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意識魔界系彼女

作者: てこ/ひかり

「細山田さんって、昔野球部だったんだ」

「そうだよ。一年の時からエースだったかな」

「すごーい」


 里佳子さんと並んで歩きながら、僕は自慢げに話した。実際は万年補欠だったが、この際そんなことはどうでもいいだろう。後でプロフィールを書き換えて置かなくては。彼女が隣で寝静まった頃、僕はこっそりスマホのプロフィールページを開いた。


 名前から職業、性別、過去の経歴…ずらっと並んだ項目に僕は「高校時代:一年時からエース」と付け加えて編集ボタンを押した。暇だからついでにプロ野球選手にでもなってみるか。そう思い職業欄も「実業家」から「プロ野球選手」に書き換える。


 昼頃目が覚めると、僕は高級マンションにいた。隣では里佳子さんがまだ寝息を立てている。見慣れない部屋を散策してみると素振り用の部屋だったりトレーニングルームが目に飛び込んできた。そうだった、僕はプロ野球選手になったんだっけ。試合の時間は18時からだ。僕はソファに身を預け、大きな窓の外に広がる高層ビルの外観をのんびり楽しんだ。




 自分の人生の全てを編集できるサイトを発見したのは偶然だった。たしか当時の彼女と別れ、里佳子さんと知り合ったばかりのころだった。傷心していた僕は「いっそ生まれ変わりたい」と何度も彼女に愚痴を零していたような気がする。何とも恥ずかしい話だ。だが今やその愚痴は現実になった。半信半疑の冗談半分で書き換えた内容が現実世界に反映された時、僕は目を疑った。やがてこのサイトが本物だと知ったとき…僕の人生は文字通り自由自在に上書きされていった。


 ある時は大人気のミュージシャン、またある時は映画俳優。さらには宇宙飛行士や一国の大統領、時には女性になることもできた。サイトに登録された自分の人生の編集をするだけで、現実世界は激変していった。まるで神様にでもなった気分だ。


 ただし生年月日と名前だけは編集できない。それがこのサイトへのIDとパスワードになっているからだ。逆に言えばその二つが分かれば、他人の人生も編集可能だった。そう、今の彼女の里佳子さんも、もう過去のことは忘れてしまったが、このサイトを知ってから僕好みに「編集」させてもらったのだ。なんと恐ろしく素晴らしいサイトなのだろう。僕は背徳感と優越感で頭の奥を痺れさせた。このサイトの運営者は神に近い存在に違いない。何の偶然か平凡な一般人の僕が見つけてしまったが、これもまた運命なのかもしれない。


 冷蔵庫からワインを取り出すと、僕はそのまま口に含みベッドに転がった。試合まであと数時間ある。それまで一眠りしよう。なあに、たとえ結果が出なくても後で編集すればいいだけの話だ。思えば里佳子さんと出会ってから、魔法みたいに素晴らしい日々が続いている。あの時彼女の支えがなかったら、このサイトを発見する前に自殺していたかもしれない。本当に彼女に感謝しなくては…。信じられないくらい肌触りのいいシーツの上で、僕はそっと里佳子さんの隣に潜り込んだ。




 「おきて、細山田さん」

「ん…」


 目を覚ますと僕らは知らない土地の安っぽいホテルの一室にいた。フロントで会計を済ませ、里佳子さんを家まで送るとそのまま大急ぎで会社に向かった。大遅刻だ。いつもはスマホのアラームで起きていたのだが、そのスマホごと何処かに無くしてしまったのだからどうしようもない。お酒の飲み過ぎか、フラフラする頭で僕はオフィスに飛び込んだ。


「すいません! 遅刻しました!」


大声で謝罪すると、会社の人間が僕に一斉に注目を浴びせる。やがて渋い表情の部長がゆっくりと僕の方に歩み寄ってきて、低い声で言った。


「失礼ですが、どちら様ですか…?」

「え…?」


 見渡すと社員全員が僕を訝しげに見つめている。同期の山田も、同じチームの池田さんもまるで僕のことを初めて見たかのような目を向けていた。居た堪れなくなって、何も言わず僕はオフィスを出た。頭が真っ白になっていた。僕は確かにこの会社の人間だった。そのはずだ…あれ? そういえば僕の職業は…名前は…生年月日は…。


 結局僕が何も思い出せなくなり、記憶障害として入院したのはそのあとすぐのことだった。僕が病室にいる間、両親も友人も、誰も見舞いにはこなかった。世界中の誰も僕を覚えていないし、僕自身も何も記憶がない。いや一人だけ、かつての恋人と名乗る人物が来てくれたが、その人のことも僕は既に覚えていなかった。何やら白紙のウェブページを見せされたが、何のことかさっぱりわからなかった。彼女が帰った夜、僕は一言だけ思い出した。まるで真っ白な頭の中に一言だけ黒いインクで文字が書き込まれたような気分だ。


「うそつき」


 思い出した四文字を、僕は何度も頭の中で反芻した。頭に浮かんできたこの言葉だけが僕を知る頼りだ。もう二度と忘れてしまわないように、たとえ神様にだって明け渡さないように、僕はしっかりとこの言葉を胸に刻み込んだ。



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