二話 俺、転生!
大手家電量販店へと足を運んでいた俺は、レジにてお目当てのゲームであるSSOパッケージを購入していた。さすが超人気タイトルだけあって、ゲーム専門ショップでもないのにレジカウンターの横に並んでいる程だ。
店員から商品の入った袋を受け取り、エスカレーターを下るや否や一目散に走った。
早くプレイがしたい。高鳴る気持ちが自然と足を動かしていく。
今まで興味すらなかったゲームのはずなのに、頭の中では「お金お金~」とやたらテンション高めに脳内リピートが続いている。
だが――、それが悪かったのだろう。
注意力散漫になっていた俺は、信号が赤になっているとも気付かずに道路に飛び出していた。
そう気が付いたのは大型トラックがクラクションを鳴らしながら目の前へと迫っていた時で、それはもはや気付くにはあまりにも遅すぎた。
「――っ!」
あまりに唐突な事態に俺は無意識に硬直してしまい、自分の置かれている状況を悟った時には、凄まじい衝撃と激しい痛みが全身に一気に襲い掛かって来た。
長い間か数分の出来事か、どれだけの時間が経ったのかは分からなかったが、朦朧とする俺は真っ暗な意識の中、ゆっくりとその目を開いていった。
半分ほど瞼を開いたところで、驚愕のあまり目を見開く。常識では考えられない状況に置かれ、驚きのあまり絶句してしまう。
なにせ、無限に広がっているとも思える果てのない真っ白な空間の中、立っているとも浮いているとも分からない摩訶不思議な状況に自分がいるのだ。
意識を失う直前の記憶はちゃんと覚えている。
大型トラックに跳ね飛ばされたことを思い出すと、全身に嫌な汗が滲んできた。
ここは俗に言う死後の世界ってやつなのだろうか。俺はあの事故で命を落とし、ここへやって来てしまったのだろう。
そう理解するまで、さほど時間はかからなかった。
すると、頭の上の方から突如誰かの声が響いてきた。アニメ声のような高く可愛らしい声で、明るく元気な口調だ。
「やっほー! 元気にしてる~? 不運な少年君っ!」
その声に反応するように見上げた先には、まるで天女のように薄紅色の羽衣を身に纏い、その身と同じほどの長さがある純白の髪を持ち、頭には小さなサイコロを模した髪留めが施された女が浮いていた。
俺は何が何だか分からず目を白黒させていると、その様子を面白がるように女は無邪気な笑いを零した。
「アハハハ! うんうん、驚くのも無理はないよね! こんな可愛い女神様がいきなり現れたら、そりゃあ誰だって驚くよ!」
「女神……様?」
口元を両手で抑え、目を細めて高い声を響かせる女神様(?)に、俺はおもわずきょとんとしてしまう。
女神と言うならば、それはつまり神様ってことだろう。何か困った時につい神頼みをしたりするときはあったが、本当に存在するとは更々思っていなかった。
だけどこの不思議な空間と、当たり前のように振舞うその姿に、目の前の人は本物の神様なんだと俺の心は不思議と素直に受け入れた。
「うんうん、私は”遊戯を司る神”『エルミュール』! せっかくSSOに導かれたのに、プレイする前に死んじゃうとか、君は可哀想すぎるよね! だから転生のチャンスを与えに参上しちゃいました! どう? 嬉しい? 嬉しい?」
俺は転生という言葉に、熱く胸をたぎらせた。もうおしまいだと悟っていたのに、生き返ることが出来るなんてまさに奇跡だ。
まだまだやり残したことはあるし、学生の内に死んでしまうなんて正直未練タラタラだ。是非とも蘇りを希望しますと、俺は目を輝かせる。
「嬉しいっす! 超嬉しいっすよ! まだ俺17なんで、こんな若さで死にたくないっす! お願いします女神様!」
「うんうん、嬉しいよね! まだまだ人生というゲームを楽しみたいよね! じゃあ”命の生誕を司る神”にお願いしておくから、百年くらい待っててね!」
ニッコリと、邪気の感じない無垢な微笑みを浮かべる女神様。
だけど待ってほしい。
百年の待期期間があるなんてさすがに予想外だ。
「ひゃ、百年もかかるんすか!? 俺、そんなに待ってらんないっす!」
「ん~……でも私、”遊戯を司る神”だし……。頑張れば、なんとかなるかも……だけど」
頑張ればなんとかなるなら、そこは頑張れよと思いつつも、指先をツンツンしながら眉を下げる女神様へ機嫌を損ねないように取り入る。
「さっすが神様! 頑張ればなんでも出来るんですね! よっ! 可愛くて可憐なエルミュール様っ!」
「可愛くて可憐な」の部分でピクリと耳を動かした女神様。まんざらでもなさそうにモジモジしながら、定まらない視線で恥ずかしそうに口を開く。
「も、元の世界じゃなくて……別の世界に転生になっちゃうけど……いい?」
上目遣いで申し訳なさそうに女神様は呟いたのだが、むしろ俺は別の世界に転生というフレーズに心を躍らせた。
小説や漫画などで人気を誇る異世界転生の話。俺もしてみたいなぁなんて、夢見心地に浸っていた時もあった。
それが今こうして現実のものになろうとしているのだ。これは心躍らずにいられるものか。
異世界転生、チート、ハーレム、無双劇……頭の中で巡る様々な期待を胸に、むしろ願ったり叶ったりの事だと強く懇願する。
「はい! むしろその方が嬉しいです! 夢にまで見た異世界転生が出来るなんて、これ以上ない喜びです女神様!」
「ホントに!? 嬉しい!? 良かったぁ!」
パーッと顔を明るくさせる女神様の様子を見ると、どうやら機嫌を取り戻したようだ。
神様だからかは知らないけど、やたらと俺が喜ぶ様を気にしておられる。見た目もそうだけど、可愛い神様じゃないか。
「うんうん、よーし! じゃぁパパパッと転生させちゃうよん! 転生場所は”SSO”の中、死んだら本当に死んじゃうから気を付けてね! じゃあ、行ってらっしゃーい! 良い第二の人生ゲームを~!」
やたらとハイテンションで女神様は俺に手を振ると、辺りが目を開けてられないほどの眩い光に包まれた。
「えっ、SSOの中って、それってどういう――っ!」
「私に出来る命の操作はこれで限界。でも、『エンディング』を迎えれば……君の願いは叶うかもね! 仮想世界に転生する君は、ただ一人の特別生命になる。だからせめてもの餞別くらいは用意してあげる! 君だけのオリジナルスキルと、転生後も君は君らしく在れるように、生前の君を元に生体データを構築しておくよ! さぁ……もう時間だね。 せっかく手にした第二の人生。今度はしっかり生にしがみつんだよ、不運な少年君」
女神様のその言葉を最後に、視界が真っ暗闇に包まれる同じく、俺は意識を失っていった――。