十三話 お残しは許しまへんでぇ!
ふわふわとした毛並みの柔らかい感触を覚えると共に、ゆっくりと意識が覚醒していく。
視界の先には傾く景色。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
ふと視線を移すと、丸くなる俺に包まれるように、ピューイも静かに寝息を立てている。
生まれてすぐに戦闘があり、そこからはずっと移動が続いていたわけだから、さすがに俺よりも小さいピューイには相当疲れが溜まっていただろう。
俺はピューイの頭をそっと一撫でしてから静かに体を起こすと、あぐらをかいたまま両腕を上げては、グーっと背筋を伸ばした。
「ピュ……」
すると、囁く様なピューイの一鳴きが聞こえた。
吐息の様に零した声に、俺はふと視線を向ける。
「起こしちゃったか? ごめんな」
静かに動いたつもりだったけど、ピューイは敏感に感じ取った様で起こしてしまったみたいだ。
ピューイは翼をピンと上に伸ばすと、「ピュゥゥー」と変に力を込めた声を発している。
それはまるでさっきまでの俺みたいに、ピューイなりの伸びをしているのだろう。
そんなピューイの姿に、そこまで俺に似るのか――と、少し可笑しくなってしまう。
それからピューイは伸びを終えると、今度は翼の先で下に敷いてある毛皮をツンツンし始めた。
これは……あれだな。うん、覚えてる。
「OKOK! 飯だな! ぐっすり眠ったら腹が減ったのか? ピューイはホントに赤ちゃんみたいだな」
ご飯のおねだりをする仕草に、俺は<おやつ>を与えようとしたのだがここでふと考える。
今まではステーキもどきしかあげていなかったわけだし、たまには他の物をあげたほうがいいんじゃないか――、と。
そもそも寝起きにステーキなんて重たすぎるし、肉ばっかじゃ栄養が偏る。「ただのコマンドだから関係ない」――、なんて他の人は言うかもしれないけど、ピューイは俺の子だ。愛情込めて育てたいんだよ。
てことで一旦ピューイの<ステータス>画面を開いて満腹度を確認すると同時に、与えるおやつで得られる満腹度と照らし合わせて考える事にする。
検討の結果、ピューイの満腹度が50だったので、50の満腹度追加を得られる<キャベツもどき>を選定する事にした。
肉もいいけど、やっぱり野菜も採らないとね。
「ほらピューイ、今回はキャベツもどきだ! 収穫されたばかりの新鮮なやつだぞー!」
収穫されたのかどうかは知らないが、新鮮な物には間違いないキャベツっぽい何かを前に、当のピューイはというと固まっていた。
初めて見る<おやつ>に様子を伺っているのかもしれないが、何気にそんなピューイの様子を俺も伺っている。
だって、初めて食べるおやつだぞ? どんな風に食べるのか、どんな反応をするのか、親としては当然気になるだろ。
内心ワクワクしながら静かに見つめていると、ピューイはそーっと翼を前へと伸ばし始めた。そしてチョン――、とキャベツもどきに軽く触れた所で、俺は感動を覚えてその様子をマジマジと食い入る様に観察する。
「ピュッ!」
すると突然、ピューイはそっぽを向き始めた。今まさにこれから食べるのだろうという所で、いきなりだ。
俺は首を傾げつつも、キャベツもどきを食べるピューイを見たいので軽く促してみる。
「どうしたピューイ? ちゃんと野菜も食べないと大きくなれないぞ?」
「ピュー!」
だが断る――と、頑なに拒むピューイ。
右へとそっぽを向くピューイの目の前に、俺はもう一度キャベツもどきという名のスタンドを出してみたが、今度は左へと向かれてしまった。
「ピューイ、好き嫌いはお母さん許しませんよ?」
なぜにお父さんではなくお母さんと口走ってしまったかは自分でも不明だが、拒むピューイの態度にもめげずに三つ目のキャベツもどきを召喚する。
すると今度は背後へと振り向いて逃げた所で、ここぞとばかりに追い打ちをかける四つ目のキャベツもどきさんが登場。
これでピューイは緑色の球体に四方を囲まれ、もう逃げ場はなくなった。さぁ、どう出る!?
