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或る思い出

作者: 鬼火
掲載日:2016/04/15

今でも君のことが頭を奔馬のように擦過する瞬間がある


金木犀の香りが

甘くたゆとうている季節


君は、ゆらりと、薫香のヴェールに纏われて、呪縛を解いた

甘美のヴェールは重力を打ち消すだけの力を備えてはいなかった

たったそれだけの力……翼を羽ばたかせるだけの力を、美しいものは備えていないのだ!


死に吸い込まれたのは、果たして君なのか、それともヴェールであったのか


きっと寒かっただろう

きっと冷たかっただろう

きっと柔らかかっただろう

乾いてゆく血が

喪われてゆく脈拍が

まるで水が凍ってゆくように

なだらかな速度で

人知れず


僕のことを覚えているかい?

君の魂は


二人の孤独、二人の密会、二人の教会


それらの記憶は

摩滅するだろう

奥津城の深淵で轟いた地響きが何にも共鳴しないように


摩滅するだろう


君のことを忘れてゆく。

僕のことを、誰も覚えてはいない。

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