十話 歴史を司る神
俺は甲羅の上から軽やかに宙へと飛び上がり、天地が逆になる様に天井へと足を着いた。
頭を上へ向け、地面にいるジャイアントタートルを視界に収める。
よしよし、向こうも俺の方を見上げて止まっているから、ターゲットがちゃんと固定されているようだ。
「ピューイ! その亀を攻撃するんだ!」
「ピュイッ!」
ピューイは素直に俺の指示を受け、空中で少し加速しては、ジャイアントタートルへと体当たりし出す。
ガンッ、ガンッと、ぶつかる衝撃音が響き、ジャイアントタートルのHPゲージが少しずつだが目に見て分かる程減少している。
「ピューイ、”ハードアタック”だ!」
「ピューーーッ!」
ピューイは一つ、気合を入れた鳴き声を放ち、風を切るような白いエフェクトを纏わせながら猛突進を繰り出した。
さすがアタックスキルの威力が高いようで、通常攻撃の時よりもジャイアントタートルのHPをかなり削った。
これはいける、余裕でいける。
俺は口角を上げ、ニヤける笑みが自然と零れ出す。
今までサポートスキルは、一時的な自分の強化や相手の弱体化が主な、バフ・デバフの作用をもたらすスキルだとばかり思い込んでいた。
だが、今こうして目の前のピューイを見ていて考えが変わった。
サポートスキルには重要度を置いていなかったが、しっかりと使える代物ではないかと。
いや、待てよ。考えてみればサポートスキルの中にも、[攻撃力]を上げることが出来るスキルだってあったんじゃないのか?
ここで初めて自分の考えの足りなさに気が付いた。
「うっわぁぁぁ! バカだ俺……。そうだよ、自分の事を強化出来たかもしんないじゃん。鼻からサポートスキルなんて使えないだろうって決めつけて、すっかり頭の中から飛んでたよ。うわぁ……」
両手で頭を抱え、自分の浅はかさを痛感する。もっと早く気が付いていれば、無駄にスキルポイントを消費せずに済んだのだから。
「とりあえず……、残り1ポイントだから取得は出来ないだろうけど、見るだけ見ておくか……」
今までコマンドを開いてすらいなかった為、一応サポートスキルの必要ポイントだけでも把握しておこう思い、うなだれる気持ちのままに<メニュー>画面を操作する。
最初のアイコンは、必要スキルポイントが1必要みたいだ。
「はぁ、1必要か……。ん? 取れんじゃん!」
勘違いして一瞬落ち込んだが、ちょうど1ポイントだけあったのを思い出したので、すぐさま取得してみた。
――サポートスキル『鼓舞激励』
効果:[1秒(MAX20秒)ごとに対象の攻撃力+20]
声援を送って元気づける、応援団系スキルだね! 声援を受けた相手はやる気が溢れて、ドンドン攻撃力が上がっていくみたいだよ! 黄色いボンボンを持ったカワイ子ちゃんに応援されたら、どんな男の子も目に炎を宿すだろうねw ちょ、なんでコスプレしてるの!? やめてよ気持ち悪いっwww
「いや、してねーし! あ、でも黒兎モードってある意味コスプレか?」
ダメミュールの説明文にツッコミを入れつつも自問自答する俺は、とりあえず取得した『鼓舞激励』を試してみることにした。
効果だけでいえばかなりの物だ。応援し続ければ、最大20秒に達した時点で攻撃力にプラス200の補正が付く。
自分に使えないのが難点だけど、ピューイのサポートにはもってこいだ。
元々高い攻撃力が更に上がるんだ、長所を伸ばせるのは素直に嬉しい。
よし、じゃあ頑張ってる可愛いピューイの為にも、いっちょ一肌脱いでやりますか。
「きゃぁぁぁ! ピューイちゃんカッコイイ! すごーい! つよーい! 可愛い上に強いだなんて、そこにシビれる憧れるぅぅぅぅ!」
乙女のような甲高い声色を捻り出し、体をクネクネさせては黄色い声援を送る俺。
我ながらに思う所はあるが、ここには誰もいないのだ。白い目で見られる心配はない。
らしく生きよう――。この時生まれた、俺の人生の格言だ。
『鼓舞激励』の効果は凄まじく、ガスガスとジャイアントタートルのHPゲージが減り、ついにはその表示が0になった。
「あ、やべ――っ!」
俺はすぐさま安全地帯から離脱し、地面へと降り立った。そして大の字で倒れ込んでいるジャイアントタートルの体を、急いで口の中へと頬張る。
間一髪、なんとかジャイアントタートルを<胃袋>へと収めるのに間に合った。
――キュピーン!
