一話 心惹かれるゲーム『SSO』
「へぇ~! コーラみたいな味がするんだな――。石コロって」
どこかの洞窟にいるかのような薄暗い景色の中、俺は向かいにあるゴツゴツとした岩の壁を見つめながら、舌先に伝わるひんやりした感触と不思議な味を確かめるように口の中の石コロをコロコロと転がしていた。
ちなみに二つほど補足しておくと、食用に開発された特別な石コロ――、と言うわけではない。その辺に転がっているような、――”ただの石”――だ。
そしてもう一つ。そんなただの石を食べている俺は、ひょっとして頭がおかしい奴なのではないか? という真っ当な疑問が出てくるはずだ。
だが安心してくれ、答えはノーだ。
俺は至って普通の、至ってまともな高校生なのだから。
いや――、”そうだった”と、過去形で答えておこう。
その意味と、今置かれている現状の説明には、少しばかり時は遡る――。
―――。
――。
―。
「――でさっ! そこで俺はこう言ってやったんだよ! ――”準備運動には……丁度良かったな”――、ってな!」
賑わう教室の中、俺は決めポーズよろしく優雅に髪を掻き分け、カッコイイ決め台詞と共に目の前の友人に武勇伝を話していた。
というのも、俺は自称ゲーマーを名乗る程に、徹底的にゲームをやり込むのが趣味であり生きがいにしていた。そのことは友人を含め、クラスのほとんどの奴なら周知の事実になっている。
先ほど友人にアピールしていたのは、昨日の晩の事、ゲーム内での出来事の話だ。
とあるVRMMOを一年ほどやっているのだが、その中で俺は自分で言うのもアレだがトッププレイヤーとして君臨している。
情報が物をいうゲームだけあって、絡んだことの無い知らないプレイヤーに声をかけられ尊敬されるほど俺の知名度は高かった。
そのゲーム自体は五年ほどの歴史があるわけだが、さすがに一年そこそこでトッププレイヤーと称賛されるとなると、俺の事を良く思わない奴も出てくる。
そういう奴は何かと因縁付けてくるわけだが、オンラインゲームではよくあることだし、いちいち相手をしていざこざが起きてしまったのでは俺の評判が下がるから、いつも上手く躱していた。
トッププレイヤーとしての立ち位置はそれなりの努力をして培った賜物だと思っているし、俺からすれば何を言われようと負け犬の遠吠えだと感じる。だからそういう奴を見ると、モニター越しに鼻で笑い飛ばしていたのだった。
しかし昨日の相手は少ししつこいタイプのようで、断っても何度もバトルを申し込こんでくるもんだから、一戦だけと言って引き受けることにしたのだ。
散々挑発してくるのもあって、イラ立った俺はバトル開始直後に瞬殺してしまった。
予想外だったのだろう――、相手は沈黙したまま呆然としていたので、俺はここぞとばかりに追い打ちの台詞を吐き捨てたのだった。
とまぁ、事のいきさつを友人に語ったのだが、どうも信じていないようだ。
「ホントかよっ! どうせいつもみたいに話盛ってんだろ!? この間なんて、――”山口さんと手を繋いだ”――、とかドヤ顔で言って来たけど、落とした消しゴムを山口さんが拾ってくれたときに少し触れた程度の話だったじゃん」
冷ややかな目で友人は見つめてくるが、確かにその話はぶっちゃけ盛った。クラスで人気のある女子、山口さんと手が触れ合ったのだから心躍らずにはいられなかったのだ。
しかしながら友人の言葉の意図する事は俺も分かっている。
俺はいつも物事をおもしろおかしく脚色して話してしまうクセがあった。ウソを付いて騙そうだとかそんな考えではなく、ただ話のネタにと大袈裟に、時にはウソを入り混ぜて、自分でおもしろいと思えるようなトークをしてしまうようになっていた。
そんな俺の性格と、おしゃべりな様子からか、友人にはよくこう言われる事がある。
――「”お前はきっと、口から生まれてきたんだよ”」――、と。
