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三話 ステータス、オープン!

―――。


――。


―。



 事のいきさつを思い返すと、激しい悲壮感が胸に押し寄せた。

 はぁと深いため息を一つ吐き、再び口の中の石コロを転がす。


 死んだら本当に死ぬという現実は、例え元の世界だろうと異世界だろうとそこは変わらない。だけど仮想世界、つまりゲーム内という話になれば事は大きく違ってくる。

 それは自分を取り巻く環境が、生まれながらにして過酷極まりない状況へと変貌してしまうからだ。


 プレイヤー同士が戦うPK[プレイヤーキル]システムが導入されていないゲームだったとしたならば問題ないのだが、非常に残念ながらSSOには当たり前のようにPKシステムは存在する。超人気タイトルなだけあって、オンラインゲームに存在するほとんどのコンテンツが導入されているからだ。そこにはもちろん、PKシステムも例外ではないのは極当たり前の事だと、オンラインゲームを知っている俺にはよく理解出来ていた。


 

 だが、見境なく他プレイヤーを斬り付けるようなマナーの悪いユーザーは抜きにしたとしても、余程アホなことをしない限りPKされることはない。これはどのゲームであっても同じことだ。

 フィールドにあるPKエリアに行かないのはもちろん、PK不可能な安全地帯である街の中にいれば心配はない。


 しかしだ――、それらを分かっていながらも、悲壮感と激しい恐怖を抱く理由は別にある。

 なぜなら今言った安全条件は、”プレイヤー”としての話だからだ。



 俺は現状を再確認するように、メニュー画面を開いた。

 デジタル画面のように、視界前方に表示されたメニュー画面へと視線を合わせる。


 二分割された画面の左側には、<ステータス>、<装備>、<胃袋>、<メッセージ>などのコマンドが縦一列に並んでいる。

 そして分割された右側には自分の分身体であるゲームキャラクター……転生した俺で言えばリアルな肉体なのだろうが、これこそが一番頭を悩ませるタネだった。


 一言で言えば、気持ち悪い”唇オバケ”。

 綺麗な3DCGで描かれた、立体感のある人肌色の唇だ。無駄に艶っぽさまで表現されている始末。

 どうやら口”のみ”にしか見えないこれが、転生した俺の姿らしい。


 エルミュールと名乗る女神様が気を遣って、俺を俺らしくキャラメイキングしたみたいだけど、過去にいくら友人から「お前は口から生まれて来たんだよ」と言われたことがあったとは言え、さすがにこの姿はあんまりだろう。


 ゲームを始める前から数時間かけて本気でキャラメイキングする派の俺にとって、人間でありながらその実を伴わない姿になってしまっては、最初はもうただ茫然とする他なかった。



 嫌な思考が頭を巡る。キャラメイキングの機会すら無かったことに失望するよりも、もっと重要なこと。


 そう、――”俺は果たしてプレイヤーなのだろうか?”――、この点である。


 先ほど上げた安全条件の話に、俺が適用されるのかどうか不安要素が出てくるからだ。

 明らかにモンスターの一種としか思えない容姿に、いくら人間だと言っても他のプレイヤーは信じないだろう。よもやおもしろがって攻撃されることだって十分あり得る。


 それに例え絶対安全の街の中でも、ゲームシステム上俺をモンスター扱いとなっているのであれば、例外的にPKシステムが働かないとも限らない。

 街の中で突然モンスターっぽい何かが現れたら、プレイヤー達は絶対反射的にとりあえず斬りかかってくるだろう。


 とどのつまり、俺にとって安全地帯は皆無であるかもしれないに等しく、転生した時点で多くのモンスターと数千万人のプレイヤー達に命を狙われる状況に陥ってしまったわけだ。



 自分の姿を知り、自分の置かれた状況を察し始めた転生直後の俺は、第二の人生にすでに絶望を感じていた。


 だが、だからと言って生きるのを諦めるわけにはいかない。

 一度死に、せっかく蘇った命だ。例え姿形が変わろうとも、中身は人間の俺のままなのだ。


 それに希望は一つある。

 女神様が言っていた『エンディング』。これに辿り着ければ、あるいは元の世界にちゃんと人間の姿として戻れるかもしれない。


 だから生きる。生き延びる。

 俺には多くのゲームをやり込んできたノウハウがあるじゃないか。

 勉強はからっきしだったけど、ゲームだけには自信があるんだ。

 今まで培ってきたゲームスキルを総動員し、何が何でも『エンディング』に辿り着いて、このクソったれな人生ゲームを終わらせてやる。



 そう決意した俺は、とりあえず体の感覚を確かめることにした。

 見た目こそ口ではあるものの、リアルな五感を体感することが出来る完全没入型のゲームだからか、しっかりと俺も五感を感じ取っていた。

 

 洞窟のような景色が見えるし、時折ピチャンと滴が垂れるような音が聞こえる。空気の澱んだ埃っぽい匂いも分かるし、ひんやりとした空気の冷たさもしっかり感じる。


 視覚、聴覚、嗅覚、触覚までは動かずとも確かめることは出来たが、いかんせん味覚については食べ物がないので試行することが出来なかった。腹は減っていたが、食べ物がないことにはどうしようもないのだ。



