って行く。
それが今まで経験してきたゲームの道筋であり、王道なのだ。
俺は流れるように脳内を駆け巡ったシミュレーションに、一層期待の気持ちを込め――。
”ツバ”を吐き出した。
「ペッ、ペッ」と響く汚い雑音、飛び散る液体。
辺りに無残にも撒き散らし、標的である石コロには一つの滴が垂れている。
ツーと流れる石コロに付着した唾液を見つめ、洞窟の中はしばしの静寂が訪れた。
俺は静かに一つ深呼吸をすると、空しく漂う静寂をぶち壊した。
「使えねぇぇぇぇーーーっ! なんだこれ!? これが攻撃!? うそでしょ!? 初級スキルだからってこれは有り得ないって! 蚊も殺せねーよこんなゴミスキル! せいぜい人を不快にさせるくらいだよ! むしろ使ってる俺が不快だっつんだよ!」
あまりにも予想外なゴミっぷりのスキルに、俺は心底腹が立ってしょうがなかった。
始まりのスキルに希望を持って事に当たったというのに、ツバを吐き散らすだけのお粗末な結果で終わった事に落胆せざるを得なかった。
「はぁ……、どうすんだよこれ。次はもっとまともなのかぁ?」
正直、次に取得出来るであろうアタックスキルにも期待は持てなかった。
最初があまりにもヒドイのだ。もはや次のスキルも、ゴミのように使えないイメージしか沸かない。
俺はため息を尽きつつ、やる気のない舌先で<スキル>画面を操作した。
枝分かれした先の二つのアイコンを確認すると、一つは<必要スキル『口角飛沫』Lv2>、もう一つは<必要スキルPt10、武器を一つ以上所持>と表示されていた。
取得条件から察するに、どうやら後者のスキルは少し期待が持てそうな感じだ。必要ポイントも高いし、条件に武器の所持が追加されているのを見ると、武器を使ったスキルと言ったところだろう。
だがこれは、今の現状では取得するのは難しい。
ポイントは頑張って石を食えばなんとかなりそうだが、肝心の武器を持っていないのだ。
残念だけど後回しにする他なさそうだ。
ということで前者。ツバ吐きスキルLv2とやらを欲する、Mっ気のあるこの子をチョイスしようと思う。
一旦最初のスキルアイコンに戻り確認すると、どうやらスキルポイントを2消費すればLv2へと上がるようだった。
「確かレベルアップ時に得たスキルポイントは2だったな。もう一回レベルアップすれば『口角飛沫』をLv2に上げれるか。ニ十個目の石コロでレベルアップしたのを考えると、捕食ボーナス1につき経験値1だな。えーと次のレベルアップまでに必要な経験値は~っと。……げ、30かよ。三十個も食わなきゃいけないじゃん
」
<ステータス>を確認すると、次のレベルアップまでに必要な経験値は30と表記されていた。
いくら石コロがうまいとはいえ、さっきまでニ十個も食べていたのだ。思春期の俺としては気になる部分だってある。
さすがに食い過ぎては体重が気になるところだし、第一健康に良くないじゃないか。
まぁ、なんてことは微塵にも思っていないので、さっそく適当に石コロを拾い上げて口の中へと放り込む。
「あ、やっぱうめぇわ」
一番近い表現で言えばアメだろう。コーラ味っぽいアメを、口の中でコロコロ転がしているような、そんな感覚だ。
どれだけ強靭な歯と顎をしているのかは知らないが、噛もうと思えば石だろうとアメのように噛める。
すぐに噛んじゃう派の俺にとっては、人間だった頃と変わらずにストレスフリーでイイ感じだ。
そんなこんなで、もうすぐ三十個目に達するだろうという所で、俺は一つの疑問を抱いた。
先ほどと合わせて計五十個の石コロを食ってきたわけだが、如何せん満腹までには達しないだろうと感じたのだ。
少しずつだが、腹は確かに満たされてる感じはする。
しかし、「これ以上は食べれましぇーん」となる境地までは、程遠く思えたのだ。
石コロだからだろうか。もしかしから、もっといい物を食べれば違うのかもしれない。
そう思い、残り十個のノルマを達成する為、俺は再び舌を伸ばすのだった――。
――キュピーン!
脳内に響いた聞き覚えのある音。俺は待ってましたとばかりに声を上げる。
「来た来たキター! ようやく来たぜレベルアップ! ……げぷっ」
ハイテンションで喜びを表現すると同時に、腹の中の空気が顔を出して来た。さすがに同じ味をずっと食べ続けるのは飽きていたのだ。
とりあえず新たに得たステータスポイントをVITに振り、前回同様HPが1000増えたことにニンマリと微笑んだ後、スキルポイントを消費し『口角飛沫』をLv2へと上昇させてみた。
――リンッ!
《解放条件を達成。アタックスキル『口誅筆伐』を取得》
乾いた鈴の音が響いた後、ログにシステムアナウンスが表示された。
条件を達成したことにより、自動的にスキルを取得したようだ。
そういえばスキルについて、<ヘルプ>にも書かれていたな。
なんでも、スキルの取得には様々な条件があるようだ。ビッグツリーシステムでの取得はもちろん、特殊条件を達成することでもスキルを取得できるらしい。
思わぬところで、思わぬスキルが手に入ることもあるとかないとか。スキルを探すのも、SSOを楽しむ一つの要素として人気のようだ。
そして肝心のスキルチェック。
Lv2へと上がった『口角飛沫』がどう変わったのか、新たに手に入れた『口誅筆伐』とやらが使えるスキルなのか。<スキル>画面を開き、この二つを入念に見定めてみることにする。
――アタックスキル『口角飛沫』Lv2
属性:[打撃・毒] 消費MP:2
分泌液を飛ばして攻撃する汚物系スキルだね! かっこよく言ってるけど、要は汚いツバの事……。当たった相手は嫌な気持ちになって攻撃力が下がっちゃうみたい。いくらスキルとは言え、道端でツバを吐き捨てるような悪い大人になっちゃダメだぞ☆
――アタックスキル『口誅筆伐』
属性・[無・毒] 消費MP1
暴言を吐いて攻撃する卑怯系スキルだね! 精神的ダメージって言うのかな? でもちゃんとHPは減るみたいだよ! 暴言を吐きかけられた相手は怒って逃げる事をしなくなるみたい! 回避率もグンと下がるみたいだから、思い思いの言葉を投げかけてあげよう♪ プレイヤー相手に使うとトラブルの元になるから、そこはきちんとわきまえようね☆
スキルの説明に目を通し終わった俺は、口角をピクピクと引きつらせた。
どこまでも女神様な説明文には広い心で対処するとしても、せっかく手に入れた二つ目のアタックスキルがまさか暴言を吐くだけの悪口万歳スキルだとは、さすがに予想の斜め上を行き過ぎだ。
もはやこの場に女神様がいたとしたならば、俺はなんの躊躇もせずにこの二つのスキルを使いまくるだろう。あの無邪気な可愛い笑顔の神様に、大量のツバを吐きかけ、ピーでピーな事を言いまくってやる。
辺りを見渡せば石コロは残り十個ほど。次のレベルアップにはどう考えても足りない。
それに新しく取得した『口誅筆伐』は石コロ相手じゃ検証出来ない。
ここが正念場だろう。
俺は腹をくくり、部屋の奥に存在する道へと、壁を伝ってゆっくりと歩み出した。
だが――、
この時の俺は、この先に死へと迫るほどの恐怖が待ち受けているなどとは、知る由も無かった――。