《3000ゴールド、800経験値を獲得。スッポンエキスを獲得》
《LEVEL UP!》
よし、難関だった亀を無事に倒せて、ついでにレベルも上がった。イイ感じ、イイ感じ。
「ピュイー!」
すると、戦闘を終えたピューイが俺の元へと近寄ってきた。
小さなその体を俺へと擦り付けて、まるで褒めて欲しそうにしている。
「お手柄だ、ピューイ。お前のおかげであの亀を倒すことが出来た。よくやったぞ!」
頭を撫でるかのように手を添えてやると、ピューイは翼をピコピコと動かしては嬉しそうにしている。
その様子が可愛くて、つい何度も撫でてしまう。
――ピッコーン!
《新着メッセージ、一件》
すると突然、メッセージが届いたお知らせが響いた。
「ピューイと勝利の喜びを分かち合っていた所なのに、空気読めないバカは誰だよまったく……。まぁ、どうせまた残念女神のダメミュールだろ」
差出人:エルスニカ
件名:初めましてだね!
本文:やぁ! 君が不運な少年君だね!? エルミュールから報告は上がってるよ! 僕は”歴史を司る神”、エルスニカだ。よろしくね! 本当はまだ僕が干渉するに値しないのだけれど、君はすでに神の一柱と接触しているわけだし、まぁいっかなぁって思ってね! あはは! それはそうと、実は僕も君には期待しているんだ! エルミュールがやらかしたとはいえ、仮想世界に転生したなんて事例は、僕の知る数多の歴史の中でも初めての事なんだから! エルミュールも何気に君を押していたし、話を聞いていたら僕も興味が沸いたんだ! 君は元の世界へ戻りたいんでしょ? だったら余計に頑張って欲しいな! 『エンディング』へ辿り着いたら、君の願いはなんでも叶うからね! 大丈夫、エルスニカの名を持って約束するよ!
あ、あれ。ダメミュールじゃない……。誰? エルスニカ? 歴史を司る神?
どうやらエルミュールとは違う神様からのメールのようだ。
子供っぽい感じの印象を受けるけど、”報告は上がってる”って言葉から察するに、なんとなくエルミュールよりも格上の存在な気がする。
やばい、どうしよう。他にも神様いるなんて初めて知ったし、なにやら目を付けられたっぽい。
とりあえず返事はしないと。もはやダメミュールとか言ってふざけてる場合じゃないぞこりゃ。
「”初めまして、よろしくお願いします”……っと」
あ、これだけじゃ短すぎるな。
「”なんとか頑張って生きてます。僕に何を期待されているのかは低能すぎる下等生物の分際なので分かりかねますが、『エンディング』に辿り着けるまでは必死に頑張ります”……っと、よし送信!」
まぁこんな所だろう。
メールを送信した俺は冷静を装っていたが――。足はガクガクと震えていた。
黒兎モードだが、初めて口の身体で良かったと心から思っている。だって人間の体だったら――。
絶対に失禁している。
――ピッコーン!
「え!? 返事早っ! ってかまた来たの!?」
さっき返事を送ったばっかりでまだ一分も経っていないというのに、メッセージの受信を知らせるアナウンス音が響いたのだ。
おそらく差出人は先ほどのエルスニカ様だろう。
俺はビクビクしながら<メール>画面を開いた。
差出人:エルスニカ
件名:少しだけなら大丈夫かな!