するとピューイは小刻みに体を震わせたかと思うと、突然仰向けになるよう転がり、敷いてある毛皮を痛めつける勢いで激しく翼をバタバタさせ始めた。
「ピュゥーピュー! ピュゥゥゥー!」
その光景には、人間だった頃に何度か見覚えがある。
床へと寝転がり、泣きわめき、駄々をこねて欲しい物ねだりをしている子供――、まさにそっくりだ。
激しく翼をバタつかせ、甲高い声で鳴き叫ぶピューイに、さすがの俺もしどろもどろしてしまう。
「え、えっとぉ、ピューイ……ちゃん? 好き嫌いはね、ダメなんだよ? だから、少しでいいから食べてみよう? な?」
「ピュゥーーー!」
「か、体にいいんだよ? キャベツさんも食べて欲しいって言ってるよ?」
「ピュゥゥゥーーー!」
あれこれ声をかけてみたが、結果だめだった。何を言ってもピューイの駄々は治まらず、むしろ言えば言うほど悪化していく一方。
いつまで経ってもキャベツもどきに手を付けず、そしてこのまま鳴き続けられるとプレイヤーに見つかる可能性だって出て来る。
まるで分らない子供の扱い方に葛藤を覚えたからだろうか――、俺は心の中で徐々に焦りが生じ始め、やがてそれは怒りへと変化していた。
「いい加減にしろ! 泣くんじゃねーよ! すぐに腹減るくせに、その度にステーキもどきばっかり食ってたら、金がいくらあっても足りねーだろーが!」
カッとなった俺は、つい怒鳴り声を上げてしまった。
ピューイは一瞬びくっと体を震わせると静かになり、体を起こしてはゆっくりとキャベツもどきへ近寄り出した。そしていつもなら喜びの声を上げておやつを美味しそうに食べるのに、今はただただ言われるがままに――、声一つ身動き一つせずに黙々と静かに食べ始めた。
俺はそんなピューイの様子を前にした途端、一気に気持ちが冷めてきた。
いつの間にか意地でも食べさせてやるって気持ちになっていて、自分の思い通りにいかなくて腹を立てていたけど、それをピューイに八つ当たりしただけに思えたのだ。
それにピューイはおそらく、俺に怒られたから食べ始めたんじゃない。
あれだけ暴れるように駄々をこねていたのに、俺が金の事を言った途端に静かになったのだ。
ピューイは自分の我が儘で俺を困らせている――って、まだ小さいながらにも気を遣ったんじゃないだろうか。
俺はピューイの為とか言いながら、心の奥では結局は自分の事しか考えていなかったという事に――、ピューイの優しさに触れて初めて気付かされた。
「ピューイ……、ごめんな」
俺は小さく謝罪の言葉を呟き、まだ食べかけのキャベツもどきと残りの三つ全てを消し去った。そして新たにステーキもどきを一つ、ピューイの目の前へと置いてあげた。
ピューイは自分の好物を目にすると、翼をピンッと立てて喜びを現したのだが、すぐさま何か思い出したかの様に翼を降ろしては、小さく体を左右に揺らし始めた。
きっとお金の事を気にしているのだろう――、好物なのに我慢して、「いらない」と遠慮している様だ。
「さっきのは無し! 金の事は気にするな! 子供の世話をするのは親の役目、食費はモンスターをバンバン倒して稼いでやる!」
「ピュゥ……」
ピューイは小さく鳴きながら俺を見上げ、「いいの?」と遠慮がちに聞いているみたいだ。
「あぁ、遠慮せずいっぱい食っていいぞ! 食う子は育つって言うしな!」
「ピュゥー!」
俺自らの許しが出たのもあって、ピューイも気が晴れたようだ。いつものように夢中でステーキもどきへとがっつき、「ピュピュピュ!」と歓喜の声を上げながら美味しそうに食べている。
そんないつものピューイの姿に、俺もホッと胸を撫で下ろす。
やっぱり元気な姿のピューイがいい。そんなピューイが、俺は好きなんだ。
俺は頭の後ろで腕を組むと、壁へと背を預けて天を仰いだ。
透き通る様な真っ青の空に、大きさの異なる二つの雲がゆっくりと流れている。まるで親子の様なその雲を見つめ、ふと昔を思い出した。
「そういえば俺も子供の頃、野菜が嫌いだったなぁ……」