 次に体の動きを確かめた。

 口だけの身体は果たしてどう機能するのか、一番理解しておかなくてはいけない部分だ。


 

 結果から言うと、動くことは出来た。それも思ったよりもスムーズに、精密な動きや流れるようにヌルヌル動ける。


 俺の身体はというと、最初から壁に張り付いていた。さながら壁から飛び出た小さな唇のようで、もはや壁に施されたオブジェクの様にさえ思える。

 口だけの身体って裏側はどうなってんだよって疑問も出てきたが、どうやら壁や天井、地面など、どこかに常時張り付いてる仕様(?)のようで、裏側の確認は出来なかった。



 人間だった頃の感覚のように、右の口角を上げれば右へ、左の口角を上げれば左へと、そのまま口を動かすかのような感覚とリンクするように、口の身体はしっかりと言う事を聞いてくれた。


 

 身体の動きを試行していると、意外と壁を駆ける動きが楽しくなって、気が付けば地面や天井も含めその空間をヌルヌルと動き回っていた。


 人間の時では体現不可能だった様々なアングルを楽しむ俺は、「うっひょー! すげぇぇぇぇ!」と一人騒いでいたのだが、それも結構時間が経っていたのか無性に腹が減って来た。


 

 辺りは大きくくり抜かれた洞窟のような、寂しい空間。無数の石コロが転がっているだけで、それ以外は何もない。

 奥の方に一本、縮こまった道が存在しているようだが、いかんせんここを動くほどの勇気はまだ無かった。


 腹が減っては戦は出来ないと言うように、明らかに空腹を感じて来たから、何かないかと探すようにメニュー画面を開いた。


 ピンと察したのだが、<胃袋>のコマンドはアイテムとか入ってる倉庫のようなものなのではないかと思い、開いてみたのだがアイテムストレージの中には何も入っていなかった。

 あわよくば初期アイテムで回復系の、出来ればパンとか食い物関係のアイテムが入っていないかと期待したのだが、どうやらオチャメな女神様はそこまで気が回らなかったようだ。

 

 そもそも、胃袋から取り出してまた食べるという意味の分からない事態が発生するのではと考えると、さすがにそんなマヌケな自分を思い浮かべ失笑してしまった。



 次に俺は、<ステータス>コマンドを開いてみた。


 


___________

Lv.1  不運な少年君

NEXT:20  EXP:0  スキルPt:0

『種族』:口先(笑)

『職業』:ニート

HP:100

MP:50

STR:1    [攻撃力]5  [魔攻力]5

DFE:1    [防御力]1  [魔防力]1  

INT:1    [回復率]5  [命中率]10  

DEX:10   [行動力]10  [回避率]2

VIT:1    [クリティカル率]2  [特殊味覚]100

『パッシブスキル』

(暴飲暴食、珍味佳肴)

___________




 

 パッと見では、よくあるタイプのステータスシステムだ。

 力を意味するSTRの値を上げれば攻撃力が上がり、防御を意味するDFEを上げれば防御力が上昇するのだろう。

 英語の部分の数値に自由にポイントを割り振り、対応する能力値が上昇することによって強くなる。いわゆるステ振りタイプのものだ。


 そんなことよりも気になる点が二つある。


 一つは種族の部分だ。

 勝手に付けられた”不運な少年君”という名前の部分を置いといたとしても、口先(笑)って明らかにおかしいだろ。なんだよ(笑)って。クスクス笑いを堪える女神さまの顔が用意に浮かぶぞ。


 そしてもう一つは、初期スキルとしてすでに取得しているパッシブスキルのことだ。

 ちなみにパッシブスキルは一度取得してしまえば、その後は永久的に効果を得ることが出来るものだ。



 俺は<ステータス>にある『パッシブスキル』部分の、暴飲暴食の詳細を見てみることにした。



 ――『パッシブスキル』:[暴飲暴食ぼういんぼうしょく]

 この世のありとあらゆる物をむさぼる、肉食系男子なスキル。咀嚼そしゃくすれば回復効果、丸飲みすれば<胃袋>に保管と、お好みの用途に合わせてお使いください♪ 好き嫌いが無いっていいよね! だけど間違ってもカワイ子ちゃんを食べちゃダメだぞ♡




「おおふ……」


 つい零れた呆れの吐息。

 確かオリジナルスキルとか言ってた気がするし、説明文から察するとあの女神様が書いたのであろうことは明白だった。


 もう一つのパッシブスキル[珍味佳肴ちんみかこう]は、どうやら特殊味覚なるものを上げる物のようだ。道理でステータスにあった[特殊味覚]の数値がやたらと高かったわけだ。



 ここで俺は一つ思いつく。


 もしかしたら、「この二つのパッシブスキルがあればその辺に落ちてる石コロ食えんじゃね?」、と。


 


 俺は無造作に落ちてる石コロの一つを視界に映すと、口を開けてはゆっくりと舌を伸ばすのだった――。

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