本文:そんなに謙遜することは無いよ、神はたくさん存在する。僕はその中の一柱にしか過ぎないんだからね! 君に向けられている期待の意味だけれど、簡単に言えば……、君のいる”仮想世界の存在理由”かな! 誰もが遊べる遊戯をゲームと言うのであれば、そこはゲームであってゲームじゃないんだ。導かれた者しかプレイする事の出来ない、選定ゲームなんだよ。神がプレイヤー達に何を求めているかは……、きっとこの先へ進めば分かるさ。君はその可能性を秘めてるんだ、途中リタイヤなんてつまらないことは……、しないよね?
変に下手に出たのが裏目に出たのか、とんでもない事実を知ってしまった気がする。
肉体を持ってこのゲームの中に転生したから、ゲームであってゲームではないと自覚していたけれど、それは自身の事だ。
よもやこのゲーム自体が、ゲームであってゲームじゃないという本質が隠されていたなんて、考えも付かなかった――。
いや、思えば神であるエルミュールが直接的に干渉してるくらいだ。今思えば、神の息がかかった特別なゲームだと察知する事が、それを知る俺には出来たのか。
エルスニカ様はこの先へ進んで行けば答えが分かる風に言っていたけれど、神は一体、ただの人間達に何を求めてるんだ?
役割がそれぞれにある感じに思えるけど、そもそも神とは万能じゃないのか?
分からない……。ただ生き抜いていこうと思っていただけだけど、もしかしたら俺は、とんでもない事に巻き込まれているのかもしれない。
「”貴重な情報、ありがとうございます。途中リタイヤは僕にとって死なので、頑張って生き延びます。期待を向けている理由については、この先へ進んで自分で理解していこうと思います。けれど一つだけ気になる事があるので質問させてください。神様方は私達人間に何かを求めているようですが、神様とは万能ではないのですか? 私達人間にはそういったイメージがあるのです”……っと」
聞いてどうこうなる話ではないのは分かってる。
だけどもし仮に万能ではないのだとしたら、そこから神様達の求めている”何か”を知ることが出来るかもしれない。エルスニカ様がそれを話すとは限らないが、一つの手掛かりにはなる可能性がある。
――ピッコーン!
すぐさま響いた返信音。
俺はもうブルついてなどいなかった。むしろ真実に辿り着きたいという思いと、少しでも自分の置かれた状況の情報を得るために、冷静なる境地へと心が移行していた。
落ち着いた手つきで<メニュー>画面を操作し、手早く返信を確認する。
差出人:エルスニカ
件名:君は面白い事を言うね!
本文:あはは! 最初に言ったよね! 僕は”歴史を司る神”だと! 宇宙そのものの歴史を管理する事は得意だし、この手の事で僕の右に出る神はいないけれど、それは他の神にも言える事なんだ! それぞれが司る役目に、それこそ神がかり的に特化した存在。それが神だ! だから君の言う言葉の意味を解せば、神は万能じゃないって事になるかな! あ、例外は”いた”けどね! 全知全能、本当の意味で万能な神はたった一柱。究極神王『エルバッシュ』だけだね! さ、僕も忙しいからこの辺でお開きにするよ! 頑張って生き延びてね、不運な少年君!
お開きと言われたし、忙しいと言っていたから返事も控えておこう。何かあればまた向こうから連絡してくるはずだ。
そして分かった事は二つ。
一つ、神は自分の司る役目に特化した存在で、万能じゃなかった。
二つ、万能なる神が一柱だけ存在していた。
”いた”って事は、今はいないのか? 神様は死ぬのか?
くそ、また疑問が増えたけどもう聞くことは出来ない。愛想の良さそうな神様だったけど、それでも神だ。下手に刺激はしたくない。
「ピュイ……」
難しい顔をしている俺を心配しているのか、ピューイが小さく鳴きながら擦り寄っている。
「ごめんなピューイ、大丈夫だ。さ、進もうか」
「ピュイッ!」
この先に何が待ち受けているのかはまだ分からない。
だけど――、生き延びて元の世界へ帰る為にも、必ずこの世界に隠された真実を探ってみせる。
俺は拳を握り締め、新たに出来た仲間ピューイと共に、凛とその足を踏み出したのだった――。