しかし昨日の出来事はウソ偽りではない本当のことなので、「マジなんだって!」と熱く弁解していると、友人は「はいはい、分かった分かった」と呆れたように俺をなだめ始めた。
「――信じる信じる。で、ゲームの話で思い出したけど、最近『SSO』ってのが流行ってんの? テレビのCMだとかそこら辺でよく耳にするけど、おもしろいの?」
友人の言う『SSO』とは、S[スペシャル]S[セレクション]O[オンライン]という超人気VRMMOのことだ。三十年の歴史がある古参ゲームでありながら、時代に合わせて常に最新の要素を取り込んだり、イベントが豊富に行われたり、運営がしっかりしていたりなどイイ評判ばかりを聞く。
最近どころか昔からオンラインゲームランキングでは常に一位を独占している為、オンラインゲームをしている人なら誰でも知っている有名タイトルだ。
しかし、数多くのオンラインゲームに手を出している俺だったが、SSOはやったことが無かった。というのも、あまりにその歴史が長すぎる為、今からやったとしてもたかが知れていると考えてしまうからだ。
今では入手不可能な期間限定アイテムなどを多く所持している古参プレイヤーとの差は大きいだろうし、そもそも数千万人のユーザーがいるって時点でやる気が失せる。
だから俺はマイナーなタイトルを好んでプレイし、ちやほやされる自分に酔いしれながらゲームを楽しんでいるのだ。
今ではそれなりに楽しめてるタイトルもいくつかあるし、SSOのことは正直これっぽっちも興味が無かったのだが、友人がふと口走った言葉に少し気がかりな点を感じた。
「なんか金がもらえるみたいだし、おもしろいなら俺もやってみようかなーってな。ゲームやって金がもらえるのなら、めっちゃウマイしな」
「は? え!? 金? マジで?」
「なんか、そうらしいぞ。お前ならやってると思ったんだけど」
いやいやいや、そんな話知らない。
もしかしたら最近のアップデートでそんなとんでも要素が追加されたとか?
俺は急いでスマホを取り出し、友人そっちのけでSSOの公式サイトを読み漁った。
そこには目を釘付けにさせる、衝撃の事実が告知されていた。
なんでも、一週間ほど前に導入された新システム、『懸賞金イベント』なるものがそれのようだ。
単位は違ってくるのだが、ゲーム内で入手したゲームマネーをそのままリアルマネーへと変換するらしい。毎月一回選定が行われ、条件達成者に現金を郵送するといった内容が書かれていた。
条件の方は、数十種類に及ぶ指定クリア条件を満たした者の中から抽選するようだ。指定クリア条件の詳しい詳細は伏せられているようだが、どれも難易度はかなり高いと謳っているのを見ると、そう容易くは達成出来ない仕様なのだろう。
しかし、その中でも俺が特に目を引かれた部分があった。
――《エンディングに辿り着いたプレイヤーには、一億円の懸賞金と夢のような懸賞品の贈呈を約束》
オンラインゲームにエンディングがあるのにも興味を惹かれたが、それよりも”一億円”というぶっ飛んだ懸賞金に思わず目が眩んだ。
一億円あれば何ができるだろうか。
好きなものは何でも買えそうだし、高校を卒業してからもしばらくは働かずにゲーム三昧出来ることだろう。
学生の俺にとってはまさに夢のような話であり、例え一億円とまではいかなくても、数種類あるクリア条件を満たせば現金が手に入るチャンスが訪れるのだ。
もはや居ても立っても居られない衝動に駆られる俺は、手に持つスマホを静かにズボンのポケットに仕舞い込むと、冷静を装いながら友人へと手を上げた。
「ごめん、俺用事思い出したわ! 今日はじいちゃんの命日だった! 先帰るわ!」
机の横に掛けていたバッグを無造作に掴み取り、肩にかけては急いでその場を後にする。
「お、おい――っ!」
後ろの方で友人が慌てるように声をかけてきたが、もはや俺の心境はそれどころではないのだ。
友人を無視し、教室から颯爽と飛び出していく。
「お前のじいちゃん、何回死ぬんだよぉー!」